振りの客

<大門の鳩>




廓への帰り道を、祖父とサンジ、そしてウソップの3人で歩いた。
その時、ウソップが教えてくれたのだ。
サンジが襲われた日の事を。


「その日は、丁度ミホーク様が武蔵での勘定奉行職を終わられて、江戸へ戻る日だった。ゾロは、まだ元服したてで、嫡子として
たった1人の男子として大事に大事に育てられてたから、子供子供してたんだよ。いいとこのぼんぼんって感じで。んで、目の前
のちょっと遠くの方で炎があがるのを見て、興味本位だったんだな、最初は。オレに付いて来いってミホーク様が止めるのも聞か
ず、すっとんでっちまった。そこで見たんだ、あんたを。」
「・・・・・・じゃあ、あの火事の時に?」
「あぁ。ただ、何もできずに火を見てるあんたに、自分が恥ずかしかったのかな。急に『帰る』って言って。それから、ちょくちょくその
現場へは足を運んでたよ。片づけを手伝うこともできずに、ただ遠くから眺めてた。何度目かの時だったか、漸く片付いてきてホッと
し掛けていたんだ。あんたも元気そうだって喜んでた。それなのに、あいつらが・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
クリーク一味のことを言っているのだろう。
ウソップの顔が、悔しげに歪む。
「あんたが連れて行かれそうになって、ゾロは半狂乱だった。でも、証文も持っている以上無闇に手は出せないと本当に口惜し
そうで。でも、あんたが殴られて気を失った瞬間、ゾロの顔が真っ青になって、止める間もなく飛び出して行っちまいやがった。
流石に、刀は抜かなかったけどよ。一番偉そうなやつとあんた殴った奴叩きのめして、文句があるなら奉行所へ来いと。金なら
オレが払ってやるっつってなぁ。」
「オレ・・・・・・オレ、さっきまで全然知らなくて・・・・・・。」
サンジが申し訳なさそうに頭を下げると、ウソップはいやいやと首を振った。
「いいんじゃねぇの?金貸してくれて命の恩人なんて言われちまったら、あんたゾロのこと嫌いでも断れねぇだろ?そんなの関係
なしにしてほしかったんじゃねぇのかな?それに、あんたそれ聞いたって聞かなくたって、ゾロのこと好いてくれてんだろ?」
サンジが真っ赤になって絶句していると、ウソップが笑う。
「3年前、あんた狙ってるって目星つけてた奴がまた参勤してくるってんで、ゾロの奴慌ててなぁ。んで、あんまり親の威光を使わ
なかったあいつが駄々こねて火盗改のお役を頂いたんだ。結構、廓には行ってたぜ。ゼフには世話になったな。」
ウソップが祖父に話し掛けると、祖父はいえこちらこそと頭を下げた。


そして、大門の所でウソップと別れ、漸く引手茶屋に戻った時、時刻は暮四つを示していた。
2人は中へ入り、使用人たちに礼を言って奥へと引っ込んだ。
「クソジジィ、知ってたのかよ、ゾロのこと。」
祖父の部屋で白湯を飲みながら、サンジが問いただした。
祖父は懐かしそうに、どこか遠くを見ながら話し始めた。
「あぁ。あの襲われた日、半分は諦めてたんだ。てめぇの姿も見えなくなっちまって。そしたら、連れて来てくれたんだよ、ゾロの
旦那が。まだ、ちっこいのに同い年のてめぇおぶって。汗いっぱい掻いてたっけなぁ。あれ以来、仕事じゃ勿論ウチを贔屓にして
くれたし、お役目じゃない時もちょくちょく顔出しちゃてめぇの話し聞いてった。暮六つ過ぎてからだから、てめぇは『椰子屋』行っ
てていなかったがな。」
「・・・・・・話てくれりゃあ、よかったのによ。」
サンジがムッと口を窄めると、祖父は優しい目でサンジを見詰めて言った。
「言うなって言われてたからな。・・・・・・それより、てめぇを幸せにしてくれそうだな、ゾロの旦那は。・・・・・・ちっ、これじゃ反対も
できやしねぇ。」
「クソジジィ・・・・・・。」
「世間はいろいろ煩いが、てめぇがいいってんならワシぁ反対せん。早くに逝っちまった息子夫婦の分も幸せんなれ。」
「・・・・・・おう。」
涙ぐむサンジの肩をポンポンと祖父があやす様に叩く。
これからどうなるのか、ゾロと一緒にいられるのか、それはわからない。
でも、こうして自分達を理解してくれる人がいることをサンジは心から嬉しく思った。




その後、幾日か経って。
暮六つ、黒い紋付を着た1人の男が慌しげに大門を潜る。
その脚は、ある引手茶屋に真っ直ぐ向かっていた。
茶屋まで着くと、暖簾を潜り、其処に居た使用人に一言二言言い奥へ走らせると、ふうと息をついた。
しばらくして、バタバタと音がしたかと思うと、奥から1人の男が走り出てきた。
「サンジ、久し振りだな。」
「・・・・・・ゾロ、てめぇ・・・・・・なんで?」
ミホークの前で、互いの気持ちを再確認したはいいが、その後直ぐにゾロに自宅謹慎の沙汰が下り、全く会えなくなったのだ。
その間、ゾロの乳兄弟ウソップが文を届けてくれたものの、はっきり言って学問など全く縁のなかったサンジ。
結局、読み上げてもらい、言付けてもらう始末で。
最初の文こそ、人前で読まれるのも恥ずかしい、恋文だったものの。
次からは近況報告のみで。
ウソップ曰く、こんな筆まめなゾロは見たことがないとのことだったが。
それでもやっぱりもう会えねぇかと気落ちしていたそんな矢先のゾロの訪問に、大混乱に陥ったサンジだった。


ゾロの話によれば、ゾロの決意が変わらないことに気付いたミホークの怒りは謹慎だけで収まらなかったらしい。
勘当処分、お役目も与力から同心に格下げ、ミホークの役宅を追い出され、取るものも取りあえず此処へ来たと言うのだ。
その顔は、喜色満面で。
ちっとも、落ち込むことなく笑っているゾロに、サンジは開いた口が塞がらない。
「・・・・・・いいのかよ?今まで結構実入りあったんだろ?手下とか養っていけんのか?」
「あぁ?定町廻の同心だろ?これまでと違って手下なんぞいねぇし、二人扶持あんだ。てめぇと2人、なんとかやっていけるだろ?」
「!!!」
今までに見たこともない晴れやかなゾロの顔に、サンジは思わず見惚れてしまう。
そして、ずっと不安に思っていたことがするりと口から滑り出た。
「・・・・・・お、お前、オレと一緒に居られんのか?」
「おう、あったりめぇだ。」
ニカッと笑うゾロに、サンジが拍子抜けして腰を抜かす。
へなへなと座り込むサンジを、ゾロが支えて心配そうに顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?どうした?」
「・・・・・・んあ?なんか、気ぃ抜けた。」
そのまま抱き締められて、サンジは実感する。
ゾロが、自分の傍に居ることに。
その後、祖父に店先でいちゃつくなと怒鳴られるまで、ゾロとサンジは互いの背中に腕を廻したままだった。




「なんか、拍子抜けだなぁ。」
翌日の暮六つ、奉行所からの帰り、大門まで迎えに来てくれたサンジと茶屋へ向かう途中ゾロがポツリと呟く。
「何が?」
「いや、てめぇんとこのジイさん、もっと反対するかと思ってたのによ。」
ゾロの町屋敷が決まるまで、暫く祖父の引手茶屋に世話になることになったのだ。
緊張してカチコチになったゾロが頼むと頭を下げた時、祖父はあっさり了承したのだ。
「旦那なら・・・・・・仕方ねぇ。」と。
「まぁな。でもよ、てめぇには恩もあるし、なによりさ。」
そこでサンジは言葉を切ってゾロの手を握る。
普段しないサンジの行動に、ゾロが驚いて立ち止まる。
そのゾロを振り向いて、サンジが笑いかける。
「オレとてめぇ、意外としっくりくるんだっつってたぜ。」
「・・・・・・・・・そうかよ。」
ホッとしたのと嬉しいのとでゾロの口元が弛む。
サンジもそんなゾロの顔を見て、楽しそうに笑う。


手を繋いだまま、引手茶屋へ帰っていく2人を、大門の上に止まった鳩が見送るように鳴いた。




END


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花魁を買いにきたのかと思いきや、妓夫サンジを指名する侍ゾロv




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