振りの客

<不変の心>




『それでは話が違います、父上。』

ゾロの激昂する声が聞こえる。
内容から察するに、相手はミホークなのであろう。
そして、ゾロの怒る原因は・・・・・・。

『そなたもくどいの。いいか。相手は老中すら恐れを抱く大物ぞ。クリーク一味と繋ぎを取っていたと思われる勤番侍は、3年前に
国元で謎の死を遂げているのだ。しかも、今回の件、捕らえた下っ端はクリークなんぞ知らぬ存ぜぬ。証拠を探そうとしても、あの
翌日にはクリークの陰間茶屋が全焼。証拠も燃え、クリークと腹心ギンと思われる焼死体さえ発見されたのだぞ。』
『クリークの手下の言うことなぞ、当てに出来ませぬ。』
『そうはいっても、顔の判別さえ付きかねる状態だったのだ。致し方なかろう。』
『では、・・・では、裁きを下すどころか注意すら与えられないのですか?』
『証拠がないのだ。手の出しようがない。』
『父上!!』

サンジの拐しに関することなのだろう。
自分の事件のために何故ここまでゾロが必死になるのか。

『いいかげん、聞き分けよ!幾つの子供なのだ、そなたは。』
『・・・・・・解りました。その代り、此度の祝言取り消していただきたい。』
『馬鹿なことを申すな。もう日取りも決まっておるし、後は報告するだけなのだぞ。』
『そういうお約束でした。そもそも、これは父上の言い出したこと。彼の者を狙う彼奴を捕らえられたらという条件で。』
『しかし、ゾロ。』
『私には、予てより想う者がいると、その者以外とは添う気は無いと申し上げていたはず。』

それは、それは、もしかして・・・・・・自分に危害を加える者を捕らえるのと引き換えに、好いてもいない相手と添う気でいたということ か?

『また、その話か。お前にこの手の話をするといつもそう言うが、いったいどこの誰なのだ?』
『・・・・・・・・・・。』
『5年前の元服の時にも言っておったな。それから変わらぬと言うのか。私とて端から駄目と言っておるわけではない。その証拠に、
何度も連れて参れと言うておるではないか。』
『・・・・・・それは・・・・・・・・・。』

「旦那様。」
唐突にウソップが、部屋の中へ声を掛ける。
「旦那様にお目通り願いたいと申すものを連れてきました。」
『今取り込み中だ。引き取ってもらえ。』
「いえ、今回の件に関係のあるものでして。」
『?!・・・・・・・・・合い解った。許す、通せ。』
ウソップがサンジに座るよう目で合図すると、草履を脱いで縁側に上がり目の前の障子を開け放つ。

サンジは平伏して、視界には下の土しか入らないが中の緊迫した様子がひしひしと伝わってくる。
「吉原は引手茶屋『家鴨屋』の料理人サンジと申すものです。」
ウソップがそう言って下がり、サンジは中に入ることを許され顔を上げる。
そこには、上座に腰を下ろすゾロの父ミホークと、下手でサンジを驚いた表情で見つめるゾロがいた。
サンジは履物を脱いで中に進み出て、障子を閉める。
そして、もう一度頭を下げた。
「本日は、お忙しい中私ごときのためにお時間を割いて頂き、ありがとうございます。また、5年前私の窮状を助けて頂きました事、
重ね重ね御礼申し上げます。ここにございます金子、お返しいたします。長い間、暖かく見守っていただき、本当に感謝いたして
おります。今日は改めまして御礼を申し上げるため、無礼を承知で参りました。」
「・・・・・・サンジ、と申したな。面を上げよ。」
そう言われて、一拍おいて頭をそろそろと上げる。
自分を厳しく見つめるミホークに、自分の顔を食い入るように見つめるゾロに緊張して正座した膝の上の拳をギュッと握り締める。
「・・・・・・ふん。5年前の子供が、立派になったの。よかったな、ゾロ。」
「・・・・・・・・・はい。」
2人の会話の意味がわからず、きょとんとした顔をしていたサンジにミホークが驚愕の事実を口にする。
「そなたを悪漢から救ったのは、私ではない。私の息子、ゾロだ。」
「・・・・・・・・・え?」
「金子を用意したのもな。」
サンジは驚いてゾロを見る。
ゾロは、サンジから視線をはずして俯いている。
「そういえば、あの一件以来だったな。そなたがお役目に一生懸命になったのは。」
「・・・・・・・・・。」
「3年前、御先手組でもないのに火盗改になりたいといったのには驚いたが、腕前だけは鍛えておったしな。私も鼻が高かった。」
「・・・・・・父上、その話は・・・・・・。」
「この事件にそなたがそれほど執着するのは、5年前この者を助けた折、心奪われた者でもおったのか?」
「・・・・・・・・・。」
ゾロは、ミホークの言葉に返事は返さず、顔を上げてサンジを見た。
その目が、ゾロの気持ちをサンジに伝えてくる。
(あの時・・・・・・あの時から、ずっと・・・・・・ずっとオレを?)
見詰め合う2人に気付いて、ミホークが訝しげな表情を浮かべる。
そして、ミホークも自分の中で合点が言ったのか、疑うような顔でゾロを見た。
「もしや、ゾロ。・・・・・・そなた、5年前の・・・・・・。いや、まさか・・・・・・。」
ゾロは意を決したように顔を上げ、キッとミホークを見上げて言った。
「父上のお考えの通りです。そこにいるサンジ、彼の者以外添う気はございませぬ。」
「??!!」
ミホークも、そしてサンジもゾロの台詞に言葉を失う。
ゾロは、ミホークを見つめたまま動かない。
ミホークは、ハッと我に返りゾロを睨み付ける。
「幾ら好いておっても、この者は男ぞ!そうであろう!そなたは、嫡子なのだ。この家を守っていく義務がある。妻を娶り、子を
生して、次の時代へ受け継いでいかねばならぬのだ。それを、知らぬ存ぜぬとは言わせぬぞ!!」
「・・・・・・・・・子供など。養子を取れば良いではありませぬか。」
「そうではない。我が一族代々の血を受け継ぐことこそ、大事だとそなたもわかっておろう。それに、その歳になって所帯を持って
おらぬということが、一人前と見做されぬのだ。『そなたの息子は、不能か?そうでないなら、気の病か?』と先日も目付殿に
からかわれたのだぞ!」
「・・・・・・・・・周りの目など、関係ありませぬ。」
「ゾロっ!!!」
ゾロの変わらぬ決意に、ミホークの苛立ちが頂点に達する。
そして、サンジの方をキッと見つめると、
「そなたは、どうなのだ?」
とキツイ口調で問いただしてきた。
「そなたはゾロに助けられた、それだけではないのか?もし、そなたがこれと同じように想っているのだとしても、それはゾロから
今ある全てを奪うことに他ならないのだぞ。旗本の嫡子が、所帯を端から持たぬわけにはいかぬ。離縁さえ難しいのだ。今の
立場、お役目、そなたと添うは叶わぬし、捨てることなど罷りならぬぞ。」
「・・・・・・・・・。」
事実その通りだろう。
庶民でも、男色はあくまでも遊びだ。
本気で、生涯共に妻を娶ることなく2人で過ごしていくなど、狂気の沙汰だ。
ましてや、旗本の嫡子ともあろうゾロに許される道ではない。
(ここで、オレがなんとも想ってないと口にすれば、ゾロは・・・・・・。)
サンジが躊躇していると
「父上、サンジを責めるのはお門違いです。」
と、ゾロがきっぱりとミホークに告げる。
「これは、あくまで私の考えです。サンジが応えてくれるかどうかは問題ではありませぬ。ただ、このままサンジに危害が及ぶ
可能性があるまま、私がこの江戸を出て所帯を持ちのうのうと生きていくことなどできませぬ。」
その言葉に、どうあっても自分を想い続けてくれているゾロの変わらぬ気持ちを理解し、ついにサンジは決心する。
「恐れながら・・・・・。」
サンジがゾロから視線をミホークへと移して、口を開いた。
揺ぎ無い口調で。
そして、真剣な眼差しでミホークを見上げた。
「ゾロ様より、何もかも奪い取ろうなどとは毛頭考えてはおりませぬ。ただ・・・・・・。」
一旦言葉を止めて、サンジはゾロを見る。
ゾロの問い掛けるような目に、サンジは目元を緩ませて微笑んだ。
「ただ、お慕い申し上げている・・・・・・それだけです。」
「・・・・・・・・サンジ。」
その2人の雰囲気に、ミホークがバンと畳を叩く。
「話にならん!!ウソップ、ウソップはおるか?この者を屋敷よりつまみ出せ!!あと、ゾロは暫く邸内で謹慎だ!少し、頭を
冷やして考えるがよい。一歩たりとも屋敷の外へ出ること、相成らぬぞっ!!」
ミホークが荒々しくふすまを開けて部屋を出ると同時に、ウソップが中へ入ってきた。
そして、サンジの手を取ると
「旦那様、怒ると手が出るから、早く出てかねぇとやべぇよ。」
と中庭へと降り立つ。
サンジが振り返ってゾロを見る。
ゾロは、サンジを見てにっこり笑った。
「サンジ、必ず会いに行く。待っててくれるか?」
「しゃーねぇな。とっとと来いよ。じゃねぇと、鞍替えするぜ。」
サンジが微笑みながら返す。
そんなサンジにゾロがまた笑った。
そして、ゾロはウソップに対して頷き、サンジを連れて行くように促す。
サンジは自分を見送るゾロを何度も振り返りながら、後ろ髪引かれる気持ちで北町奉行の役宅を後にしたのであった。


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