翌朝、ゾロが目を覚ますとソファの脇に倒れこんでいる状態で。 (あのまま、床で寝ちまったのか?) 少し身体が痛かったが、うんと伸びをしようとして自分に掛けられていた毛布に気付く。 サンジが掛けてくれたのだろうか? 酔いつぶれて寝入ったはずなのに・・・。 ガチャッとノブの音がしてゾロが振り向くと、バスルームから出てきたサンジと目が合った。 「起きたのか?てめぇ、こんなとこで寝てたら風邪ひくぞ。」 そう言うサンジはバスローブ姿で、タオルで頭をガシガシ拭いていた。 湯上りの火照った肌が、露出の多いその格好で更にゾロの欲を煽る。 ドキドキする心臓の鼓動が、ゾロの視線をサンジから離せなくさせている。 「ん?どうした?」 サンジがこう声を掛けてくれなければ、そのまま飛び掛って行って押し倒していただろうに。 ゾロはなんとか目を閉じ、サンジにバレないように深呼吸をする。 「・・・・・・いえ、おはようございます。」 「おぉ、おはよう。何か喰うか?」 サンジはその格好のまま、キッチンに立とうとする。 それは、ゾロには耐えられない。 持っていた毛布を畳みながら、ゾロは自分の心を落ち着かせようと試みる。 平常心・・・平常心・・・・・・。 「あ、あの、その格好じゃ風邪引きますよ。オレも顔洗わせて貰いますから、マスターも着替えてください。」 「・・・・・・そっか?んじゃ、そうさせてもらうわ。」 そう言って寝室へ入るサンジを、ゾロは複雑な表情で眺める。 (どうしよう、オレ。・・・・・・我慢できねぇかも。) 閉じられたドア、それをただじっと見つめていた。 その日一日、ゾロはボーっとして過ごした。 サンジに声を掛けられれば勿論返事もしたし、サンジに付き合ってクリスマスの企画も考えたりした。 メニューから店内の内装、予約客のテーブルの位置とかまで。 細かい気配りの出来るサンジに、ゾロが言うべき事は少ない。 ただ、相談には乗って欲しいのだろう。 そうして一つ一つ丁寧に説明してくれるサンジに、申し訳ないことにゾロは時折思考が飛んでしまう。 このまま、こうして傍に居ることが苦痛になってきているのだ。 笑顔だけでは満足できない自分に気付いてしまった。 その気持ちを、身体を独占したいという欲求がムクムクと沸いてくる。 でも・・・・・・傷付けたくないのだ、大事な人だから。 「・・・・・・ロ、ゾロ!おいってば!!」 「え?!」 ハッと気付いて顔を上げれば、サンジが怪訝そうな顔をして目の前にいて。 テーブルで向かい合わせに打ち合わせをしていた事を、改めて思い出す。 すいませんと謝るゾロに、サンジは首を横に振って笑った。 「疲れたか?コーヒー、淹れるぜ。」 そう言って立ち上がろうとするサンジを、ゾロは引き止めた。 「いえ、大丈夫です。」 「・・・・・・そっか?そんならいいんだけどよ。」 「・・・・・・・・。」 無言で頷くゾロに、サンジはもっかい言うぜと話を続ける。 「今年のクリスマス25日、日曜日だろ?オレがここで働き始めて初めてなんだよ、こういうの。だから、どうしようか迷ってんだけど、 もしゾロが出てくれるってんなら、26日臨時休業にして25日常連さん招いてパーティーしようと思うんだが。ゾロ、なんか25日予定 あるか?」 「25日・・・・・・ですか?」 通常、恋人同士ならば、前日のイブから2人で過ごすのが普通だとサンジは言う。 もし、ゾロにそうしたい相手がいて時間が取れないというなら25日の営業は止めるとも言った。 昨年は、こちらに出てきている兄の所に呼ばれていたし、今年もそのつもりだったゾロだが。 サンジの言葉の意味を良く考える。 25日、営業したい。 ゾロに相手がいるなら、止める。 それを、逆に取れば・・・・・・サンジにはそういう相手はいない、もしくは出来ないということで。 「どうだ?」 「・・・・・・・・・。」 「実は、この計画持ち込んできたのナミさんでさ。なんでも、彼氏が出張で前日から居ないんだって。だから、ちょっとでも楽しんでも らおうと思ってよ。」 ――――それが・・・・・・本当の理由か。 息が止まる。 気付かれないように、拳を握り締める。 胸の痛みに耐えるように・・・。 だがゾロは、心配そうに聞くサンジに肯定の意味で首を縦に振る。 これを最後のサンジとのイベントにしよう。 後釜を探す、それもできるだけ早く。 好きな人に、恋人でもないのに頼られるのがこんなに辛いとは思わなかった。 想いを打ち明けられない事が、こんなにもどかしいとは思わなかった。 辛すぎて、辛すぎて・・・・・・もう傍にはいられない。 「いいですよ、25日。つきあいます。」 心の中の葛藤を見せないよう、ゾロはニッコリ笑ってサンジに答える。 ゾロの返事に、サンジの顔が綻ぶ。 「よかった。楽しみだな。」 痛む胸の内を悟られないように。 その笑顔を奪わないように。 自分の望んでいるものとは違う、それでも暖かい愛情を忘れないように。 ただ、ただ、ゾロはサンジの前で、悲しみを押し隠した笑顔を浮かべ続けた。 それからの2週間、ゾロにとっては1日1日があっという間に過ぎていく。 午前中は大学でいろんな伝手を頼って、後釜を探し。 バイトに入ってからは、ただ目の前の仕事を黙々とこなす。 できるだけ、サンジと視線を合わせないように。 幸いなことに客足はいつになく好調で、サンジと2人きりになる時間は少なかった。 一番空いている2時前には、ナミが打ち合わせと称して来店し、小1時間程サンジと話をしていった。 その時間は、ゾロはなるべく外に出て、店前の掃除や倉庫の整理などをしてその場を離れた。 楽しそうに話をするサンジを見ていたくないし、ナミを見る自分の表情に自信がなかったからだ。 その他の時間に客足が途絶えた時間は、ゾロは用事を作っては外へ出て、1対1になるのを避けた。 サンジは自分に何か言いたそうだったが、客の前で憚られるのか何も言っては来なかった。 そして―――― 24日になった。 大学も冬休みに入った最初の週末。 街並みも、其処を通っていく人々も、どこもかしこもクリスマスイブ一色の雰囲気を醸し出している。 客達もどこか出かけているのだろうか、いつもより閑散としたティータイムだった。 いつものようにテーブルのシュガーポットに砂糖を補充していると、カウンター内で食器を拭いているサンジが話し掛けてきた。 「なぁ、ゾロ。てめぇ、最近変じゃねぇ?」 「・・・・・・そうっスか?」 「何か、笑わねぇしよ。」 「・・・・・・・・・。」 ゾロが黙っていると、サンジがふぅっと溜め息を付く。 返す言葉も無く、ただ仕事を淡々とこなすゾロ。 困らせたいわけではない、決して。 でも、きっと言ってしまえば今以上に困るのはサンジで。 ・・・だから、言えない。 「オレ・・・・・・てめぇに言いたいことが――――」 サンジが言い掛けた時だった。 カランと入り口の鐘が鳴って、客が入ってきた。 シャンクスとエース。 ゾロがいらっしゃいませと声を掛け、水の用意をする。 彼らは通常通りカウンターに腰を掛け、サンジにコーヒーを注文した。 「ねぇ、サンちゃん。今日の夜、予定あんの?」 エースがゾロの出したおしぼりで手を拭きながら、笑顔でサンジに聞いた。 「・・・・・・いや、別にねぇけど・・・。」 少し曖昧な口調で返事をするサンジに違和感を感じて、ゾロがサンジの顔を見る。 今まで彼らからの誘い文句に、言外に乗らないことをはっきり示してきたサンジだ。 それなのに、今の返事では付け込まれてもおかしくない。 案の定、ニヤッと嬉しそうな顔をしてエースが話を続ける。 「もし、よかったらオレ達と飲みに行かねぇ?1人モン同士、仲良くしようぜ?」 「え・・・えと、でも、オレ、明日仕事だし。」 「常連さんだけのパーティーだろ?昼からってきいてるぜ?それに、そんなら泊まりでってんでもOKだよ。なぁ、シャンクス。」 「そうそう、サンちゃんの部屋で飲むのもいいんじゃない?何か旨いもん作ってよ。」 「・・・・・・でも・・・。」 そう言って、助けを求めるようにゾロに視線を向けるサンジ。 その眼は、縋る様な心細いもので・・・・・・ゾロの心臓を鷲掴みにする。 自分がサンジの恋人ならば、止めるものを・・・。 ゾロは、一瞬絡んだサンジからの視線をフイッと外す。 何気ない振りをして、水とおしぼりを運んだトレイに目をやる。 その時、もう一度入り口の鐘が鳴り、ゾロがそちらを振り返る。 「ゾロっ!!!」 そこには、自分の名を怒ったように呼ぶ女性が1人、立っていた。 ロングの黒髪を後ろで1つに縛り、 少しキツめの視線と、口調。 コートを脱いだ彼女の肢体は、ナイスプロポーションで、 見た感じゾロより少し年上の女性。 「・・・・・・ラキさん。何でここに?」 ゾロは思わず、知り合いである彼女に問い掛けた。 そのゾロの言葉に、サンジをはじめ店内の視線がゾロとラキに集まった。 |
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