笑顔の行方  2




翌日、ゾロは熱を出した。
「大方、甲板でお腹出して寝てたんでしょ。」と、ナミ。
「腹巻してんだぞ。冷えるわけねぇだろ。」と、ウソップ。
「すげぇな、ゾロ。オレも熱出ねぇかなぁ。」と、ルフィ。
「明日はサイクロンかしら。ウフフ。」と、ロビン。
「たまには、身体を休めろって事だよ、ゾロ。」と、チョッパー。
言いたい放題の仲間達に軽い眩暈を覚えつつ、ゾロは反撃しようとソファから身体を起こそうと腕に力を入れたその時。
「知恵熱じゃねぇのか?慣れねぇ考え事なんかすっからだ。」
男部屋のハッチを開けて、トレイ片手に降りてくるサンジ。
口角を上げてクックッと笑う、嫌味たっぷりのいつもの笑い方。
てめぇのせいだろがと言いかけて、そのサンジの表情に
――――昨日のありゃ、夢か?いつものクソコックじゃねぇか。
ゾロは呆然とする。
サンジはそんなゾロの様子に構うことなく、手にしたトレイをゾロの寝ているソファの脇に置いて、ナミ達に話しかける。
「ささっ、ナミさん、ロビンちゃん、こんなクソガキ剣士はほっといて。朝食の用意整えておきましたから、ラウンジへどうぞ。
うらっ、てめぇら、とっととメシ食いに行け!」
やはり、いつもどおり女性にはとことん甘く、男共には愛想の欠片もないサンジ。
――――また、とんでもねぇ悪夢だったなぁ。考え込んで損した。
そう、あれからゾロにしては珍しく、無茶苦茶考えたのだ。
それこそ、全生涯19年間を振り返り、見詰め直し、自分の行動を逐一掘り起こして。
・・・・・・・・・しかし、全ては徒労に終わった。
そんな経験、考えずともした事は無かったのだ。
女に言い寄られた事はある。
オカマさん達には、この鍛えた身体が受けてモテモテだ。
だが、しかし・・・・・・。
――――コックはオカマじゃねぇだろ。
どう見たって、クルー中一番の女好き。
見てくれは柔らかいが、態度は男臭ささえ感じさせるのに。
――――ま、何にせよ、夢で良かったぜ。・・・・・・・・・ん?
目の前に現れたお粥の入ったスプーンに思考を遮られたゾロは、ふと目線を横に向けた。
「ほいっ、あーーーん。」
そこには、コックの全開の笑顔。
「――――――っ??!」
ゾロはまたしても完全に固まった。
――――夢じゃ、なかったのかよーーーっ!!
石化したゾロに対し、サンジは臆することなく
「ほれっ、折角の粥が冷めちまうだろっ。ん?」
と小首を傾げて言う。
目の前にはほんわかと湯気を立てている粥。
食欲に勝てなかったのと、思考が止まっているのとで、ゾロは無意識に口を開けていた。
サンジはニコニコとスプーンを運ぶ。
ムクムクと口を動かして、ゾロは思う。
――――塩加減も冷め具合も絶妙だな。嫁さん貰ったら、んな感じなのかなぁ。・・・・・・・・・って、違うだろ、オレ?
自分の考えに心底ビックリして、粥を喉に詰まらせゴホゴホと噎せた。
「慌てて、食うなよ。」
クスクス笑いながら茶を差し出すサンジを、ゾロは咳き込みながら見つめた。
「・・・・・・・・・やっぱ、マジかよ?」
「あぁ?何が?」
「昨日の話だよっ!」
ゾロが茶を引っ手繰ってゴクンと1口飲んでから言うと、サンジがこくんと頷いて笑う。
「まだ、疑ってんのかよ。・・・・・・・・・んで、結論出たのか?」
「あーーーー、まだ・・・・・・・・・すまねぇ。」
――――って、何謝ってんだ、オレぁ!!
自分の台詞に心の中で激しく突っ込みつつサンジを見れば、別にいいけどよと微笑んでスプーンを差し出してくる。
とりあえず、眼前の朝食に集中することにした。


新婚夫婦のような朝食を摂り終え、ごっそさんとゾロが言うと、おうっとサンジが答える。
そしてニカッと笑うサンジの顔を見て、ゾロははぁっと溜息を吐いてから口を開いた。
「でもよぉ、コック。何だってオレなんだよ?・・・・・・てか、オレはこういうの正直経験無ぇから、よく分からんし。」
「んなの、オレだって無ぇよ。」
「は?」
即答したサンジの台詞に、ゾロはつい間の抜けた返事をした。
何と言った、今?
顔中?マークで一杯だろうゾロに、サンジは言葉を継いだ。
「だって、オレ、ホモじゃねぇし。言っただろーが。」
「・・・・・・・・・お、おぅ。」
「ま、でも、男に告られたことはあんぜ。なんつったってこの美貌だろ?バラティエんときゃ、コック仲間にも仕入れ相手にも
客相手にも声掛けられたし。とはいっても、そいつらにゃ洩れなく反行儀キックコースお見舞いしてやったけどな。」
「へ、へぇ。」
今のサンジの話を要約すれば、
『ゾロ以外、男に興味無ぇ。』
ということで。
・・・・・・・・・正直、ヘコむ。
――――オレにだけ、本気になられてもよぉ。
ゾロは今まで、所謂「お付き合い」というのはした事が無い。
剣の道一筋で生きてきて、物心がついた頃には世界一になることを目指し渡り歩いて(正確には迷子になりまくって)きたのだ。
もちろん、19歳の男、女を抱いた事位あるが、好きとか嫌いとかではなく、したいかしたくないかで、だ。
だから、素人に手を出したことはない。
商売女ならば後腐れないし、気持ちも求められないから気が楽なのだ。
――――それが、よりによって仲間の、しかも男で、このコックによ。
だが、しかし・・・・・・・。
「なぁ、コック。」
「ん?」
トレイを持って立ち上がり、ゾロを見下ろすサンジに声を掛ける。
そして、返される満面の笑顔。
――――不思議と嫌じゃ無ぇなぁ。特にこいつのこういう顔はよ。
「もちっと、考えさせてくれや。ただ・・・・・・・・・。」
「ただ?」
「てめぇのことぁ、嫌いじゃねぇ。」
「――――――?!!」
笑っていた顔が一瞬豆鉄砲喰らった鳩みたいにビックリしたかと思うと、ボンッと音がしたかと思う位一気に真っ赤になった。
そんなサンジを見て、ゾロも顔を赤らめる。
「・・・・・・・・・そ、そっか。へへっ。」
サンジが照れながら、頬を緩め眉尻を下げて嬉しそうに笑うのを見て、ゾロの鼓動が高鳴り身体中の熱が一気に上がったような
気がした。
――――笑ったり、照れたり、今まで見せたことのない顔ばっかしやがって。あせっちまうじゃねぇか。
サンジから視線を逸らし、ポリポリと頭を掻いていると、
「ゾロ。」
と声を掛けられて、ゾロは反射的に声のした方へと顔を向けた。
そこには。
物凄く近くにあるサンジの海の様なブルーアイ。
――――へ?
ゾロが頭を後へ退く前に、サンジの舌がゾロの唇の右端をペロッと舐めた。
「――――なっ?!!」
「メシ粒、付いてた。」
へヘッと笑い、ごちそうさまと言って男部屋を出て行くサンジを、ゾロは真っ赤になりながらただ呆然と見送るだけだった。


ゾロの熱は昼前に下がった。
「やっぱり、化け物ね。」と、ナミは呆れ、
「ゾロにはオレなんて必要ないかも・・・・・・。」と、チョッパーは泣き、
「あら、逆に特異な症例が取れてよ。」と、ロビンが慰め、
「ま、まぁ、良かったんじゃねぇの?」と、ウソップが怯え、
「サンジ、メッシーーーーっ!!!」と、ルフィが叫ぶ。
相変わらず言いたい放題のクルー達に、反論する言葉も見つからない。
とはいっても、熱が下がった理由には見当がついていて、それを言う気もないのだが。
サンジが出て行った後、身体中の熱がボボッと火が点いたように上がって、しっかり汗を掻いたからなんて・・・・・・絶対言えない。
そして、その中で1人コメントのないキッチンの主へとゾロがふと目を向けると、少し寂しそうなでも喜んでいるような複雑な顔をして
ゾロを見ていた。
昼食を摂り終えてクルーがそれぞれラウンジの外へと散って行き、後片付けをするコックと食後に酒を飲んでいるゾロが残った。
ゾロは先程自分を見ていたサンジの表情が気になっていたのだ。
いつもならば相手がどうであろうと訳の判らないなりに寝て、すっぱり忘れてしまうゾロなのだが。
しかし、どう声を掛けたら良いものやら。
シンクに向かうサンジの背中をボーっと眺めていると、サンジの方から声を掛けてきた。
「熱が下がって・・・・・・良かったな。」
「あ?あぁ。・・・・・・お前、どうかしたのか?」
「へ?」
サンジが驚いて振り向く。
「だってよ、さっき、変な顔してたろ。」
ゾロの台詞にサンジはまずキョトンとして、次いで顔が真っ赤になって、そしてへへっと照れた様に笑った。
「な、なんだよ?」
思わぬ反応にゾロが戸惑っていると、サンジが嬉しそうに言った。
「だってよ、てめぇがオレんこと気にしてくれてるって事だろ?」
――――え、そうか?そうなのか、オレ?
ゾロが自分自身に一生懸命質問を投げかける。
サンジはその間ジッとゾロを見ていてニコニコしているから、ゾロはちっとも答えが出てこない。
「と、とにかく、さっきの顔の説明しろっ!」
開き直ってゾロが問うと、
「ありゃ、ただもう『あーーーん』ってできねぇって思っただけだよ。」
そう言って、サンジが笑う。
でもゾロに気にかけてもらえて嬉しいぜ、と付け加えるのも忘れずに。


ゾロは完璧に固まった。
しかも、真っ赤になって。


「ありがとよ、ゾロ。」
サンジはそう言うと、固まっているゾロの頬にチュッと唇をあてた。


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