腐れ縁とも呼べる長い付き合いの中で、もっと長いこと顔を合わせなかった時期だってあった。なのに今、久し振りに会ったような気がするのは……。
「久し振りやね」
端正な顔立ちに似合わない相変わらずな喋りに、ただ一言「そうやね」と返す。一年前――高校生活最後の夏。あの忘れられない日々の後、私達はそれぞれの道を歩き始めた。千秋と蓬生は家業を継ぐ為に内部進学を。私は音楽を学ぶ為に、外部進学を選んだ。でもそれは、もっとずっと前から決まっていた事。
一人暮らしには慣れとったし、伯母の家に厄介になるのも気が引ける。ただそれだけの理由でマンションを借りて住んでいた私は、大型連休や長期休暇に神戸へ行く暇も無く、いつも時間に追われていた。勿論、会いたいと思わなかったわけじゃない。日帰りでも会える距離に住んでるんやから、ほんの少し無理をすれば会いに行けた。せやけど……。卒業の日に有耶無耶なまま別れてしまった蓬生に、どうやって会いに行けばいいのか――判らんった。
「なぁ。久し振りついでに、あんたの手料理食べさせてくれへん?」
一年前の思い出話をしながら、マンションへ向かいつつ夕食の相談を持ちかければ、そんな返事が返ってきた。
■□■□■
「ご馳走様。また腕を上げたんやない?久し振りに楽しい食事やったわ」
「ふふっ、おおきに。味の好みが似てるせいかな?千秋や蓬生と食事すんのは昔から楽しいんよね」
後片付けをしながら、もう一つ腐れ縁の名前を口にしたのは無意識やった。何か小さく呟いた蓬生に尋ねたのも、極普通の事を自然に聞いただけ。
「そういや泊まるトコ、どこなん?前に千秋がええホテル見付けたって言うてたけど……」
初めて会ったばかりの小さい頃も、中学生になって再会した頃も、高校生になってからも。いつも三人で会う事ばっかりで、それが普通やったから。
「……なぁちゃん、――俺は、あんまり寛容な男やないで」
息がかかるほどの距離で聞こえるのは、これまで聞いた事がないくらい切実な声。振り返ろうとしても、背後から回された腕は、それを許してくれへん。ちゃんとエアコンが効いてる筈やのに暑うて、頭の中では言いたい事がグルグルしてんのに。何か言おうとしても緊張と混乱でよう声にならんままの私に、諦めたような小さい溜息が聞こえて――。
「……あかんな。つい悪い事してしもた。許したって」
まるで何もなかったような声と、それが当たり前みたいにして体温が離れていくのが嫌やった。自由になった身体を反転させれば蓬生の足が玄関に向けられてるのが判って、慌てて――気が付いたら、抱き締めてた。
「なっ……なんやの?もしかして、さっきの仕返し?」
「蓬生は――」
本当に、聞いてもええの?いつも上手くはぐらかす蓬生に。聞けば、きっともう後戻り出来へんって判ってんのに?それでも――聞かんとこのまま行ってまいそうやから。
「……蓬生は、私の事、好きなん?」
「――……、そんなん……ずっと一緒に居てて、今更やろ」
さっきのとは違う大きな溜息と、小さく呟かれた拒絶……。やっぱり、ちょっとした悪戯やったんや。越えようとしなければ良かった一線は、もう見えへんくらい後ろにあるんやろな。悲しいと思ってても、そんな風に考えてる自分の事が阿呆らしゅうて、涙も出ぇへん。離れよ……さっきの蓬生みたいに。なんも無かったみたいにして、悪戯っぽく声出して。そうすれば――。蓬生が帰ってしまえば、また日常が戻ってくる。授業に出て、練習して、家事をしながら、遊びにも精を出す。そんな普通の生活が。
「ふふ。仕返し完了、やね」
ちゃんと思ったとおりに声が出せた。あとは、もうこの先触れる事のなくなる身体から手を離せばええだけ。なのに蓬生の手は、私よりもずっと早くて強かった。
「嘘やろ?そんな判り易い反応されたら、俺かて判るよ」
顔が見えなくて良かった。蓬生の身体の前で押さえられた両手が汗ばんで、玉砕と、羞恥と、動揺と、全部がごっちゃになって……。めちゃくちゃに暴れてでも、離れなあかん。そんな風に思うてたら、今度は長くて小さな溜息が聞こえた。
「……あんなぁ……」
不意に緩んだ力から逃げる間も無く絡め取られた指先は、今が夏やと思えんくらいに冷たく思えて、どれだけ自分が緊張していたのかがよう判る。それと同時に、蓬生の指が温かく感じない事にも気付いた。
「俺は、あんたの事が好きや。あんたは?俺の事、好いとう?」
ゆっくりと持ち上げられた手の行方を考えるよりも、気付いたばかりの事実に結論が与えられた事で頭が一杯やった。そうなるともう、後頭部しか見えへん状態が嫌で仕方なくて。
「今度は嫌がらんと、そこにおってくれるんやね。それが返事?」
さっきより少しだけ余裕のある声が途切れたと思ったら、指先に感じたのは――唇と、髪の絡む感触。
■□■□■
事態は二転三転。混乱する気持ちと頭の整理をつけたのは、それから数十分後の事やった。
「なぁ、。覚えとる?」
膝の上に頭を乗せて気持ち良さそうにしてる蓬生が、不思議でしょうがない。でも――。その髪を撫でている自分が、名前を呼ぶ声が、もっと不思議でしょうがない。
「ほら、ちゃんと聞いてや」
「ごめんごめん、なんやった?」
「まったく……まぁええわ。今は最高の気分やから、許したげよ」
卒業式の時。俺、はぐらかされたと思ったんやで。『そうや、私が蓬生よりも長い髪になったら考えるわ』――なんて。今思っても、微妙な返事やろ?それに……今日会った時も、俺より短い髪のままやったし。ああ、これは、きっと俺の事なんとも思うてへんて証拠や……って。挙句に、何度も出てくる千秋の名前や。なんや、気付いてへんかったん?夕飯の買い物しとる時も、料理してる時も、何かと『千秋が〜』『千秋は〜』って言うとったやない。ふふっ、せやから……今こうして俺を甘やかさなあかんのも、当然やろ?
「淋しい思いしたぶん、あんたに癒してもらわな。なぁ、ええやろ?」
なんやかんやと言いつつも、ご機嫌なままの蓬生。からかわれてるのかもしれんけど……ええねん。幸せやと思える今の自分が、凄く幸せやったから。今度は自分から会いに行こう。蓬生に知らせんまま、神戸へ行くのも面白いかも。
「明日には帰るけど……また、すぐ来るから。待っててや?」
「……うん、待ってる。ちゃんと美味しいもん用意してな」
少し眠たげになってるのに……。そんな事考えてるのなんて、お見通しや。なんて感じで先手を打ってくる蓬生が、ちょっと憎らしい気もした。けど、せっかくの上機嫌を崩す事もない。少しだけ素直に返した言葉に与えられたのは、頭を引き寄せる手と、嬉しそうな微笑みやった。

************************************************************
あーははーはは〜。
連載の設定を書き上げ、プロットを練っていた時に思い付いてつい書いてしまった土岐短編。
実はこれ、考えていたよりも長くなって途中で切ってあったりします。
続編って事でその内書きますので、またその時に。
橘朋美
FileNo.101_01 2010/4/3 ※2010/10/10修正加筆 |