2人でおさんの昼飯がてら半刻程過ごして小料理屋へ戻ると、表に出て辺りを見渡していたテラコッタがゾロをみとめて駆け寄って きた。 「どうした、女将?」 「何か旦那に仕事を頼みたいって人がみえて。見るからに無頼漢で、お客さんが寄り付かなくって。」 「………わかった。女将、つい先刻おさんが襲われた。」 「ええっ!!」 「怪我はしてねぇが用心に越したことぁねぇ。今日は奥向きの仕事にしてやってくれねぇか。」 「大丈夫だよ、ゾロ。」 震えながら頷くテラコッタに首を振りながら、おさんがゾロに笑いかける。 それに対してゾロはおさんの肩に手を置いてダメだと口にする。 「今日はオレの長屋に来い。また何が起こるか分からん。」 ゾロの真剣な眼差しにおさんは頷くしかなかった。 その時、店内から顔を出した男とハタと目が合う。 その男のジロジロと不躾な視線を浴びておさんがたじろぐと、その間にゾロが立ちはだかる。 「オレに用か?」 「………ロロノア・ゾロか?旦那からお前を連れて来るよう言付かった。一緒に来てもらいたい。」 「…………。」 暫し躊躇したものの、軽く頷いておさんに向き直る。 「用が済んだら迎えに来る。」 「………うん。待ってる。」 心配そうに見つめるおさんにニッと笑って、ゾロがその男と連れ立って歩いていく。 「さ、おさんちゃん。」 とテラコッタに腕を引かれながらも、おさんはゾロの背中を見送った。 「その方が、ロロノア・ゾロか。」 「はい。」 「ちと頼みたいことがあっての。顔を上げよ。」 目の前の一段高い所に座す男をゾロは身を起こして見る。 結構な身分の武士と思われる身なりと、何を考えているのか分からない目付き。 向こうもゾロの品定めをしているのか、じっとゾロの方を見ている。 あれから船に乗せられ、そこで目隠しをされ、更に駕籠に乗せられて。 手を引かれて、履物を脱いで上がれと言われ、その場で目隠しを外されて。 そこが、どこかの屋敷の一室と判る。 案内役の武士が出てきて、その紋付を見てハッとする。 (どこかで、見たような・・・・・・?) そう思いながら部屋へと通され、後から入ってきたのが今目の前にいる男だ。 「私の名はクロコダイル。青海藩藩主弟だ。」 「・・・・・・そのような方が私めに何の御用か?」 「そなたの許嫁おさんについてだ。」 おさんの名にゾロが刀に手をやり膝を立てる。 「?!!昼間襲ってきたのはてめぇ等かっ?!!」 ゾロが鯉口を切ろうとすると、クロコダイルがフッと笑って手を振る。 「私は知らんな。何故私が探している方を襲わねばならぬ?」 「探す?」 「おさんという娘、真に女か?」 「!!どういう事だ?」 クロコダイルの台詞に、ゾロが固まる。 そんなゾロに構うことなく、クロコダイルは淡々と話を続ける。 「私が探しているのは、青海藩現藩主が御落胤、当年とって19歳の御子息『サンジ』様だ。」 「それが何故おさん、と?」 「藩主のお相手、つまり御落胤の母の名はおさん。「新場簾汰」の看板娘だった事も調査済みだ。」 「・・・・・・もし、そうならどうする?」 ゾロがクロコダイルを睨付けながら、低い声で問う。 クロコダイルはそんなゾロににこやかな笑みを浮かべて、穏やかに話し続ける。 「サンジ様は現藩主正妻殿に命を狙われておる。」 「!!!」 「既に『江戸始末屋』に依頼をしたとも聞いている。私は兄上に頼まれ、サンジ様を無事兄上の元へ送り届けたい。だがな・・・。」 少し残念そうに顔を顰めるクロコダイルに、ゾロの表情が曇る。 「藩元ににも正妻殿の味方をするものがおっての。サンジ様が狙われない保証もない。そこで、だ。」 クロコダイルが口元を覆っていた扇子を閉じ、ポンと膝を叩いた。 「サンジ様が持つ御落胤の証を私に譲って戴ければ、正妻殿にサンジ様藩主を継ぐ意志無しと伝え、一生藩でサンジ様の生活を面 倒見よう。」 ゾロはクロコダイルの目をジッと見詰めて、そして言った。 「・・・・・・おさんが・・・サンジが、その御落胤である証拠は?」 「青海藩の家紋が入った朱塗りの壊刀、そして背中腰の辺りにある太刀傷。」 「・・・・・・・・・。」 「もし、そなたがそれを確認してくれるなら、そなたをサンジ様付きの側近として召し抱えることも兄上に進言しよう。」 「・・・・・・期限は?」 「明日、夕刻暮六つ。場所は、日本橋袂。旅装で参るがよい。」 「・・・・・・わかった。」 ゾロが立ち上がると、クロコダイルが送って差し上げろと言う。 すぐに障子が開いて、こちらへと案内されゾロがその場を立ち去った。 「なかなか侮れぬ男よの。」 ゾロと入れ違いに入ってきた女が、クロコダイルの横に座り、口を開く。 フフッとクロコダイルが笑いながら女の方を向く。 「侮れないのは貴方の方ですよ。現藩主奥方ポーラ殿。」 「貴方こそ、よくあれだけの言葉並べられるものよ。」 クスクスと笑い合う2人がゾロの立ち去った方を見て更に笑い声を上げた。 *** シャンクスがテラコッタから聞いた話は、今のおさんの母親の事とおさんが本当は男であることだけだった。 父親の事は、お腹に子供が出来たと聞かされた時から何も聞いていない、と。 ただ、今のおさんを預かった時、半纏の中に赤子と朱塗りの懐刀があったことはわかった。 そして、おさんの母親が子供が病気だからと、死ぬ前日医者の所へ子供を連れて行ったことも。 もしそれが襲われた時の太刀傷の治療目的で、その追っ手が迫り逃げてきたのだとしたら・・・・・・。 全ての辻褄が合うのではないか。 また女将は先程、浪人ロロノア・ゾロが何者かに連れ出されたと言う。 それが、藩主弟、若しくは藩主奥方の手の者だとしたなら。 「ミホーク、頼んだぞ。」 「・・・・・・ロロノアを説得すればよいのだな。」 そう言って、ミホークが立ち上がる。 「あ、あの・・・・・・おさんちゃんは大丈夫なんでしょうか?」 テラコッタが心配そうにシャンクスに問い掛ける。 それはそうだろう。 昔に大事にしていた看板娘おさんを目の前で亡くし、今またその息子が狙われているというのだ。 シャンクスとミホークが、テラコッタに笑顔を向ける。 「心配すんな。必ず助ける。」 「安心しておられるがよい。」 2人の言葉に、テラコッタが頷く。 運命の夜が明けようとしていた。 *** ボォッと薄暗い灯りの照らす狭い長屋の一室。 褥の上に座るおさんとその後に胡坐を掻くゾロがいた。 あの後、旅支度を簡単に整えて、おさんを迎えに行った。 そして、ゾロの長屋に連れて来てクロコダイルから聞いたこと全てをおさんに話した。 信じられないと笑って首を横に振るおさんに、いつも肌身離さず持っているものを見せてくれと頼む。 おさんが懐から出してきたのは、粗末な布に包まれたものだった。 その包みを解いて、中味を確認して、ゾロは溜め息を付く。 朱塗りの壊刀・・・・・・青海藩藩主の家紋『丸に青海波』。 後は背中の傷跡のみ。 見せてくれるよう頼むと一瞬躊躇して、コクンと頷くおさん。 既に着物は脱いで肌襦袢のみとなっていたのだが、それの袖から腕を抜いて背中を露にする。 その身体は、肌が白く滑らかでか細いものの、当に男そのもの。 背中の腰の辺りにある小さな引き攣ったようになっている、その部分が太刀傷であろう。 全ての証拠は出揃った。 例え、藩を継ぐ気はないとしても、それを伝えたとしても、小さなおさんいやサンジにこんな傷を負わせた奥方の事だ。 サンジの命を絶つまで、追及の手を緩めない事は想像に難くない。 それならばと、ゾロはクロコダイルの考えに従う決意をする。 今までのようには傍にいられないかもしれない。 こうして触れる事など叶わないかもしれない。 それでも、それでもおさんにサンジに生きていて欲しい。 そう願って、ゾロはサンジの腕を掴み、その傷跡に口付ける。 「例えてめぇが何者でも、男でも、オレにはてめぇひとりだけだ。」 そう言ってゾロは身体を起こし、目の前のサンジを後ろから覆い被さるように抱き締める。 前で交差された腕がサンジを優しく包み、掌で肩を掴んで、更にゾロの胸へと引き寄せる。 「・・・・・・ゾロ・・・?」 サンジの心細そうで切ない呼び掛けに、ゾロが抱く力を少し緩めて回した手の片方でサンジの顎を掴む。 ゾロが抱き締めた腕を解き、右腕へとサンジの身体を移動させ、サンジの顔を覗きこむようにして。 顎を掴んだ指で前を向くサンジの顔をゾロの方へ向けて。 優しく接吻を落とす。 サンジの唇を舐め、開いた唇から舌を入れ、サンジの舌と絡ませ合い。 しがみ付いてきたその手を取り、指を絡ませて。 ゾロは愛しいサンジの身体を接吻をしたまま褥へ横たえる。 (必ず、死なせやしない!!) *** 外に人の気配を感じて、ゾロがゆっくりと起き上がる。 隣ですやすやと安らかな寝息を立てるサンジを起こさないように。 そして、脇に置いておいた刀を2振り掴み取り、物音を立てないよう慎重に身体を動かす。 土間へ降りて草履を履き、木戸へと脚を進め、スッとそれを開く。 黒い紋付袴の男が、立っていた。 素早く表へ出て、木戸を閉める。 相手から視線を外さずに、相手の動向を見逃さないように。 「邪魔してはいかんと思ってな。」 「・・・・・・何者だ?」 「我は『江戸始末屋』。そなたに用があって参った。」 「『始末屋』?!!」 「そうだ。」 クロコダイルが言っていた『始末屋』ならば、サンジの身が危ない。 そう言われて見てみれば、目の前の男の背には黒い長刀が見える。 (あれで、サンジをっ!!) そう思うや否や、ゾロは持っていた刀の鞘を抜く。 相手の男は、一瞬怯んで言葉を継ごうとした。 「待て、話を―――」 「問答無用っ!!」 ゾロが男に斬ってかかる。 それを軽くかわして、男が背中の長刀を抜き取る。 ゾロは両手に刀を持ち、脚を開いてゆっくりと間合いをとる。 それに対し、男は片手で刀を肩まで上げて、刀先をゾロに向ける。 ジリジリと相手との距離を詰めていく。 男の刀の方が、刀が長い分有利だ。 「話を聞けっ!ロロノア!!」 「おさんの身を狙う雇われ犬がっ!!てめぇの御託なんぞ聞く耳は無ぇ!」 ゾロがそう言いながら斬り掛かると、ミホークがその長刀で受ける。 暗闇にギィンと刃物がぶつかり合う音。 それが何度も繰り返される。 そして、双方息も切れはじめ、これが最後と繰り出された刀も互いの刀が受け止める。 刀越しに睨み合う2人。 「絶対ぇ、おさんは殺させねぇ!!」 「いいか、ロロノア。お前は騙されておる。狙っているのはクロコダイルだ。私ではない。」 「この期に及んで、そんな言い開きが通用すると思うか?!」 「とりあえず、今日の処は退く。が、くれぐれもクロコダイル信用するな!」 男が刀を退くと同時に後へ飛び退く。 「待てっ!!」 「おさん殿、そなたに託すぞ、ロロノア。必ず守れ!!」 男はそう言い捨てると、瞬時に暗闇に姿を消す。 周囲にその気配を探すが、もう其処には何も感じられずに。 カタンと物音がして振り向くと、不安そうなサンジが顔を出していた。 「・・・・・・・・・ゾロ?」 「大丈夫だ。心配するな。」 安心させるようにニコリと笑うと、部屋へと戻る。 一旦後ろを振り返り、暗闇に何もいないのを確認してゾロは木戸を閉めた。 誰の言う事が本当なのか混乱したゾロが、その翌朝早くにサンジを伴って姿を消したとシャンクスの元に連絡が入ったのはもう朝日 が昇り |
きった後だった。 *** 「………どういうことだ?」 ゾロはおさんを背後に庇いながら、自分達を取り囲む奴等を睨み付けた。 場所は日本橋近くの寺社本堂裏。 待っていた侍に案内され、向かった其処にいたのは・・・。 この間、下屋敷でクロコダイルと会った時、案内をしてくれた人物。 その羽織の胸元には、白抜きされた『丸に青海波』、青海藩の家紋。 「懐刀を渡して戴こうか?」 そう言ってサンジの方へ差し出された手。 サンジは一瞬躊躇してゾロの方を見ると、ゾロがうんと頷く。 そして、サンジが懐から朱塗りの懐刀を取り出して、その手の上に乗せた。 その侍は、その懐刀を舐める様に見て、フッと微笑んだ。 「間違いない。御落胤の証だ。・・・・・・よくやった。褒美をやろう。」 その侍が振り向くと同時に木立の陰から現れたのは・・・・・・。 明らかに無頼者と分かる男達がざっと30人程か。 「どういうことだ?!」 ゾロがもう一度、叫ぶように詰問する。 それに対し、その侍はハハハと声を立てて笑った。 「甘いな、ロロノア・ゾロ。サンジ様に生きていてもらっては困る方が大勢いるのだ。この懐刀はサンジ様の形見として、藩主殿に進 呈しよう。」 「・・・・・・・・・くっ!!」 ザッと向かってくる無頼者に、ゾロは2振りの刀を抜いて迎え撃つ。 「絶対、オレの傍を離れるな!」 サンジが頷いて背中にくっ付いてくるのを確認して、ゾロは目の前に居る敵を睨み付けた。 |
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