ゾロは現在、大学2年だ。 1年の内に2年間で取らなければならない単位は殆ど取ったので、午後は月曜日の3限を除いて講義を取っていなかった。 その為、ゾロのバイトは月曜日は午後3時、他の平日は午後1時からはじまる。 その事を聞いたサンジが、そうしろと勧めたからだ。 また、月曜以外昼御飯もランチタイム終了後でよければ出してやるとも言われた。 申し訳ないと思いながらも、その好意に甘えてサンジの言う通りにすることにした。 土曜日は朝一番から閉店までつきあう。 サンジの喫茶店は通勤客と学生が大半を占める駅前にあるため、日曜定休だ。 だから、平日は休み無しでバイトに入ることにした。 その方がサンジの傍に居られるからだ。 ゾロの仕事はウェイターの他に、時間が空けば倉庫の整理、足りなくなった食材の買出し、使った食器洗いなどやることは山のよう にあった。 倉庫の整理はなんとかなったものの、買出しはレタスとキャベツを間違えたし、食器も何個か割ってしまったりした。 その都度、サンジは的確に指示を出し、決して感情的に怒ることはなかった。 笑いながら、軽く蹴りは飛んできたが。 2週間もすれば仕事の流れも理解できたし、サンジのことも少しづつわかってきた。 サンジの年齢は26歳、ゾロの6つ上だ。 とはいっても、それ程大人の落ち着きがある訳ではなく、客にからかわれて子供のように食って掛かることもある。 それでもゾロとは違い、社会経験、常識、客商売の醍醐味などゾロの知らない世界を楽しそうに話してくれる。 ゾロが必須でない月曜3限の講義をバイトの為に止めようとした時も、学生の本分は勉強だと諭してくれたのもサンジだ。 そして、仕事に対する態度は非常に真摯だ。 暇さえあれば、新しいメニューの研究に勤しんでいる。 また、常連客の好みも完全に把握していて、苦手なものは抜いて調理するし、暖かさ加減も調節して出す。 当然、ゾロの好みも2日かそこらで見抜かれ、実は猫舌とかトマトが食べられないとかわかると、「子供みてぇ。」と笑われた。 大人の面と、子供の面と、そのどちらもゾロには鮮烈で。 毎日毎日、そんなサンジと一緒に居て、日毎にサンジに対する気持ちが膨らんでいく。 ただ、気になることもある。 サンジの傍で仕事を片付けながら、ゾロは今日会った男の言った事を考えていた。 サンジに会った翌日、早速ウソップに頼んでカヤを呼んで貰った。 彼女にサンジの喫茶店でバイトしたことのあるヤツを知らないかと聞いたところ、1人知っているとの事。 今、留学先に居て、後2週間もすれば一旦帰国するからその時に取り次いであげると。 そして、今日の午前中大学に現れたその男を捕まえたという訳だ。 その男は、ゾロと同じ学部の1期上で、ゾロがサンジのとこでバイトすることを聞いて気の毒そうな顔をした。 「サンジさん、元気か?」 「あ、あぁ。」 「・・・・・・そっか。」 その口調には、寂しさは滲むものの嫌悪とかそういう感情はないと見て取ってゾロは首を傾げる。 自分からそこのバイトを止めているとカヤには聞いていた。 (クビになったのか?) ゾロがそう思っていると、彼はゾロが思ってもみなかったことを口にした。 「サンジさん、恋人できた?」 「は?・・・・・・いや、昨日しか行ってねぇし、オレは見てねぇと思うが。・・・彼女がいんのか?」 チクンと痛む胸を誤魔化しながら、ゾロは聞いてみた。 そうしたら、目の前の男はそうかと薄く笑った。 「サンジさん、ずっと好きな人が居るって言ってたから。オレは相手にしてもらえなかった。」 「・・・・・・・・・え?」 「あそこのバイトコロコロ替わんの、原因知ってる?」 ゾロが首を横に振ると、気をつけなと彼が言う。 「皆、サンジさんに惚れるんだ。それも、すぐに。でも、気持ちを打ち明けるとサンジさんには好きな人が居るって言われて。・・・・・・ で、一緒に居るとやりにくいだろうって止めていく訳。」 衝撃の事実に、ゾロは呆然とする。 それは、そうだ。 実際、自分も一目惚れに近い状態だった。 それに・・・・・・もし、サンジに好きな人が居て、目の前でそれを見せ付けられたら傍になんて居た堪れないだろう。 「サンジさんもさ、告白されると急に素振りが他人行儀になんだよ。優しいんだよね。無碍にも出来ない。答えることも出来ない。そ れなら、ってさ。」 「・・・・・・・・・。」 「君も気をつけな。惚れたんなら、惚れた素振り見せない方がいい。ただ傍に居たいならね。そうじゃなきゃ、止めることをお勧めする よ。」 そう言って去っていく男の寂寥感漂う後姿を、ゾロはただ見送るだけだった。 そう言われてみれば、とゾロは思う。 自分に向ける笑顔も、きっとサンジの警戒心の無さの現われなのだろう。 男に惚れられるなんて・・・・・・ゾロなら鳥肌モンだ。 ゾロとて、サンジに会うまで、いやサンジに惚れるまで、男に恋心を抱くなど考えられなかった。 サンジはきっと自分を年下の可愛い(?)学生バイトくらいにしか思っていないだろう。 「お〜い、ゾロ。少し休憩しろ。今の内にメシ喰っちまえ。」 そう言って、自分に笑いかけるサンジに手を上げて応える。 カウンターの端に腰掛けてサンジを見れば、 「今日は、特製煮込みハンバーグだぜ。よく味わって食えよ。」 とニカッと笑って言う。 (惚れるなっつー方が無理だろ。ったく、マスターはわかってんのか?自分の放つ魅力っつーもんによ。) サンジの態度に、嬉しさと腹立たしさを覚えながらも与えられたランチに口を付ける。 黙々と食べながらサンジの方を見れば、自分の反応を待っているのか期待に満ちた目をしていて。 「旨ぇ。」 とひと言言えば、そっかと嬉しそうな顔をする。 誰にでもバイトに入ったヤツにはこうなんだろうなぁと思うと、切なくて胸が痛くなる。 客相手じゃ見せない、優しい笑顔を向けるんだろうなぁと。 それでも、とゾロは思う。 こうして傍に居られるならいいじゃないか。 自分の気持ちなど殺してでも、この笑顔を見ていたいから。 (絶対に隠して続けてみせる!この気持ち、マスターに気付かれない様に。) 持っていたフォークを握り締めすぎて曲げてしまい、お前はマジシャンかとデコピンされながらもゾロは固く決意した。 (・・・・・・しっかし、オレの決意を無にする気かね、このアホマスターは・・・。) ゾロは自分の背後にいるこの店の主に、押し倒されてぇのかと怒鳴りつけたくなる気持ちを抑え、黙々と目の前の洗い物をこなして いた。 時を遡る事30分程前、ゾロが昼食を食べ終え、その食器と一緒にシンクに溜まった洗い物を片付けようとした時だった。 入り口の鐘がカランカランと鳴って、客が2人入ってきた。 それを見て、ゾロはげんなりする。 その客とは、この喫茶店の近くに社屋ビルを構える会社の営業マン、シャンクスとエース。 2人とも、その態度からサンジに気があるのは丸わかりで、ゾロとしてはいつもハラハラさせられるのだが。 そんな2人のあからさまなモーションを、サンジがうまく誤魔化して当たり障り無く断っているのを見てホッともしている。 今日も今日とて、2人はゾロの隣で食器を拭くサンジにお誘いをかけている。 「なぁ、サンちゃん。今日もダメなの?」 「悪ぃ。夜、新作メニューの検討したいからさ。今大詰めなんだよ。」 ニコニコ笑うサンジに、エースがアイスコーヒーのストローに口をつけてニヤッとした。 そして、隣でコーヒーを啜るシャンクスと目を合わせて、うんと頷く。 「そっか。・・・・・・なんか、最近ご機嫌じゃねぇ?サンちゃん、なんかいいことあった?」 「そうそう、例えばコイツが来たからとか・・・。」 えっとゾロが顔を上げると、隣でサンジがゾロに視線を移した後ニカッと笑う。 「そう見えるか?ま、確かに、第1関門の1週間も第2関門の2週間乗り越えたからよ。次は1ヶ月だけど取り合えず安心した事ぁ確 かだぜ。」 「ふ〜ん。・・・・・・・ホントそれだけか?」 「そうだよなぁ。最近妙にお洒落だし。」 「今日なんか、シャツのボタン3つも開けてるし。」 「物凄いソソルよなぁ、サンジ。」 「実は惚れてんじゃねぇの?このちょっとガタイのいいバイトくんにさぁ。」 2人の会話にドキッとしながらも平静を装い、サンジの次の言葉を待つ。 どうせ、そんなわけあるかとキレるのが関の山だが・・・。 だがしかし、サンジの行動はゾロの想像の範疇を超えてきた。 「うわ〜〜〜っ、シャンクス、エース。それってセクハラじゃねぇ?助けてくれよ、ゾロ〜〜〜っ!!」 と言ったかと思うと、ゾロの両肩に手を置いてその背中に隠れる振りなんぞしたから、ゾロの心臓はバクバクと早鐘のように鳴った。 (もうホントに勘弁してくれ。これじゃ心臓持たねぇ。) ゾロは怒涛の勢いで洗い物を終えてしまうと、サンジにその場を任せトイレに直行する。 今朝も、開襟シャツの間から覗くサンジの白い肌を目の当たりにして眩暈がした程だ。 その時も、腹の調子が悪いとトイレに直行し、一発抜いてきたのだが・・・。 (オレもまだまだ修行が足りねぇ。) ゾロは、サンジの手の温もりを感じた肩に一瞬手をやって、もう1発とボトムに手をかけた。 |
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