振りの客

<同行の妙>




襖を開けても、ゾロはすやすやそれこそ赤子のようによく眠っている。
起こすのは忍びないが、起こさずに行って後で怒られるのも癪だ。
「おい、ゾロ。」
呼んでみたが勿論、返事はない。
「ゾロって。」
今度は揺すってみたが、反応もない。
いつもならこういう輩には蹴りの1つもお見舞いするサンジなのだが、いかんせん相手は粗相もしてない客だ。
うーんと考えて、とりあえず寝ててもいいから出かける旨を伝えておこうと思い立つ。
「なあ、ゾロ。オレ、ちっと用事で浅草寺辺りまで出かけてくるわ。」
そう言った途端、ゾロの目がパチッと開いた。
「出かける?」
「お、おう。」
急に起きたことに驚きながらサンジが肯定すると、
「1人でか?」
などと聞いてくる。
「子供じゃねぇんだ。あったりめぇだ。」
「すぐ仕度する。寸刻待て。」
急にむくっと起き上がり、浴衣をバッと脱ぐゾロに唖然とするサンジ。
気付けば、もう昨日の格好で編笠を被り、腰に3振りの刀も差している。
「行くぞ。」
「いや、てめぇ、顔くらい洗えよ。」
すでに階段を降り始めているゾロを、サンジは慌てて追いかけた。


見世内を掃除している他の妓夫達に挨拶をしながら、サンジとゾロは連れ立って表へ出る。
大門周辺は見送りする花魁達で少し朝の賑わいを見せている。
その横を通り抜け、さあ衣紋坂を上ろうとしていた時、
「サンちゃ〜ん。」
となんとも間延びした呼び声で2人が振り向くと、そこには番所に詰めている同心エースが手を振っていた。
「エース、今日はあんたが詰めの日かい?」
「おう。また、サンちゃんとこでメシ宜しくね。」
「いいけど、オレ、明後日までちょっと野暮用で茶屋には居ないぜ。」
「えーっ、つまんねぇの。・・・・・・って、こちらさんは?」
そこで、エースがサンジの隣に立っているゾロをチラッと見る。
ゾロが編笠をスッと上げてエースを見ると、エースがあっと驚いてペコッと頭を下げる。
「お役目、ご苦労。」
とゾロが尊大に言うと、
「へい、こちらこそ、いつもお世話になっておりやす。」
とエースが丁寧に言葉を返す。
「今日、オレは非番だ。気を使うな。」
「へい。」
急に態度を変えた2人に驚いて、サンジが様子を伺っているとゾロがサンジを見て言った。
「悪ぃ、サンジ。ちっと、エースに話がある。少し待てるか?」
「あ、あぁ。じゃあ、ジジィんとこ行って、他に用事ねぇか聞いてくる。」
「悪ぃね、サンちゃん。」
サンジが引手茶屋へと戻る途中振り向けば、エースがゾロを連れて番所へ入っていく。
(只の侍じゃねぇんだな。何者なんだろ。)
そう思いながら、サンジは茶屋へと向かった。


結局、一刻ほど待たされて迎えに来たゾロに
「遅すぎんだよ。菓子売り切れてたら、ナミさんにどやされんだろが。」
と文句と軽い蹴りを見舞ってやった。
自分1人除け者にされたような気がしてムシャクシャしていたのも事実だが。
でも、すまんと素直に謝るゾロの笑顔にドギマギして適当に誤魔化されてしまったのも事実で。
ゾロと並んで、日本堤通りを歩く。
何か話をしていないと落ち着かなくて、サンジは適当に話し掛けた。
「なあ、エースとは知り合いなのか?」
「まあな。」
「じゃあ、てめぇ町奉行所の人間なのか?」
エースのあの口調、いつも親しげに誰にでもタメ口で話し掛ける彼からは想像も出来ない腰の低さだった。
廓の番所が町奉行直属の隠密廻りというから、その線だろうとサンジは考えたのだ。
「うーん、まあ、そんなとこだ。何だ。気になるか?」
「そりゃ、素性を知りたくねぇっつったら、嘘になるが。言いたくねぇなら、それもいい。」
「あれの上役と親しいだけだ。ま、役人であることぁ、確かだ。てめぇがオレを知らねぇってんなら真っ当な人生歩いてるってこった。」
「んだ、そりゃ?でもよ、お前、そんなカチカチの役人様が実は男色とはなぁ。」
「は?オレは男色なんかじゃねぇぞ。」
ゾロの言い様に、サンジは驚く。
自分に惚れてるってことは、女の子じゃなくてそっちがいいということではないのか?
サンジがそう聞くと、
「アホか、てめぇは。オレは、男がいいんじゃなくて、てめぇがいいんだ。他はいらねぇ。」
などと返してくるからサンジは堪らない。
真っ赤になってつい大きな声になってしまう。
「げっ、さり気に口説くな。」
「声がでけぇぞ。」
「わ、わぁってるよ。・・・・・・・・・なあ、オレ、てめぇとどっかで会ったか?」
「まぁ、覚えてねぇのも無理ねぇさ。あん時ぁ、てめぇ・・・・・・・・・。」
ゾロが急に黙り込む。
サンジは続きが気になってゾロに問いただそうとしたその時、フッと後から鋭い視線を感じた。


視線の主へと振り向こうとしたら、ゾロに腕を掴まれた。
見た目優しく、しかし指先に力を込められて。
「見るな。」
ゾロが小声で囁く。
その緊迫感のある声に、只事ではない気配を感じる。
「何だ?オレらに用なのか、後ろの奴ら。」
「あぁ、間違いねぇ。大門出た時からずっと付いてきやがる。浅草寺っつったな。店、どこだ?」
「浅草寺越して直ぐだ。」
「わぁった。馬道通り入って直ぐてめぇは店まで走れ。」
「ゾロはどうすんだ?」
「オレが奴等を食い止める。」
自分1人で戦おうとするゾロに、サンジは怒りを覚える。
「何馬鹿言ってやがる。やんなら、オレもやる。」
「相手はてめぇを狙ってる。オレの正体も薄々感づいてるだろう。てめぇ、人質にとられたらオレぁ手も足も出ねぇ。」
「オレを何だと思ってんだ、てめぇ。か弱い女子供じゃねぇ。自分の身位自分で守るさ。」
「・・・・・・・・・わかった。但し、オレの側、離れんなよ。」
日本堤通りから南へ折れて、直ぐにある店に飛び込み待ち伏せる。
案の定、少し慌てたように追い駆けてきた3人組の人相の悪い男達が、自分達を捜しているのだろう、キョロキョロと辺りを見渡して いる。


「何か用か?」
店から出てゾロが奴等の後から声を掛けると、男達はビクッとした様に振り返った。
「いやぁ、旦那にはねぇんでさ。用があんのは、そっちの兄ちゃんで。」
「ほう。だが、生憎だな。こいつぁ、今オレの連れだ。オレに関係ねぇとは言えねぇな。」
ゾロは、サンジを庇うようにではなく隣に立つ。
自分の身位守れるといったサンジの矜持を守るように。
それがサンジには嬉しかった。
「何の用だ。まず、口で言ってみな。十中八九、オレには聞けねぇがな。」
サンジがそう口にすると、
「なあに、簡単な事でさ。オレ達に付いてきてもらえれば、それでいいんだからよ。」
と、相手は舌なめずりするように猫撫で声で喋る。
「交渉決裂だな。」
サンジがそう言うと、ゾロが差してある刀を1本鞘ごと抜き取る。
相手方が、ビクッと震える。
ゾロはニヤッと笑いながら、言い放つ。
「てめぇら、雑魚相手に3振りもいらねぇ。これ1本で片付けてやる。」
続けてサンジも相手方を睨み付けながら言った。
「容赦しねぇぞ。蹴りで沈めてやる。」
2人の殺気にただならぬものを感じたのか3人の男たちは腰が引けながらも、それでも後には引けないのか3人同時に飛び掛ってき た。
2人はサンジの方へ、1人はゾロの方へ。
サンジは同時に突っ込んできた2人を、店の軒先を掴んで飛び上がることでかわし、その振り下ろす脚で1人を地面とご対面させた。
残る1人が振り返ると同時に、しゃがみ込んで脚払いをかけると、寝そべった男の背中に渾身の踵落しを決める。
グェッと嫌な声がしたが、その後ピクリとも動かなかった。
ゾロは、殴りかかる男の拳をフッと横に顔を逸らしてかわし、ちょうど真横に来た男の横っ腹に刀の先を思い切り衝いてやった。
横に飛んだ男は民家にぶつかって、そのまま伸びてしまった。
ゾロが刀を脇に差し、サンジの元へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「おう、怪我もしてねぇよ。てめぇは?」
「あんなん、屁でもねぇ。」
其処まで来て、町の連中が遠巻きに眺めているのに気付き、ゾロが長屋の家主らしき人物に声を掛ける。
その家主から縄を借りてくると、3人纏めて引っ括りずるずる引きずって家主の家の柱に縛り付け、家主に自身番への
連絡を頼むと、ゾロはサンジを伴って歩き始めた。
そして近江屋で無事菓子を購入し、店先に腰を下ろして一服していると、ゾロが少し肌蹴たサンジの足元を見た。
「・・・・・・おい、てめぇ、脚・・・。」
ゾロに言われてよく見ると、サンジの右脚に軽い擦り剥けた痕がある。
「ちっと、擦り剥いたくれぇだろ。心配すんな。」
「オレの肩、持ってろ。」
ゾロはそう言うと、サンジの前へ屈み、その右脚を持ち上げ脹脛に舌を当てて舐め始めた。
「お、おい・・・・・・てめっ、何やって・・・っ痛。」
「沁みるか?少し我慢しろ。」
ゾロは血を舐め取ると、傷口にも舌を当てた。
サンジはもう大混乱だ。
(こんな往来で脚抱えられて、嘗め回されてんのぁ耐えらんねぇ。ってか、こんなんで鼓動が高鳴るってのぁヤバイだろ。
あああぁ、もう、早く終わってくれ。)
顔を真っ赤にしたサンジに目もくれず傷を隈なく舐め終わると、口を拭い持っていた手拭をくるくるっと巻きつける。
「うしっ。どうだ?痛ぇか?」
「い、い、いや。大丈夫、大丈夫だから、早く手、離してくれ。」
慌てふためいたサンジに、漸くその状況に気付いたゾロは耳を真っ赤にしてサンジの横に腰掛けた。
「・・・・・・ありがとよ。」
「・・・・・・おう。」
その後、また2人で来た道を戻ったが、サンジもゾロもなんとなく気まずくて黙ったまま並んで帰った。


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