時代劇に御招待v  7




その言葉を、信じられない気持ちでサンジは聞いていた。
だって、諦めかけて・・・いや、完全に諦めてしまった後でこんな・・・。
ただ、呆然とゾロを見詰めるサンジに、ゾロが頭をポリポリ掻いて苦笑する。
「いや、男同士だし、てめぇがオレのこと役者として好きなのはわかってる。だが、言っときたかった。悪ぃ、すぐ忘れろ。」
そう言って立ち上がり、ゾロが玄関へと向かう。

どうしよう・・・・・・引き止めていいのか?
オレはゾロの邪魔にならないのか?
それよりも、ゾロの気持ちは本物なのか?
役に溺れてるだけじゃないのか?

サンジの頭は大混乱で、卓袱台の前で固まったままだ。
ゾロが靴を履く音が聞こえてきて、ハッと我に返る。
もう少ししたら、ゾロは行ってしまう。
これが、最後のチャンスかもしれないのに。


たった、一度だけでも一時だけでも想いが通じ合えるかもしれないのに。


「待って・・・・・・!!」
縺れる足をなんとか前へ動かし、玄関先で自分を振り返るゾロに飛び掛る。
ドカッと音がしてサンジが顔を上げれば、サンジの身体を支えたゾロがドアにぶつかったようで。
片手で後頭部を擦り、片手でサンジを抱えたまま、ゾロがサンジを見ていた。
「・・・・・・サンジ?」
「オレ、オレ・・・・・・忘れねぇぞ。」
「サンジ。」
「オレ、てめぇが言ってくれたこと、絶対ぇ忘れねぇ。」
サンジはそう言って、ゾロの首にしがみ付く。
そんなサンジの背中に腕を廻し、ゾロがサンジの耳元で囁く。
「惚れてるって言っていいか?」
「うん。」
「こうやって抱き締めていいか?」
「うん。」
「・・・・・・キス、していいか?」
「・・・・・・うん。」
顔を上げてゾロを見れば、おさんに御落胤サンジに向けられていた優しくて色気のある笑顔で。
それを見て、嬉しくなってサンジは目を閉じる。
近付いてくるゾロの吐息。

重ねられた唇。

サンジの頬を、一滴の涙が伝い落ちていく。
それに気付いたゾロが、一旦唇を離して指で拭う。
そして、サンジの好きな低い声で言った。
「抱いて、いいか?」
「・・・・・・・・・うん。」
サンジが頷くと、ゾロがサンジをひょいと抱えて靴を乱暴に脱ぎ捨てる。
きょろきょろと周りを見渡すゾロに、サンジが恥ずかしそうに笑いながら言う。
「いいよ、リビングで。」
「・・・・・・痛くねぇか?」
「大丈夫。・・・・・・優しくしてくれよ。」

抱いてくれるのなら、ベッドじゃダメだ。
1人で寝る時、厭でもその温もりを思い出してしまうだろうから。
だから・・・・・・。

リビングのカーペットの上に寝かされ、ゾロがサンジを組み敷く。
サンジはゾロへと腕を伸ばす。
それに誘われ、ゾロがサンジに口付けをする。
背中に手を廻されて、抱き締められる。

このまま時が止まればいい。
このまま、ゾロが自分を好きでいてくれれば・・・。
けど、けど、それはきっと無理だから。
ゾロが次の役を貰ったら、この気持ちはその相手役の子のモノだから。
だから、今だけでいい。
今だけ、こうしてゾロに抱いてもらえれば・・・。

きつく抱き締められて、何度も何度もキスされて、色んなとこ触られて。
中心を扱かれ、後穴を弄られ、ゾロのを受け入れて。
身に余る快感の中でイって、自分の中でゾロがイッたのを感じて。

零れた涙を舌で舐め取り、ゾクッとするような色気のある顔で「好きだ。」と言ってくれて。

もう、これでいい。
この顔を、この声を、この熱を感触を愛しさを。
全て胸に刻みつけて。

サンジは新たな涙を零しながら、抱き締めてくれるゾロに縋る腕に力を込めた。




***




年末特番の視聴率は、物凄かったらしい。

ウソップ曰く、番組終了後、ゾロとサンジに対する問い合わせが余りに多くて、局の電話回線が一時不通になりかけたとか。
ゾロはかなり評判を上げたようで、春からのクールでのレギュラー入りも決まったし、別の番組では主役も貰ったようだ。
サンジに対する芸能プロダクションの勧誘も洒落にならなかった。
勿論全て丁重にお断りしたのだが。
未だに諦めていない事務所も多く、偶に大学に押し掛けて来られて閉口した。

あれから、2ヶ月が過ぎようとしていた。

あの翌朝、ゾロは朝早くサンジの部屋を出た。
「しばらくホテル住まいだが、撮影が終わったら戻る。」
「・・・・・・うん。」
「じゃあな。勉強頑張れよ。」
「うん。ゾロも撮影頑張って。」
「あぁ。」
ゾロはそう言って、サンジに軽くキスをすると手を振って去っていった。
その姿を見えなくなるまで見送って。
ドアを閉めて、荷造りをして、大家さんに連絡して。
その日のうちに部屋を明け渡した。
大した荷物も無かったし、家財道具ごと部室に持っていったら、ウソップが心配してくれて。
結局ウソップのアパートに居候させてもらっている。

携帯も変えたから、ゾロから連絡が来ることもなかった。
ウソップを通じて完成版の試写に来るよう誘われたが、忙しいからと断った。
年末特番も見なかった。


ゾロとの接触は、一切なかった。


忘れられるかなと思った。
一時とはいえ、通じた想いが自分を支えてくれるかなとも思った。
・・・・・・でも、それは無理な話で。
日に日に募っていく想いに、押し潰されそうになった。
会えない寂しさに、胸が掻き毟られる思いがした。
これも、思い出になる日が来る。
偶にテレビで見るゾロは元気そうで、それだけがサンジの救いだった。




サンジが講義を終えて、『時代劇映画研究部』の部室でウソップたちと駄弁っている時だった。
急に大学構内がガヤガヤと賑やかになった。
女の子の黄色い歓声まで聞こえてくる。
何事だとウソップが部室の窓を開けて、騒ぎの中心を探す。
そして、「あれだ。」と声を上げたので、サンジがウソップの肩越しに指差された方向を見て。

唖然とする。

きゃあきゃあと取り巻く女の子たちの中心にいる人物。
長身に濃紺の着流し。
腰には刀まで差して、下駄を鳴らして歩いてくる男。

「あれって、ゾロじゃねぇ?」
ウソップが言ったのと同時だった。
その男とサンジの視線が、絡み合って―――


「サンジっ!!!!」


ゾロが大声で叫ぶ。
サンジは窓から飛び退き、部室の一番奥にある資料室へと駆け込む。
そして、鍵を閉めてドアに凭れ蹲った。
ドンドンと扉を叩く音がして、ウソップの声が聞こえた。
「おい、サンジ。どうした?!」
「オ、オレなら、居ねぇって言ってくれ!」
「だって、お前―――」
「頼むっ!!!」
そう言っている間にも、騒ぎの声は近くなってくる。
そして、部室のドアがガチャッと開いた音がした。
ゾロの声と、それに答えるウソップの声が断片的に聞こえてくる。
(早く、早く帰ってくれ!)
サンジのその願いも虚しく、資料室のドアがダンダンと叩かれる。

「サンジ、居るんだろ。出て来い!」
「・・・・・・・・・。」
ゾロの声だ。
久し振りに聞く、サンジの心を脅かすゾロの低い声だ。
泣きそうになりながらも、サンジは口を抑えて首を振る。
(今出たら、今までの努力が無駄になる!全部全部、ゾロのためだから!)
ドンともう一度ドアを叩く音がして、そして何かがドアに凭れ掛かる気配がした。
「なぁ、サンジ。」
静かな口調でゾロが話し掛けてくる。
「何で、アパート引っ越した?」
「・・・・・・・・・。」
「帰ったら、てめぇ居なくて。携帯も繋がらなくて。どうやって繋ぎ取れるかもわかんなくて。暫く、呆然とした。」
「・・・・・・・・・。」
「たしぎに聞いた。てめぇにいらんこと言ったって。」
「・・・・・・・・・。」
「オレの事、もう嫌いになったか?面倒になったか?・・・・・・他に好きなヤツ、出来たのか?」
「・・・・・・・・・。」

違う。
そんな事ない。
今でもゾロが好きだ。

言いたいけど、言っちゃいけない。
自分が傍に居るとゾロの邪魔になるから。
ゾロはただ、相手役の子に惚れてるだけだから。
後になって、絶対後悔するから。

サンジがそう思って黙っていると、サンジの凭れていたドアが軽くなった。
ゾロがドアから離れたのだろう。
(このまま、行ってくれ!)
そう思っていると、またゾロの声がした。
「今、来春から始まる時代劇の撮りやってる。相手役はこの間降りたヒナって女で。相手役に惚れろって監督は言う。」
「・・・・・・・・・。」
「でもな、ヒナには惚れらんねぇ。演技なんか出来やしねぇ。だから、ヤツの顔にてめぇの顔を重ねてんだ。」
「!!!」
驚いて、サンジはドアから身体を浮かす。

今、ゾロは何て言った?

「てめぇの顔思い浮かべて芝居するとよ、監督がいつも褒めてくれんだ。いい眼してるっつってな。でも、それも限界だ。」
「・・・・・・・・・?」
「てめぇの泣いた顔しか思い出せねぇ。最近見てねぇせいだ。どうしてくれる?」
「・・・・・・・・・。」
「嫌いになったんなら、それでもいい。ただ、オレにはてめぇが必要だ。てめぇにだけ惚れてんだ。この先、てめぇ以外考えらんね ぇ。」
「・・・・・・・・・ゾロ。」
カチッと資料室の鍵を開け、扉を開き、サンジが其処から出て、顔を上げて前を見れば・・・。

ゾロの嬉しそうな、そして少し寂しそうな笑顔。

「てめぇにオレはいらねぇか?」
「・・・・・・そんなこと、ねぇ。」
「てめぇはオレの事、嫌いになったか?」
「・・・・・・そんなこと、ねぇ。」
「てめぇと一緒に居たいんだが・・・・・・ダメ、か?」
「・・・・・・そんなこと、ねぇっ!!!」

駆け寄って、しがみ付いて、ポロポロ泣いて。
そんなサンジをゾロはしっかり抱き締めてくれた。
優しく髪を撫でて、しゃくりあげるサンジの背中をポンポンと叩いてくれた。
そして、キスを。
こめかみに、おでこに、目尻に、頬に、唇に。
宥めるように、愛しむように、そっと・・・・・・サンジが泣き止むまで。
涙で濡れた頬を掌で拭ってくれて、ゾロはサンジに言ってくれた。

「例えてめぇが何者でも、男でも、オレにはてめぇひとりだけだ。・・・・・・好きだ、サンジ。」
「・・・・・・ゾロ、オレも・・・。」
唇が重なり合う。
周囲の声も耳に入らず、ただサンジは取り戻した恋に、ゾロとのキスに夢中だった。




***




その後どうなったかというと・・・・・・。
サンジは、ゾロのアパートに一緒に住むことにした。
大学中にゾロとの仲が噂になり、それがマスコミにまで広がって「熱愛発覚」なんて記事まで出て。
ゾロの役者としてのレールに傷がつくかと思いきや・・・。
返ってファンは増え、ゾロは益々忙しくなった。
それでも、ちゃんとアパートには帰ってきて、サンジとの同棲生活を満喫している。

サンジはといえば、多少のすったもんだはあったが大学生活に支障が出るわけでもなく。
『時代劇映画研究部』への入部以来が殺到した以外は平穏無事な毎日を送っている。
サンジの時代劇好きは相変わらずで。
まぁ、それもゾロ限定ではあるのだけれども。
これ以上ファンが増えることに一抹の不安がないとはいえないが、ゾロが出る番組が増えるのには諸手を揚げて喜んでいる。

2人が共演した特番は、シャンクスがゾロにDVDにしてプレゼントしてくれてて。
それは、ゾロの部屋のテレビの横に飾るように立てかけてある。
そこに、サンジが書き込んだ言葉。


必殺始末人年末特番<青海藩御落胤騒動>―――素敵な時代劇に御招待v』




END




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大学構内に着流しで登場するゾロv




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