撮影は順調に進んでいった。 ゾロとおさんの出会いのシーン。 互いに段々魅かれていくシーン。 おさんが藩主弟一派に襲われそうになる所をゾロが助けるシーン。 サンジとゾロの絡みのシーンを、纏めて撮っていくようだ。 毎日毎日撮影所に通い、ゾロと一緒に過ごせる時間はサンジにとって最高に楽しい日々だった。 役柄上は恋仲で、ゾロに愛しいものを見詰めるような目で見られて、ドキドキしながら。 勘違いするなと自分に言い聞かせながら。 おさんと同じように、ゾロへの想いに身を焦がしながら。 サンジが、休憩の合間に控え室に戻った時だった。 閉めた筈のドアがまた開いて、サンジが振り返った先には自分を睨み付ける1人の女優が立っていた。 「あなたが、サンジ?」 「・・・・・・あ、はい。」 その顔を見て、サンジはハッとする。 本来ならばサンジがやっている娘役をやる筈だった人気女優ヒナだ。 その人が、今目の前に居てサンジに話し掛けている。 (うわぁ、凄ぇ。直に見ると、メッチャメチャ綺麗だよなぁ。) などとサンジが感動していると、ヒナがふ〜んとサンジの顔に不躾な視線を寄越す。 そして、サンジの前まで来ると前髪の先を指で摘み上げて離し、頬を撫でて、サンジの周りをクルッと回る。 「・・・・・・あ、あの・・・・・・。」 「まぁ、確かに美人だけど・・・。あなたに役を取られるなんて、ヒナ心外!」 「え?・・・・・・ヒナ・・・さんが御自分から降りたって・・・。」 「ロロノアが直接お願いしに来ると思ったのよ。私じゃなきゃダメってね。」 「・・・・・・・・・。」 「それが、何?こんな顔だけのど素人拾うだなんて。しかも、その母親役?冗談じゃないわ、ヒナ失望!」 何か散々な言われように、サンジは凹む。 自分のせいじゃないのに。 それに、ヒナは意外とゾロのことが気に入っているようで。 (こんな美人に言い寄られたら、幾らなんでもその気になるよなぁ。) 俯くサンジにヒナが言う。 「ヒナ、貴方には絶対負けないから。」 それだけ口にして、控え室からヒナは出て行った。 バンッと大きな音を立てて。 サンジは傷付いて、傍にあった椅子に腰を落として俯く。 視聴率20%は硬い『必殺始末人』の年末特番のヒロイン役。 時代劇に出る女優達から見たら、サンジの存在は気に喰わないのだろう。 それに・・・・・・ゾロ。 シャンクスやミホークの男優だけでなく、女優陣にも評価されているようだ。 それだけでなく・・・・・・男として見ているとしたら。 サンジが落ち込んで、項垂れている時だった。 ガチャ。 控え室の扉が開いた。 何か言い忘れたことでも在ったのかと、ふと顔を上げて驚く。 「どうした、サンジ?」 心配そうに自分を見つめる、サンジの好きな人ゾロ。 息を弾ませ、ここまで走ってきたことは推測できる。 ゾロは、サンジの近くまで来ると顔を覗き込んできた。 「何か、言われたか?」 「・・・・・・え?」 「今、擦れ違った。『ヒナの方が数倍美人でしょ?』とか何とか言ってたから、もしかしてと思ってよ。」 サンジはフルフルと首を横に振る。 本当の事を言って、ゾロを心配させたくない。 でも・・・・・・自分も少し限界かもしれない。 「ちょっと疲れただけだ。」 「・・・・・・そうか。ならいい。」 そう言って、立ち去ろうとするゾロの手をギュッと掴む。 ビックリした顔で、サンジを振り返るゾロ。 そのゾロに、お願いしてみる。 自分の気持ちをちょっとでも浮上させるために。 「ちょっとだけ、こうしててくれよ。」 サンジはそう言って、ゾロの腰に手を回し、ゾロのお腹に顔を埋める。 ゾロの鼓動を感じて、サンジの気持ちが落ち着いていく。 ゾロの暖かさを感じて、サンジの心が晴れていく。 ギュッとしがみ付いたサンジを見下ろして、ゾロが真っ赤になりながらその頭に手を乗せようかどうしようか悩んでいることなど知らず に。 *** そう言われてみれば、と撮影現場に戻ったサンジが周囲を見渡してみる。 エキストラの子達を除いて、役のある女の子達の自分に向ける視線はそれは冷ややかなもので。 (主役級の役者からの紹介で無碍にもできないんだろうけど、そりゃ面白くないよなぁ。) そう考えてしまい、サンジの折角持ち直した気持ちはまた沈んでいく。 さっき控え室まで来てくれたゾロは、頭をポンポンと撫でてくれた後、エラく慌ただしい様子で戻っていった。 心配して来てくれたのだろう。 そんなゾロのサンジへの態度も彼女達の気持ちを逆撫でしているようで。 目の前では、ヒナが演技の真っ最中。 危機迫る彼女の芝居に圧倒されながらも、本当に自分がここに居ていいのかと思う。 その時、俯いたサンジの前に差し出された物。 (………おにぎり?) サンジがふっと視線を上げて見たのは、自分を覗き込むゾロの優しい笑顔だった。 「腹、減ってねぇか?」 そう言って、ゾロはサンジの横にストンと腰を下ろす。 3つあるおにぎりの1つをゾロが取り、ほれとサンジに勧めてくる。 サンジが1つ取ると、ゾロはそれを見届けて自分のを頬張った。 黙々と2人して食べていると、ゾロが食べ終わったのか、口を開いた。 「あんま、美味しくねぇよな。」 「………そうか?」 「てめぇのメシのが断然美味い。」 「!!!」 言われた言葉にびっくりしてゾロを見れば、サンジの方を見てニコニコ笑ってくれている。 「最近てめぇのメシ喰ってねぇから、なんか食欲もねぇし。」 「……………。」 「また、喰わしてくれよ。」 「お、おう。いつでも来いよ。」 サンジが嬉しくなって笑うと、ゾロがホッとしたように笑む。 「他のヤツぁ気にすんな。幾らオレがいいっつったってダメならとっくに下ろされてる。てめぇがいいから、やっかまれてんだ。ちゃんと やって見返してやれ。」 ゾロの言葉がじわじわと染み込んでくる。 ゾロが自分を気に掛けてくれている。 それだけで、サンジの気持ちは簡単に浮上するのだ。 「ありがとな、ゾロ。」 ちょっと涙腺が弛んじゃって、ウルウルした目でゾロに笑い掛けたら、またしてもゾロは慌てたようにガバッと立ち上がって。 勢い余って後ろにひっくり返って。 「そ、そうか。元気んなったか。」 そう言ってハハハとから笑いしながら、走り去っていった。 (忙しいのにオレのこと見てくれてんだなぁ。……………うしっ、頑張るか!) 一口分残った手元のおにぎりをポンと口に放り込んでパンと頬を叩く。 シャンクスが自分を呼ぶ声がして、サンジはハ〜イと返事を返し立ち上がった。 それから、サンジは自分の出番だけに集中した。 周りの目は気にせず、監督の言うこととゾロの反応だけを気に掛けるようにした。 自然と演技にも気合いが入る。 こんな時、役上のサンジならどう動くか。 どんな表情をするのか。 サンジを庇うゾロの殺陣シーンをまとめて撮っていったのだが、心配そうにただゾロだけを見つめ続けた。 現実のサンジがゾロに寄せる想いと同じだから、サンジにとってはやりやすい。 徐々に周囲の視線が好意的なものに変わっていったのに気付かない程、サンジは役にのめり込んでいった。 今日の撮影は室内をメインに撮る予定になっている。 サンジの出番はすぐ次なので、サンジは夜着の格好をして座っていた。 (オレ、心臓持つかな?) ドキドキしながら、サンジは呼ばれるのを待つ。 今度撮るシーンは、サンジ扮するおさんの背中をゾロに見せるシーンだ。 御落胤の証である背中の太刀傷をゾロが確認するのだ。 その後、脚本には無いが所謂床入り前のシーンなのだ。 ということはつまり………。 (半裸状態、なんだよな。ヤッパ。) 着物を左右にバサッとはだけて、後ろにいるゾロに見せる。 それを見て、ゾロに後ろから抱き締められるのだ。 (ヤベェ!メチャメチャ緊張する!) そう思ってゾロを見れば、ゾロもなんだか緊張しているようで、たまにサンジと目が合っては逸らすのを繰り返していた。 殺陣シーンは撮り慣れているものの、芝居となると緊張するのだろうか。 次に目が合って、サンジがぎこちないながらもニコッと笑い掛けると、ゾロが慌てたように周囲を確認した後、ヘヘッと返された笑み にホッとするサンジがいた。 そうこうしている間にカチンコの音が鳴り、ゾロとサンジが呼ばれる。 立ち位置等を確認し、監督の意図を聞くと、ゾロとサンジを残してスタッフがカメラの後ろに下がる。 セットとはいえ、部屋の中にいるのはゾロとサンジの2人だけ。 2人とも夜着だけの状態だ。 自分の後ろに座るゾロ。 目の前には褥。 周囲は当時の照明器具を考慮してか物凄く薄暗くて。 弥が上にも、緊張感が高まる。 (すげぇ、雰囲気あるんだけど・・・。) 顔がゾロに見えないのを幸いに、サンジの顔は真っ赤っ赤で。 きっと首筋までピンク色になっているのだろう。 落ち着け落ち着けとサンジは自分に言い聞かせる。 とにかく、サンジに台詞は無い。 ゾロに言われて夜着を左右に肌蹴て、そしたらゾロが後ろから抱き締めてくれて。 「てめぇが何者だろうと、オレにはてめぇひとりだけだ。」 とか言って、褥に横たえられるとこまででカット。 頭の中で何度もシュミレーションして、余り硬くなりすぎないように、緊張して失敗しないように。 ゾロの邪魔をしないように。 (できりゃ、一発で終わりてぇっ!!) そうじゃなきゃ、こんなシーン、心臓が持ちそうも無い。 真後ろにゾロの気配を感じて、サンジのバクバクと高鳴る鼓動がゾロに聞こえやしないかと思うと気が気じゃない。 「サンちゃ〜ん、いい〜〜っ?」 と監督の声がする。 サンジがコクコクと頷くと、カチンコの音が鳴る。 (撮影開始だ!!) |
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