粗筋はこうだ。 青海藩の藩主が病に倒れた。 藩主には子供がいなかった為、藩主の弟が後を継ぐと前々から決められていた筈だった。 が、藩主は弟に内緒で目付に願い出ていた。 参勤交代で江戸に出た折契った女との間に産まれた当年取って19になる男子がいると。 彼を探し出し、後を任せたいと。 始末人の所に話が来た時には、もう藩主の弟の部下が動き始めた後だった。 だが幸か不幸か、藩主の息子の行方は杳として知れず、藩主派には焦りの色が弟派には楽観的な見通しが立ち始めていた。 その頃、始末屋に情報が転がり込んできた。 ある小料理屋に引き取られた娘が怪しいと。 年は19、容姿も藩主が語った女に瓜二つだ。 だが、女。 然も、将来を誓った男がいる。 浪人だが恐ろしく腕の立つ男。 用心棒をして生計をたてているが、出仕先が決まれば嫁として貰い受けることになっているらしい。 探りを入れた所、その娘は青海藩藩主の家紋が入った懐刀を持っていることがわかった。 そして、嫉妬に駆られた正室の手下に斬られた背中の太刀傷も。 始末屋が動き出す。 時を同じくして、藩主の弟の一派も娘に辿り着いたらしく、攻防戦が繰り広げられる。 果たして、娘と浪人の運命は………。 「で、この脚本とオレに何の関係があるんでしょうか?」 サンジは目の前に座る人気俳優から渡されたそれを手に、極当たり前の質問をぶつけてみた。 ゾロに案内されて入った一番奥の座敷。 既に2人の人間が座って酒を呑んでいた。 向かって右側に始末人主役シャンクス。 左側に剣士ミホーク。 憧れの2大スターに、中に入ることも出来ず固まるサンジの背を押して、襖を閉めたのはゾロだ。 それから、シャンクスの前に座らされ、脚本を渡されたというワケだ。 「うん、それね。君にやって貰おうと思って、娘役。」 「…………はい?」 素っ頓狂な声を上げて周りを見渡したサンジの目に入ったのは、2大スターとゾロの真剣な顔だった。 何でも、始めは人気女優ヒナに内定していたのだが、役が女装の男と聞いて降りてしまったというのだ。 代わりを探そうにも時間もシャンクスのお眼鏡に叶う役者もいない。 条件は、簡単。 男っぽい女か、女と見紛うような男。 出来れば、少し半裸も撮りたいから男がベスト、と。 シャンクスがスポンサーと悩んでいる時、偶々通りかかったゾロに気付いて聞いた。 誰かいねぇか、と。 返ってきた返事がこれだった。 「素人でよければ、別嬪が1人。」 *** 「何でオレだよ?」 タクシーで送って貰って、アパート前に2人で降りた。 シャンクスとミホークは、宜しくねー!と言って去っていった。 それをペコッと頭を下げて見送る。 そして、隣に立つゾロに視線を移してサンジは問う。 いくら何でも無謀もいいとこだ。 時代劇フリークとはいえ、演技したことなど一度もないのだ。 サンジが気後れするのも無理はないだろう。 そんなサンジに顔を向けて、ゾロは平然と言った。 「オレが知ってる別嬪な男は、てめぇしかいねぇ。」 「…………そりゃ、褒めてんのか?」 「それ以外に何がある?」 「・・・・・・・・・う〜ん、でもよぉ。」 ゾロの頭の片隅に自分の存在があるのは嬉しいけど、別嬪って………。 サンジの心中は複雑だ。 ゾロはそんなサンジに爆弾発言をぶつけてきた。 「だって、てめぇ好きなんだろ?『始末人』。」 「―――!な、な、何でだよ!」 どっからバレたんだ? オレが追っかけってことも知ってんのか? 激しく混乱するサンジにゾロが笑いながら答える。 「お前、このアパートのボロさ舐めんなよ。夜中に『始末人』のビデオ何回も見てっだろ。筒抜けだぞ。」 「・・・・・・・・・・・・。」 「ミホークさんの立ち合いんとこ何回も見てるよな。面白ぇか?」 「・・・・・・・・・おう。」 見てるシーンは、ゾロとの立ち合いばかりだ。 それも気付いてるのだろうか? 「立ち合いシーンのBGMは流石に覚えたぞ。お前、オレが出てるって知ってっか?」 「あ?」 「偶にだけどよ、使ってもらってんだ。チョイ役だし、すぐ斬られちまうからそんなに画面には載らねぇけどな。」 「・・・・・・へ、へぇ、そうなんだ。今度、どの回か教えてくれよ。」 気付いてなかった。 正直、ホッとした。 追っかけなんてバレた日には、もうこんな風に口聞いてもらえないだろう。 自分は男だし・・・・・・。 サンジがちょっと落ち込みながら、それでも自分の部屋の前に辿り着いた時、ゾロがボソッと言った。 「んで、明後日11時ホテルグランドラインで記者会見な。」 「…………………は?」 サンジがドアノブを握ったまま横を向いた時、パタンとゾロの部屋のドアが閉じられた。 *** 「おう、サンジ!またまた、ビッグニュースだぜぇ!」 ウソップが教室に入ってくるなり、一番後ろの席でボーッとしていたサンジに大手を振って話し掛けてきた。 手にはポータブルPC。 今度は何のニュースかな? 正直昨日の話以来、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないだろうけど・・・。 そんなことをサンジが考えているとも知らず、ウソップはウキウキ顔で近付いてくる。 階段をスキップで上りサンジの横まで来て、トスンと腰を下ろすとPCを開いてホームページを開く。 謂わずともがな、『始末人』制作会社西AのHPだ。 「ココ見ろよ!ヒロインに決まってたヒナが降りて、ど素人の新人が出るんだってよ。まだ、誰かわかんねぇんだ。明日の制作発表会 でお目見えだとよ!」 何だ、その話か。 黙ってた方がいいのか? でも、どうせ明日にはバレるんだ。 今のうちに言っておいた方が良いか。 サンジはそう思って、フウッと溜め息を吐いて言った。 「・・・・・・・・・ああ。それ、オレ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」 ウソップが間抜けな声を出して、その後の驚きの絶叫が教室中に響き渡った。 その日の『時代劇映画研究部』は今までにない程盛り上がった。 普段冷静なロビン助教授までもが、飛び上がって喜んだ程だ。 ルフィもウソップもチョッパーも、シャンクスやミホークに会いたいから明日連れてけと大騒ぎだし。 ナミは、サイン貰って売るのよ〜〜っと拳握って燃え上がっているし。 そんなに連れて行っちゃ流石に拙いだろうとゾロにメールを打ったら、2人までならプレスとして入れて貰えると言う。 誰が行くかでまた一悶着あって。 結局じゃんけんで、ルフィとナミに決まった。 悔しがる後の3人に、ロケには見学に来れるようにすると確約して何とかその日を終えることが出来たのだった。 *** パタパタと白粉を叩かれて、これから自分はどうなっちゃうんだろうと思いながら、サンジは大人しく椅子に座っている。 場所はホテルグランドラインの一室。 朝10時にゾロとタクシーでホテル裏口に乗り着けた。 表玄関の方にはシャンクスとミホークが来ている筈で、こちらにはプレス達が来ないだろうとゾロが言った。 「お前だって、俳優なんだろ?お前目当てのはいねぇのかよ?」 「アホか!売れてねぇんだから、来るワケねぇだろ!!」 「売れてねぇって・・・・・・よく今回の役回ってきたな。」 「まあな、ミホークさんとシャンクスさんが頑張ってくれたから・・・・・・。」 「・・・・・・ゾロ?」 「今回の役に賭けてんだ。ダメなら、ま、次の仕事考えねぇとなぁ。」 「・・・・・・・・・。」 そんなことを話しながら入っていくと、待っていたのがメイク担当ボンちゃん(通称)。 ゾロは自分で支度するからと別室へと入っていった。 そして今現在、サンジはメイクアップ中というワケだ。 もう、格好は江戸時代の小料理屋の女中。 前掛けまでかけて、すっかり気分は小町娘・・・・・・なワケあるかぁ!!! 半分キレながらも、それでも眉間に皺を寄せるとその都度ボンちゃんに 「あらぁ?折角綺麗にメイクしたのよぅ!そんな怖い顔しちゃダメよう!」 とオカマ言葉で怒られ、大人しく鏡の前で終わるのを待っていた。 そこへ、トントンとノックの音がした。 誰かしら?とボンちゃんがメイクの手を止めて扉を開けると、そこにはゾロが立っていた。 「どうだ?終わったか?」 「もうすぐようvゾロちゃんもカッコいいじゃないのぅvv」 サンジが、鏡からその声のする方へ目を向けて・・・・・・驚く。 濃紺の着流しに、グレーを基調とした帯。 スッと伸ばされた背筋と、薄いメイクで強調された切れ長の瞳。 ・・・・・・カッコいい!!! ボーッとサンジが見惚れていると、ゾロがボンちゃんと一緒にサンジの方へ歩いてきた。 「もうすぐ終わるわんvあとチークとグロス塗ったら終わりなのv」 「ふ〜ん。迎えに行って来いって監督に言われたんだよ。ここで待つ。」 「わかったわんv待ってて、ゾロちゃんv」 ボンちゃんがそう言って、サンジのメイクを再開する。 サンジはと言えば、見られているというこの状況に恥ずかしくてしっかり前を見ていられない。 鏡越しにゾロの顔が見えてしまうから。 緊張しながらも、ボンちゃんの手元に集中する。 次々に出来上がっていく自分の女装。 ゾロはどう思ってるのかな?なんて思いながら。 ボンちゃんが仕上げの鼈甲の簪をサンジの頭に挿した時、ゾロが動いた。 「こっちのがいいんじゃねぇか?」 「え?」 ゾロがボンちゃんのメイク道具の中を指差す。 そこには、蒼いビードロの丸い飾りの付いた簪があった。 「こっちの方がコイツの頭に映えるだろ。」 そう言って、ゾロが鼈甲を抜き取り、それを挿す。 あらいいわねぇとボンちゃんが感心する。 でも、そんなのはサンジには聞こえなかった。 サンジの耳に入ったのは、その後のゾロの一言。 「綺麗だな。」 ボソッと素で呟かれたそれに顔がボンッと朱くなる。 それを見たゾロが、一瞬の間をおいてサンジと同じように頬を染める。 「いや、その・・・・・・いいんじゃねぇか。ちゃんと女に見えるしよ。」 「お、おう。サンキューな。」 男同士で照れまくる異常な状況に、ボンちゃんが「可愛いわねん2人ともv」と更に煽るような言葉を投げて、またしても真っ赤になる 2人がいた。 |
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