それは一通の手紙から始まった。 『麦藁海賊団のみなさん、お元気ですか? アラバスタは、皆さんのお陰で順調に復興してます。 人々も活気に溢れ、誰もが日々の生活を謳歌してます。 貴方達が私をはじめ、アラバスタ国民に与えてくれた、この平凡で優しい毎日に、誰もがどれだけ感謝している事でしょう。 本当にありがとうと何度言っても足りないくらいです。 さて、実は私事なのですが、この度結婚する事になりました。 相手は皆さんもご存知の、旧反乱軍リーダー、現在は復興計画指揮官の1人のコーザです。 私も彼も大袈裟にはしたくなかったのですが、経済面でも政治面でも国を挙げてのお祭りとしてやるのが王室としての義務と |
父に言われました。 それを言われると断りきれないですよね。 式はアルバーナ宮殿で執り行う事になりました。 6月1日午前10時からです。 それから1週間かけて各国の王家・大統領等を招いて披露宴をして、その後ユバへのパレード及びコーザの家での会食を |
します。 そこで、皆さんにお願いがあります。 アラバスタ再興の一番の功労者である貴方達に参加して頂きたいのです。 勿論、式には私の親族だけしか参列できないんですが、コーザの家での会食にお呼びしたいんです。 国の最大の功労者である貴方達をコーザに紹介しておきたいんです。 これは私だけでなく、コーザも父もイガラムをはじめ一部の部下達も望んでいる事です。 できることなら最前列で見守って欲しいところですが。 ただ、未だに海軍は怪しいと思っているのか監視の目を緩めません。 今回の手紙も宛先がトニーくんの養い親であるドクトリーヌくれはだったからこそ送れたのです。 皆さんを危険な目に合わせたくはありませんが、式に来て頂きたいのも事実です。 我侭言ってごめんなさい。 ルフィさんに全ての判断を委ねます。 皆さんの幸せと旅の無事を祈ってます。 アラバスタ王国 第一皇女ネフェルタリ・ビビ』 さっと目を通したのか、手紙を返してきたゾロが苦笑しながら溜息を吐いた。 オレが疑問で一杯の目で、ゾロを見たからだろうか。 いつものようにフッと笑って、オレのピンクの帽子をくりくりと撫で回す。 「なぁ、これが何か関係あんのか?」 訳がわからなくてそう問えば、ゾロはそうだなと蜜柑畑の中からそっと甲板へと視線を移した。 そこには、ティータイムを終えて一服しがてら芋の皮剥きをするサンジがいる。 他のクルーは、ルフィとウソップがサンジの脇で釣りに興じ、ナミとロビンは女部屋で談話中だ。 誰もサンジを見ていないからか、サンジは一心不乱に芋を剥いているかといえばそうでもない。 プロのコックだから、芋を剥くスピードも精度も落ちてはいない。 だが、しかし、いつものサンジではないのだ。 ぼうっと誰も居ない船縁を、いやその向こうの海面を眺めている。 その顔は楽しそうというよりは、寧ろ現実逃避したかのような寂しげなもので。 それが、どうも朝一番にオレ宛に届いたこの手紙を朝食前にクルーの前で披露した後から始まっているようなのだ。 勿論声を掛ければ直ぐに反応してくれるし、食事の味もいつものままだ。 だけれども、いつもならクルーの何気ない会話にも相手の邪魔にならないように入ってきて場を盛り上げてくれるサンジが全く |
と言っていいほど自分から話し掛けてこない。 女性陣が声を掛ければメロリンと飛んで行くけど、用が無ければ近くまで寄っていくこともない。 気付けばサンジ1人、ぼうっとどこかを眺めているのだ。 オレがそれに気付いたのは、昼食後の手伝いで洗い物をシンクに運んでいた時だった。 全部運び終わったと思っていたのに、下に落ちていたフォークに気付いた。 それを拾って届けようとテーブルの下に潜り込んだ時にサンジの声がした。 「あれ?チョッパー?どっかいったのか?」 テーブルの下で見えなくなったオレを探すサンジの声がして。 なんかかくれんぼみたいで楽しくなって、ついそのまま隠れていた。 そしたら、サンジが後甲板が見える窓をぼうっと見てるのが目に入った。 それはそれは辛そうな、何かを諦めたような笑顔で。 「……こ、こんなとこにフォーク落ちてたよ、サンジ!」 思わず、不自然なほど大きな声でそう告げてしまったのだが。 「なぁ、どうなんだよ、ゾロ。」 「ん?………どこまで知ってんだ、チョッパー?」 オレが聞いてるのに、ゾロは質問の内容をはぐらかしてオレに聞いてくる。 でもきっとこれに答えないと何も言ってはくれないのだろう。 それを直感的に悟って、オレはその答えを口にしてみた。 「サンジとゾロが番だって事はナミから聞いて知ってるぞ。」 「………あの魔女め!ったく、純なチョッパーになんつー事吹き込みやがる。」 「でも、でもでもオレもなんとなくそうかなって。朝一番にラウンジ行くとサンジしかいないのにゾロの匂いとかしたから。」 「…………クソコックには言うなよ。」 あちゃーと頭を抱えながら、横目でオレにそう言うゾロがいつもと違って可愛くて。 オレは思わずエッエッエッと笑っちゃった。 そして、本題がはぐらかされている事に気付き、それを問い質す。 「でも、何でサンジ………。」 「ん?そりゃ、アレだ。もうナミの腹の子、3ヶ月なんだろ?」 「うん。それは間違いないよ。心音もちゃんと聞こえるし、ナミの生理もずっと止まってるから。」 そう、ナミのお腹の中には赤ちゃんがいる。 父親はルフィだ。 2人がそういう仲と知れたのは、ナミが空腹なのに吐いた時だった。 すぐに診察して、お腹に赤ちゃんが居ると言ったら、そこから一悶着あって。 ルフィが大喜びでクルーの前ではしゃぎ捲くらなかったら、ナミは下ろすと言って聞かなかったろう。 結婚式も何もしなかったが、実質夫婦になった2人。 そして、今回のビビの結婚の報告。 だとしたら………。 「サンジはゾロが居るのに、ナミやビビには結婚して欲しくないのか?」 「いや、そうじゃねぇぞ、チョッパー。本人の前じゃちゃんと喜んでたろうが。」 ゾロに言われて思い出せば、ナミの時は自分の事のように喜んでたような気がする。 確かお祝いとか言って、ルフィとナミにお揃いのプラチナネックレスをプレゼントしてたっけ。 ビビの手紙読んだ時は、「ビビちゃん、よかったなぁ。」って心底ホッとしたような顔してた気がする。 なら、何で………? 「さっき、てめぇ等が甲板でおやつがっついてた時、コックがオレんとこ来てこう言った。『別れるんなら今の内だ。』ってよ。」 「え?」 「冗談じゃねぇって、何でんな事言うって詰め寄ったが何も言わなかった。直ぐにナミに呼ばれてたしな。………そういうこと |
か。」 「どういう事だよ!!」 オレが大声でそう怒鳴ると、ゾロがシィッと口の前に人差し指を当てた。 慌てて口を押さえて甲板へと目をやったが、サンジは変わらずぼうっとしてた。 こんな大きな声も耳に入らないほど悩んでるのかと思うと居た堪れない。 だって、オレはサンジが大好きだから。 「何かオレがサンジに出来る事無いのか?ゾロなら何かしてやれるのか?」 「………オレが何言っても聞きゃしねぇよ。」 ゾロまで寂しそうに笑いながら、オレの帽子をポンポンと叩く。 あやされているようで、子供扱いされているようでキッとゾロを睨んだら、ゾロがオレに向かって言ったんだ。 「ありがとな、チョッパー。心配してくれてよ。でもな、これはあいつが解決しなきゃなんねぇ問題だ。しばらく見なかった気付か |
なかった事にしてやってくれ。人一倍自分の本心覗かれるのを嫌うヤツだからよ。」 その時浮かべた笑顔が、物凄く優しくて。 オレは思わず涙ぐんだ。 ゾロとの会話でわかったのは、ナミの妊娠とビビの結婚がサンジにとって何か悩みの種である事だけだ。 ゾロに別れを切り出すほどに。 ゾロにはそれから何度も問い掛けたが、言葉を濁すだけで一向に要領を得ない。 他のクルーに聞こうにも……。 ルフィじゃ、その内元気になるさと笑われて終わりそうだし。 ウソップじゃ、そういう事を知ってはいけない病がとか言ってはぐらかされそうだし。 ロビンじゃ、なるようにしかならないものよとか諭されそうだし。 ………当然、サンジ本人には聞けないし。 本来ならそういう事を関係者に聞くのは良くないと思う。 況してやその相手は今一番大事な時期なんだから。 でも、サンジをあのままにしておいちゃいけないとも思う。 ぼぉっとしてる時間が増えているような気がする。 そんなサンジの様子に、オレだけじゃなくウソップもロビンも気付き始めてる。 だから!! 「え?そうなの?」 つわりでバスルームに籠もっていたナミに、この一件を持ち掛けたらそう言われた。 吃驚して吐き気も止まったみたいで、バスルームからいそいそと出てきて、女部屋へと誘われた。 「で、ナミは何か心当たりあるのか?」 「………ゾロには聞いた?ゾロは何か言ってた?」 「サンジが解決しなきゃダメだって。」 「………そうよね。うん、ゾロの言う通りなんだけど。」 「ナミまでそんな事言うのか!!」 「チョッパー落ち着いてよ。」 「落ち着けねぇよ。今だって結構サンジ弱ってる。気付けば遠い海面ばかり見つめてる。最近笑わなくなったよ。ゾロの傍にも |
いかない。あんなの……あんなの、サンジじゃねぇよっ!」 堪らずグシグシと泣き出したオレを、ナミは膝に抱っこしてくれてあやしてくれた。 こうして誰かの胸に甘えたら、サンジも少しは楽になれるだろうに。 クルーには迷惑掛けたくないとカッコつけるサンジに、どんと構えてるゾロは似合いの相手だったのに。 ………ゾロがサンジを楽にしてくれると思ったのに。 「でもね、チョッパー。こればっかりはどうしようもないの。」 「何でだよ?!!」 「私とルフィ、ビビとコーザ、世間一般的に見たら境遇や環境は違いこそすれ夫婦よね。」 「???うん、そうだよ。」 「でもさ、ゾロとサンジくんは違うじゃない。」 「違うって………何で?!!」 「夫婦って周りから認められるので一番わかりやすいのは結婚っていう儀式だわ。ビビとコーザは正しくそれよね。それか、 |
私たちみたいに子供ができるってのも有りだと思う。でも、ゾロとサンジくんはそれ出来ないじゃない。」 「っ!!!」 「きっと気にしてると思うの、サンジくん。ゾロにはやっぱり奥さんがいるんじゃないか、子供が要るんじゃないか、結婚した方 |
がいいんじゃないかって。ゾロはそんな事全然気にしてないだろうし、サンジくん一筋なのにね。そんなゾロの気持ちを知っても
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尚、自分が居ない方がって考えちゃってるんだと思う。」 「それって……それって、周りがどうにかしてあげられないのか?」 「う〜ん、サンジくんが気付くのが一番だと思うわ。だって、幾ら私たちが黙認しても未だに自分たちの事曝け出さないのは、 |
サンジくんが照れてるって言うよりは、ゾロに遠慮してるんだと思うし。」 「遠慮って?」 「うん、ゾロは独身で彼女居なくていつでも結婚できますみたいな感じ?」 そんなの、可笑しい。 だって、ゾロにはサンジしかいないのに。 ゾロがあんなに寂しそうな顔してたのは、まだサンジが自分との仲をOPENにしないからなのか? ゾロもまた、サンジが離れていく事を恐れてるんじゃはないのか? なら………。 「ナミ、結婚式しようっ!!」 「へ?誰の?サンジくんの?」 「うん。皆知ってるって。2人で良いんだって、ゾロと一緒に居て良いんだって、そうサンジに知らせてやりたい。」 「………そうね、サンジくんには内緒でv他の皆にも手伝ってもらいましょ。」 こうして、クルーを巻き込んでのゾロとサンジの結婚式大作戦が火蓋を切って落とされたのだ。 |
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