客の居ない店内で、ゾロは1人シュガーポットに砂糖を補充していた。 ゾロがトイレから戻った時、シャンクスとエースの姿は既に無く。 サンジはゾロに背を向けて、コーヒーカップを洗っていた。 そして、洗い終えたのかタオルで手を拭くと、ゾロの方を見ないでこう言った。 「オレ、ちっと出掛けてくるわ。30分位したら戻るから。留守番頼むな。」 カウンターを回り、エプロンをカウンター端の椅子に掛けて、サンジは後ろ手に手を振りながら扉を開けて出て行った。 ゾロの顔を見ないまま。 1人になったゾロは考える。 2人の仲を他人から茶化されたのは初めてだろう。 傍から見ても仲良く見えるのは嬉しいものの、からかわれたことでサンジが変に意識しないだろうか。 シャンクスやエースはゾロの態度については何も言わなかったが、気付いていないとも限らない・・・ゾロの気持ちに。 牽制の意味で言ったのならば、確実にアウトなのかもしれない。 客が来ないのをいいことに、サンジは自分から離れたかったのかもしれない。 (辞めなきゃなんねぇかなぁ・・・・・・。) はぁ〜っと大きな溜め息を付いたのと同時にカランと扉の鐘が鳴り、はっと顔を上げるとそこに。 「何溜め息なんか付いてんだよ?閑過ぎて退屈か?」 紙袋を抱えて笑うサンジが居た。 ゾロは、ポカンとサンジの顔を見る。 その笑顔はいつも自分に向けられているそれで。 ゾロが固まっていると、サンジは持っていた紙袋からゴソゴソと1つの塊を取り出した。 それは、若草色の毛糸球。 「・・・・・・マスター、それ・・・買いに行ってたんスか?」 「おう。お前、腹冷やしたんじゃねぇのか?」 「・・・・・・・・・は?」 ゾロはサンジの言っている事が理解できず、更に口を開けてサンジを見る。 サンジはその毛糸球を袋に入れて、一旦椅子に置くとエプロンをしてまた袋を抱え直した。 「オレの世話んなった人が冷房ダメでさ。夏場でも、職場で腹巻してんだよ。オレが編んでやったんだぜ。」 「へ、へぇ。手編みですか?愛情篭ってんですね。」 胸がチクンと痛んだ。 もしかして、その人がサンジの好きな相手かとそう思って。 だが、ゾロの台詞を聞いた途端、サンジがブッと吹き出した。 「よせよ、気色悪ぃ。オレをコックに育ててくれた、クソジジィだ。まぁ、愛情が無ぇっつーと嘘になるけどよ。」 「そうですか。・・・・・・で、もう1つ編むんですか?」 少しホッとしてゾロがそう聞くと、サンジはきょとんとしてゾロを見た。 そして、カウンターの中に入ってきてこう言った。 「何言ってんだ。こりゃ、てめぇのだ。どう見たっててめぇの色だろ。」 「・・・・・・は?」 「てめぇ、今朝から腹の調子悪いだろ。朝はどうせまともに喰ってねぇだろうし、昼と夜はオレの作ったメシだから、変なもん喰ってる とは思えねぇ。冷やしたんだよ。冷房なんて贅沢なもん、てめぇのアパートにゃ無ぇんだろ?」 「・・・・・・・・・まぁ。」 冷房で腹冷やしたんじゃなくて貴方の格好・仕草で腹以外がやられてんですとは言えず、ゾロは適当に相槌を打つ。 サンジはゾロの返事にうんうんと頷くと、すぐできるから待ってろと言いカウンター内の椅子に腰掛け編み始めた。 嬉しそうに毛糸を転がしながら編むサンジを、ゾロは安堵しながら見つめた。 何だか解らないけれど、サンジはゾロに警戒心を持ったわけではないらしい。 しかも、自分に手編みの腹巻なんぞくれるつもりでいるのだ。 「あ、あの・・・マスター?」 「・・・ん?何だ?」 「何で、オレにそんなに好くしてくれるんです?」 ゾロは思わず聞いてしまった。 しまったと思いながらも、サンジの返事を待つ。 期待通りの言葉が返ってくるとは到底思えないが、好意を持ってくれているかどうか位確認したい。 サンジは、一旦手を止めてゾロの方を一瞥するとまた目線を手元に落として針を進める。 「・・・・・・オレさ、兄弟いねぇんだ。」 「え?」 「でも、弟分っての?そういうのは居たぜ。ただ、面倒ちゃんと見てやれなくてよ。今んなって後悔してんだ。だから、てめぇ位のヤツ 見ると構ってやりたくなんだよ。・・・・・・迷惑か?」 「い、いえ、そんな事ないです。オレ、兄は居るけど離れて暮らしてっから、兄と居るみたいで嬉しいです。」 「・・・・・・・・・そっか。」 ホッとしたようなサンジの顔を見て、ゾロも少し安心する。 好意は持ってくれているようだ。 その好意が自分の欲しいものではないとしても。 そして、自分の気持ちもうまく誤魔化せたのだろう。 兄と弟のように、これから仲良くやっていければそれでいい。 ゾロはそう心を決めて、編み物をしているサンジを背に砂糖の補充を再開した。 その日のうちに編み上がったサンジ手製の腹巻は、エプロンと共にゾロのバイト時専用のアイテムになった。 兄弟のように仲良く・・・・・・とは、言うものの。 バイト継続日数が進むにつれて、段々自信が無くなっていくゾロが居る。 それというのも、サンジが妙にスキンシップが好きなのだ。 夏休み明け1ヶ月くらいしてバイトに入ったゾロだったが。 それから更に1ヶ月経った頃から始まったそれは、最近になって益々エスカレートしてきた。 まず、挨拶代わりに肩を撫でられ。 2ヶ月くらい経った頃には、肩に手を置かれながら耳元で内緒話。 3ヶ月に至った今では、嬉しいことがあると飛び付いてきたりする。 (もうちょっとしたら、ほっぺちゅーとか平気でしてくんじゃねぇのか?) そう思うと、ゾロの胸は切なさでキュンと鳴ってしまう。 相手は、自分の事をなんとも思っていないからそんな事平気でできてしまうのだ。 弟のようだと思っているから。 自分だって、腰に手を廻したいのだ。 自分だって、耳元で甘く囁きたいのだ。 自分だって、強く抱き寄せたいのだ。 それも、恋人同士の様に。 年甲斐も無く、片思いでこんなに苦しい思いをするとは思ってもみなかった。 そもそも、自分から好きになったことなどないゾロだ。 今まで告ってきた女どもを冷たくあしらった結果がこれだとしたらと、自省して落ち込むゾロ。 そんなゾロの内面などお構い無しに、サンジが近寄ってくる。 そして、爆弾発言が一発飛び込んできた。 「なぁ、ゾロ。今度の日曜日、デートしねぇ?」 ゾロは、約束の時間10時の1時間前に、駅前の噴水脇に着いていた。 駅なら行き慣れているから迷うことは無いのだが、もし仮にいつもの病気が出て迷子にでもなり遅刻したらと恐れたからだ。 (デートってなぁ・・・・・・普通勘違いするだろが!) ゾロは、得意の仏頂面で水面を睨み付ける。 あの後、サンジはこう言ったのだ。 「実は、クリスマスに備えて店内の模様替えしたくてよぉ。ランチョンマットとか買いてぇんだけど、結構荷物になりそうだからさ。つい て来てくれよ。」と。 仕事の延長だと思うと嬉しくない。 でも、休みの日にも会えるのかとか思うと嬉しかったりする。 丸一日、講義も無く、バイトも無く、ただボーっとアパートに1人居るとろくな考えが浮かばないからだ。 自分の気持ちを隠し切れなくなるかもしれない。 そしたら、サンジに嫌われるかもしれない。 バイトも止めて、もう2度と顔を見れなくなるかもしれない。 ぶんぶんと首を振って、無心に水面を眺める。 まだ、大丈夫・・・・・・相手の名前を呼ばない内は。 マスターと常に呼ぶようにしているのだ。 仕事上の関係だと、ただそれだけだと。 今日も仕事だ、荷物持ちだと己に言い聞かせながら近くのベンチに座ろうとしたその時。 「ゾロ〜〜〜っ!!」 自分を呼ぶ声がして、そちらを振り向けば。 陽光にキラキラ反射する金髪が目に飛び込んできた。 いつもの開襟シャツじゃない、胸の開いた淡いオレンジ色のセーター。 いつもの黒いスラックスじゃない、淡い紺のヒップハンガージーンズ。 いつものエプロン姿ではなく、黒のロングコート姿。 そして、いつもゾロに向けられる極上の笑顔。 「悪ぃ。待ったか?」 時間前にも拘らずそう聞く彼に、イヤと素っ気無く答える。 そうしなきゃ、抱き締めてしまいそうだったから。 んじゃ、行こうぜと先に行くサンジの後を、真っ赤な顔をしてついていくゾロが居た。 サンジが選んだ模様替え用品の色合いは、オレンジ。 クリスマスカラーの赤とか緑とかではなく。 今の萌黄色のイメージから変わるそれは、何かサンジの好きな相手を暗示しているのか? そう思うと、ゾロは少し落ち込む。 萌黄色・・・・・・ゾロの髪の色だから。 自分を髣髴させる色を捨てオレンジに変えることを自分に見せる・・・それに何か意義があるのか? ゾロは考える。 余所余所しくはなっていないサンジ。 でも、実は気付いているのかも・・・・・・ゾロの気持ちに。 打ち明けられる前に、牽制しているのかもしれない。 珍しく長く続いている自分を、そんなことで手放したくないのかもしれない。 でも、急降下する自分の気持ちを止められない。 このままじゃ明日のバイトにも差し支える。 意図をさり気なく聞く位は許して貰えないだろうか? 4へ 2へ |