振りの客

<同衾の褥>





「入ります。」
2階の角部屋の前で、サンジは中に声を掛け、ナミの了承を得ると思い切って襖を開けた。
ゾロは窓際で障子を開けて、行き交う人々を眺めているのか目線を下に向けて酒を飲んでいた。
その手前で酌をしていたナミが、サンジの姿にほうっと溜息を付く。
「サンジくん、いいじゃない。旦那も見て御覧なさいよ。」
その言葉に、ゾロが振り向く。
ゾロがサンジに渡した着物。
淡い翡翠色の生地に、裾に向かって桜の花びらが舞っているそれはサンジの容姿に誂えたかのように嵌っていた。
「ああ、・・・・・・・・・綺麗だな。」
ゾロの言葉に、サンジは驚くと同時に一瞬で顔が朱に染まる。
そんなサンジの様子にクスクス笑いながらナミは腰を上げて、固まっているサンジの脇をすり抜ける。
「・・・・・・っと、え?ナミさん?」
「じゃ、後はよろしく。サンジくん。」
ナミがそう言って襖を開けて出て行く。
入れ替わりに入ってきたゲンさんが酒以外の台の物を下げ、布団を敷いていく。
残されたのは、目の前で胡坐をかいて飲むゾロと2人っきりだ。
ゾロはサンジに座るよう促して、猪口を渡す。
「飲むか?」
「あ、はい。頂きます。」
(酒は強かねぇが、相手を油断させるためにゃ、好都合か・・・・・・。)
サンジはそう考えて、ゾロの前へ座り、渡された猪口を受け取った。
酒を注がれ、それをグイッと飲み干す。
そのサンジの様子を見ていたゾロが、フッと微笑んだ。
その顔にサンジは思わず見惚れてしまった。
(へぇ、・・・・・・女の子達の言ってた通り、結構悦い男なんじゃねぇか。)
入ってきた時は暗くて良く見えなかったが、こうして近くで見ると解る。
涼しげな目元、通った鼻筋、引き締まった口元。
そして、何より・・・・・・。
(あの瞳だ。何もかも包み込むような、優しくてそれでいて情熱的な・・・・・・。)
此処にくる客達の大半に見られる下卑た欲情に塗れた瞳ではない。
しばらく見詰め合っていたことに漸く気付いたサンジは、居たたまれなくなってフイッと目を逸らした。
「どうした?」
ゾロの低い声に、背筋がゾクッとする。
(おいおい。相手は男だぞ。女の子みたいにドキドキしてんのか、オレ?)
気を取り直して、相手を見て、そこで当初の目的を思い出した。
「え、えーと、旦那。」
「ゾロだ。」
「へ?」
「ゾロ。」
「じゃあ、ゾロの旦那。」
「あー、余計なもん付けねぇでいい。そのまま呼べ。」
そう言ってニカッと笑うゾロに、つられてサンジも笑顔を見せた。
それを見て、ゾロがまた微笑む。
「そうやって、笑ってな。そうすりゃ、オレも嬉しい。」
直球な言葉にサンジは面食らう。
(ひゃ〜、こっ恥ずかしいこと平然と言うなーーーっ!!)
今度は、首まで真っ赤になったサンジに、ゾロがくっくっくと笑う。
「てめぇは、表情がころころ変わるな。見ていて、飽きねぇ。」
「他人で遊ぶな。むかつく野郎だな。それより、ひとつ聞きてぇことがある。」
口調は砕けたが、サンジが真面目な態度で話すと、ゾロも表情を固くした。
「何だ?」
「てめぇが、クリーク一味に依頼したのか?」
「・・・・・・・・・は?クリーク?何のことだ?」
そこで、サンジは自分に起きたことをゾロに話して聞かせた。
話をしている途中で、どうもそうではないらしいことを感じたサンジだったが、ゾロが意外と聞き上手だったせいもあって、
洗いざらい全部喋ってしまった。
「・・・・・・そうか。で、もし、オレがそうだっつったら、てめぇはどうすんだ?抱かれんのか?」
「馬鹿言うな。一発でのしてやってポイだ。二度としねぇっつー証文でも書いて貰ってな。」
立ち上がったサンジが振り上げた足を、ゾロの目の前で渾身の力を込めて振り下ろせば、その威力にゾロがホウッと感嘆の
溜息を漏らす。
サンジは得意げに、ふふんと威張って見せたが、あることに気付いてゾロの前に座りなおす。
「てめぇじゃねぇんだよなぁ。」
「5年前っつったら、オレはまだ14だ。惚れた腫れたはあっても、抱く抱かねぇはないわなぁ。」
「ああ?てめぇ、オレとタメかよ!」
「おう。そうみてぇだな。」
「・・・・・・・・・んじゃ序にもうひとつ、何でオレだよ?」
そう、其処が問題だ。
サンジの質問に、ゾロは持っていた猪口を盆に置き、サンジの瞳を見つめて答えた。
「・・・・・・惚れてるって言ったら?」
「は?」
「てめぇは本気にするか?」
思いがけない言葉に、サンジは心底驚いた。
それまで手に持っていた空の猪口が落ちた音を聞いて、ハッと我に返る。
「な、なに馬鹿なこと言ってんだ。初対面だぞ?それに、オレは男だ。そういう台詞は女の子に向かって言いやがれ!!」
「・・・・・・オレぁ真面目に言ってんだぜ。どこの阿呆が男相手に冗談で口説き文句なんぞ叩くかよ。」
「いっ?!!」
ゾロの冷静な物言いに、またもサンジは絶句する。
(マジかよ・・・・・・・・・。)
サンジの心底困った様子に、ゾロはふっと笑って視線を逸らした。
「ま、そうくるだろうと思ったよ。安心しろ。オレぁ、てめぇの身体買ったんじゃねぇ。てめぇの時間を買ったんだ。3日間、側に
居てくれりゃ、それでいい。つーか、抱いちまうと心も欲しくなんのが人情だろう?だから、ちっとだけオレにてめぇとの時間って
ヤツをよ、売っちゃくれねぇか?」
「・・・・・・・・・しねぇのか?」
「おう。でも、一緒に寝るぞ。」
「・・・・・・・・・。」
「心配ぇすんな。次は、無ぇ。・・・・・・残念だがな。」
そう言ったゾロが、一瞬何か決意したかのような憂い顔になったのを不思議に思いながらもサンジは答えた。
「・・・・・・・・・わかった。でも、金は?」
ただ、一緒にいて寝るっつっても純粋にグーグー隣り合って寝るのに、あれは大金過ぎるだろう。
「気にすんな。ってか、その気もねぇてめぇにとっちゃ、あれでも足りねぇとオレは思うけどな。」
自嘲気味に笑いながら立ち上がるゾロに手招きされ、サンジも立ち上がる。
用意されていた浴衣に着替え、そして掛け布団を捲くりゾロが先に横になり、その後サンジが隣に寝転がる。
「てめぇ、顔色悪ぃぞ。あんま、寝てねぇな。サッサと寝ろ。」
ゾロはそう言って、ものの5秒で寝息を立てていた。
あんぐりしたサンジだったが、他人の体温が眠気を誘うのか寝つきの悪いサンジも知らないうちに夢の中へと落ちて行った。


日の光を感じて、サンジは目を覚ます。
サンジはいつも暮九つに眠りについて、暮七つ半には目を覚ます。
だから、この日差しに違和感を感じて身体を起こそうとしたが動かない。
胸の上に何か乗っかっている。
(・・・・・・・・・ん?なんだろ?てか、ここどこだ?・・・・・・・・あ!!)
漸く昨日あったことを思い出して、胸の上に目をやればごつくて褐色の腕。
そして、横を見れば・・・・・・。
ゾロの寝顔。
(ひえ〜っ、抱っこで寝んこ・・・・・・って韻踏んでる場合かぁ!!!)
わたわたと慌てていると、ゾロが薄く目を開けて
「・・・・・・あぁ、・・・もう・・・・・・起きんのか?」
「お、おお、おう。でも、まだ、早ぇぞ。てめぇは、寝てろ。」
「んん・・・・・・、悪ぃ・・・・・・。」
そう言って、また眠りに入るゾロの腕を下ろして、サンジは布団から出て着替えを済ますと襖を開けて出て行った。
ドキドキする胸を押さえて。
(こんな経験ねぇだけで、慣れてねぇだけだ。こんなのぁ、有り得ねぇだろが。)


階段を下りナミの部屋へ行くと、ナミはもう起きていてサンジを見てニッコリ笑った。
「おはよう、サンジくん。もう明六つ半よ。よく寝られたみたいね。」
含み笑いをするナミに、サンジは慌てて言葉を返す。
「い、いや、ナミさん、その・・・・・・な、何もしてないぜ。ただ、寝たっつーか、そうそうそりゃもうグーグーと・・・」
「わかってるわよ。サンジくん、座敷の襖なんて有って無いようなもんよ。事の最中の声なら、ま・る・ぎ・こ・え。」
「あ・・・・・はは、そう、そうだよねぇ。」
気が抜けて、ぺたりとその場に座り込むサンジにナミがふうんと息をつく。
「サンジくんさぁ、お布団1組しかないんだから一緒に寝たんでしょ。別に嫌そうじゃないわね。」
「え?あー、そうだね。でも、相手がナミさんならもう最高なんだけど。」
「はいはい。それより、今日行ける?」
「はい?」
ナミが言う日付に覚えのあるサンジは、ハッと思いつく。
今日は浅草寺近くにある菓子の近江屋の新作販売日だ。
年4回行われるそれをナミはここ数年非常に楽しみにしていて、サンジに買ってきてもらうのが恒例となっていた。
「行けると思うよ。っていうか、あと2日好きにしていいなら時間余ってるし。」
「うん。じゃ、お願いね。」
サンジは立ち上がり表へと向かいかけたが、思い直しゾロの眠る部屋へ取って返した。


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