時代劇に御招待v  1




隣から只事でない物音と、ヒステリックな女の声が聞こえてきた。
―――ま〜た、やってんな。

オンボロアパートで1人暮らしをするのは、サンジ21歳。
近くの大学に通う、学生だ。

サンジは朝ご飯の用意をしながら、薄い壁を一瞥する。
今月に入っては、初めてか。
今回は3日、短い方にカウントできるだろう。
最早、慣れっこになっている、お隣のよくある光景。
バンッと、ドアを乱暴に閉める音と振動に一瞬肩を竦める。
そして、ガンガンとボロッちい金属製の階段を降りていくヒールが奏でる不快な騒音。
それが収まってしばらくしてから、ドアを開ける。
通路の手摺に凭れて女が去っていくのを見送り、完全に見えなくなってからお隣のドアをノックする。
「空いてるぜ。」
その返事を待って開けるのも恒例行事。
中を覗けば、思った通り万年布団の上に座り、頭をボリボリ掻く男一名。
「飯、喰うか?」
サンジが聞くと、
「おう。」
と何もなかったかの様に答えるその男。

ロロノア・ゾロ32歳。
職業、売れない時代劇俳優。
目下、彼女に振られたばかりの冴えない男。

サンジが密かに想いを寄せる男である。


「今回は、何が原因だ?」
サンジの部屋の卓袱台で御飯をパクついているゾロに、サンジが煎れ立てのお茶を差し出しながら聞く。
これも、毎度の事。
「ふが?……(ゴクン)ちっとも構ってくれねぇとさ。」
そう言った後、手を合わせてごっそさんとサンジに向かってニカッとゾロは笑う。
全然気にしていない様子で。
それもそのはず。
見てくれは悪くないし、たまにテレビに出ることもある俳優さんだ。
言い寄るコアなファンがいないワケがない。
だが、目の前のこの男ときたら。
「大体、勝手に理想像作って逆上せ上がって、挙げ句その通りじゃねぇってキレられて。オレにどうしろっつんだよ。なぁ?」
「・・・・・・相変わらずだな、あんた。」
呆れてそう返すサンジに、ヘヘッと笑うゾロ。
来る者拒まず、去る者追わず、事恋愛に関しては淡白な男なのだ。
そんな11も年上の彼に溜め口聞いても怒られなくなったのは、最近だろうか?
初めの内は、ロロノアさんと言えと拳骨食らったものだったが。

基本的に食生活に無頓着な隣人ゾロ。
ゴミの日に、カップラーメンとコンビに弁当の空き箱ばかりのそれに呆れて声を掛けたのが最初だ。
結構緊張しながらも声を掛けたサンジに、あぁ?とメンチ切ってきたゾロだったが。
「オレがメシ作ってやろうか?」
と恐る恐る言ってみたサンジに、一瞬驚いた顔を見せたものの直ぐにニカッと笑顔を返してきたのだ。
「・・・・・・いいのか?悪ぃな。出来れば頼まぁ。」
その場でペコッとお辞儀をしてきたゾロに、またしても惚れ直したサンジであった。


ゾロをバイトに送り出した後、サンジは大学に行った。
とはいっても、今日は取る講義も無く、サンジはそのまま真っ直ぐクラブハウスに向かう。
『時代劇映画研究部』
その看板が掛かっている掘っ立て小屋のドアを開けると、
「おう、サンジ。グッドニュースがあるぜぇ!」
とPC弄ってる男が振り向きもせずに声を掛けてきた。
彼の名はウソップ。
サンジと同じ大学3年生。
知り合いにメディア関連の企業に勤めている人がいるとかで、情報は目茶苦茶早い。
それを知って、即座に勧誘したのだ。
サンジが部長を務めるこの『時代劇映画研究部』に。
何故、『時代劇』専門なのか?
それは勿論、サンジが時代劇フリークだからだ。
時代劇専門チャンネルを見るため、契約料欲しさにバイトする時間を増やしたくらいだ。
いつ嵌ったかなど覚えてはいないが、原因はよくわかっている。


サンジの家は洋食屋で、サンジが学校から帰る時刻は夜の仕込みの真っ最中。
サンジは客のいない店内で仕事で忙しい両親を見ながら、カウンターで宿題を済ますのが常だった。
その時、点けっぱなしのテレビで放映されていたのが、時代劇の再放送。
たまにタイトルは変わったものの、内容に余り違いはなく、勧善懲悪、わかりやすい展開に夢中になって見入ったものだ。
その時の影響か、大きくなってからも、時代劇好きは収まるどころかのめり込む一方で。
大学に入って同士を集め、クラブを設立。
ヒーロー物大好きなルフィ。
埋蔵金探索の研究序でと言うナミ。
小道具作りが趣味のウソップ。
当時の医者に興味のあるチョッパー。
江戸時代の生活を対象に論文を書いている助教授ロビン。
たった6人ではあるが、それぞれに情熱を持ってクラブ活動に勤しんでいる。

サンジは専ら主役級の時代劇俳優の研究だ。
最近の一番の気に入りは、『必殺始末人』の剣士ミホーク。
立ち合いの時に見せる殺気の凄まじさと、美しい刀捌きはピカイチだ。
・・・そう思っていた。
今の第7クールに入る前のシリーズだったか。
その第5話だ。
ストーリーは殆ど覚えていない。
最後にあるお決まりのチャンバラシーン。
真っ先にミホークに飛び掛ってきた適役の男。
勿論、2回くらい刀を合わせてやられてしまったのだが・・・。

相手を射殺すかのような目線。
踏み込む脚の力強さ。
下から斬り上げ、その後刀がぶつかり合い、一瞬退いて上に振り上げるその身体の流れるような動き。

サンジの心と視線を釘付けにした。

当然、EDのタイトルロールを見た限りでは名前などわからなかった。
製作会社に初めて電話までして、その人物の名前を聞いた。

ロロノア・ゾロ。
電話口で何の感慨も無くその名を告げる女の人に、怒鳴りつけそうになったのを覚えている。
「あんな立ち合いできるヤツ、何でほかっとくんだ?!!」と。
それから、サンジは片っ端のレンタルビデオ屋を探し回った。
その名前を探して。
テレビシリーズでのちょい役(しかも敵側)程度の役者だ。
名前が載るはずも無く。
結局、『必殺始末人』に出るのを待つしかなかった。
幸い、時代劇の敵役というものは、何回か間が開けばまた出てくることも多いのだ。
案の定、3回待ってやっとゾロが出てきた。
今度は適役の側近の直ぐ下の役だったので、出番も少し長かった。
相変わらず、タイトルロールには載らなかったけれども。


気が付けば、追っかけする程のファンになっていたと言う訳だ。




「・・・・・・ジ、おいっ、サンジ!」
「んあ?あぁ、何か情報でもあんのか?」
ゾロの事で頭が一杯になっていたのを、現実の世界に引き戻したのはウソップだった。
サンジの問い掛けに、得意そうに胸を反らしてエッヘンと咳払いまでする。
「何だよ?」
「今年の年末特別企画、知ってるか?」
「あ?毎年やってるじゃねぇか。『必殺始末人』の特番だろ?」
「おう。でも、今回は特にスペシャルなんだよ。」
「・・・?」
サンジが首を傾げると、ウソップはPCを指差して、コレコレと言う。
覗き込むサンジの目が点になる。

主演・監督:シャンクス

「主役が監督張るのかよ!!」
「な、すげぇだろ?作りたいのがあるって、ディレクターとスポンサーを口説いて、制作費も2割持つって話だぜ。」
だが、サンジが一番驚いたのはそこではない。
その情報ページの一番下。

浪人役:ロロノア・ゾロ

準主役とも言うべき役の後ろに、サンジの隣人(想い人)の名が記されてあったのだ。
「これ、誰だ?」
さり気なくサンジはウソップに聞いてみる。
ゾロのファンであることを隠しているサンジ。
サンジは、ゾロの隣に越してから誰一人友人をアパートに招いていない。
ゾロに沢山の出番を望んでいるのも確かだが、ファンが増えて欲しくないのも事実。
只でさえ、時代劇ファンが集まっているクラブなのだ。
来て、ゾロに会って、ファンになられでもしたらと思うと、サンジは堪らなくなるのだ。
聞かれたウソップは、サンジが指差す名前を見て、おうと頷いた。
「それだろ?オレも初めて見たんで、ちょっと知り合い通じて調べてもらった。なんでも、立ち合いでミホークが一目惚れしたらしい ぜ。」
「・・・・・・へぇ。」
「でな、シリーズにもちょくちょく敵役で使ったらしいんだが。サンジ、知ってたか?」
「あ?・・・いや、知らねぇ。」
「だろ?で、どうしてもコイツ使いたいからって言ったら、監督もディレクターもスポンサーも難色示したらしくて。」
「・・・・・・んでだよ?」

「演技力が全然ないんだってよ。」




***




サンジはタクシーから降りて、目の前の建物を見て呆然としていた。

遡る事、20分前。
ウソップと話をしている最中に携帯が鳴った。
見れば、画面に『マリモ』とある。
(ゾロだっ!!!)
心臓が跳ね上がるのを、何とか抑えて、コール10回目くらいで忙しいのを装って出る。
「あ?」
『オレだ。』
「誰だよ?」
「隣のモンだよ。てめぇ、今いいか?」
ちゃんと自分の状況を確認してくる辺り、武士道精神に則っていてサンジは嬉しい。
「しゃーねぇーな。何だよ?」
『ちょっと今から言うとこまで来てくんねぇか?急ぎだ。タクシーで来い。』
「あぁ?オレ、金無ぇぞ。お前、払えんのか?」
『スポンサーが払うっつってる。兎に角、急げ!』
行き先の住所と電話番号、名前を言うとあっさり電話は切れてしまった。
仕方ないから、ウソップに急用が出来たと断り、大学を出てタクシーを拾った。
行き先を告げると、少し怪訝そうな顔をする運転手。
急いでる旨を伝えると、はいと返事をして走り出した。
そして、着いたと言うので、ちょっと待っててくれと言い降りた其処は。

超が幾つ付くのかわからない様な高級料亭。
門構えから、とても自分のようなものが来るところではないことが見て取れる。

所在無く立ち尽くしていると、木戸が開いて見知った顔が覗いた。
「サンジ。」
「・・・・・・ゾロ。お前、・・・・・・んなとこで何してんだ?」
「話は中で。」
ゾロはそう言うと、小奇麗な皮製の財布から札を取り出し、運転手に渡す。
そして釣りを貰うと、サンジを促して中へと入っていった。




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