袈裟懸けの傷

<発端>




ワアッという鬨の声で目覚めたサンジが窓の外に見たのは、処刑台から上がる狼煙だった。

エースがサンジの元に姿を現した、その2週間後。
ゾロの宮殿を悌国の軍隊が取り囲み、エースがサンジを救出しに来た。
ゾロを、胡河河岸にある小さな東屋で捕らえた、と。




サンジ達5国の国主の前に引き摺り出されたゾロは、不敵な笑みを浮かべて自分を見下ろす者達を見つめていた。
数ヶ月前、サンジが連れて来られた翠国正殿の前に。
縛り上げられ、左右を兵士に囲まれ、身動き取れない状態で。

「何故こうなったか、わかるな?ゾロ。」
悌国国主ルフィが口を開く。
それは、南朝の盟主がゾロからルフィに変わった事を、如実に示していた。
「さあな。・・・・・・で、どうすんだ、オレを。」
「この場でオレが斬って捨てたいとこだが、お前に恨みのある者はオレじゃない。」
「結構、いるんじゃねぇのか?嬲り殺しだな。」
自分の事を他人事の様に言い笑うゾロに、周囲の空気がざわめく。
もっと怯え、許しを乞い、泣き叫んでもおかしくない状況で。
いや、一国の国主とあらば、そこまでしなくとももっと悄然と現状を受け止め大人しくしている筈なのに。
何かおかしいと思ったのは、サンジ1人ではなかった。
ルフィは自分の傍に居る他国の国主に目を向け、うんと頷くと部下を1人使いに走らす。
その者が戻ってきたとき、1人の女性を連れてきた。

「ゾロ様。」
「・・・・・・ビビ・・・。」

ゾロの正妻、ビビ。
サンジの蒼国に嫁ぐことが決まっていながらも、ゾロが横槍を出して奪った女性だ。
彼女の顔は真っ青でありながらも、その高貴さは失われず、凛とした態度でゾロの傍へ歩み寄り膝を落とす。
その彼女を見て、ゾロの顔色が変わる。
「どういうことだ?」
低い声で、恫喝するようにルフィを睨み付けて言う。
「当然だろう。国主が裁かれるなら、皇后も同罪。共にあるべきだ。」
「ふざけるなっ!!!」
先程までの態度とは打って変わって、ゾロが声を張り上げて怒鳴る。
それほどまでにビビが大事か、とサンジが思ったとき、ゾロが言った。
「コイツは関係ねぇ!夫婦の契りも交わしていなければ、想いを分かち合ったわけでもねぇ。だから、コイツは助けてく れ。裁かれるのはオレ1人で十分だろう。」
「お前の血を継ぐ子供を産むかもしれねぇ。」
「有り得んっ!コイツは召使みたいなもんだった。手も出してねぇって言ってんだろ。」
「ゾロ様!!」
逆上するゾロの腕を掴み、ビビが言う。
「私が嫁いでまいりました以上、例え契っていなくとも皇后であることには変わりありません。一緒に参りますわ。」
「ダメだ!てめぇには・・・・・・。」
「いえ、お心遣い嬉しく思いますけれど、それは出来ないこと。そうでしょう?」
「・・・・・・・・・てめぇを巻き込みたくねぇ。それに、それじゃオレがしたことは・・・。」
ゾロが唇を噛み締めながら、俯く。
そんなゾロを気遣うように、ビビがゾロの腕に手を乗せて微笑む。
そして、その目線がゾロの肩越しにある人物を認めてニッコリと笑った。
直ぐにその視線はゾロに戻ったが、サンジはビビの目に入ったものが何か気になってその先を辿る。
そこには、ゾロの斜め後に控えていたコーザが座っていた。
コーザはビビとゾロの姿をじっと見つめていた。
その眼差しが物語っているものに気付き、サンジはハッとする。
もしや、ゾロのしてきたことは・・・・・・しかし、それで筋は通っても理由がわからない。
その理由がハッキリしない状態で、ゾロを死に追いやることはサンジ自身合点が行かない。
「ルフィ。」
サンジがルフィを呼ぶと、ん?とルフィが視線だけをサンジに寄越す。
「ゾロと2人で話がしたい。席を外してくれるか?」
「・・・・・・何でだ?」
「理由はないが・・・・・・納得いかねぇ。このまま死なれたら、オレはコイツに陵辱された理由も分からねぇままだ。」
「・・・・・・わかった。始末はサンジに任せる。但し・・・。」
そこで、一旦言葉を切ってルフィはサンジに身体を向けて言った。

「翠国国主の命、必ず絶て!受けた屈辱の数々、どの国も容認は出来ない。わかってるな?」
「あぁ。」

サンジの返事を聞いて、ルフィがにししと笑う。
そして、他国の国主を促し、ビビをコーザに任せて、ゾロとサンジを残してその場を離れた。


サンジは壇上から降り、ゾロの元まで歩いていった。
ゾロはそんなサンジを睨み付けている。
「あの時と同じだな。立場は逆だが・・・・・・。」
「どういうつもりだ。オレに話はねぇ。」
「いいのか?そんな事言って。ビビちゃん、助けたいんだろ?」
「・・・・・・・・・。」
ゾロが黙り込む。
サンジはゾロの顔を覗きこむと、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「いいか、よく聞け。オレの推測だが、てめぇがやった他国に対する暴言や要求、こうなることわかっててやったろ?」
「・・・・・・・・・。」
「わかっててやったとなりゃ、てめぇの目的はこの翠国を滅亡させること、違うか?」
「・・・・・・・・・。」
「それで、自分も死んでその後をビビちゃんも含め、コーザに譲ろうとしてるだろ?ビビちゃんがコーザと好き合ってる 事はさっきの彼女の視線で分かった。」
「・・・・・・相変わらず、てめぇは聡いな。」
「だが、わからねぇこともある。」
サンジがそう言うと、ゾロが顔を上げてサンジを見た。
「なんで、てめぇがそうしなきゃならなかったか。なんで、オレを陵辱しなきゃならなかったか。」
「・・・・・・理由は、無ぇ。」
「嘘だ。今こうして見れば、てめぇが狂ってねぇこと位分かる。正常なら、態とやったとしか思えねぇ。そうだろ?」
「・・・・・・理由を話せば、ビビを助けてくれるのか?」
「約束する。」
サンジが頷くと、ゾロは諦めた様にふうっと息を吐いた。
そして、視線を空に向ける・・・・・・サンジから目を背ける為に。
「何で、こんなことやったか、それだけだ。てめぇにしたことに対する理由は話せねぇ。」
「?何で?」
「てめぇの性格を十分理解した上で言っている。ルフィと約束したこと、反故にする気はねぇんだろ?」
「・・・・・・・・・それじゃ、オレが納得できねぇ。」
「なら、オレを斬った後言ってやる。」
「っ!!!」
驚くサンジにゾロが畳み掛ける。
「斬るなら、オレの白鞘の刀『和道一文字』にしてくれ。あれが、母が唯一オレに残した形見だから。」
そう言って自分の腰に差してある刀に視線を向ける。
サンジがそれを抜き取ると、ゾロは口を開いて話し始めた。


「オレの母を覚えているか?」
「あぁ。お綺麗な方だったな、てめぇに全然似てねぇって・・・。」
「まぁ、オレは父に似ていたからな。だから、余計かもしれねぇ。母がオレを憎んだのは・・・。」
その台詞に、サンジが目を見開く。
「何で?仲良かったじゃねぇか。ミホーク様とも、お前とも。」
「あぁ、父が死ぬまではな。・・・・・・母が父に嫁いだ時のこと、てめぇは聞いた事あるか?」
「・・・少しは。部下の奥方だった人を、夫の昇進を条件に取り上げたと・・・。」
「半分はあってるがな。確かに約束したのは事実だ。昇進もして、地方の長官になったと母は聞いていたらしい。」
「?どういうことだ?」
「実際は、地方に出向したところを父が部下を使って襲わせた。」
「−−−−っ?!!」
「母を取られたくない一心だったのだろうとは思う。それを、死ぬ間際まで黙っていたのは父の良心だろう。そして、死 して墓まで持っていけなかったのも・・・・・・。だが・・・・・・。」
そこで、ゾロの顔が歪む。
「だが、母はそれを聞いて激怒した。そして、変わってしまった。
自分が夫の為に良かれと国主に嫁ぎ、それなりに幸せに過ごしていた間に、最愛の良人は自分の新しい夫に殺害 されていたのだ。
狂わないほうがどうかしている。オレを見て、気がふれているときの母は必ずこう言った。
『お前が私を騙した。私は必ず、お前の国を滅ぼしてやる。』と。
そして、正常な時の母は、『翠国国主の血を根絶やしにしておくれ。それが母の唯一の望みだ。』と。
最後の最後まで、母は父への恨みを口にして死んでいった。形見として残されたその刀も、母の良人が母にくれた 物だ。
オレを襲った時も母はそれを持っていた。オレの首を落とすためにだ。
だから、オレは決意した。オレが死ぬだけじゃダメだと。翠国そのものをこの世から消し去る。その為に、全てオレが 仕組んだ。」
「・・・・・・・・・。」
「わかったか?鰐の攻撃までの時間を考えると、時間が無かった。エースじゃ南朝を纏め切れねぇ。ルフィじゃなきゃ ダメだ。だから、廃嫡を強要した。兄思いのルフィのことだ。それだけで十分腹を立てさせるには十分だろう。あと、ビ ビのとことウソップんとこは今まで要求しなかった年貢の取立てをすれば、少ない国力の奴らは一溜りもねぇ筈だ。ナ ミんとこは武力放棄するよう言えば、あの気の強い女のことだ。キレんのは目に見えてる。そして、てめぇんとこだ。 唯でさえ難条件を全て受け入れてきたんだ。生半可なことじゃ脅威にはならねぇ。だから、てめぇを拉致した。それ が、他国の火に油を注いだのも計算の内だ。」
「・・・・・・・・・。」
「他国には迷惑を掛けた。なるべく犠牲は少なくしたつもりだが、謝罪はしねぇ。オレの死後、この国の土地も財産も 民も全て取り上げるがいい。ただ、ビビはコーザにやってくれ。それだけは、頼む。」
「なんで、コーザに・・・・・・?」
「あいつは知らねぇだろうが、コーザは母の残した良人との間の1人息子。オレの種違いの兄だ。母には内緒で部下 に育てさせていたらしい。あれを重要な地位に取り上げるようにオレに頼んだのは、他でもない父だからな。母への オレからのせめてもの償いだ。コーザとビビのこと、くれぐれも頼む。」
頭を下げるゾロを、サンジは呆然と眺めていた。
母親の遺言・・・・・・それがこんなにもゾロを追い詰めていたとは。
何故、葬儀の時のゾロの態度にもっと突っ込んで話をしなかったのか。
今になって悔やんでももう時既に遅いのだが・・・・・・。
泣きそうなサンジの顔を、ゾロが顔を上げて笑う。
「何泣いてんだ、てめぇは?オレはこれで満足だ。いつ死んでもいい。」
「・・・・・・ゾロ・・・。」
「早く、斬れ!」
ゾロが躊躇するサンジに叫んだ。


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