俺にとっては全部が遊び。勉強すんのも音楽も。ただ、負けるのは癪やから負けへんようにしとっただけ。それは、人にしても同じやった。適当な距離――触れるか触れんかのとこで、ちょっかいを出す。その時その時、口先だけのお遊びで良かった。当然、本気になる事なんてない。……そう、思うてたんやけどな。会いたくて仕方がない。そんな風に思える相手ができるやなんて、思わへんかった。
「……間に合うやろか」
特別なプレゼントを貰うっちゅうのは、どんな気分なんやろ。相手の思いが篭ってて、それが自分だけに向けられてんのは。プレゼントなんて貰い慣れとったけど、それは向こうも大して期待してへん場合やった。せやけど、ここ何年かの誕生日だけは……ある意味特別なもんになっとった。今年は何してもらお?なんて考える時期が待ち遠しいくらい。
『そんなんでええの?』
初めての時は俺が驚かされて、悔しいやら嬉しいやら。次の年からは、驚かすのが楽しゅうて。せやけど今年は――。
■□■□■
そもそもあれは、約束なんて言えるほど確実なものやなかった。『待っててや』とは言ってたけど、いつまでなんて聞いてへん。また直ぐなんて不確かな期間、人によっては一ヶ月なんて事もある。のぼせ気味の頭を幾ら捻っても、考えが纏まらない。今から会いに行ける筈もなければ、電話をするにも遅すぎる。久し振りに遊ばへん?なんて、メールの直後に本人が来たのは先月の半ば過ぎ。で、今日は誕生日。
『そしたら代わりに……』
毎年そうやって要求されるプレゼント代わりの何かに応えるのが少し怖くて、少し楽しみやったのに。今年は……。
「こんな事やったら、遊びに行けば良かったかな」
ソファに凭れかかって携帯を弄んでいた時。流れてきたのは番号指定の曲で、鳴ったのはほんの一瞬。なんでこんな時間に?……何かあったんやろかと思うたけど、電話をかけ直すよりも先にカーテンを開けたのは、条件反射やった。もしかしたら、こないだみたいに近くまで来てるのかもしれんし。なんて思って目を凝らしても――見えたのは夜景だけ。当たり前やと溜息吐いて、しょげて下ろした視線の先に当の本人がおるなんて。幾らなんでも出来すぎやと思う。
■□■□■
小奇麗なマンションを見上げても――あかん。こんな時間や、窓の様子がはっきり判らへん。まだ、起きてるやろか?バッテリの少ななった携帯は、呼び出し音一つ鳴らし終わった途端に切れてしもた。
「はぁ……タイミング悪すぎや」
確か、少し先にコンビニがあったな……。そこで簡易バッテリでも買うてこよか、それともエントランスで呼び出してみよか?思い切れんと見上げた先に、四角い明かりがいきなり一つ。もしかして、気付いてくれたんやろか?さっきの電話で、俺が来てるって。まさかな……けど、気付いてくれたんやったら――。
「蓬生――なんで、こんなトコにおんの?」
ガラにも無く小走りになって行った先には会いたくて仕方なかった人がおって、エントランスの扉が開いて……。待ちに待った御対面の第一声が、そんなんやなんて――あんまりや。
■□■□■
「ええタイミグやったね。あと五分早かったら、気付かへんかったかも」
なんで?なんて、意地の悪いこと聞かんでも判る。本人は……まあ、気付いてへんみたいやけど。よっぽど、慌てて出て来たんやろな。下ろしたままの湿った髪と薄いガウンを羽織っただけのパジャマ姿が、狭いエレベーターの中で妙に気になる。中学、高校と長いこと一緒におったせいか、元々箱入りな育ちのせいか。疑うっちゅう事をせえへんのも、困りもんやね。ほんまやったら、からこうて慌てるとこを見てみたい。けどなぁ……これまでとは違う雰囲気と無防備な姿を拝めたのは、なんや得した気分やったし。それに、今日は間違うても機嫌悪うさせたない。せやから、部屋に入るまで余計な事は言わんと黙っとったんや。
「……なぁ、。その格好、俺を誘惑しとるん?」
恐竜みたいに遅れて反応するあんたを見て、からかわずにおるのは……俺にとっては、ちょっとした我慢大会やったわ。
■□■□■
言われてから一瞬、なんの事かと考えた。元々動き易い服装が好きで特に変わった服なんて持ってへんし、夏やからって露出度の高い服を着る事もない。今だって普通のパジャマを……ってトコまできて、さっきまで自分が何をしていたのかを思い出した。
「そんな焦らんでもええて、なんも悪さなんてせえへんから」
つ――と伸ばされた手で首を撫でられて、今度は一瞬で脈拍が上がったのが判る。なんでこんなに焦るのか……なんて、考えなくても解る。蓬生がそれを解ってんのかどうかは――考えても判らへん。けど、さっきまでのモヤモヤした気持ちが消えたのは確かやった。
「ふふっ。さ、こっちおいで。髪乾かさな」
自分でやるからという発言は綺麗に無視され、鏡の前に連行されて……。こっちはこそばゆいやら恥ずかしいやらでまともに目も上げられんのに、髪に触れる手や真後ろにある気配は何の遠慮も無いまま。それでも――。少しずつ落ち着いてくると、こうしてる時間がもっと続けばええのにと思えてくるから不思議や。お気に入りの曲を聞こえ難くするドライヤーの音は邪魔やけど、蓬生の声は掻き消される事も無く耳に入って来る。こんな特別な時間が、ずっと続いたらええのに。
「ほら、もうええよ。なぁ、あんたの髪――下ろすとかなり長いんやね」
手に取った髪をサラサラと滑らせながら呟く。鏡越しとはいえ、漸くまともに見る事の出来た蓬生に違和感を覚えたんは、その時やった。
■□■□■
鏡越しに俺の名前を呼ぶ。は、気付いたんやろか。まぁ、気付かれてもかまへんけど。『誕生日おめでとう』の後に毎年聞かれる質問は今年は要らんから、次の音が聞こえる前に被せるように声を出す。
「ありがとう。なぁ、。今年は俺も、欲しいもんがあるんよ」
心底驚いたっちゅう顔をされるのも、去年までの事を考えたら当然や。なんも用意してへんって振り返ろうとするのを肩に置いた手で止めて、秘め事を囁くようにして、耳元に口唇を寄せた。
「ほら、よう見て。俺の髪と、あんたの髪。どっちが長い?」
卒業式の日に言った言葉は――本気やった。微妙な返事を聞いた時には、これまでの報いかもしれんと思った。横浜に越しても暇な時には遊びに来るって言うてたから、まったく脈が無いわけやない。そう信じて待っとったけど……。連休の度に待ちぼうけて、夏休みになってからも連絡一つ寄越さへん。今日来るか、明日来るのか、明後日か。これだけ待っても音沙汰無しなんや、袖にされたっちゅう事なんやろな。……いくら俺が本気やったとしても、相手がそうやなかったら――。もう諦めるしかないやろ。また、前みたいに生きれば良い。その時その時を楽しみながら、キリギリスみたいに遊んどったらええんや。そう思っても、結局諦められんまま……。これが最後の賭けやと決めて、遊びに来たのが先月。
「え?蓬生……髪、――切ったん?」
口を開けて、ぽかんとしとったが不思議そうに言うから。俺はまた、尋ねたる。今なら、俺が本気やって判ってくれるやろし。
「なぁ――あんたの夢、俺が叶えてあげよか?」
■□■□■
校舎におらん時は、よう銀杏並木におった。何をするでもなく、ただぼうっと空を見てるか、意外に無防備な顔して寝てるか。その先にある、他の女子がしょっちゅう話題にするチャペルなんて、なんも関心無いと思うてたのに。
卒業式の朝。普通の卒業生は、大人しく登校しとった。けど、俺らは――。最後の最後に何にもせえへんなんて、つまらんやん。こんな自由に遊べる機会なんて、この先そうそうあらへんのやし。式の前に、どっかで弾かん?っちゅうあんたの言葉に乗せられて、早うから銀杏並木へ。三人ともが暗譜しとる曲を、式の直前まで弾く為に。弾いとる内に、どんどんギャラリーが増えて、もうお開きなのが惜しいと思いながら片付けとった時。どこかで聞いた声がした。
『いつかお相手ができた時には、ここでお式を挙げられたら素敵でしょうね』
声も顔も見覚えのある女子は、管弦楽部の部員や。……確か、のおったアンサンブルのメンバーやった。そういう話に憧れてる生徒が多いっちゅうのは、俺も知っとった。せやけど、が口にした事は無かったから。そろそろ行こか?って声をかけようとして――。
『そうやね。相手もここの卒業生やったら……それもええかも』
聞こえた言葉に耳を疑ったんや。式が終わったら、話そうと思うてた。今みたいに会えなくなる前に……俺の恋人になってくれへんかって。俺は、あんたの事が好きなんやって。せやからこれは、千載一遇のチャンスや。逃したらあかん。そう思って――いつもみたいに肩に手ぇかけて、少しだけ近付いて。
『なぁちゃん――あんたの夢、俺が叶えてあげよか?』
呆れたような千秋の台詞も、そこにおった連中がざわついたのも、気にならへんかった。……あんたの返事以外は、どうでも良かったんや。
『俺の嫁さんになってくれるんやったら、ここで式挙げたるよ』
せやけど結果は――――。あんまり微妙すぎて、思い出すと今でも凹みそうなくらいや。
■□■□■
あの時と違う場所で、同じ事聞いて。あの時とは違う関係で、返事を待って。まともに返事をくれへん唇に、ええやろ?って。
「蓬生?――それって、……え?な……っ」
「プレゼント。あんたがくれへんのやったら、俺は奪ってく」
まさか、あのに泣かれるやなんて……。けど、上々や。なんせ、腕の中におるのは他の誰にもせんような事をする可愛い恋人で、表向きの顔を外した、俺の――嫁さんになる女なんやから。
「プレゼント欲しいって……そんなんでええの?」
「ええも何も、それしか要らんて」
中々止まらへん涙を指先で拭ってやれば、幸せそうに笑う。こんな可愛いのが本性やなんて、ほんま罪作りな女やね。ポケットから小さい箱を出しながらそう言えば、言葉に詰まるあんたが余計に可愛くて、手放しとうなくなる。せやから、約束の証を指に嵌めて――。今の気持ちを伝えるように、顔を近付けて言うたんや。
「もう逃がさへんよ。これから先、あんたはずっと――俺のもんや」
今はまだ、一緒におれんけど。こないだまでとは違う。毎日は会えんでも、あんたの気持ちは貰たから。もう、気を揉んで待ってるなんてせえへん。あんたが来れへんのやったら、俺が来ればええだけや。やっと泣き止んだあんたを抱いて寝て、一人寝を淋しく感じるようになったハタチの誕生日。初めて貰った特別なプレゼントは、俺を最高の気分にしてくれた。

************************************************************
今日来るか 明日来るのか 明後日か 連絡一つ 寄越さへん
文中では前後していますが、これって都都逸になりませんかね?「連絡一つ」を「便り一つも」に変えても良いかもとか思ったり。
都都逸って意外と知ってるものが多いと思うんですが、お題にしたら面白いかも!と、無謀な事を考えてます。
有名なのは「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」とか、「ザンギリ頭を叩いてみれば 文明開化の音がする」。
「船頭殺すにゃ刃物はいらぬ 雨の十日も降ればよい」や、「花は散りぎわ 男は度胸 命一つは捨てどころ」といったあたりでしょうか。
ゲーム中に出てくる都都逸はどれも有名みたいですが、私がしっかり覚えていたのは「磯の鮑を九つ集め ほんに苦界の片思い」という一句だけでした。
蛍の二句はうろ覚え。団扇の句に至っては知りもしませんでしたよ〜。
小学生の頃に図書室や図書館で読んで覚えたのですが、その頃は「都都逸」という単語自体を知らなかったので、ゲーム中で見た時には「今になって漸く!」という感じでしたね。
橘朋美
FileNo.101_02 2010/4/7 ※2010/10/10修正加筆 |