振りの客

<妓楼の乱>




その夜、また昨夜のように軽く酒宴をナミと3人でしていたが、2刻程経った頃東の角部屋の方から、女の悲鳴が聞こえてきた。
「何?」
ナミが、徳利を置いて腰を上げる。
「ナミさん、待って。オレが行くよ。」
サンジがそう言った時、今度は男の怒号と陶器の割れる音、そして襖がぶち破られる音がした。
見世中の若い衆が、あるものは階段を駆け上がり、あるものは他の座敷から飛び出して、問題の角部屋へ向かうバタバタした
音が聞こえてくる。
「ほっとけないわね。」
「あぁ、行こう。ゾロ、てめぇはここで待ってろ。」
ナミと共に部屋を出ようとして、サンジは振り返りゾロを見る。
腰を上げかけていたゾロに、てめぇは客だからと念を押す。
そして、襖を閉めながら「いいな」とダメ押しして先を行くナミの後に続いた。
その時、ゾロの顔に笑みが浮かんだことにサンジは気付かなかった。


廊下に料理の載っていたであろう台とか、食べ物、割れた徳利や皿、猪口が散在している。
(ひでぇことしやがる。)
花魁に振られて当たる客はしばしば居たが、あの声を聞けば誰か女の子が相手をしていたようで。
サンジが怒りに震えながら問題の部屋に差し掛かる直前、中の屏風が倒される大きな音がしたかと思うと背後の誰かに強く腕を
引かれた。
(?!!何!!!)
声を上げるまもなく、角部屋の向こうの布団部屋に引きずり込まれる。
皆の意識はその角部屋に集中していたから、サンジの状況に気付いたものはいなかったようだ。
サンジがもがく暇を与えず、襲ってきた相手は後ろからまずサンジの最大の武器である脚を縛り上げると同時に、部屋にもう1人
居たのであろうそいつが口を猿轡で塞いだ。
そして、殴ろうとしたサンジが何とか身を捩り相手の顔を見てハッとする。
(5年前の!!!)
サンジの目の色が変わったのに気付いたのか、2人組がニヤッと笑う。
「気が付きなさったかい?そうだよ、クリーク一味だ。」
「!!!」
「時間が無いんでね。ちょっと無理させてもらったよ、サンジさん。」
目の下に隈を作った男が、へへへっとニヤ付く。
その間にも、もう1人の男がサンジの腕を後に廻し縄をかける。
「騒ぎが収まったら、此処から出てあるお方の所へ連れて行くって寸法だ。」
(?!!冗談じゃねぇ!!)
2人を睨みつけ何とか縄を解こうとするが、きつく縛られていてとてもじゃないがなんともできない。
このまま、こいつらに連れて行かれるのか?
また、借金を勝手に背負わされて、身体を売る苦界に身を落とすのか?
(ダメだ。どうしたらいい?ゾロ、ゾロ、ゾロっ!!!)
歯を食いしばり、目をギュッと瞑って、自分を想ってくれている男の名を呼ぶ。
そうじゃない。
こんな時に、不意に名が思い浮かぶその男を。
自分を買いながらも、自分に手を出さず大事にしてくれるその男を、自分は・・・・・・・・・。
(ちっ、ここまで追い込まれて気付いても遅いっての。)
サンジが自分に呆れて身体から力を抜いた時、外の空気が一変した。
それまで、がちゃがちゃと音が絶えなかったのに、急に静けさが訪れたのだ。
「何だ?」
とサンジを拘束した2人組が聞き耳を立てる。
サンジも耳を澄まして外の様子を伺うと、低い男の声がした。

『ほう、オレの顔を見て顔が青褪めるってことは、オレのことを知っているようだな。』

(ゾロ?!!!)
『3振りの刀!!ま、ま、まさか・・・・・・?!!!』
『ま、オレが来たからには観念しろ。偶々酔っただけにしては運が悪かったな。』
『火付盗賊改ロロノア・ゾロ!!!』
先程まで暴れていた男の声が裏返る。
そして、サンジの前で襖にへばり付いていた2人も硬直する。
「何?あの、近頃歴代で一番腕が立つと評判の?!!」
「先手組組頭じゃないのに推挙されたって変り種のか?なんで此処に?」
顔色を変えてうろたえる2人を見ながら、サンジも混乱する頭を必死で整理する。
(ゾロが、ゾロが火盗改?どういうことだ?)
その間にも、外は多くの人の入り乱れる音がする。
ゾロの手下のものだろう、ゾロに確認を取り酔っ払い男に縄をかけているのか『放せぇ』と喚く声が聞こえる。
そして、自分の現状に気付く。
このままでは、ゾロ達は酔っ払い1人連れて帰ってしまうかもしれない。
自分はドサクサに紛れて連れて行かれてしまうのか?
サンジが不安に駆られたその時、もう一度低い声が廊下に響く。

『其処に居るのは判ってるぞ、ギン。パールも一緒か?』

そうゾロが言うと、目の前の2人が肩を震わせる。
『エース』
ゾロの声と同時に、布団部屋の襖がガバッと開きエースが顔を覗かせた。
「はい、ご苦労様。今回の件、全てお見通しだってよ。お国帰りで焦ったね、てめぇらの大物。」
エースがニコニコ笑って背の高い方の男を捕まえると、その隙を付いて目の下に隈を作った男が壁をぶち破って逃げ出した。
「追えっっ!!!」
ゾロの厳しい声が見世内で轟き、手下の者達が走り出す。
呆然とするサンジにゾロが近付き、黙って猿轡と縄を外していく。
「ゾロ、てめぇ・・・・・・。」
「すまねぇ、黙ってて。この3日が勝負だった。・・・・・・無事で良かった。」
サンジの疑問には応えることなく、ゾロは立ち上がる。
そんなことが聞きたいのではない。
なんで、自分の時間を大金で買ってまで・・・・・・。
(オレ狙われてるの知ってて、此処に来たのかよ。オレに言ったことは、全部嘘だったのかよ。)
そう聞きたくても、この場ではと躊躇している時だった。
「ゾロの兄貴、これで安心して祝言に望めますねぇ。」
「えっ・・・・・・・・・!」
酔っ払い男の縄を掴む岡っ引ジョニーの唐突な言葉に驚いて、サンジはゾロを見る。
ゾロはジョニーを睨み付けて、
「余計なことくっちゃべってねぇで、とっととこいつらしょっ引いて行け。」
と言うと、サンジに背を向けてエースと話をする。
サンジはその場に居たたまれなくて、ナミが呼ぶ声を幸いにゾロ達の居る2階を後にした。


「どう、落ち着いた?」
ナミが茶を差し出しながら、サンジに話し掛けた。
サンジはコクンと頷いて、その茶碗を受け取り1口口に含む。
そして、ナミを見つめて言った。
「ナミさんは、知ってたの?ゾロのこと。」
「うん。っていうか、1年前の養い親の事件で世話になったからね。あの時、確かサンジくん風邪で伏せってていなかったから。」
「そう。」
「ゾロね、サンジくんが初日に風呂屋言ってる時、話してくれたの。サンジくんの事件追ってるって。でね、それ終わったら、今の
役目を降りて勘定奉行として武蔵に行くんだって。」
「そう。」
「あと、八州に出向するときに連れが居ないのは格好が付かないから、近々祝言挙げるって。あたし、ゾロに言ったのよ。何で、
サンジくんなのって。サンジくん使って、サンジくん傷つけたら許さないって。」
「・・・・・・・・・ナミさん。」
サンジはナミの心遣いが涙が出るほど嬉しかった。
例え、ゾロが役目を果たすためだけに自分に嘘を言ったのだとしても、ナミの気持ちで癒されそうだ。
そう思ったとき、ナミがサンジの手を取り言った。
「サンジくん、誤解してる。ゾロはサンジくんのこと、言い様に使ったわけじゃない。」
「え?」
「だって、ゾロにそう言った時、ゾロがちゃんと口にしたもの。『仕事ってだけで、男相手に一緒に寝たりしねぇ。』って。」
「・・・・・・・・・。」
「ただ、『父との約束果たさねぇと、アイツが幸せになれねぇ。』って。何か寂しそうに言ってたの。」
「・・・・・・・・・ナミさん。」
ナミから聞いたゾロの言葉を頭の中で繰り返し、サンジはある結論を出した。
そして、ナミの目を見てきっぱりと告げる。
「オレ、待ってみる。」
「・・・・・・サンジくん。」
「アイツが、ゾロが、オレのこと利用したんじゃねぇなら、約束通り明日まで居るんだろ?だから、部屋で待ってみる。」
サンジの言葉に、ナミはうんと頷く。
「きっと来るわ。・・・・・・・・・ごめんね、サンジくん、黙ってて。」
「何で、ナミさんが謝るの?オレのほうこそ、ごめん。見世滅茶苦茶にしちまって・・・・・・。」
「何言ってるの?サンジくんも見世の一員でしょ。そっちの方で腹立ててんのよ、私。」
プンと口を膨らますナミに笑い掛けて、サンジはナミの部屋を後にした。
階段を上がり、誰も居ない座敷の襖を開けて中に入る。
ゲンさんが気を利かせて布団を敷いていってくれた様だ。
そんな気配りが嬉しくなって、胸が熱くなる。
そして、置いてある2組の浴衣から1組取り、着替えて布団に潜り込む。
昨日、あんなに暖かかった布団の中がこんなにも冷たいなんて。
サンジは瞳が潤むのを抑えきれず、掛け布団の中に顔を埋めて涙を堪えた。


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