いつもより寝坊した朝。 時計を見れば、もう9時を回っていて。 慌てて服を着ながら、トーストとベーコンエッグとコーヒーを用意した。 そして、布団を捲っても尚惰眠を貪るゾロの腹に手加減無しの踵落としを一発。 言葉も無く腹を抱えて呻くゾロに、笑いながら 「メシ出来たぜ。」 と言えば、腕をグイッと引っ張られて熱烈なキスを喰らわされた。 「休みの朝くらい、こうやって起こしやがれ。」 「ボケ。そんなんしたら、出掛けれなくなんだろが。」 「っ?!!………ハッ、違ぇ無ぇ。」 目を見合わせて、クスクス笑い合って、合わせるだけのキスを1つ。 時間の無い勤務日の朝は、出掛けの簡単なキスさえ性急で。 こんな甘い朝は正直こっ恥ずかしいながらも、嬉しいのも事実。 にやける顔を引き締めつつ、ゾロの着替えをタンスから出して放り投げてやった。 なんとか30分で身支度を整えて部屋を出る。 休日の朝は出足が鈍るのか、人影は疎らで。 時間が決まっているワケでも無いから、自然歩調も緩やかになる。 2人で最寄りの総合駅へ向かう道すがら、ゾロが口を開いた。 「どっか行きてぇとこあるか?」 「………お前は?」 「オレ?………てめぇがいりゃどこでもいい。」 自分が思っていても口に出せなかったことをあっさりと言われて、瞬間顔から火が出そうになった。 そんなサンジの顔を見て、 「どうした?」 なんて素で聞いてくるゾロに、こいつぁマジで天然だよと呆れて。 見えてる方の顔を隠しつつ、何でもねぇよと返しておく。 出逢ってから陽の出てる内に2人で出歩くなんて初めてで。 見慣れている筈の駅までの道のりが、いつもの数倍明るく見えるのは気のせいじゃないだろう。 その時、ゾロがサンジの手をさっと握って言った。 「駅前大通りの桜並木知ってるか?」 「……まぁ……夜桜しか見たことねぇけど。」 「んじゃ、今から行くか。咲いてるかどうかは知らねぇけど。」 「おう。……てめぇの提案にしちゃ上出来じゃねぇか。今までに見たことあんのか?」 「あ?見たことぁあるが、咲いてんなぁ程度だった。でもよ。」 そこでゾロが言葉を切って立ち止まるから、サンジも止まって振り向いた。 「ここの見慣れた景色みてぇに、てめぇと一緒に見たら綺麗に見えるかもしれねぇな。」 「?!!」 何で自分の考えている事がわかるんだろう。 しかもそれを言葉として自分に投げ掛けてくれるだなんて。 驚いて、恥ずかしくて、嬉しくて。 真っ赤になりながらヘラッと笑った。 そんなサンジの顔を見て、ゾロが一瞬固まって。 手を引かれ、塀の陰に隠れて、互いの背に手を回して。 お互いに我慢出来なくなると困るので、軽く唇を合わせるだけのキスに留めておく。 額を付き合わせて、ヘッと笑い合って、もう一度手を繋ぎ直して。 「オレ、ステーションホテルの料亭で懐石喰ってみてぇ。」 「てめぇのメシより美味いのか?」 「どうだかな。……ただ評判だからよ、一辺喰ってみてぇなって。」 「ふ〜ん、こんな格好で大丈夫か?」 「ランチならいいだろ。」 なんてこと無い会話をしながら、駅に向かう。 繋いだその手を離すことなく。 11時半の開店と同時に入った料亭は、平日ということもあって混雑しておらず。 後15分もすれば、1日限定20食の花駕籠懐石目当ての奥様方が押し掛けてくるのだろう。 ホールにも空席は幾つもあったのだが。 店側の勧めもあって、5つある個室で一番手前の一部屋に上がった。 畳六畳程の小さな部屋。 商談等で使われるのか、隣とは厚い壁で仕切られていた。 隣の声も、広間の声も余り届かず、静かな雰囲気の中、2人で食事を楽しんだ。 全てを食べ終えた時、ゾロが小さな紙袋をポイッと卓上に置いた。 「やる。」 「何?さっきの店でか?」 「おう、開けてみろ。」 桜も疎らな大通りをどこへ行くとも無く歩いている最中、ゾロが急に立ち止まったのだ。 見たいものがあると言って、一件の貴金属店に入っていこうとするから後に続くと、 「てめぇはその辺で待っててくれ。」 と言う。 ちょうど隣に本屋があって、喫煙所も併設していたからそこで待つと告げた。 10分程、待ったろうか。 余りに短い時間だったから、欲しいモノが見つからなかったんだろうと思っていたのだが。 「オレが開けていいのか?」 「ああ。」 袋の中身は細長い箱で、全く同じモノがが2つ。 その内の1つを取り出して、箱を開ければ、ジュエリーケースが出てきた。 「おい、これ・・・。」 「いいから、開けろ。」 促されてケースを開けば、銀色のシンプルなチェーンネックレス。 吃驚して、それを置いて、もう一方を開ければ全く同じモノが入っていて。 顔を上げてゾロを見れば、照れ臭そうに笑っていた。 「折角てめぇとこうして出歩いたんだからよ。何か、形で残したくてな。金無くてシルバーしか買えなかった。安モンで悪ぃな。」 「・・・・・・ゾロ・・・・・・サンキュ。」 嬉しくて、それを握り締めて笑ったら、ゾロがオレから顔を背けて言った。 「んな顔すんな。襲っちまうぞ。」 「・・・アホか。てめぇも付けろよ。」 そう言って手渡して、2人して首に掛ける。 目を見合わせて、へヘッと笑って。 流石にこの場で襲われてもと、お茶を頼みに障子を開ける。 その時、一番奥で食事をしていた人達が出てきて。 その内の1人と目が合った。 「・・・・・・あ・・・。」 「サンジ・・・か?」 「副社長、お知り合いで?」 その後ろに付いていた部下らしき黒スーツの男が、声を掛け、サンジの顔を見てハッとする。 「お時間ありません。参りましょう。」 副社長と呼ばれた人物は、黒スーツの男に手を引かれていく。 ゾロが、戸口に座り込んだまま動かないサンジの様子を訝しく思い、サンジの上から外を覗いた時は、その男たちはちょうど店を後にする時 で。 サンジに向かってニッコリ微笑みながら店の外に消えた男を見て、ゾロが問い掛けた。 「・・・・・・知り合いか?」 「ん?・・・・・・オレの親父。」 寂しそうに笑うサンジに、ゾロが驚いた顔を向けた。 久し振りに来たサンジの自宅マンションは、綺麗に片付いてはいるものの、2ヶ月近く放置されていたせいか埃が溜まっていて。 簡単に掃除機だけでもかけると言って聞かないサンジを何とか留めて、ソファに座らせた。 「親父の話、聞かせてくれるんじゃねぇのか?」 「・・・・・・・・・。」 ゾロが一旦立ち上がって、ローボードに置かれた写真立てを手に戻ってきた。 「これ、てめぇの親父か?」 「・・・・・・。」 「話せ、サンジ。」 そう、ホテルの料亭で親を見てから落ち込むサンジを宥め、サンジのマンションへ連れて行けとゾロは言った。 話を聞かせてくれとサンジに詰め寄った。 それまで、一切過去の話はしてこなかったサンジだったが、ゾロの熱意に負けて頷くしかなかった。 料亭を出て、その脚で駅に向かい、1駅電車に乗って、サンジのマンションへ着き、今に至るワケだ。 「サンジ。」 サンジの横に座り、サンジの膝に置かれた手を包むようにゾロの暖かい手が乗せられる。 視線を上げてゾロを見れば、優しいながらも異は唱えさせないとその目が語っていて。 「そんなに楽しい話じゃねぇぜ。」 意を決して、サンジが話し始めた。 |
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