笑顔の行方  4




歓楽街を出てGM号に着いたのは、島に着いた日の翌晩だった。
――――思ったより時間食っちまったな。
ちゃんと昼前には歓楽街を出たのだが、生来の迷子癖を遺憾なく発揮し、気がつけば夜になってしまっていた。
――――コック、待っててくれてっかな?
そう、ゾロはサンジに言ったのだ。
初日船番のサンジに対し、
「明日の夜、返事すっから待っててくれ。」と。
その時のサンジの笑顔が、妙に引き攣っていたのを覚えている。
もう、あんな顔はさせねぇと、ゾロは思う。
縄梯子を上り、甲板に足を着け、キッチンへの階段を上がり、ドアを開けた。
――――んあ?いねぇのか?
そう思ったのはムリもない。
緊張していて外からは気付かなかったが、キッチン内は明かりも点いておらず真っ暗だった。
ゾロは少しの間、呆然と立ち尽くしていた。
が、徐々に目が慣れてきて、また人の気配を感じて奥へと足を進めた。
そして、テーブルの下を覗き込む。
「・・・・・・何やってんだ、てめぇ?」
そこに、膝を抱えて座り込んでいるコックがいた。
ゾロが声を掛けた瞬間、ビクッと肩を震わせて。
額を膝頭にあてて俯いているため、顔は見えないが。
「どうした?」
肩に触れようと伸ばしたゾロの手を、サンジは即座に払い除ける。
「触ん・・・じゃ、ねぇ・・・。」
声が震えているのに気付く。
「・・・・・・泣いてんのか?」
ゾロはサンジの前に胡坐を掻いた。
「どうした?サンジ。」
ゾロが再度聞くと、サンジが顔を上げてキッと睨んだ。
目が、真っ赤だった。
「んな時ばっか、名前呼ぶんじゃねぇっ!!」
「・・・・・・何怒ってんだ?」
「わかんねぇのかよっ!」
「・・・・・・・・・あぁ、遅くなって悪かった。すまん。」
ゾロが素直に謝ると、サンジは一瞬ポカンとしたがすぐに眉間に皺を寄せた。
「てめぇに迷子癖があることなんぞ、先刻承知なんだよっ!って違ぇだろっ!!!」
「あ?んじゃ、何だ?」
ブチ切れたサンジに対し、何が何だか分からないゾロは素直に聞いてみた。
するとサンジは唖然として、そして唇をキュッと噛み締めると視線をゾロから外した。
ゾロはサンジの言葉を待つ。
ゾロが自分が話すまで動かないだろうことを見て取ったのか、サンジの口が開いた。
「・・・・・・てめぇ、昨日の夜、どこ行ってた?」
「・・・・・・・・・。」
――――って、そりゃ言えねぇだろ。自分の気持ちがわかんねぇから、試してきましたなんてこっ恥ずかしい。
ゾロが答えずにいると、サンジは瞳を潤ませてゾロに視線を戻した。
「オレ、聞いた。・・・・・・んで、見た。」
「何を?」
「今日の昼間、市場に行った。てめぇが晩にゃ帰ってくるって言ってたからよ。メシでもって思って。・・・・・・そん時歓楽街の
入り口辺りでえれぇ騒ぎになってて、そいつらの話が、耳に入ってきた。海賊狩りのロロノア・ゾロが娼館借り切って
乱交パーティーだって。何人も・・・・・・何人も女侍らせて、んでも萎えねぇ、さすがイーストブルーの魔獣だって。」
「・・・・・・・・・。」
――――まぁ、確かに貸切状態つーんだろな、ありゃ。
「まさかと思ったぜ。てめぇ、返事くれるっつってたから1晩1人でゆっくり考えてんだろって勝手に想像してたからよ。」
「・・・・・・・・・。」
――――いや、考えたぜ、つーか実感したぜ。
「したら・・・・・・出てきたんだよ、てめぇが。その娼館からよ。・・・・・・流石に、ショックだった。」
「んだ、その場にいたなら声掛けてくれりゃよかったじゃねぇか。したら、こんなに遅くなんなかったのによ。」
ゾロの言葉に、サンジがクワッと牙を剥いた。
「オレのせいかよっ!って、違ぇだろっ!!ちったぁ、言い訳しねぇのかよっ!オレの気持ちはどうでもいいのかよっ!
てめぇが女抱いてきて、オレはそりゃ結構な事でって言えると思ってんのかよっ!それとも、オレはてめぇの欲望の
捌け口にでもなれってのか?陸じゃ女買って、海じゃオレってか?そりゃ、都合良過ぎるんじゃねぇのかっ!
オレはそんなの我慢できねぇっ!好きじゃねぇなら応えてくれるな。嫌いだって言われた方が何ぼかいいってんだ、
この色欲エロ魔獣がっっ!!!」
肩を上下させて、ぜいぜいと息をするサンジの瞳からは、ボロボロと涙が零れている。
そこで、ゾロは漸く思い至った。
サンジが何に怒っているのかを。
――――ったく、鈍いにも程があるぜ。
自分にホトホト愛想が尽きて、はぁーっと溜息をつく。
サンジはそんなゾロを見て、その溜息の意味を取り違えたのか寂しそうな顔をした。
「・・・・・・泣いて、悪かったな。もう・・・・・・いい。」
そう言って、テーブルの下から這い出てゾロの脇を抜け立ち上がった。
「どこ行く?まだ、話は済んでねぇ。」
ゾロがサンジの手を掴んで止めた。
サンジは俯いて、また涙を流す。
「もう、これ以上・・・・・・オレに惨めな思い、させねぇでくれ。ちょっかい出して済まなかったな。」
「ちょっと待て。てめぇ、何1人で突っ走ってんだ?」
「そういうことなんだろ?」
すっかり誤解しきったサンジに、ゾロは覚悟を決める。
――――全部話すしかねぇか。
こんな顔は見たくない。
こんな顔はさせたくない。
ゾロは捕まえていたサンジの手をギュッと握り締めた。
「座れ。んで、オレの話を聞け。」
「嫌だっ!手ぇ離せ!!」
「聞け。」
「嫌だっつってんだろっっ!!」
振り向き、ゾロを睨み付けるサンジの目には、新たに涙が浮かんでいる。
――――クソッ!どーやったら、聞いてくれんだ?
「サンジっ!!」
「・・・・・・もう、もういいっつってんだろっっ!!」
サンジに大声で拒絶され、ゾロも終に切れた。
「あーーーーもうっ!!オレぁなぁ、女共相手じゃ勃たなかったんだよっ!!!」
「ホラ、見ろ。やっぱ、女買ってたんじゃ・・・・・・って、へ?」
ゾロの台詞を正確に理解したのか、サンジが固まる。
ゾロは仏頂面で頭をバリバリと掻く。
そして、渋々話を続けた。
「オレぁ、今まで恋なんぞしたことねぇから自分の気持ちがわかんなくてよ。んで、ウソップに相談したんだよ。したら、好きなヤツ
出来たら他のヤツなんか抱けねぇって言うからよ。試しに行ってみたんだ。」
いつの間にかサンジはゾロの前にしゃがんでいて、興味深そうに聞いている。
涙は止まったみたいだ。
「でよ。最初についた女がたまたまそこのbQだったらしくて。色々やってくれたんだが、一向にオレのは元気にならねぇ。
キレた女が他の客相手してたbP呼んできたんだが、それも駄目だった。2人ともてめぇが見たらメロメロのいい女だったと思うぜ。
そっから、入れ替わり立ち代り娼館の女全員俺をその気にさせようと躍起になってやがったが、オレぁちっともその気にならねぇ。
そのうち女共オレがホモだと決め付けやがって、そこのオーナーが経営してる男娼屋に声掛けて呼んできやがった。」
「・・・・・・・・・。」
「案の定、女共よりその気になんねぇ。ただ・・・・・・。」
「ただ、・・・・・・なんだよ?」
「あんまりオレが無反応だから、向こうが好みはねぇのかって聞いてきやがったもんで言ってみた。金髪碧眼で、色白で、
スレンダーなヤツがいいって。」
「・・・・・・って、ゾロ、てめぇ・・・・・・。」
サンジが憮然とした顔をした。
「そいつに相手してもらった時ぁ、おっと思ったが・・・・・・。声聞いたら、萎えた。」
ゾロはそこで言葉を切って、自分を見つめるサンジの目を見て言った。


「てめぇじゃ、ねぇ。」


サンジが目を見開く。
ゾロはそんなサンジの頬に手をのせて、触れるだけのキスをした。
閉じられていたサンジの瞼が開くのを待って、ゾロは言葉を続けた。
「てめぇに惚れてる、サンジ。」
サンジは信じられない様に首を横に振ると、とんでもないことを口にした。
「・・・・・・てめぇ、インポなだけじゃねぇの?」
「は?」
――――アホにも程があるな、こいつぁ。
「あのなぁ、・・・・・・ほれ。」
「――――――っ?!!」
握っていたサンジの手を自分の股間に当ててやる。
自分を主張するゾロのそれを、サンジは布越しに触ってビクッと手を引っ込めた。
「てめぇ見てっと、こうなんだよ!」
「・・・・・・・・・。」
サンジは顔を真っ赤にしてゾロを見つめる。
「てめぇ以外はダメだ。ダメになっちまった。こんなことにならなきゃ気付かねぇなんて、オレも大概ニブいよな。」
「・・・・・・・・・だけ?」
「あ?」
「ホントに、オレだけか?」
サンジは頬を染めたまま、真剣な顔で聞いてくる。
だから、ゾロもサンジの目を見て首を縦に振った。
「てめぇに辛い想いさせて悪かった。だが、自分の気持ちに確証のないままてめぇの気持ちに応えるワケにはいかねぇと
思った。もし、オレの勘違いで、ただの欲求不満からだったりして、てめぇを傷付けたくなかった。だが、・・・・・・・・・。」
ゾロは、そこで言葉を切ってサンジに近付き、腰に手を廻して引き寄せる。
そして、自分よりも細いサンジの身体をギュッと抱き締める。
「もう、間違えねぇ。オレぁ、てめぇが好きだ、サンジ。」
ゾロがそう言うと、サンジはゾロの首に手を回して洟をズズッとすすった。
それから、顔を上げてへへっと笑った。
潤んだ瞳が細められ、真っ赤になった頬を弛ませ、薄桃色に染まった首を傾げて。
――――オレだけの笑顔だろ、こりゃ。
思わずゾロもニッと笑って、少し開いてるサンジの唇に喰らい付いた。


浅く深く、角度を変えながら口付けを交わす。
サンジの腕は、ゾロの首に廻されたままだ。
服の上から背中を撫でれば、
「・・・・・・んっ・・・。」
と声を上げて身を捩る。
そんなサンジの反応に煽られて、ゾロはサンジを床へと押し倒し、シャツのボタンに手を掛けた。
「んな、焦んなよ。」
サンジがククッと笑う。
そして、ゾロの手を退けて自分でネクタイに手をやりながら、
「てめぇも脱げよ。」
と顎をしゃくった。
ゾロはシャツと腹巻を一気に脱ぎ捨てる。
サンジはまだネクタイを外したところで、ゾロの目を見ながらボタンを1つ1つ外していく。
開いていくシャツから覗くサンジの白い身体は首と同様に薄っすらとピンク色で、ゾロはそれを瞬きも忘れて見入った。
思わず、口の中に溜まった唾を飲み込む。
「オレ見て欲情するか?ゾロ。」
「あぁ。」
「オレとSEXできるか?」
「あぁ、してぇ。つーか、もう我慢できねぇ。」
まだゾロの気持ちを疑うようなサンジの言葉に、即座に肯定することでサンジにゾロの心が伝わることを願う。
ゾロの返事を聞いて、漸く納得したのかサンジは着ていたシャツを脱ぎ捨て、履いていたスラックスを下着と一緒に取り去った。
「・・・・・・サンジ・・・。」
ゾロの目の前に晒された、サンジの裸体。
女の柔らかさは感じないが、筋肉質でもない。
ただ、ただ、・・・・・・綺麗で。
ゾロは、動くことも出来ずに見惚れた。
「ゾロ、・・・・・・来いよ。」
そう言って差し出されたサンジの手に、ゾロは優しく口付けた。


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