サンジにとって、今日のシーンが最後の撮りだ。 浪人ゾロの最後を看取って、その屍を抱いて青海藩へと戻る。 これが終われば、もうゾロと会うことも無いだろう。 昨日あれから、帰りの電車で1人窓の外に流れる風景を見ながら、サンジは思った。 こんなことならば、引き受けなければ良かった。 ただ単なる隣人のままで。 追っかけしながら、憧れながら、たまに食事を提供しながら。 ゾロが役者として昇っていくのを、ただの一ファンとして見詰めていたら・・・。 そうしたら、こんなに好きにならなかったのに。 (こんな苦しい気持ちにならなかったのに!!) 「お〜〜っ!!サンジっ!」 「何してんだ?今日の撮影終わったのか?」 車内で声を掛けてきたルフィとウソップの顔を見たら、ポロポロポロポロ涙が零れ落ちてきて。 おいおいと慌てる2人に益々泣けてきて。 思わずしがみ付いて、ワンワンワンワン大声で泣いてしまった。 周囲の目など全く気にならなかった。 そしたら、本当はダブルデートの予定だけど急遽『サンジくん励まし会』にするぞってルフィが言ってくれて。 ウソップが部員皆に集合の電話を掛けて。 ロビン助教授のマンションへ部のメンバーが勢揃いして。 ウソップの彼女、カヤちゃんまで来てくれて。 朝まで、どんちゃん騒ぎした。 料理作って、飲んで、食べて、女の子も一緒にゴロ寝して。 時代劇研究の部活なのに、何故か一切その話題には触れないでくれて。 朝早く1人起きて周りを見渡せば、優しくしてくれた仲間達の寝顔が目に入った。 (きっと大丈夫。皆がいる。) 窓から煌々と差し込む陽の光を眩しく思いながら、サンジはまた泣いた。 泣いて、泣いて・・・・・・やっと決心したのだ。 ゾロから離れよう、と。 今朝までいっぱい泣いて、目なんか真っ赤、瞼は腫れちゃって、撮影所に着くなりボンちゃんに控え室へと引っ張っていかれた。 「何があったか知らないけど、これはダメねん。ちゃんと冷やしましょ。」 と氷の入ったビニール袋をタオルで包んだもので目を冷やされた。 ボワッと熱を持っていた目の周りが、ひんやり冷えていくのがわかる。 「今日は泣くシーンだから、多分ちょっと冷やせばOKよん。・・・でも、何があったの?」 「・・・・・・うん、ちょっとね。もう、大丈夫だから。」 「そう・・・・・・何かあったら言ってね。力不足かもしれないけど。」 「うん。ありがと、ボンちゃん。」 周囲の優しさが身に沁みる。 ココに着いた時にたしぎから寄せられた視線も、申し訳なさそうな感情が見て取れた。 彼女は何も悪くない、それどころか気付かせてくれたというのに。 メイクと着付けをボンちゃんに手伝ってもらってサンジは控え室を出る。 「ボンちゃん、ありがとね。オレ、頑張る!」 「うん、応援してるわ、サンちゃん!」 手を振って、ニッコリ笑って撮影現場に向かう。 そこで、最後のシーンを撮るためにゾロが待ってる。 血を流して倒れるゾロをサンジが抱き起こすところから始まるこのシーンは、今回の年末スペシャルの山場だ。 藩主弟一派に騙され、壊刀を奪われ、サンジの命を狙ってきたためゾロが応戦するのだが。 敵方の銃で肩を打ちぬかれ、動きが止まったところを3方向から刀を突き立てられゾロが倒れるのだ。 そして今にも、サンジが斬られそうになったところへ漸くシャンクスたち『始末屋』が姿を現す。 敵陣を掻い潜り、サンジを救い、敵を壊滅してその後のシーン。 ゾロがサンジの腕の中で絶命し、泣き崩れるサンジをシャンクスが諭しゾロを連れて立ち上がるシーンなのだが・・・。 (何か、違う・・・。) ゾロが自分を思っていないから、今自分はゾロから離れていける。 それがゾロの幸せのためだから、夢のためだから。 でも、浪人ゾロは違う。 サンジを愛してくれてて、サンジを守って死んでいった、サンジの大事な大事な愛する人なのだ。 幾ら手厚く葬ってくれるとしても、死して魂はサンジの傍にあるとしても・・・・・・。 「・・・・・・あの。」 今にも撮影開始という時。 誰しもが自分の持ち場に付き、ゾロもサンジの腕の中で。 サンジはシャンクスに対して口を開く。 「あの、これ、違うと思うんです。」 「え?」 撮影スタッフも、共演者達も、監督も、ゾロも、サンジを見詰めてくる。 こんな状況で、何をと言う視線をそこらじゅうから感じる。 でも、納得できないまま、終われない。 「オレなら、行けないです。」 「サンちゃん、どしたの?」 シャンクスが周りの批難の視線をまぁまぁと手で制して、サンジの元へと来てくれた。 「オレ、大事な人皆藩の為に無くして、それでもゾロがいるならってそう思って行く決心ついたと思うんです。なのに、そのゾロが先に 逝って・・・。心の支えを全て失って、その元凶である藩の後なんか継げないと思う。ゾロと、ゾロと一緒に逝くのがサンジの幸せだ と、オレは思うんです!」 「・・・・・・サンちゃん。」 シャンクスが困ったようにサンジを見詰める。 どのスタッフも声を発しない。 しーんと静まり返る撮影現場の中。 やっぱダメかとサンジが思ったとき、サンジの膝の辺で声がした。 「オレもそう思います、監督。」 ゾロだった。 ゾロ曰く、サンジ同様に違和感はあった。 ただ、あくまでもそれはゾロ視点だ。 サンジがどう考えるかわからない。 だから、敢えて黙っていたというのだ。 2人に言われて、シャンクスもう〜んと考え込む。 「でも、そうすると『始末屋』失敗することになっちゃうんだよねぇ。」 と困ったようにいいながらも、わかったと了承し、脚本家と打ち合わせに入る。 しばらく休憩になり、サンジはちょっとホッとしながらも撮影所の隅っこの方に身を寄せた。 ポーッと見渡すと、今までの情景が浮かび上がってくる。 憧れの殺陣シーンを見れて。 ゾロとミホークの立ち合いも見れた。 ゾロの顔を間近で見たし。 ・・・・・・キスもした。 楽しかったと思えたらいい。 全部全部思い出になればいい。 この撮影が終わったら、早速引越しの準備をするんだ。 早い内に、ゾロがあのアパートに戻る前に、あそこを引き払おう。 しばらくウソップかルフィのとこに転がり込んでもいいだろう。 ただの、ただの追っかけに戻ればいい。 暫くは顔を見るだけでも泣けてしまうかもしれないけど。 (いつか、きっと、テレビで見るゾロをまともに見れる日が来るから。) ドサッと隣で音がして、そちらに顔を向けて目を見開く。 「・・・・・・ゾロ・・・。」 差し出されたものを見て、苦笑する。 ほうじ茶。 「あんた、おにぎりといいこれといい、なんか爺むさいな。」 「・・・・・・ほっとけ。」 いつも通りの会話が出来て、サンジは胸を撫で下ろす。 ズズッと2人して茶を啜り、暫し無言でいた。 プハッと一息ついたゾロが、サンジに話しかけてくる。 「これで、てめぇとの撮りも終わりだな。」 「・・・・・・あぁ。」 「もう、撮影所には来ねぇのか?」 「・・・・・・うん、多分。講義けっこうサボっちゃったし。助教授がなんとかしてくれるって言ってたけど、やっぱね。」 「・・・・・・そうか。」 ゾロが一旦俯いて、何か考え込んでからサンジの方を見た。 その表情は、物凄く真剣で、すこし気恥ずかしげで。 何?とサンジが首を傾げるより早く、ゾロが口を開いた。 「今日の撮影終わったら、てめぇの部屋行っていいか?」 サンジの心臓がバクンと大きな音を立てて鳴った。 *** 今日の撮影が終了したのは、夜も遅く11時過ぎだった。 サンジの撮りは4時前には終わったのだが、ゾロの撮りが終わるまで待っててくれと言うので、ボンちゃんや他のスタッフの手伝い をして時間を潰した。 そうしなければ、余計なことばかりが頭を過ぎるからだ。 なんで、ウチにくるんだろう? なんで、一々オレに了解取るんだろう? メシ喰いにくるだけかな? ・・・・・・オレは、耐えられるかな? 結局、夕飯はロケ弁で済んでしまい、夜食と称して生ラーメンをコンビニで購入し、サンジのアパートに向かう。 道中はどうしても会話が滞りがちで。 サンジは当然緊張していつものように話ができないのは仕方ないとしても。 口数少ないゾロが更に無口で。 ただ、並んで歩いて。 アパートに着いた時にはもう夜中の12時を少し過ぎていた。 「ごっそさん。」 ラーメンを2人前ペロッと食べ終えたゾロが、サンジの淹れたお茶を啜っている。 サンジは2つのラーメン丼を片付け、自分の分のお茶を持ってゾロの着く卓袱台の向かいに座る。 できるだけ、平常心平常心。 ただ、メシを喰いに来ただけなんだ。 それだけで、きっと他意はないんだ。 サンジが心の中では葛藤の嵐が吹き荒れても表面上は落ち着いてみせるよう努力して。 それにいっぱいいっぱいで、一瞬ゾロの言葉を聞き逃した。 「・・・・・・・・・けだ。」 「・・・・・・え、ええ?何だって?」 うろたえて、声なんか裏返っちゃったけれど。 とりあえず、ニッコリ笑って見せて。 ゾロは疲れてるよなとかなんとか言いながら、もう一度言おうかどうか躊躇しているようで。 だから、いつものようにゾロの肩をバンと叩いて言ってみた。 「なんだよ、気になんじゃねぇか。言いたいことあんなら、はっきり言えよ。」 「そうか?・・・・・・なら、もっかい言うぞ。」 「おう!」 ふんぞり返って、ゾロの言葉を待つ。 そして、ゾロの口から出てきた台詞。 「例えてめぇが何者でも、男でも、オレにはてめぇひとりだけだ。」 「・・・・・・は?」 浪人ゾロの台詞だ。 間違いない。 だって、今日聞いたばかりだ。 一言一句違ってないそれに、サンジは大きな口を開けて疑問の声を発した。 それに対して、ゾロは頬を少し赤らめながらももう一度サンジの目を見て言ってきた。 「だから、てめぇに・・・・・・サンジに惚れてる。」 |
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