ゾロが風呂から上がってソファに戻ると、試食の皿とビール2缶を持ってサンジがゾロの傍にやってきた。 ゾロに座るよう促し、サンジはソファの前の床に腰を下ろした。 1つ1つ料理の説明をして、ソファの前のテーブルに置いて行くサンジ。 料理名は全てカタカナ(英語だか仏語だかゾロにはわからない)で、ただ食材の説明もしてくれるから魚料理なのか肉料理なのか の区別が付くぐらいで。 「ホントは、ビールじゃなくてワインの方がどう合うか良くわかっていいんだけどよ。20歳になったばかりのてめぇにゃ、まだ飲めねぇ だろ?」 「いえ、オレ、兄貴んとこで結構飲まされてますから。」 「へ?そうなの?じゃ、持って来るわ。」 サンジはビールを持ってもう一度キッチンに戻り、赤と白のワインとグラスを3つ持ってきた。 ラベルを見て、銘柄に詳しくないゾロでも結構値の張るものだとわかる様な代物。 「いいんスか?こんないいの。」 「へぇ、イける口か?見ただけでわかんだ。」 サンジがグラスにワインを注ぐ。 ゾロ用に赤と白を1つずつ、サンジ自身に白を1つ。 そして、「魚は白で、肉は赤な」と言って、ゾロに箸を手渡した。 ゾロは頷いて、目の前の料理に手をつけながらワインを含む。 そんなゾロの様子を、サンジは期待に満ちた眼で見つめる。 (そんな見られたら・・・・・・味もよくわかんなくなりそうだ。) それじゃいかん、何しに来たかわからんとゾロはなるべくサンジから意識を逸らして、味見に集中する。 この味は、ちょっとオレには濃い、とか。 このソースは、物凄く旨い、とか。 何とか出されたものの感想を言って、サンジの方を見ると・・・・・・。 少し頬を薄桃色に染めたサンジが居た。 「ど、ど、どうしたんスか?顔、真っ赤ですよ?」 「んん〜?ちょっと飲みすぎたかなぁ〜。へへへ。」 そう言われてテーブルの上のボトルを見てみれば、飲みやすかった白が残り僅かになっていて。 ワイングラス片手にヘラヘラ笑うサンジに、ゾロは頭を抱えたい気持ちになった。 普段の真っ白な肌が、扇情的にピンクに染まって。 しかも、熱ぃな〜なんて、シャツのボタンを2つ位目の前で開けられて。 そこから見える鎖骨の妙に色っぽいこと・・・。 (ヤベッ!鼻血出そっ!!それに・・・コレ・・・・・・バレちまう!) 自分の股間をチラッと盗み見れば、外から見てもわかるくらいの状態で。 さり気なく、ソファの端に置いてあるクッションを手に取り、下腹部に乗せてみたりする。 そんなゾロにお構い無しで、足元に座っていたサンジがゾロの近くまで擦り寄ってくるとゾロの膝に頭をチョコンと乗せてきた。 ビクッと身体が震えたのがサンジに伝わったのだろうか、サンジが上目使いでゾロを見る。 「気色悪ぃよな、男が凭れ掛かって来ればよ。ちっと甘えたい気分なんだ。膝、貸してくれよ。」 「・・・・・・いえ、気色悪ぃなんてことは・・・。何か、あったんスか?」 サンジの心細そうな声に、ゾロは心配になって平静を装いつつ聞いてみた。 ゾロの台詞に気を良くしたのか、サンジがゾロにフッと微笑んで視線を前に向ける。 「な〜んか、辛いよな〜。想いが伝わんないのはよ〜。」 寂しげに紡がれた言葉に、ゾロの胸が痛くなる。 好きな相手が、自分以外への恋心を語るのを平然と受け止められるほど大人ではない。 だが・・・・・・少しでも、サンジの気が済むのなら。 ゾロは無言で持っていた箸とグラスをテーブルに戻して、その先を促す。 「オレがその人に初めて会ったの、去年の夏だった。知り合いのレストランでさぁ。仕事で来てたのかなぁ、何か運んでて。 で、オレが手伝いで買出しに行こうと店から出た時だった。雨が降ってて・・・。オレが傘を差そうとした時だった。 横断歩道をこっちに向かって歩いてた老婦人が、渡ってる最中に泥濘に脚をとられて転んで。 そしたら、一瞬戸惑ったオレの脇を通り過ぎたその人が、荷物を捨てて彼女に走り寄って。自分がびしょ濡れになるのも構わずに さ。 オレの知り合いのレストランの軒先まで連れてきて。オレの知り合いに頭下げてタオルとか貸してもらって。 ありがとうと何度もお礼を言う彼女に笑いかけるその人の顔が、その人の後ろから差す雨上がりの陽光が物凄く印象的で。 なんか、暖けぇなぁって・・・・・・そう思った。」 「それで、太陽っスか?」 ゾロはそう聞きながら、先日会ったナミのことを思い出す。 余り話もしなかったからよくはわからないが、会話しているのを見た限りでは確かに明るくてハキハキした女だったように思う。 あの性格ならば・・・・・・有り得ない話でもないか。 サンジは、ゾロの台詞にうんと頷いて振り返り、ゾロを見上げてくる。 「すっげぇ、好きだなぁって・・・・・・そう思った。」 ふんわりと柔らかい笑みを浮かべて、そう言うサンジ。 至近距離にいる愛しい人の誘うような仕草に、無意識に手が動きそうになって慌ててクッションを握り締める拳に力を込める。 (頼むから、それ以上近付かねぇでくれ!) そんなゾロの心の叫びが伝わるはずは無く、サンジは身体の向きを変え、ゾロの方に向き直ると腕をゾロの膝に乗せ頭をコテンと傾 けた。 下から覗き込んでくるサンジの潤んだ瞳、薄桃色に染まった頬や首筋、シャツの合わせ目から今にも見えそうな胸・・・・・・。 ゾロが何とか視線を僅かにテーブルの方へ逸らすと、サンジが口を開いた。 「てめぇは、好きな人とかいねぇのか?」 「・・・・・・オレ・・・ですか?」 「あぁ、ゾロ見た目はちょっと怖ぇけど、結構優しいもんな。モテんじゃねぇの?」 「・・・・・・・・・。」 「実は彼女がいるとか?」 「・・・・・・いえ、いないっス。」 「じゃあ、どんなんが好みよ?この間会ったナミさんとか?」 ――――それは、マスターじゃないですか。 そう思いながらも、ゾロは首を横に振る。 「どんなん?」 「・・・・・・聞きたいですか?」 「あぁ、興味ある。」 そこで、ゾロがサンジの目を見れば、サンジはニコニコ笑いながらゾロを見つめていた。 友達の、身内の相談事に乗っているかのような、そんな感じで。 ゾロは心臓をバクバクさせながらも、サンジの質問に答えた。 「・・・そうですね。歳は上の方がいいかも。」 ――――貴方みたいに。 「へぇ、意外と甘えたいタイプなんだ。」 「髪は・・・・・・黒髪のロングとか・・・。」 ――――本当は、金髪のショートで。 「・・・・・・ふうん。」 「どっちかっていえば、豊満なほうがいいかな。」 ――――スレンダーな方がいい。 「お、結構やらしかったりすんのか?」 「性格は・・・・・・自分の意見をはっきり言うタイプとか。」 ――――自分の感情を押さえ込む・・・タイプか? 「ハキハキした子がいいんだ。結構意外だな。」 ゾロが言葉を止めてサンジを見ると、サンジは目を逸らしてゾロの座っているソファを見るともなしに見た。 「理想像があんだな。・・・・・・実は好きな子がいたりして。」 「・・・えぇ、いますよ。好きなヤツ。」 ゾロはそう断言する。 好きな人はいるのだ、目の前に。 今口にした理想は、サンジを警戒させないための本当と嘘とをごちゃまぜにしたもので。 本当は、ゾロの膝に頭を預けているサンジを想っているなどと口が裂けても言えない。 そうすれば・・・・・・二度と会えない、この間会った男のように。 でも・・・・・・。 「そっか。・・・・・・てめぇの想い伝わるといいな。」 そう言って笑うサンジに対して、これ以上見ていられないかもしれないという危惧を抱く。 正直、辛い。 想いを伝えず、相手の他人への想いを聞き続けることが果たして自分に可能だろうか。 (バイト、辞めた方が・・・・・いいのかな?) 初めてゾロはそう思う。 逃げ出したくなっている自分が居る。 サンジの傍に居て、サンジの笑顔を見て居たい自分と、サンジの気持ちを見ていられない自分と。 ゾロが自分自身と葛藤している間に、サンジはゾロの膝に頭を乗せたまま寝息を立てていた。 起こさないようにそっと頭を膝から外し、その脇と膝裏に腕を通し抱き上げる。 サンジは酔いつぶれたのか、目を覚まさない。 リビングの隣にある寝室にそのまま運び、ベッドにその身体を横たえ掛け布団を肩まで引き上げる。 悩みを打ち明けた後だからか、その寝顔は優しい表情をしていて。 (綺麗だ・・・・・・。) 閉じられた瞼。 少し紅潮した頬。 薄く開いた唇。 ――――視線が、外せない。 ゾロがその顔に見惚れて無意識に顔が近付く。 吐息がかかるほどの距離になっても、サンジの目は開かなくて。 そして今にも唇が触れ合いそうになった時、サンジが寝言を一言洩らした。 「・・・・・・ん・・・・・・ゾロ・・・。」 ドキッと心臓が飛び跳ね、自分のしていた事に気付く。 慌てて顔を離し、サンジの顔を見れば変わらぬ穏やかな顔で。 どんな夢を見ているのか? 自分の名など・・・呼んで・・・。 仕事熱心なサンジの事だ、クリスマスのメニューでも夢の中で検討しているのだろう。 ・・・・・・夢の中でも、自分はただのバイトで・・・。 「・・・・・・オレ、やっぱ辞めた方がいいのかもな。」 ゾロは、サンジの額に掛かる前髪をそっと除けながら、小声でそう呟いて部屋を出た。 テーブルのところまで戻って、ワイングラスに残っていた赤をグッと呷る。 自分の精神力の弱さに吐き気がする。 もう少しで・・・・・・キス、しそうだった。 あの時、もしサンジが寝言を言わなければ、そのまましていただろう・・・。 はぁっと溜め息を付きながら天井を仰ぎ見る。 ――――まだ、オレは耐えられるだろうか? |
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