「・・・・・・いいか?」 ゾロが低く囁くようにサンジに話し掛ける。 サンジはコクンと首を縦に振り頷くと、片袖ずつ腕を抜いて肌を晒していく。 そして、両肩を露にし、一気に着物を腰まで下ろす。 ゴクンッ! 喉を鳴らす音が聞こえた。 (・・・・・・ゾロ、か?) 背中の傷は、特殊メイクの賜物だ。 メイクのボンちゃんと、いつの間に入り込んだのかサンジの友人ウソップでものの3時間で作り上げた精巧なもの。 そこにゾロの視線の先があるのだろう。 背筋をシャンと伸ばして、ゾロの次の行動を待つ。 待つ。 ひたすら、待つ。 (・・・・・・ん?) 幾らなんでも、間が長過ぎるだろう。 というか、ゾロは何やっているんだろう? チラッと自分の前にいる照明さんを見やれば、照明さんも首を傾げている。 流石に監督も待ち切れなかったのか、「カット」の声が掛かる。 そして、サンジがその声を合図に振り返ると・・・。 真っ赤になって固まっているゾロがいた。 「ゾロ?」 サンジが話し掛けると、ゾロがハッとしたような顔をして、瞬きをパチパチと何度もする。 「えっと・・・オレ・・・?」 「ゾロの台詞だろ、次。」 「へ?・・・・・・あ、あぁ。ああっと、そっか。」 ゾロは、なんか心ここにあらずといった感じで、周囲のスタッフ、及び監督に頭を下げてもう一回とお願いする。 そして、監督の方へ歩み寄ると一言二言話をして、もう一度立ち位置であるサンジの後ろへ座る。 サンジはそんなゾロの態度に疑問を感じながらも、まぁそんなもんかともう一度着物の袖へ腕を通す。 ゾロがNGを出すのは珍しいけれども。 よくよく考えたら、殺陣シーンでのNGが無いだけで。 今までまともに役が付かなかったのだから、演技には慣れていないのかもしれない。 悪いと謝るゾロに、首を横に振って笑ってみせた。 自分の失敗はイヤだけど、ゾロのは笑って許せる。 そんなのにも、自分の気持ちを再認識して苦笑してしまうサンジだった。 ゾロのNGのせいで、結構リラックスしたサンジだったが・・・。 TAKE2のカチンコが鳴って、ゾロの台詞があって。 もう一度背中を晒して。 ゾロの熱気が段々近付いてきて。 (そうそう、それでゾロの腕が回されて・・・) 段取りを追うことで、妙な勘違いをしないように役に集中する。 そのサンジの両腕をゾロが掴む。 (へ?・・・腕・・・?) ゾロの吐息を背中の特殊メイクを施した付近に感じたかと思うと・・・。 暖かいものがそこに押し当てられた。 妙に熱っぽくって、それでいて少し湿り気があって。 (え、何って・・・・・・えええ?ゾロの唇?・・・って、キス、してんのかぁ?!!) 身体中の熱が一気に上昇して、頬が真っ赤に染まっているのが自分でもわかる程熱い。 サンジが固まっていると、ゾロが台詞を言う。 「例えてめぇが何者でも、男でも、オレにはてめぇひとりだけだ。」 身体を起こしたゾロがサンジの傍ににじり寄り、後ろから覆い被さるようにサンジの身体を抱き締める。 前で交差された腕がサンジを優しく包み、掌で肩を掴まれ、更にゾロの胸へと引き寄せられる。 ゾロの顔がすぐ横にあって、サンジは恥ずかしくて思わず視線を落とす。 「・・・・・・ゾロ・・・?」 思わず呼んでしまった名前。 自分でも恥ずかしくなるような、震えた扇情的な声で。 そのサンジの呼び掛けに、ゾロが抱く力を少し緩めて回した手の片方でサンジの顎を掴む。 (・・・え?・・・な、何?) ゾロが抱き締めた腕を解き、右腕へとサンジの身体を移動させ、サンジの顔を覗きこむようにして。 顎を掴んだ指で前を向くサンジの顔をゾロの方へ向けて。 そのサンジの目に入ったゾロの顔は、妙に色気が在ってサンジは胸のトキメキを押さえられない。 ゆっくりと近付いてくるゾロの顔。 目を瞑って、肩に乗せられているゾロの掌をギュッと握って。 唇に先程背中に感じたそれを受けた。 (わ!!キス・・・してんだ、ゾロと。) 緊張するサンジを宥めるかのように、顎を掴んでいた手がサンジの頬を優しく撫でる。 ペロッと唇を舌で舐められて、思わず開けた口に滑り込んでくるゾロの舌。 ゾロの腕にしがみ付けば、その手を外されしっかりと指を絡められる。 身体を支えていた手で後頭部を掴まれて。 思いっ切り口付けられる。 (うわっ!!!・・・・・・どうしよう、オレ・・・。) サンジの身体が心が蕩けていく。 フゥッと力が抜けていく。 そんなサンジの半裸体をゾロがゆっくりと褥へと横たえていく。 口付けは解かれないままで。 もうサンジは演技どころじゃない。 ただゾロの激しいキスに翻弄され続けた。 「カット」の声が掛かるまで。 夜着の衣装のまま、控え室に入ったその場で扉に凭れかかりへたばるサンジ。 あの「カット」の声の後、皆が次のシーン撮りに取り掛かっている中、サンジは1人控え室へと戻った。 「お疲れ様」と声を掛けられても殆どまともに返事などできていなかったと思う。 ゾロとのキスでサンジの心は許容量を完全にオーバーしていたから。 (あんなの、脚本には無かった・・・・・・ゾロは、何で・・・?) しかも、あのシーンの最後、「カット」の声が掛かった瞬間だ。 朦朧とするサンジから、一旦ゾロは唇を離したのだが。 もう一度、キスをサンジにしてきたのだ。 触れるだけの、優しいそれを。 離れていくゾロの表情は、今までに見たことのない色欲を感じさせるもので。 目を見開いて見ているサンジに、ゾロはフッと笑いながら手を差し伸べてくれた。 その手を取って、起き上がって、座ってボーッとしているサンジの夜着をゾロが直してくれて。 ゾロが、セットの部屋から降りた瞬間我に返ったサンジは、脱兎のごとく控え室へと取って返したのだ。 (どうして・・・ゾロ、は・・・?) サンジは口元へ指を持っていく。 先程ゾロの唇が触れたそこへ。 かああああっっと頭に血が昇っていく。 何も考えられない。 何も・・・・・・さっきのキス以外は何も。 その時だった。 コンコンとノックの音がして、扉が開かれて。 サンジの腰に扉の角が当たって止まる。 「サンジさん?」 その声は、たしぎのものだった。 たしぎから渡された梅昆布茶を、座敷に座り込み、向かい合わせに座って飲む。 味は殆どわからなかったが。 たしぎはそんなサンジの前で俯いて、何度もモノを言いかけては黙り込むといったことを繰り返していた。 そして決心がついたのか、漸くサンジに視線を向けて口を開いた。 「サンジさん、私の勘違いだったら言ってくださいね?」 「・・・・・・え?何?」 「サンジさん、ロロノアのこと好きですよね?男として・・・あ、いえ、恋愛対象として。」 「えっ?!!」 ビックリして、持っていた湯飲みを落とす。 中味の入っていないそれが、コロンと畳の上に転がる。 それを見て確信したのか、たしぎがサンジに話し続ける。 「サンジさんの態度、見てて思ったんです。そうなんだろうなって。そういうサンジさんの気持ちを無意識の内に感じ取っているんでし ょうね、ロロノアも。今までに無い程、演技にも集中してるし幅も出てるんです。ただ・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「ただね、サンジさん。ロロノアは今回の役に賭けてるって事もご存知ですよね。実際、共演してる役者さんたちの中で、次もロロノ アとと言って下さる方も出てきてますし、ディレクターもスポンサーも見直してくれています。次のドラマとかも決まりそうなんです。ロ ロノアはこれからの役者なんです。だから・・・・・・だから・・・。」 「・・・・・・・・・。」 たしぎの言うことが大凡解って、サンジは言葉も無く俯く。 ゾロがこれからが大事で、自分が居たらゾロの邪魔で、自分の気持ちは迷惑なだけで。 「それに、その・・・サンジさんにはわからないかもしれませんけど、役者は演技が出来るんです。本当に好きだっていう演技が。」 「・・・・・・そうだね。たしぎさん、ゾロは役者だから。」 だから、あんなのは演技で出来る。 例え大っ嫌いな相手でも、演技でキスもSEXの真似もできるのだろう。 わかっていたのに・・・・・・わかっていたのに・・・。 サンジは寂しそうに笑うと、たしぎに向かって言った。 「ありがとう。オレ・・・もう帰る。着替えるから・・・・・・。」 「・・・・・・はい。サンジさん、送りましょうか?」 「大丈夫。1人で帰れるよ。出てってもらっていい?」 「・・・・・・はい。ごめんなさい、サンジさん。」 「謝んないで。オレが・・・オレが、馬鹿だったから。」 クルッとたしぎに背を向けて、着替えを鞄から取り出すと、たしぎが出て行ったのかパタンと扉が閉まる音がする。 振り返り、誰もいないのを確認して、ホッとして。 それでも・・・・・・・。 (まだ、ダメだ。) ここで泣いたら、たしぎが心配するから。 自分に言い聞かせて、衣装を脱ぐ。 着替えをすまして撮影所内を横切ると、ゾロとシャンクスが話しているのが聞こえた。 壁の向こうにいるのか、姿は見えなかったが。 『さっきの床入りのシーン、アドリブとはいえよかったぞ、ゾロ。』 『・・・・・・そうですか?』 『ああ、お前も漸く演技ってモンがわかってきたんだなぁ。』 『・・・・・・いや、そうでも・・・。』 『相手役には惚れなきゃできねぇ。ま、役やってる内だけだけどよ。』 『・・・・・・そうですね。』 ゾロの声が遠くに聞こえる。 やっぱりアレは演技で、サンジの勘違いで・・・。 役柄上恋人同士だから・・・だから、あんな顔で目で行動で。 でも、それでも、ゾロとキスできてよかったんだ、と。 好きな人と、例え気持ちは通じ合って無くてもキスできる機会なんてないんだから、と。 そう思い込もうとして・・・・・・出来なかった。 もう好きで好きでどうしようもなく好きで。 あんなことされたら、期待してしまう。 芝居の中だけでなく、現実でも。 好きになってくれたらいいのに、と。 キスして抱き締めて欲しいのに、と。 そうじゃないのならば、いっそ何もいらないのに。 好きなだけで・・・・・・それだけで、よかったのに。 |
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