1つ前の駅で降りて  4




オレのお袋は、ある家で執事をしている男の一人娘で。
いや、どこの家かは聞いてねぇ。
母も何も言わなかったし、聞いても教えてはくれなかった。

お袋の母親は早くに亡くなって、男手1つで育ててくれたって。
でもお袋はいつもへいこら頭を下げる父親に嫌気がさして、素性もわからねぇ男と手に手をとって家を飛び出たんだ。
しばらくしてオレを身篭って、相手の男に逃げられて、二進も三進も行かずに家に戻ったらしい。
父親は、まぁオレの祖父に当たるんだが、何も言わずに受け入れてくれたって言ってた。

ただ、オレを生んでちゃんと働けって。
働き口は自分の働いているお屋敷のメイドとして雇って貰えるよう掛け合うって。
偶々、そこの女主人が子供を身篭ってて、相談相手が欲しいと言ってきたらしくて。
ちょうど、子供を生んだばかりのオレのお袋に白羽の矢が立ったってワケだ。

3年位は平穏だった。

ただ、オレが3歳の時、事件が起こった。
なんでも、そこのまだ高校卒業したばかりの長男がオレのお袋と結婚したいって言い出して。
お袋よりも2つ年下の優男で。
年も近いし、何より別嬪だったからな、オレのお袋。
お袋もその長男の事好きだったみたいで。
勿論、旦那さんは大反対さ。
漸く此処まで育てて、近い将来自分の後を継がそうとしていた長男の相手が、よりにもよってオレのお袋。
メイドで、バツ1で、3歳のコブ付だ。
今すぐ荷物を纏めて出て行けって事になって。

お袋は、最初から諦めていたらしくて、大人しく旦那さんの言う通り家を出たんだが。
そこの長男も家を出ちまった。
お袋の後、追っ掛けて来てくれたんだ。
しばらくは暮らしも楽じゃなかったらしい。
結構いいとこの坊だったらしくて、働くとこ皆くびになって。
後から知ったんだが、旦那さんが裏から手を廻していたらしい。
しばらくはお袋が一生懸命働いて、親父がオレの面倒見てくれた。

オレが小学校高学年になった頃、漸く親父が定職に就いて。
旦那さんもどうやら親父の事、諦めたらしいって親父が笑いながら言ってた。
でも、その幸せも長くは続かなくて。

オレが中学校入った年にお袋が過労で死んだ。
オレも、大概ダメでさぁ、その頃からグレ始めた。
親父がオレの本当の親じゃないって知ってたし。
優しい人で、叱られた事なんて一度も無くて。

お袋がいる間はよかったんだ。
居なくなって、親父との仲がギクシャクしだして。
その頃かな、オレが男覚えたの。
女の子相手に遊ぶ気になれなかったし。

でもよ、親父一生懸命働いて、オレを高校まで入れてくれて。
そんな親父見てて、自分が嫌になって。
高校卒業して、料理専門学校に入って。
そんで、今のレストランへ就職した。
オレの就職を機にこのマンション買って。

2人仲良く暮らし始めたのも束の間、親父が親戚の法事に出掛けた日の夜から帰ってこなくなって。
翌々朝心配で、探しに行こうと玄関で靴を履こうとしたら、郵便受けに封筒が入ってて。

中身は何だったと思う?
マンションのローンの完済証明書と手紙が1通。

『マンションを慰謝料としてお渡しします。
今後一切、コウシロウ様との交渉をお断ち下さい。』

って、たったそれだけ。
全然理由もわからねぇ。
ただ、わかったのはオレがいらねぇ存在だってことだ。
親父にとって邪魔な存在だってことだ。
今から、やっと今から恩返ししようって思ってたとこだったのによ。

・・・・・・親父取られちまった。




前髪を掻き揚げて苦笑するサンジの肩をポンと叩いて、ゾロが先程取ってきた写真立てに視線をやる。

「・・・・・・これが親父さんか?」

その視線の先を辿れば、サンジの10歳の誕生日に親子3人で撮った写真。
母親はサンジとよく似ていて、父親は優しそうにサンジと母親の肩を抱いている。

「・・・あぁ。」
「親父さん居なくなってからか?てめぇが・・・・・・ここに帰らなくなったの。」
「・・・あぁ。1人だってすげぇ実感しちまうんだ。どこもかしこも親父のいた感触が残ってるし・・・。」
「寂しかったから、その・・・他の男と・・・?」
「・・・・・・まぁ、そうだな。一緒に住んでくれるような友人もいなかったし・・・。」
「今でも親父さんと暮らしたいか?」
「・・・・・・てめぇがいるからいいけど。今日の親父の顔色、悪かった。精神的に疲れてると直ぐ顔に出る人だから。・・・心配だな。」
「・・・・・・そっか。」

ゾロが立ち上がる。
そして、サンジを見下ろして言った。

「今日は此処でメシにしよう。適当に片付けて夕飯作ってくれるか?」
「・・・・・・いいけど。てめぇはどっかいくのか?」
「悪い。用事思い出した。ちょっと出掛けてくる。」
「いいさ、何喰いてぇ?」
「・・・・・・あれ。写真の・・・。」
「ああ、ビーフシチューか。親父もお袋も大好きでさ。金無かったから、オレの誕生日にだけ作ってくれたんだ。」
「頼む。・・・・・・・・・サンジ。」

名を呼ばれ、目を合わせて、そのいつになく熱い視線に戸惑いながら。
降りてくる唇を受け入れる。
優しいキスに酔いしれる。

唇が離れて、何故か名残惜しそうにサンジの頬を撫でて、ゾロはサンジに背を向けて言った。
「行って来る。」
「おう。」

玄関のドアを開けて、後ろ手に軽く手を上げて、それがドアの陰になり見えなくなって。




それが、ゾロの姿を見た最後の瞬間だった。




***





電気も水道もサンジの給料口座からの自動引落しになっていたから不自由なく。
時間がまだ早かったから、掃除を徹底的にして買い物してマンションに戻る。

久し振りの自分の家での暮らしに少し浮かれていたのだろう。
父親がいなくなってから、自分以外誰も入れなかった部屋。
そこで大事な人と過ごせる幸せ。

(こんなことなら、もっと早く連れてこればよかったぜ。)

そう思いながら、夕食の準備をする。
ビーフシチューとサラダとご飯。
サイドにマグロのカルパッチョを用意した。
洋食にも合う、ゾロには少し甘めの日本酒と、デザートはグレープフルーツのゼリー。

5時を回って、帰ってくるかと焦ったが、仕事じゃないからと思い直し、作業を続ける。
7時にはなんとか支度も済んで。
それでもゾロは帰ってこない。
更に1時間経って、どうしたんだろうと玄関に向かった時、チャイムが鳴った。
「おかえり。遅かったじゃねぇ―――」
サンジの言葉が止まる。
扉の向こうにいたのは、ゾロではなく。


「ただいま、サンジ。元気だったか?」
「………親父…なんで?」
「もう帰っていいって。心配掛けたね。」


そう言ってニッコリ笑う父に、立ち話も何だからと招き入れる。
「………誰か来るのかい?」
「うん。………友達。ゾロってんだけど。」
「ゾロ?!ロロノア・ゾロか?!」
「え?親父、知ってんの?」
驚いた後妙に納得したような困ったような顔をして、少し躊躇し、そしてポケットから一通の封書を取り出して父が口を開いた。
「これをサンジにって………ゾロから。」
「え?どういう事?親父とゾロって―――」


「兄弟だ。ゾロは東海財閥会長の次男で、次期社長だ。」








ひたすらゾロのアパートへと急ぐ。
父の話を聞いた後、渡された手紙を見て愕然として。
父に後を頼んで、手紙片手に財布をひっつかんでマンションを飛び出た。
駅へ向かい、1駅乗って、改札を走り抜けて。
いつも2人で帰った道を1人駆け抜けて。

ただ、そこにいてくれることを願って。

でも、ゾロのアパートから灯りは洩れておらず。
鍵の開いた部屋は蛻の殻で。
一緒に寝た煎餅布団も、2人で囲んだ卓袱台も、お揃いのスリッパも何も無くて。

「嘘だ・・・・・・ゾロ・・・。」

茫然と板張りの床に座り込んだ。
殺風景な、何もなくなった部屋にあるのは上からぶら下がった裸電球だけ。
そこで、もう一度手紙を開く。
達筆な文字が語る、ゾロの決意だ。


『サンジ、まずお前に詫びたい。
申し訳なかった。
オレが家を無断で出たのが、お前の父親をお前から奪うことになった。
でも、もう大丈夫だ。
オレが戻って、親父ももうお前の父親には干渉しないと約束してくれた。
今までの3年間は無かった事にして、もう一度そこで父親とやり直せ。
本来なら此処でお前とは遊びだったと、そう言えばお前も思い切れるとは思うが生憎嘘は吐けない。
愛してる、サンジ。
お前の幸せを祈っている。

                ロロノア・ゾロ』


たった一枚の手紙。
その紙切れの上に、ポタポタッと雫が零れる。
文字が霞んで殆ど見えず、持っている手が震える。

誰が親父を返してくれと言った?
誰がお前が居なくなってもいいと言った?

誰よりもお前が居れば、オレは幸せだったのに。

いつもその時一番傍に居て欲しい人が自分から去っていく。
そして、追いかけることなど到底出来なくて。
こうして泣き崩れるしか出来なくて。

自分に残されたのは、この手紙と首に掛けられたネックレスだけで。

「ゾロっ・・・・・・ゾロ、ゾロ・・・ゾロぉおおおおっ!!!」

手紙を胸に抱き締めて、ペタンとその場に座り込んで。
溢れる涙を拭うことなく、ただただゾロを想って泣き続けた。


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