知らぬが仏  3




尻の穴に異物感を感じて、急速に意識が浮上する。
だが、まだ寝足りないと躯が要求しているのか、目は開けられなかった。
その間にも、繰り返し繰り返しネットリとした何かを指で塗り込められているようで、その感触に身をすくめる。
それは、ゆっくりゆっくり自分の中に入ってきて、周囲を撫で回して。
「………んっ………。」
性急ではないその動きに、反って翻弄される。


クリークもクロコダイルも、サンジが抵抗する間はそれこそ拘束と暴力の中、無理矢理にねじ込んできて。
快感どころか、痛みと吐き気と屈辱しか感じなかったが。
無抵抗を決めてからは、ひたすら躯だけの絶頂を何度も何度も押し付けられた。

今与えられているそれは、そのどちらとも違っていて。
性交の気持ちよさではなく、物理的にも精神的にも母親から貰う愛情のような心地よさで。
「……あっ……いい…。」
思わず口走った。
まさか、それに返事が返ってくる等、夢にも思わずに。


「そうか?そりゃ何より。」


笑いを含んだその声に、ん?と首を傾げる。
随分前に他界した母である筈は勿論なく。
クリークでもクロコダイルでもない。
聞き覚えのあるその声を、記憶の中で必死に探して。
ハッと気付いて、閉じていた目をバチッと開ける。

「何だ。結構素質あんじゃねぇか。」

案の定笑いながら自分の顔を覗き込むゾロと目が合って。
躯を起こそうとした途端、もう一度内部をぐるぐるっと掻き回されて逆に背がしなってしまう。

「んああっ?!………ぎゃあっ、てめぇ何してやがるっ!!」

自分の股の間から身を乗り出して、押し倒されたかのような状態に驚いてそう言えば、ゾロは肩をすくめて指を引き抜いた。

「んぅっ!………て、てめぇっ、寝込みを襲うのが趣味かよ!あぁ、わかった、皆まで言うな。んでその気になったのかよ。
いいぜ、オレも男だ。受けて立つ!」
「…………てめぇ。股おっ拡げた状態で、んなカッコ付けても締まんねぇぞ。」

心底呆れたようにそう言われ、自分の体勢を見れば。
襟元は乱れ捲ってるし、足元など完全に肌気て下半身を全てゾロに晒している有り様。
急いで身なりを整えて、ゾロに視線を移せば、サンジの足元で胡坐を掻き、笑いを堪え切れずに腹を抱えていた。

「だああっ!何がおかしい?!」
「………や、悪ぃ。んだけ元気なら問題ねぇな、くれは。」

何とか笑いを納めてゾロが障子の外に声を掛けると、低い女の声が返ってきた。

「まあね。でも、躯の方は本調子じゃないよ。しばらくは薬三昧だね。」
「は?」

ポカンと開けた口の前に、グイッと茶碗が差し出される。
中を覗けば、何だか物凄い色の液体が入っている。
顔を顰めてそれを眺めているとゾロがサンジの手を取りそれを乗せた。
それでも飲まないサンジに、ゾロがふざけた口調で言う。

「何だ、こないだみたいに口移しで飲ませて欲しいのか?」
「っ!!なわけあるかっ!!」
「なら、とっとと飲め。」
「………何の薬湯だよ?」
「臓腑の負担を軽くするんだと。丸二日てめぇが目ぇ覚まさねぇって言うからよ。どっか悪ぃのかって思って診て貰った。」
「丸二日?」
「あんなに怒ってたし。頭でもおかしくなったかと思ったが、その口の多さはダメになんなかったとは。残念。」

心配してくれてたのかと思いきや、口が多いとバカにされてまたしてもカチンと来たサンジが言葉を返そうと口を大きく開けると、
そこへポイッと一口大の何かが放り込まれる。
思わず噛んでしまって、その旨さに驚く。
……ほんのり暖かい握り飯だった。

「んぐっ!!」
「寝てたんだからメシも喰ってねぇんだろ。ちゃんとしねぇと10日後、ああもう8日後か、抱いてやらねぇぞ。」
「…………んっ、絶対抱かせてやるっ!!」

もぐもぐとしっかり噛んで飲み込み、薬湯もグイッと呷って、そう言い切るとまたしてもゾロが笑う。
その笑顔がただバカにしているのではなくて、やっぱりちょっとだけ安堵しているようにみえるのはサンジの気のせいだろうか。
ムッとしながらその顔を見ていると、ゾロが笑うのを止めて、サンジの頬に手を当ててきた。

「な、何?」
「ん?目の下の隈、無くなったな。最初遇った時は目の色も死んでたが、今は大丈夫みてぇだし。」
「………心配してくれてんのか?」

素直にそう聞いてみた。
いや、聞いてみたかった、なんとなく。
そのサンジの言葉にきょとんとしたかと思ったら、ニカッと全開の笑顔でゾロが答えた。

「俎板の上の死に掛けた鯉よりも、生け捕ったばかりのピチピチの鮪の方が美味いだろ?」
「??…………っ!!!オレは魚じゃねぇえええっ!!」

掴みかかってくるサンジを軽く交わしながら、ゾロが大笑いして障子を開ける。
そこにいたのは、先程声を発したくれはと呼ばれた女性と、そしてもう1人。
見間違いじゃなければ、ここに居るはずの無い懐かしい人物。

「………ウソップ、か?」
「若様、ご無事で何よりです。」

そう言って、頭を下げるウソップにサンジが布団から抜け出して駆け寄る。
鴨生の国で一緒に成長してきた、サンジの乳兄弟ウソップだ。
それこそ空きっ腹で、誰も味方など居ない場所に半年も居続けたサンジは胸が一杯になって、目から大粒の涙がボロボロと
零れてしまうくらい感動する再会だった。
平伏するウソップの肩を持って、その身体を起こさせて。
ぎゅっと抱き付いてしまうくらい、嬉しかった。

「な……なんで………ここに、居んだ?」
「いつもお傍におりましたよ。先の2国では、お姿を拝見させて頂けなかったのでお目には掛かれませんでしたが。」
「…………傍、に?」
「ええ、ちゃんと。今はこちらのお館さまのご好意で、若様のお世話をさせて頂ける事になりました。」
「え?」

驚いてゾロを見れば、機嫌良さそうに微笑んでる。
サンジはそんなゾロに怪訝そうな視線を向ける。
ウソップの話を聞いても何の反応も示さないという事は、素性を知った上で敢えて自分の傍に置いたという事だ。
通常ならば、クロコダイルやクリークのように会わせずにおくのが寛容だろう。

「何で………?」
「あ?コイツの処遇の事か?自分の国のモンじゃねぇヤツは固めといた方が、いざって時一網打尽に出来るだろが。それに、
お前らが幾ら束になって掛かってきたところで、そのなよっちい腕じゃオレは倒せねぇしな。」
「…………。」
「ま、後8日でしっかり体調整えとけや。オレも男のやり方聞いとくからよ。」
「おいっ!!」

呼び止めるサンジを振り返りもせず、ゾロがくれはを伴ってその場を去る。
彼らの姿が完全に見えなくなってから、サンジはウソップと2人きりでもう一度再会を喜んだ。
ずっとサンジを追って、敵国に潜り込み自分を案じてくれていたこと。
とはいっても、クリークの時はサンジはずっとクリークの脇に居たのだが、ウソップがまだ領主にお目見えになる前にクリークが
潰されて。
クロコダイルの時は、サンジが生きている事は分かっても、一番の腹心でさえサンジの居場所を教えられていなかったという
から、気が気ではなかったこと。

「でも、元気そうで安心したよ。」

2人きりになったからか、ウソップは以前のぞんざいな口調で話し掛けてくる。
それがまた嬉しくて、サンジは目を潤ませて笑った。

「それにしても、何でゾロは……?」
「そうだ、そこなんだよ。」

ウソップがサンジの疑問を含んだ台詞に同調する。

「大体、ここにサンジをおいとくってのもよくわかんねぇんだ。」
「??どういうこどだ?」

周りをキョロキョロと見回して、開けられたままだった障子を閉めたウソップが小声で話し始める。

その話だと、ここはゾロの領地内でも最も南寄りの城らしい。
しかも山の頂上付近で、西側を南北に流れる沢を下ればサンジの領地に直ぐ入れるほどの距離なのだとか。
そしてサンジのいる部屋は、その城の中でも最西部。
母屋と繋がるのは渡り廊下1つのみ。
その母屋側の入り口に見張りを2人置いている以外、こちら側に誰もいないらしいのだ。

「逃げるなら今だぜ、サンジ。母屋から西側の庭は見えねぇ。沢に下るのは大変かもしれねぇが、このまま小姓扱いされるよりゃ
マシだろ?」
「………それはそうだが……。」

「おや、お気がつかれましたか。」

何の気配もなかった屋敷の内側から声がして、サンジとウソップがギクッとしてそちらを向く。
その2人の視線の先で、すっと襖が開く。
そこには、身構えるサンジ達に対し、にっこりと微笑む袈裟姿の男が座っていた。
その出立ちからすると僧侶なのだろうか。

「失礼致しますよ。」

無言で迎えるサンジに穏やかにそう声を掛けて、男が立ち上がり室内に滑るように入ってきた。
そして、警戒するサンジの傍まで来ると、ゆるりと腰を降ろす。

「………………。」
「………………。」

双方無言で、対峙する。
サンジとウソップが先程の会話を聞かれたのではないかと気が気でないのとは対照的に、僧侶はただにこやかにサンジ達を見て
いるだけだった。
その沈黙に耐えられず、サンジが口を開こうとしたら、僧侶の方から話し掛けてきた。


「お逃げになりたいのですか?」
「…………ヤツに報告するのか?!」


思わず声を荒げるサンジに僧侶は笑みを浮かべたまま首を横に振る。

「私がゾロさまから頼まれておりますのは、貴方さまの生活のお世話であって、監視ではありませんので。」
「???貴方は一体?」
「私ですか?この庵の主ですよ。コウアンと申します。」

ぺこりと頭を下げるコウアンを2人はいぶかしげに見る。
警戒を解こうとしないサンジ達に、コウアンが言葉を続ける。

「お逃げになるのであれば、先程そちらの方が仰っておられた通り、この庵の西に沢があります。そこに降りるには、多少切り
立った崖がありますが、上手く下れば、後は貴方さまの領地まで沢沿いに下るだけです。」
「…………オレを知ってるのか?」
「鴨生の国の若さまでしょう。お小さい頃お会いしただけですが、面影は残ってらっしゃいますよ。大きくなられましたね。」

そう言って立ち上がり、先程ウソップが閉めた障子を開け放つ。
陽はちょうど中天に差し掛かった頃だろうか。
縁側の先に広がる庭の緑がサンジの目を焼く。
目を細めるサンジをコウアンがにこやかに振り返る。

「見張りの目もここまでは届きません。逃げたいのであれば、お止めしませんよ。」
「…………………。」

「貴方さまが今後、一領民として生きていかれるのでしたらね。」
「―――――っ!!」

コウアンの言葉に愕然とする。
そうだ。
このまま逃げれば、当然領地には戻れるだろう。
だが、自分とウソップの2人きり。
一から味方を増やし、軍を建て直して、領地を取り戻す、それを成し遂げるのにどれ程の時間を要するだろうか。
ただでさえ、半年まともに食事も摂らずボロボロの体なのに。

「だが、ここでこのまま生かされるだけなら………。」
「おや、ゾロさまがそのように仰られたのですか?」
「いや、条件付きだが、領地を取り戻してくれる、と。」
「ゾロさまは決して約束を違えるお方ではありません。利用されてはいかがですか。」
「………利用だと?」
「内容はどうあれ、事と次第によっては願が叶うのです。絶好の機会ではありませんか。」
「だか、オレは色事には…………。」

サンジがコウアンから目をそらし、うつ向き加減にそう言うと、コウアンがおやと意外そうな声を上げる。
その反応に怪訝な顔を向けると、コウアンが顎に手を当てて不思議そうにサンジを見る。

「ゾロさまがそのような条件を?」
「間違いねぇ。アイツをその気にさせたらって。」
「奥方も召さず、情婦も持たず、衆道にも一切関心を示さなかったあの方がねぇ。どういう心境の変化でしょうか?」
「オレが知るワケねぇだろ。」

サンジがそう呟いて外へ目をやる。
少し、胸が鼓動を早めながらも。

今まで自分を小姓扱いしてきたクリークもクロコダイルも、ただ無心に自分の身体に固執してきただけだ。
サンジの気持ちも考えずに。
サンジに交換条件を持ち掛けることなど無く。

それが、ゾロはどうだ?
小姓にするとはいいながらも、直ぐに手を出してくるわけでもなく。
よくよく考えてみれば、身体の心配をしてくれて。
食事を摂れと、寝不足を解消しろと、そう言ってくれて。
怪我をしていたのだろう、サンジの下肢に自ら軟膏を塗ってくれて。
話す気力さえなかった先の2国と比べて、自分は自分を取り戻しつつあるのだ。

自分をどう思って、今のような扱いをしてくれているのか?

そう考えてしまって、思わず首を横に振る。
自分の妙な考えを否定する。

ゾロが自分をどう思っていようと、自分のする事はただ1つだ。
国を取り戻す……それだけだ。
その為に、ただその為だけに……。




「ウソップ、オレは逃げねぇ。ゾロを利用して、オレの国を取り戻す!」


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