必殺始末人年末特番  <青海藩御落胤騒動>  1




夕刻から降り始めた霙交じりの雨を恨めしそうに眺めながら、小料理屋「新場簾汰」女将テラコッタは暖簾を中へ仕舞おうと外へ出 る。
おお寒いと肩を竦ませて暖簾に手を伸ばした時、ふと人の気配を感じて後ろを振り向いた。
「・・・・・・・・・おさん、ちゃんかい?」
この寒さの中、裸足で単で髪を振り乱して、半纏で包んだ何かを大事そうに抱えて。
はぁはぁと息を弾ませて、泣きそうな顔で自分を見つめてくる若い女に、テラコッタは恐る恐る声を掛ける。
ついこの間、誰の子だかわからないが、赤子を出産したばかりの当小料理屋看板娘だ。
ちょっと赤子の調子が悪いからと、長屋で休みを取っていた筈なのに。
「・・・・・・あ、テラ・・・コッタ・・・・・・さ」
そこまで言って、おさんが前のめりに倒れかかる。
テラコッタが咄嗟に抱き止めて、小料理屋主人イガラムを大声で呼ぶ。
「お前さん!!お前さん、おさんちゃんがっ!!」
その時、袖をグッと掴まれて、おさんを見ると必死の形相で半纏包みを差し出す。
「この・・・子、この子をっ・・・・・・どうか、娘として・・・・・・。」
「おさんちゃん?!大丈夫かい?今、お医者さまを―――」
「いいのっ!テラコッタさん、どうか、どうか、この子をっ!!」
「・・・・・・わかったよ。あんた・・・。」
その場に駈け付けたイガラムが、うんと頷いて半纏包みを受け取る。
その中には、おさんによく似たすやすやと眠る可愛い金糸の赤子。
それと、どこかの家紋の入った朱色の漆塗りの壊刀。
「おさんちゃん、これ・・・・・・?」
「ありがとう・・・・・・テラコッタさん、イガラムさん。」
おさんはニッコリ笑うと、ガクッとテラコッタの腕の中で崩れ落ちる。
「おさんちゃん?!おさんちゃんっ!!!」
「おさんっ!!しっかりしろっ!!!」


雨は降り続く。
これが、後々青海藩のお家騒動に発展するとは、その時小料理屋夫婦には思いもよらなかった。




***




始末屋シャンクス達に依頼が舞い込んだのは、桜の花びらが散り始めた春真っ盛りの頃だった。


「青海藩?」
「そうだ。内容は簡単だ。御落胤探し、それだけだ。」
簡単そうに言う目の前の男を憎憎しげに眺めながら、シャンクスはヘッと笑ってみせた。
「簡単にみつからねぇから、オレに頼んでんだろ?違うか、仏のセンゴクさんよ。」
「・・・・・・なら、話は早い。目印は2つ。家紋入りの朱塗りの壊刀、そして背中の太刀傷。」
「太刀傷?」
「そうだ。何でも、正室の悋気に触れた様でな。手下の者に襲われたらしい。」
「母親は?」
「名はおさん。一緒に行方不明だ。が、恐らく・・・・・・。」
「・・・・・・わかりました。」
スッと立ち上がり、中庭に面した障子を開け放つ。
そこには、シャンクスの部下ベンが控えていた。
「聞いていたか?」
「はっ、今すぐ探りを入れます。」
「頼む。」
ベンが立ち去るのを見届けてから、シャンクスはセンゴクを振り返る。
「期限は?」
「わからん。藩主が病床に陥っている。意識のある内・・・・・・ということになるか。」
「出来ない場合は?」
「致し方ないの。弟君が継がれることになるが、あまり評判のいい男ではない。」
「評判なぞ・・・どうでもいいのであろうが。」
用は、平穏が続けばよいのだ。
将軍の生母に勲等を授かるだの授からないだのでごった返している今、おとり潰しといった悪い噂を立てたくないといったところか。
(クソッ、上の考えることはいつもそうだ。)
シャンクスがちっと舌打ちをすると、センゴクが笑う。
「わかっておるなら、さっさと行け。御落胤が待ってるぞ。」
「気楽に言いやがって。覚えてやがれ。」
シャンクスはそう言うと、袖を翻して中庭へと降りる。


仕事の始まりだ。




***




御落胤のなかなか行方は知れなかった。
如何せん、20年近く前のことだ。
当時3ヶ月だった子が19歳になっているのだ。
その母親さえ行方不明ときた。
何でも、襲われたその日に子供を抱えて療養所へ走ったところまではわかったのだが、その後の足取りがぱったりと途切れてい る。
診た医者ももう他界している。
その後を継いだチョッパーという医者は、何も聞いていないという。
ただ、傷が深かったためか、縫合の記述だけは残っていたと。
背中、ちょうど腰骨辺りを斬られたようだ。
母親が咄嗟に庇っていなかったら、一刀両断だろうと。
その傷跡は、青海藩藩主の言う傷跡と一致する。
シャンクス配下のベンが、他の者たちを使って周辺を徹底的に洗う。
男でも女でも構わない。
何者かから追われてでもいるかのように逃げてきた親子を知らないか、と。
その必死の捜索が実を結んだのか。

一軒の小料理屋が浮かび上がる。




「あれか?ベン・・・。」
「はい、御頭。あの娘です。」
深川の橋の上で欄干に凭れながら、近くにある一軒の小料理屋を一瞥する。
そして、そこで水を撒く娘の姿を。
線の細い、色白の、そして結構な別嬪の娘。
通り掛る人が皆挙って声を掛け、それに対してニッコリ笑って言葉を返しているところを見ると小料理屋の看板娘なのだろう。
「女、だぞ?」
「えぇ、ですが・・・・・・。」
その時、店の奥から声がした。
「おさんちゃ〜ん、もういいからこちらのお客さんにお茶お出しして。」
「は〜い。」
娘が、桶と柄杓を持って中へと入っていく。
シャンクスが目を見開いて隣に立つベンを見る。
「おさん・・・だと?」
「はい。藩主のお相手と同じ名です。年は今年の3月で19歳。小料理屋女将テラコッタの実の娘ではないようです。」
「・・・・・・・傷は?」
「それはまだ。壊刀の件も確認できてはおりませんが、ただ1つ。」
「なんだ?」
「周辺の者達の話では、20年近く前しばらく女将が店を閉めたとか。」
「・・・・・・?どういうことだ?」
「身内に不幸があったとかで。その後、子供を連れて戻ったようです。ですが、テラコッタには親類は居りませぬ。」
「確認する必要があるな。」
「はい。」
「注意しろ。こちらが気付いたように、向こうも勘付く可能性は消せねぇ。」
ベンは首を縦に振ると、件の小料理屋へと足を運ぶ。
それを、見送りながらシャンクスはひとりごちる。
「結構厄介だな、今回は。」
ヘッと笑ってシャンクスは川面に移る自分の揺らめく顔を眺めていた。




***



その後の調べで、おさんには将来を誓い合った仲の男がいることがわかった。
浪人ロロノア・ゾロ。
前にいた緑西藩の江戸下屋敷に勤めていた下級武士であったが、その藩主子息を殴ったとかで職を解かれたらしい。
何でも、その息子が町娘を誑かそうとしていたのを止めたというのが本当の理由らしいが。
今は、おさんの働く小料理屋の近くの長屋に居を構え、用心棒的な仕事をこなしつつ、内職に傘張りをしているらしい。
2振りの刀を自在に操る男。
それが今、シャンクスの前に居る。


昼時からは少し過ぎて、小料理屋「新場簾汰」の店内は閑散としていた。
店先に一番近い席にシャンクスとベンが陣取る。
そして、一番奥の卓に着く男、ロロノア・ゾロ。
おさんがシャンクス達に料理を運びながら、時折向けるその男への笑顔がそれを物語っているのだろう。
女将がおさんに「休憩しておいで」と声を掛ける。
嬉しそうに前掛けを外して、男に視線を向ける。
男は「お勘定」と言って卓に銭を置くと、スッと立ち上がりシャンクス達の横を通り過ぎる。

一瞬、目が合う。

(勘付いたか?目付きが鋭い男だな。)
シャンクスが湯呑みに視線を落とすと同時に、その男は店を出て行く。
その後におさんが続く。
「ゾロ、今日は?」
「あぁ、もう仕事はねぇ。」
2人の会話が聞こえる。
間違いない。
あれが、おさんの相手だ。
となると、おさんは本当に女なのか?
あの2人が想い合っている事は、たった少しの間だが見てわかった。
(見当違いか?・・・・・・なら、いいが。)
そう思いながらも、シャンクスは顎を杓ってベンに後を付けるよう指示する。
ベンが立ち上がり、店を出て行くのを確認してシャンクスは目の前の田楽に箸を付けた。




腕を組んだゾロの横におさんが寄り添って、日本橋の方へと向かう。
その後を、通りの左右を見ながらベンが遅れを取らないよう後を付いていく。
2人の会話も洩れ聞こえてきた。


「昨日は大丈夫だったか?」
「・・・・・・うん。たまたま、テラコッタさんの所に用があって下に下りてたから。」
「盗られた物はないのか?」
「・・・・・・うん。元々、大した物もってないし。」
「懐のは?」
「・・・・・・いつも肌身離さず持ってるから。」


何か大事なものを持っているようだ。
しかも、昨日盗人に入られたらしい。
となると、もう向こうも彼女に目を付けたか?
なるべく早く確認しなければならない。
彼女が本当に彼の方のご落胤なのかどうかを。

ベンが少し物思いに耽った後だった。
ハッと前を見れば、先程まで目の前に居た彼らの姿が無い。
きょろきょろと周りを見渡し、居ない事を確認しシャンクスの元へと取って返す。
報告せねばならない。
見失った事と、そして藩主弟陣営も動き出している事を。




***




橋の真ん中でゾロが急に立ち止まったので、おさんはきょとんとしてゾロの顔を見る。
そのゾロの表情が硬いことに気付いて、おさんも訝しげにゾロに聞く。
「どうした?」
「オレの背中に貼り付け。絶対ぇ離れるな!」
「え?」
そう言うや否や、周りにざっと8人位の浪人風情が刀を抜いて構えた。
矛先は・・・・・・ゾロとサンジに向けられている。
相手方が、ニヤッと笑って言い放つ。
「悪い事ぁ言わねぇよ、姉さん。波の御紋の入った壊刀、持ってんだろ?」
「・・・・・・何の事だ?」
「あんたには用は無いよ、兄さん。怪我したくなきゃ、退いてな。」
ニヤつく侍崩れにゾロが口角を上げて、スラッと白鞘の刀を抜きながら笑う。
「生憎、オレにゃてめぇ等如き怖がるような神経持ち合わせてねぇんだよ!」
「何をっ!!!やっちまえっ!!」
そう言って斬り掛かってきた浪人1人を、ニッと笑みながらその刃を受け、一旦外して刃を返し峰で脇腹を思い切り打つ。
グェッと厭な声を出して、その男が横へ飛んでいく。
返す刀で襲ってきたもう2人の刀を弾き飛ばす。
そして、もう1本の刀を抜き放ち、目の前に迫っていた男の眉間ギリギリに突き立てる。
最初に話しかけてきた男だ。
瞬時に彼等のうちの首領と見切ったのだ。
「オレの連れを襲うなんざ、どういう了見だ?」
「・・・・・・オ、オレも詳しくは知らねぇんだ。壊刀持ってるかどうか聞けって・・・。」
「ふうん。・・・・・・持ってるって言ったなら?」
「・・・う、奪って・・・来いって。」
ゾロがその刀の先を少し相手の眉間に近付ける。
刃先が相手の皮膚に突き刺さり、ツゥーッと血が鼻梁を伝う。
「てめぇ等の雇い主に言っとけ。おさんは、んなもん持ってねぇ。壊刀なんざ知らねぇってな。」
「わ、わ、わかった。・・・・・・おいっ、退け!」
倒れた3人を助け起こしながら、浪人風情が散っていく。


それを見送って、刀を鞘に納め、ゾロがおさんに向き直る。
カタカタと震えるおさんをゾロが優しく抱き締める。
「オレが必ず、必ずてめぇを守ってやる!」
「・・・・・・・・・ゾロっ・・・。」
そう言うゾロにおさんがポロッと涙を零しながらしがみ付く。
ゾロがおさんを抱き締める腕に更に力を込める。


それを橋の袂に立つシャンクスとベンが見詰める。
狙われているのは確実だ。
現に反対側の袂に立っていた編笠の侍が、今の騒ぎの一部始終見ていたようだ。
終わった途端に姿を消したが・・・。
何とかしておさんが本当にご落胤かどうか確認する必要がある。
それも緊急を要するようだ。
自分達は既に顔が割れている可能性がある。
先程の侍が、一瞬こちらを見たからだ。
(さすれば・・・・・・ミホークか。)
抱き合う彼等を背にしてシャンクスとベンが動く。
シャンクスは女将に、ベンはミホークに繋ぎを取る為に。




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