記者会見は定刻より10分遅れで始まった。 少し待たせるのがいいんだとシャンクスは笑う。 ナミとルフィも着いたようで、一番後ろで見てるとメールがあった。 ドキドキしながら出番を待つ。 入る順番は、西Aディレクター、スポンサーバンショーの専務、シャンクス、ミホーク、ゾロ、サンジと続く。 サンジの存在は完全に秘密扱いで、待っている所からでも会場の興味津々の熱気が伝わってくる。 (あぁ、やべぇ。心臓破裂しそう・・・。こんなに緊張したの、授業参観にクソジジィの前で作文読んだとき以来か・・・。) 俯いて汗を掻いた両手を握り締めていると、その手の上に少し湿った手のひらがそっと乗せられた。 サンジが顔を上げてその手の主を見る。 「大丈夫か?」 「・・・・・・・・・ゾロ。」 「オレも一緒だ。大丈夫。」 そう言ってニカッと笑うゾロに、サンジも笑みを返す。 緊張しているのはゾロも一緒だ。 いや、きっとサンジ以上だ。 だって、この役に今後の役者人生を賭けているのだから。 だから、自分が・・・・・・。 「これで、てめぇも一流役者だな。」 「っ!てめぇ・・・・・・これ以上緊張させんな!」 少し騒いで、シャンクスから目で合図されて直ぐに黙った2人だったが、先程までの緊張感は薄れていた。 会場で会見開始の言葉がマイクに乗って流れる。 それに続いて、サンジの前にいる5人が動き始めた。 遅れないように必死に付いて行くサンジだったが。 如何せん、着物など着慣れないサンジ。 サンジ以外の着物を着ているシャンクス、ミホーク、ゾロはそのまま殺陣もこなせる着物慣れした面々だ。 どうしても、サンジの足取りは覚束無いものになる。 そして、スピーカーのコードに下駄を引っ掛けてしまい、あっとサンジが思った瞬間・・・・・・。 前を行くゾロが振り向いて、驚きの表情を浮かべる。 (ヤバッ!倒けるっ!!!) 目を瞑って衝撃を待つサンジ。 だが、自分に当たったのは暖かくてがっしりした物で。 それが自分の腰を支えるようにして、倒れるのを阻止してくれていた。 目をパチッと開けて顔を上げてみると、そこにはゾロの心配そうな顔。 「大丈夫か?」 そう問い掛けられて、コクコクと頷くことしか出来ないサンジ。 だって、もう心臓がバクバク音を立てていたから。 (ゾロに抱き止められてる?!!!) 真っ赤になってゾロを見詰めるサンジ。 そんなサンジに、またしても影響されたのか真っ赤になるゾロ。 抱き合う2人を前にした報道陣がそれを見逃す筈がない。 バシャバシャバシャとフラッシュが焚かれて、我に返る2人。 慌てて、身体を離したものの・・・。 「お2人はどういう関係なんですか?」 「ロロノアさんの紹介と伺ってますが、実の所どうなんですか?」 そんな質問が会場中に飛び交う。 会見を取り仕切る西Aスタッフは大混乱だ。 とりあえず席に着いたものの、サンジが居た堪れない気持ちになったのは当然の事だろう。 *** 撮影は順調に進んでいるらしい。 らしいというのも、サンジの出番はまだ先だからだ。 あの怒涛の会見以来、サンジはゾロに会っていない。 タダでさえ、記者会見で恋人宣言したように書かれた2人だ。 ゾロの事務所側も、折角の絶好の機会をみすみす素人に邪魔されたくないのだろう。 ゾロはしばらくロケ現場である映画村の近くにホテルを取ることにしたらしい。 ホモ恋人でお隣同士じゃ洒落にならないというワケだ。 あの後、シャンクスの機転でなんとか会見を乗り切ったものの、ゾロの邪魔をしたようでサンジはちょっと落ち込んでいた。 しかも、ゾロに会えない日々が続いている。 (寂しいなぁ・・・・・・。) そう思って1人でアパートに帰ろうとした時だった。 チャララララ〜ン! 携帯が『必殺始末人』のOP曲を奏でる。 ゾロ専用のメール着信音だ! メールの内容を見て、落ち込んでいた表情が一変、笑顔に変わる。 『明日、映画村に見に来い!』 ゾロからのお誘いだった。 サンジにはゾロのマネージャーたしぎが付いてくれた。 だから、翌日アパートまで迎えに来てくれたのはたしぎだった。 「ロロノアはもう先に行ってます。今日、サンジさんは衣装合わせと雰囲気を掴んでもらえればとの事でした。」 「あ、はい。」 「脚本は頭に入ってますか?」 「一応読んだけど、やっぱりよくわかんなくて。」 「読み合わせ、しとけばよかったんですけど。監督は嫌いらしくて。その場の雰囲気を大事にされる方なんです。」 「はぁ・・・。」 道中、くいなといろんな事を話していてふと気になって聞いてみた。 「あの、ゾロの演技って・・・・・・。」 サンジの言葉に、たしぎがうんうんと頷く。 「そうなんですよね。今までは、会った事もない女優に感情なんて抱けるかって言ってたんですけど。」 「けど?」 「サンジさんには大丈夫みたい。知り合いには感情移入しやすいみたいですよ。昨日の回想シーンもばっちりでした。」 「・・・・・・へぇ。」 自分がゾロの役に立てて嬉しい。 素直にそう思いながら、サンジは目的地へと向かった。 そこで、サンジが見たもの。 今日はゾロとミホークの殺陣シーン。 一度サンジ演じる娘を目の前で拘引されそうになった浪人が、その後来た始末人ミホークに剣を向けるシーンだ。 娘は浪人の部屋で寝ている設定になっている。 その部屋を背後に抱え、ゾロがチャキッと鯉口を切る。 それだけで、サンジは鳥肌が立つほど興奮する。 目の前で、まさに目の前で繰り広げられる憧れの殺陣シーンだ。 睨み合いが続き、そして、一瞬の間が空いて。 ゾロの刀が抜かれ、その刃が空を斬る。 それに対し鞘に入れたままだったミホークの大刀が背中から寸時に抜かれ、ゾロの刀を受け止める。 刀越しにまたしても睨み合う2人。 一旦離れて、何度も何度も刀のぶつかる音が撮影所内に響き渡る。 小道具は真剣ほど音が出ない筈だ。 では・・・・・・本物でやり合っているのか? キィンキィンと金属音が鳴り響く。 ミホークの浪人を諭す台詞とともに。 だが、サンジの耳にはなんの音も入ってはこなかった。 ゾロの相手を射殺すかのような視線がサンジを釘付けにして離さない。 ・・・・・・他には何も、認識すら出来ない。 サンジは、ただただゾロだけを見詰め続けた。 「折角来たんだから、少し撮ってく?」 そんなサンジに声を掛けてきたのは、シャンクスだ。 飛び上がって振り向いてそれから躊躇するサンジに、シャンクスはニコニコしながら話し続ける。 「見惚れてたでしょ、ゾロに。」 「!!!」 サンジはビックリして周りを見渡す。 ゾロが近くにいないことを確認するためだ。 そんなことにはお見通しなのか、あっちと指を指されてそちらを向けば。 演技を終えたゾロが、たしぎと手帳を見ながら打ち合わせ中だった。 「ちょうどさ、浪人ゾロと抱き合うだけのシーンがあるんだよ。ゾロが賊を追っ払った後、橋の上でってヤツ。」 「・・・・・・えぇ。」 「サンちゃん・・・・・・あ、サンちゃんでいいよね。今のゾロに憧れる気持ちそのままでやってよ。」 「・・・・・・台詞・・・。」 「あ、浪人の名前ね、そのままゾロにしたから。サンちゃんのほうも、本名でね。女の子のときはおさん、男の子のときはサンジ。」 「えええ〜〜〜〜っ?!!!」 「感情移入しやすいってゾロが言うし。君もそうでしょ?」 そう言われて、カッと頬が火照る。 ホントに全部お見通しらしい。 それに、ゾロがそう言ってくれるなら・・・。 サンジがもじもじしている間に話が決まってしまったらしい。 サンジはあれよと言う間も無くボンちゃんに衣裳部屋へと連れて行かれた。 台詞はたった一言、「ゾロ。」だけだ。 想い人が無事だった喜び。 自分を庇ってくれた嬉しさ。 そして、何故自分が狙われるのかわからない戸惑い。 それらを全て、この呼び名に込めなくちゃならない。 一生懸命考えてみたものの、ちっとも状況が飲み込めない。 そりゃそうだ、現実世界でこんなことは有り得ないだろう。 舞台である橋の上でう〜んとサンジが悩んでいると、目の前に立っていたゾロが首を傾げて聞いてきた。 「どうした?」 「ん?ん〜、どう言ったもんかな?」 「あ?んなん、好きな人が自分庇って車に轢かれそうになったとか考えりゃいいんじゃねぇの?」 「お!そうか!」 「出来そうか?」 「おう。」 「いいってよ、監督!」 ゾロがそう声を掛けると、監督が「んじゃ、抱き合ってみて。」と言ってくる。 背の高さがあまり変わらないゾロと自分。 どうするのかと思いきや、ゾロがサンジの腰に優しく腕を回してきた。 サンジは、さっき言われた事を思い出してみて、ゾロに身体を預け頭をコテンとゾロの肩に乗せてみる。 カチンコの音が聞こえたから、これでいいのだろう。 ゾロが、サンジに言う。 「オレが必ず、必ずてめぇを守ってやる!」と。 その台詞に、サンジは思う。 本当に守ってくれるのならば・・・・・・そんなのは、ヤダ。 自分のせいでゾロが死ぬかもしれないなんて事は。 そう思うと、サンジの目から自然と涙がポロッと零れた。 「・・・・・・・・・ゾロっ・・・。」 サンジはそう言って、ゾロの肩に腕を回して抱き付く。 涙が溢れた顔をゾロの耳元に寄せて。 ゾロのサンジを抱き締める腕に力が篭る。 カチッとカチンコの音が鳴っても、2人は離れなかった。 「よかったです、サンジさん。」 たしぎが声を掛けてくれて、コーヒーの入った紙コップを手渡してくれた。 呆然としながらそれを口に含む。 何とか出来たのかなぁ、あれで。 でも、ゾロ・・・・・・身体鍛えてんのかな? 同じくらいの背なのに肩幅とか全然違うし。 なんか・・・・・・暖かかった。 サンジが自分の演技に疑問を感じながらゾロのことを考えて、たしぎとボーッとしていた。 だから、ゾロがシャンクスとモニターで先程のシーンを確認しながら赤面していたことに、サンジは気付かなかった。 |
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