「何故、見落とした?!!」 シャンクスの屋敷、玄関口で。 シャンクスが怒鳴りつけると、土間に胡坐を掻いて座る手下のヤソップは面目ねぇと頭を下げる。 「男と女の2人連れだって聞いてたんで・・・その・・・男2人は・・・。」 「もういい。クロコダイルのとこで話は聞いたのか?」 「今朝、江戸家老クロがもう屋敷を出たと聞きました。」 「向かった場所は?」 「日本橋です。」 ミホーク、ベンを伴って、日本橋へ駆けつけると、そこにはもうゾロとサンジらしき人影はなく。 人通りの多いその通りにいては、気配も読めない。 「周囲を探せ!まだ、その辺にいる筈だっ!!」 その時、シャンクスに声を掛けてきたものがいた。 「旦那じゃねぇですか。」 情報屋ジャンゴ。 普段は日本橋付近で寿司の屋台を出しているが、その実行き交う人々を眺めてはその情報を売っているのだ。 「ジャンゴ!旅装の男2人、この辺で見なかったか?」 「へぇ。先程、1人の侍に連れられて、すぐ其処の寺社内に入っていったようですよ。」 「!!ありがとよっ!!!」 1朱銭をポイッとジャンゴに向かって放り投げると、シャンクス・ミホーク・ベンが走り出す。 寺社の境内に脚を踏み入れると、刀のぶつかり合う音が聞こえてきて。 そちらの方へ急いで向かう。 その時、目に入ったのは・・・・・・。 木の上で、何かを狙う短筒。 引き金に手を掛け、今にも撃とうとしているその先には。 何人もの無頼者からサンジを庇い、その刃を2振りの刀で防ぐゾロ。 「ロロノアっ!!!危ねぇっ!!!」 シャンクスが叫ぶより早く、銃声が木立の中に響き渡る。 そして、ゾロの動きが止まった。 右肩を打ち抜かれ、右手で持っていた刀を取り落とすゾロ。 それを見て向かってきた3人の無頼者を認めて、背後のサンジを力の入らない右手で突き飛ばす。 その3本の刀が、ゾロの身体を貫いた。 刀を引き抜かれて、ゆっくりと崩れ落ちるゾロ。 尻餅をついたサンジが目を見開いて。 「ゾロ〜〜〜〜〜っ!!!!!」 泣き叫ぶ声がシャンクスたちに火を点けた。 ベンが、ゾロに駆け寄ろうとするサンジの手を引いて、その場を離れ。 シャンクスが木の上にいる射撃者の首に、短刀を突き立て。 ミホークが愛用の黒刀で残った雑魚を片付ける。 気付けば、転がっているのは無頼者だけ。 件の侍は姿を消した後だった。 そして・・・・・・・・・。 ベンの傍で呆然としていたサンジがよろよろと立ち上がると、倒れたゾロに駆け寄る。 「……ゾ、ロ……ゾロ、ゾロっ!」 抱き起こし、膝に乗せ、頬を撫でるとゾロの瞼がゆっくりと開く。 そして、サンジをみとめてふわりと微笑んだ。 「……サンジ……無事、か…?」 「オレはいいっ!お前こそ………。」 サンジはそこまで言って言葉を失う。 ゾロの下の血溜りが止まることなく広がっていく。 それが、ゾロの身体の傷から流れる血と気付いたからだ。 尋常ではない出血量にサンジの顔が青褪める。 バッと顔を上げて自分達を見ているシャンクス等に目で助けを求めるが、返ってきたのは首を横に振り気の毒そうに見つめるその視 線 |
だけだった。 「…………サンジ……。」 か細い声で自分を呼ぶゾロに、サンジはボロボロ涙を零しながら笑ってみせた。 「ゾロ、大丈夫だ。ずっと一緒だろ?いてくれんだろ?」 「あぁ………そうしたかっ……んだが……どう、もムリみてぇ…だ。」 「ゾロっ!!」 ゾロがサンジの頬を伝う雫を指で拭いながら、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。 「サンジ、てめぇがオレの傍に居てくれて、本当に楽しかった。ありがとよ。」 「何言ってんだ!これからだって……。」 「悪ぃ。先逝くオレなんか忘れて、幸せんなれ。」 ゾロはそう言い切ると、小さく咳をして。 パタンと瞳を閉じた。 サンジの頬に伸ばされた手も、力無く地面に落ちる。 急に重くなったゾロの身体をサンジが茫然と眺める。 「………嘘だろ?ゾロ、目ぇ開けろよ!なぁ、もっかい名前呼んでくれよ!ゾロ、ゾロっ!!」 サンジがゾロの身体を抱き締めて、泣きながら名前を呼ぶ。 何度も、何度も、何度も。 そして………。 絶叫が、林の中に響き渡る。 シャンクスもミホークも、なすすべ無く立ち竦む。 責務を果たせなかった悔しさと。 目の前の未来を断ち切られた彼等へ掛ける言葉さえ見つからない情けなさと。 悲痛な泣き声に、自分達の力量の無さを痛感するだけだった。 どのくらいそうしていただろう。 ゾロの頭を掻き抱き、泣き崩れていたサンジが顔を上げる。 抱いていたゾロの顔を愛しげに撫でて、触れるだけの優しい口付けを落として。 その身体をゆっくりと下ろし、シャンクス等に視線を向ける。 「おさんちゃん。………いえ、サンジ様。」 シャンクスが声を掛ける。 「お辛いでしょうが、貴方の父上の望みを聞き入れては頂けないでしょうか?」 「……………。」 「ロロノアもそれを望んでいる筈。」 サンジは黙ったまま、シャンクス等を見、そしてゾロの亡骸を見下ろす。 シャンクスはサンジの返事を待った。 しばらくして、サンジはにっこり微笑んで力無く首を横に振る。 そして、ゾロが落とした刀を手に取った。 「サンジ様?!」 「ゾロと逝く。」 「サンジ様っ!!!」 「オレ、物心ついた時何で女の格好してんのか不思議だった。14の歳にテラコッタさんに形見の懐刀と母の遺言聞いて。納得でき な |
かったけど、それが母の望みならと我慢した。友達もいなかった。このまま、いつか1人になって死んでいくのかなって。そんな時だ
った、
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ゾロが現れて。オレに好きだって言ってくれた。オレが男だって知っても関係ないって言ってくれた。ゾロだけだ。ゾロだけが、ありの
ままの
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オレを受け入れてくれた。なのに、今更跡継ぎだとか言われたって。ゾロが行こうって言わなきゃ行かなかった。」 「……………。」 静かに紡ぎ出される言葉に、反論の余地も無くシャンクスは拳を握る。 「藩がオレに何をしてくれた?父から引き離し、オレを傷つけ、母を死に追いやり、そして今またゾロを………。そんな藩の為にオレ が何故 |
尽くさなきゃなんねぇ?何故跡なんか継げる?オレが幸せになるのが父、母、それとゾロの望みなら、オレはゾロと逝く。ゾロが居な
きゃ
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幸せなんか有り得ねぇ!」 「サンジ様っ!!」 サンジが抜き身の刀を首筋に当てるのを見て、シャンクスが駆け寄ろうとするのをミホークが腕を掴んで引き留める。 「ミホークっ?!」 「私達に出来るのは、最早見届けることだけだ。」 反対側に控えるベンを見れば、悲しそうに頷く。 そして、シャンクスがもう一度サンジに視線を移せば、サンジがにっこり笑ってゾロに話し掛けていた。 「ゾロ、少し待ってて。直ぐ追いつくから。怒んねぇでくれよ。」 そう言うが早いか、刀を一気に引く。 血飛沫が舞い、サンジの身体がゆっくりと崩れ落ちる………ゾロの胸へと。 最後の力を振り絞ったのか、片手はゾロの襟元を、もう一方はゾロの掌を握っていた。 一緒に行こうとするサンジの意志を示すように。 シャンクスはそれを目を逸らすことなく看取った。 自らの罪を失態を胸に刻み付ける為に。 風がブワッと吹き抜けて、倒れ伏す2人と見守る3人の間を木の葉と共に通り抜けていく。 シャンクスは腕でグイッと頬を流れる雫を拭うと、クルッと身体の向きを変える。 「ベン。」 「はい、お頭。」 「彼等のこと、頼む。それから、センゴクに伝言を。」 「お頭?!」 「シャンクス?!」 ベンとミホークがシャンクスの言わんとしていることに気付き、咎めるように声を荒げる。 そんな2人に、シャンクスは目を向けることなく真っ直ぐ前を見て言い切った。 「やっちゃいけねぇことぁわかってる。これが筋に反してるってことぁ百も承知だ。だが、このままにしとくのぁオレの良心が許さねぇ。 |
てめぇ等に強制はしねぇがオレの邪魔だけはしねぇでくれ。」 「…………わかった。私も行こう。」 「ミホークさまっ!」 「お前には後始末を頼む。」 膝を付いて、頭を下げるベンを措いて2人が歩き出す。 向かうは、青海藩江戸下屋敷。 *** 夜もとっくに更け、青海藩江戸下屋敷ではささやかな宴が催されていた。 藩主弟クロコダイルと江戸家老クロ、そしてアーロン一家だ。 「それにしても、手下の者は失態だったな。」 苦虫を噛み潰したようにクロコダイルが呟くと、クロがまあまあととりなす。 「結果的にはよかったじゃありませんか。サンジさまは御自害、邪魔な浪人は居なくなったのですから。」 「すまなかった、手下が不甲斐ないばっかりに。」 アーロンも頭を下げ、クロコダイルの浮かない表情も幾らか和らいだ。 「まぁ、済んだことだ。それより、目付けへの手配は?」 「明日にも書状を送る手筈になっております。藩主も大分弱っておられる御様子。奥方様が上屋敷にて御連絡を待っているとか。貴 方さま |
が藩主に立たれるのもそう遠くはないか、と。」 クロのお追従に、クロコダイルがクククッと笑う。 そして持っていた杯を口へ持っていった。 パリンッ!!! 砕けた杯の欠片とそこに入っていた酒がクロコダイルの膝に降る。 一瞬、何が起こったのか計りかねて茫然とする3人。 よくよく周りを見れば、中庭側の障子に小さな穴が開き、そして反対側の襖に刺さる一筋の細い矢が目に入った。 そこへ、外から声が―――― 「そう簡単じゃねぇんだな、世の中ってなよぉ。」 「お主等の企み、全て見切った。」 「曲者か?!!」 クロコダイルが声を荒げ、アーロンが中庭側の障子を乱暴に開け放つ。 そこには―――― 赤い鬼と黒い夜叉。 面を被った、片や白装束片や黒装束に身を包んだ人が2人立っていた。 「何奴?」 クロコダイルが目を細め、ドスの利いた声で問う。 それに対し、赤い鬼が声を上げて笑う。 「何が可笑しい?!!」 「問われて惜しむような名じゃねぇが、冥土の土産に聞いとけや。」 面に手を乗せ、一気に取り去り後ろへ放り投げる。 「我等、江戸始末屋。てめぇ等の首、貰い受ける!!」 雲が切れ、覗いた下弦の月がニヤリと笑う2人の男を照らし出す。 その周りに、先程のクロコダイルの声を聞いた部下達が、ザザザッと音を立てて取り囲む。 「ざっと30人位か?」 シャンクスが笑いながらミホークに問い掛ければ、 「寸刻あれば事足りるな。」 と冷静に返す。 その言葉にカッとなった輩が刀を振り上げて斬り掛かった瞬間、一陣の光が横に走る。 ミホークがニヤッと笑って、黒刀を背中の鞘に戻すと同時に、部下たちがバタバタと倒れていく。 「雑魚に用は無ぇ。この刀がなぁ、啼くんだよ。てめぇの血が欲しいってな。」 「今更命が惜しいなんて口にするな。もう、手遅れだ。」 逃げようとしたクロの首目掛けて、シャンクスの短刀がヒュッと音を立てて飛び。 アーロンの大鎌を、ミホークが避けてその腹を掻っ捌き。 クロコダイルの前に、シャンクスが。 その後ろに、ミホークが。 それぞれの愛刀を握り締めて立つ。 「やりすぎたな。」 「何もお命を取る事もなかろうに。」 そうシャンクスたちが言うと、クロコダイルがハハハと笑う。 「馬鹿な事を言うな。何故、この年まで大人しく情けない兄に仕えていたと思う?全ては藩主となるため。・・・・・・それを町人として 過ご |
した、只藩主の血の繋がった子というだけで譲れるはずがなかろうがっ!!」 そう言って、刀を抜こうとしたクロコダイルにシャンクスとミホークが止めを刺す。 倒れ付すクロコダイルに、シャンクスが寂しそうに呟く。 「お前がもっとあの2人のことをわかっていたら、こんな事にはならなかったのにな。」 ゾロの傍に寄り添い、幸せそうに笑っていたサンジの顔が目に浮かぶ。 例え、連れ帰っても決して藩主なぞ継ぐ気もなかったろうに。 嫡子としてでなく、只の藩民として鍬を持たせたとしても、2人仲良く暮らしていっただろうに。 見上げた月の色が、サンジの髪の色を思わせて。 シャンクスは2人を思う。 その月が徐々に霞んで見えなくなる。 下弦の月の灯りが、穏やかにその惨状を照らし出していた。 *** 日本橋の袂、陽もまだ昇らぬ早朝。 旅装姿のシャンクスに、ベンが言う。 「お後のことはお任せください。」 「あぁ。センゴクに宜しく伝えてくれよ。」 あの後、駆けつけたセンゴクがその場を見渡して嘆いた。 あと少し早ければ、このようなことにならずにすんだものを、と。 寺社でのいざこざが、その住職の留守中の預かり知らぬ所で行われたと言う事で。 寺社奉行への訴えがあり、それをクロコダイル一派の仕業と証拠付ける物が次々と見つかり。 明日にも踏み込む手筈になっていたと言うのだ。 当然、正妻ポーラは捕縛され、青海藩はお取り潰しと相成った。 ただ、現藩主の現状を鑑み、現藩主死亡後とされたが。 結果として、シャンクス達の行動は間違いではないとはいうものの。 やはり独断専行は許されないと、2年間の江戸払いとなったのだ。 「で、奥方はどうなった?」 「遠島が妥当か、と。」 「・・・・・・そうか。」 それならいいと隣のミホークと笑い合う。 サンジとゾロも、その住職の計らいで手厚く葬ってもらえるとの事。 2人一緒ならば、きっとあの世で喜んでくれているだろう。 「行くぞ。」 「あぁ。じゃあな、ベン。」 「すぐにお2人が必要になりますよ。」 そうベンが言うと、2人は首を横に振る。 「できれば、そうならない事を祈る。」 「あぁ、あんな可哀相なのは2度と御免だ。」 ニカッと笑い、手を振り、ベンに背を向ける2人。 2人の背中を、昇り始めた太陽が照らし出した。 END |
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ゾロが息絶えた後、自分も後を追うと決めるサンジv
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