ad libitum
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物心ついた頃には、ピアノもヴァイオリンも弾けるのが普通やった。母の家系の影響なのか、兄さん達も音楽をやっとったし。上手くなって新しい曲を弾けるようになるのが楽しみで、それを聞いてもらった後に褒められるのが嬉しかった。色んな習い事に時間を取られて同級生と遊べへんのも、友達って言える間柄の子がおらんのも、苦にならんかった。せやけどそれは、自分の世界が狭かったからやと思う。祖父母と両親と兄三人。その中で生きてくだけの子供やったから、それで満足出来とったんや。

「寂しくなんかあらへんよ」

父の仕事と祖父母の身体の為に仙台へ越す事になったのは、まだ幼稚園に通うてた――五才になる前の頃。お友達と離れるのは寂しいやろうけど……。申し訳無さそうに諭す母に元気良く答えられたのは、離れる事を寂しがるほど仲の良い子はおらんと思っとったから。

「お前、引っ越すんだって?元気でな」

それは、やんちゃで有名な男の子やった。

「仲良うなれたと思ってたのに、残念やなぁ……」

それは、一つ年上の優しい男の子やった。

「……うん、ばいばい」

自分が、幼稚園で遊ぶ時に声をかけてくれた二人と友達になりたかったんやって気付いたのは、仙台に向かう途中。家族が慰めてくれても、ずっと泣いとった。幼稚園の中でしか会うた事のない子らやったのに……二人と離れるのが寂しいって思うたら、涙が止まらんかった。

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仙台に行っても、友達は出来んかった。関西訛りの喋り方をからかわれてからは、あんまり人と喋らんようにもなった。祖父母が他界し、年の離れた兄達も留守がちになって、家で一人きりになる時間が増えて、余計に練習する時間が多なって――。自分の音が変わってくのを感じとった、小学生の頃。

「お茶菓子買うてくるけど、も行く?」

ついでにヴァイオリン教室に送ってたげるって言葉に釣られて行けば、母のお気に入りの和菓子屋で待つ事数十分。仲の良い女将さんと喋り続けてる母を置いて表へ出たら、小さな男の子とぶつかった。よろけた拍子にヴァイオリンケースが壁に当たって……。慌てて中を確かめる私に何度も謝る男の子を安心させようと思うて弾いたのは、まだ弾けるようになったばかりの曲やった。拍手をしてくれた男の子は同じ年の子。それから私は練習帰りにその和菓子屋さんへ寄るよう、母に頼む事が増えた。

「えっ、引っ越しって――ちゃんが?」

「……今度はアメリカに行くんやって。ユキちゃんとも、お別れや」

ユキちゃんに会うてから、まだ何ヶ月か。喋るのかて、両手の指で足りるくらいの数やった。今日で最後やから、ユキちゃんの好きな曲弾こか?時間のある時はいつも練習中の曲を披露してたから、最後くらい。そう思うて尋ねたら、初めて聞かせてくれた曲を弾いて欲しいって。せやから、その時には弾きこなせるようになってたメリー・ウィドウを弾いた。また友達になれへんかったっちゅう、寂しい思いを隠したままで。

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。練習もええけど、偶には友達と遊ばんの?」

言葉の違いにも慣れて、大した不自由も無く過ごせるようになった頃。日本におった頃よりも、ずっと練習時間が増えた。遊ぶような子、おらへんし……なんて言えるわけもなくて、弾いとる時が一番楽しいんやって笑って答えた。兄さんが出る国際コンクールの話を持ちかけられたんは、その少し後。

「十二才未満やったら、ジュニア部門の方に出場出来るで?」

それを聞いて出場したのは、ピアノとヴァイオリン。どっちも好きで一方を選べんかっただけの事やのに――。ピアノで兄さんと揃って優勝したせいもあってか、コンクールの後は何日も大騒ぎやった。

それからは忙しゅうて敵わんかったけど、楽しいと思える事も増えた。学校行事でピアノを弾いても、ボランティアでヴァイオリンを弾いても、コンクールに出場しても。その場におる人達からもらう喝采や、知らん人から送られてくる手紙や花束が嬉しかった。言葉以外でコミュニュケーションをとれる事が、嬉しかったんや。

「え?また引っ越すて――……どこに?」

申し訳無さそうに言う両親を責める気なんて無い。仕事に都合良い土地へ移るっちゅうのは、仕方の無い事やから。それに……引っ越しするのにはもう慣れとった。

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そして、既に社会人として生活していた兄さん達と別れて八年振りに戻った神戸――。

「懐かしいっちゅうより、新鮮な気分やなぁ」

中学へは二学期初日から登校する事になって、丁度一ヶ月は夏休みを満喫出来る。それやったらと思うて、よう街をぶらついとった。昼間はほんま敵わん暑さやけど……朝早くやったら苦にならんかったし、何日かした頃には風の抜ける気持ち良い公園があるのを見付けて、今ではそこでヴァイオリンを弾くのが日課になりつつあった。

適当な木陰を見付けてケースを開ける。なんせ住宅事情の宜しくない国やったから、気兼ね無く音を出せるトコなんてそうあらへん。兄さんに言われてついこないだ買うたばかりのオーシャンブルーのサイレントヴァイオリンは、早よ出して欲しいって感じで私の手が伸びて来るのを待ってるみたいや。

「今日は何弾こっかな」

アメリカに越してからは自己流で弾いとったせいか、ヴァイオリンはピアノほど上達せんかった。初めてのコンクールでもセミファイナル負けて、優勝したピアノの事ばかり取り上げられてる内に――。けど、それはそれで悪ない傾向や。ピアノの練習だけしとったら息抜きしとうなるし、そんな時にヴァイオリンを弾くと、よう音が伸びる。このヴァイオリンやったら適当な時に適当なトコで弾けるし、そういうピアノの練習には無い開放感が好きやった。

「あんた、最近ここでよう弾いとる子やろ?」

一頻り好きな曲を弾いたトコで拍手のした方を向けば、男の子が一人。日本では足を止めて聞いてくれる人なんて一人もおらんかったからめっちゃ驚いたんやけど、その子の顔を見たら――もっと驚いた。



     

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まだまだエピソードの多そうなコルダ3。
書くなら続編やらが出揃ってからかな〜?と思っていたんですが、つい我慢し切れず書き始めてしまいました。
取り敢えず序章は高校3年の一学期辺りまでを駆け足で!が、目標。





橘朋美







FileNo.001 2010/4/15 ※2010/10/12修正加筆