(…………もう、駄目かもしんねぇな……。) 新月の闇を彩るように、あちこちで火の手が上がる中、それらを一望に出来るのであろう城内で一番高い建物の内部。 炎上する天守閣の最上階で、サンジは正座して心の中でぼやきつつ、目の前で今にも刀を振り下ろそうとしている男を見上げる。 鰐河の国国主クロコダイル。 彼に一国の主という威厳は、もうどこにもない。 この戦乱の時代。 何処の国主も他国の領土および領民を奪取しようと自分よりも弱い相手を探し襲う。 力さえあれば、つい今さっきまで仕えていた主君を襲っても可笑しくない。 弱肉強食の世の中なのだ。 事実、サンジの祖父が治めていた鴨生の国も半年程前に隣国甲江の国に滅ぼされて。 サンジは、その自分の仇である甲江の国国主クリークの小姓になるという屈辱を受けた。 それでも、いつかは国を再建する事と、祖父を殺し自分を辱めたクリークに仇討ちを心に決めて、虎視眈々と機会を狙っていたのに。 つい3ヶ月前、仇であるクリークの国も鰐河の国に襲われ、クリーク本人は国主クロコダイルによって殺されてしまった。 その時、自分も一緒に殺され夢も潰えるかと思ったら……。 またしても身体目当てに生かされ今に至っている。 当に、突風に煽られ、枝から舞い落ちる木の葉のように。 そしてまた、そのクロコダイルも、今他国の国主によって城を落とされようとしている。 だがクリークと違い、クロコダイルの自分に対する執着は凄まじく、どうせ死ぬならサンジ諸共と考えているらしい。 自軍が崩壊寸前に陥り、城内に敵陣の侵入を許した時、サンジを連れて天守閣最上階へと登った。 その姿を見られたのか、その天守閣には火を放たれて。 周りを紅蓮の炎が取り巻き、2人に襲い掛かってきそうな中。 頭上に刀を構えたクロコダイルの表情は、最早平常心など捨て去っている。 いつその刀が、自分の首を落としてもおかしくない程に。 (………祖父上、申し訳ありません。今お側に行きます。) 目を瞑って手を合わせ、覚悟を決めたその時だった。 サンジの背後にある階段を、駆け上がってくる足音が聞こえた。 カチャカチャと鳴る鎧の音。 ここには誰も来るなとクロコダイルが味方兵に言い置いたはずだし、殆ど壊滅状態にある自軍の兵ではないはずだ。 誰だろうとそちらを振り向いて、姿を現した武者姿にサンジは目を疑った。 (三刀流?!) 刀を両手に持ち、そして口に一本くわえた1人の漆黒の甲冑を身に着けた武士が自分のすぐ目の前に現れた。 階段を上がり切った後とは思えない程、息を切らす事無く、平然とその場に立つ男。 周りを火が囲っているためかどうかわからないが、その身体からは物凄い殺気が立ち上っているように見える。 そして、その顔は戦を楽しんでいるように口角を上げていた。 「・・・・・・貴様、・・・・・・ロロノア・ゾロか?!」 言葉もなくただその偉丈夫を見つめるサンジの背後から、恐怖に震えるような声で呟かれた言葉。 背後のクロコダイルを振り向けば、刀を振り上げたまま愕然たる面持ちで立ち尽くしている。 その名に驚いて、もう一度視線を戻し、目の前の男を凝視する。 (ロロノア・ゾロってあの・・・・・・?) 半年前、まだ鴨生の国が健在で自分が次期国主だった頃にはもう広まっていた名前だ。 三刀流というだけでも十分有名なのだが、それだけではない。 藍裟の国一国の主であるにも拘らず、必ず自陣の最前線で戦う同い年の最強と呼ばれる主君。 急速にその領土を拡げ、今や破竹の勢いと言われているのだ。 (それが、今目の前にいるこの男なのか?) その男ゾロが、目を見開いて座ったまま動かないサンジと、その向こうで振り上げた刀をそのままに固まっているクロコダイルを |
見比べ、サンジに歩み寄る。 そして、サンジの腕を掴んで引っ張り上げ、ゾロが言った。 「てめぇは邪魔だ。どいてろ。」 口元はニヤッと勝気な笑みを浮かべて、子供をあやすような物言いをされて、サンジはムッとする。 そのサンジの腕を赤子の手を捻るように更にグイッと引くと、ゾロの後方へと放り出された。 目の前のクロコダイルから視線を外すことなく。 サンジが床に落ちた音で我に返ったのか、クロコダイルの顔色が怒りで紅く染まる。 「そいつは渡さんっ!!!」 「・・・・・・・・・執着するもの間違えてるだろ。そんなてめぇが国主とはな、笑わせるぜ。」 くくくっと声を立てて笑うゾロに、クロコダイルが更に逆上する。 目を血走らせて雄叫びを上げ、ゾロに向かって刀を振り上げ突進してきた。 その瞬間、ゾロが動く。 (なっ・・・・・・・?!) 何が起こったか、サンジには見えなかったが、刀の閃光が煌いたのは確か。 一瞬クロコダイルの動きが止まって。 口と胸から血を流してドサッと前のめりに倒れた。 サンジは呆然として、自分に背を向けている血塗れの刀を持った男を見る。 (一撃かよ!) 血の気が引く思いでゾロの背中を見上げていると、ゾロは二本の刀を仕舞い、残りの1本の刀先を振り向きざまサンジに向ける。 (…………こいつ、オレも殺るのか?) 剣先が喉に突き立てられ、少しでも動けばサンジの首が飛ぶのだろう。 驚愕に目を見開いていたサンジの背を冷や汗が流れる。 それもそのはず。 目の前のゾロは、場違いに穏やかな笑みを浮かべていたのだ。 「ここで死ぬか、オレと来るか。てめぇの好きな方を選べ。」 「……………。」 低い声で、それでも楽しそうにそう言われて。 サンジはといえば、返事など決まっているというのに声が出せない。 今まで自分の居た国を襲ってきたクリークにしてもクロコダイルにしても、自分を目の前にして下卑た舌舐めずりと笑みを浮かべは |
したものの、こんな落ち着き払った顔など見せなかったのだ。 どういう意図で自分を助けようと思っているのか、それがわからなくて。 固まっているサンジに、ゾロが笑う。 笑って、翳していた刀を鞘に仕舞うとサンジに手を差し伸べる。 「そんな顔してるヤツを斬る趣味はねぇな。来い!」 「………ば、ば、馬鹿にすんな!自分で歩けらぁ!」 「まぁ、いいけどよ。てめぇ裸足だろ。火傷すんぞ。」 「!!!……クソッ!」 「大人しくしてろよ、別嬪さん。」 ゾロはそう言うと、サンジの身体をひょいっと脇に抱え上げる。 同い年なのに、女子供のように扱われて屈辱的なことこの上ないが、ここは仕方ない。 歯噛みしながら、その対応に耐える。 ゾロは男1人抱えているとは思えない身軽さで、天守閣を颯爽と駆け降りていく。 寸刻もかからずに下り降り、天守閣を出た瞬間、崩れ落ちるそれを呆然とゾロの腕の中で見上げる。 鴨生の国が滅びた時もそうだった。 後ろ手に縛られた状態でクリークにその端を持たれて。 そんなサンジの目の前で、祖父がいるのであろう天守閣がガラガラと崩れ落ちた。 全く同じ光景が繰り返されて、サンジの頭が悲鳴を上げる。 不覚にも、サンジはゾロの腕の中で気を失ってしまったのだった。 *** 「何か喋ったか?」 そう言って入ってきたゾロを、サンジはきっと睨み上げた。 サンジが気付いた時、そこは薄暗い地下牢だった。 自身のおかれた状況に唖然とする。 後ろ手に縄で縛られ、その湿った石床に直接座らされていたのだ。 見張りの兵が一旦席を外したかと思ったら、直ぐに仲間の兵を連れて現れて。 サンジを取り囲んだのは、藍裟の国の兵3人。 あとはお決まりの尋問だった。 クロコダイルの身内だとでも思われているのか、彼の家族の居所とか財産の在り処とかを聞かれた。 それに対して、口を横一文字に結んだまま、目を逸らさずに睨み付けた。 そんなものオレが知るかとサンジは思う。 城の最奥、入り口が1つしかない座敷牢のような場所に閉じ込められて。 顔を合わせる相手は、国主クロコダイルただ1人。 する事は、彼奴の閨の相手を勤める事だけ。 誰とも顔を合わせず、クロコダイルと交わす言葉も卑猥な閨の会話のみ。 情報を集める事も儘ならず、口惜しい思いをしていたというのに。 サンジが何も話さないことに業を煮やした兵が、手に刀を取ったその時だった。 ゾロが入ってきたのは。 サンジから視線を逸らさずに、ゾロは周囲に居る兵達に口を開いた。 「直接オレが尋問する。お前等は席を外せ。」 「ですが――――」 「この状態で何をされる事もないだろう。案ずることはない。」 「はっ。」 サンジを責め立てていた3人の兵達と見張りの兵が牢を出ていく。 その姿が見えなくなってから、漸くゾロが口を開いた。 「思った通り身内じゃなさそうだな。」 「わかってんなら、この縄解きやがれ!」 「万が一ってこともあるからな。…………てめぇがそうか?」 「?」 サンジの顔に疑問が浮かんでいるのを見て取ったのか、ゾロが腰を屈めて、そのサンジの顎を掴んで言った。 「クロコダイルを陥れた情夫ってのは。」 「?!!何言ってやがる!!」 「だって、そうだろうが。その合わせ目から覗く痕は当に閨で付けられたモンだろ?」 ハッと自分の胸元を見れば、薄暗い牢内でもハッキリと判る吸引の痕。 余りの悔しさと情けなさに唇を噛み締める。 「クロコダイルがクリークを潰した時には、こりゃ手は出せねぇと踏んでたんだがな。そつがないってぇか、勢いがあったからよ。 |
それがどうだ、てめぇがあいつの手に堕ちてから、見る見る内に軍は統率力を失ってくし、本人も精彩を欠く行動ばかりだ。
|
部下どもも呆れてたってぇ話しだし、事実いつ内乱が起こっても不思議じゃねぇってウチに落ち延びてきたヤツらが言ってたぜ。
|
周辺国でも噂だった。クリークんとこから奪った情夫がそりゃあ凄いってな。」 「てめぇっ………!!バカにするのも――――」 「まぁ、そういきり立つな。オレは男には興味ねぇ。てめぇを生かしとく義理もねぇ。」 「なら、とっとと殺しやがれ!!」 「だから、そうがなるなってんだ。ただ、生かしとくのもつまらねぇからよ。オレと賭けしねぇか?」 「賭けだぁ?!!」 サンジがワケが解らずにゾロを見ると、ゾロが口角を上げてサンジの額に自分の額を押し付けてきた。 間近にあるその目を睨み返す。 可笑しそうに細められている、その目を。 「そうだ、賭けだ。」 「?!……何、賭けんだよ?」 視線を絡ませたまま、ゾロがサンジの唇をペロッと舐めた。 先程噛み締めた時に傷ついたのか、少し滲みたその箇所をゾロがゆっくりと指で触れてくる。 肩を竦ませたものの、それでも目を合わせたまま、サンジはゾロの言葉を待った。 「鴨生の国の跡取り息子だったんだろ?」 「………そうだ。」 「ならよ、もしてめぇがオレを誑し込めたら、てめぇの国を奪い返してやるってのはどうだ?」 「?!!………もし、出来なかったら?」 「そうだな。オレの兵達の前線での慰み者になってもらおうか。」 「………どっちにしたって、男の相手じゃねぇかっ!」 サンジがそう言うと、ゾロがはははと声を立てて笑う。 その笑い顔をサンジは間近で見て、顔を顰める。 そんなサンジに対して、ゾロはサンジの寄せた眉間に指を当て、グルグルと解すように撫でてきて。 余計に腹が立って歯を剥き出しにすると、またゾロが笑った。 「ちっきしょおおおおっ!やったろおじゃねぇかっ!!」 「よし、決まりな。期限は3ヶ月。その間にオレがてめぇに突っ込みたくならなかったら、てめぇはオレの部下どもの便所だぞ。」 「ああ。絶対ぇ、虜にしてやるさ。吠え面掻くなよ。」 「そっちこそ、いざとなって泣き言言うなよ。」 全ては自分の国を取り戻すため。 理不尽な賭けに乗せられている事に気付きつつも、絶好の機会を逃すわけにはいかない。 サンジは、如何に目の前で可笑しそうに笑うゾロを誑し込もうか、それだけを考える事にした。 |
|
|