1つ前の駅で降りて  1




勤め先である郊外の小さなレストラン。
そこから各駅停車の電車に乗って7つ目が、サンジの住むマンションの最寄り駅だ。

その1つ前の駅。
私鉄2社が交わる分岐駅だ。
路線バスのターミナルも隣接しているこの駅の上にはシティホテルがあり、その駅前から放射状に延びる大通りは、冬のこの時期
イルミネーションが夜を飾り、ホテル最上階で行われる夜7時からの夜景の見える披露宴がホテルの呼び物の1つになっている。

その駅で、サンジは降りる。
別に1駅歩いて帰ろうとか、そんな理由ではない。

明かりの点いていないマンション。
自分は1人なのだと改めて思い知らされる、あのマンションには帰りたくないのだ。
両親と暮らした、そして数年前からは父と2人で暮らしたマンションには・・・。

だから、サンジは殆ど毎晩のようにこの駅で降りる。
降りて、待つのだ。


自分を買ってくれる人を。




***




朝早い駅前のロータリー。
まだ、5時過ぎだから電車も動いておらず、人影も疎らだ。
特に今朝はそぼ降る雨で朝帰りの若者も屯することなく、静かな様相を呈していた。

そんな早朝の駅前。

サンジは雨に濡れながら、目の前に止まる車の運転席に座る男を見ていた。
「ごめんね、サンジ。今日は朝早くから出張が入っててさ。」
「・・・いいよ。昨日もそう言ったじゃねぇか。」
「次はもっと長くね。また連絡してもいい?」
「・・・・・・ん、待ってる。」

――――名前何て言ったっけな?

そんなことを考えながらも、コクンと頷く。
彼が腕を伸ばすから、サンジが運転席の窓枠に手を置いて。
顔を近付けて、軽くキスをして。

そして、じゃあと言って車が走り去るのを虚ろな目で見送った。




駅前のロータリー。
いつもの朝だ。
ただ、いつもよりも少し早いだけ。
それだけで、寂しい気持ちがするのは我が儘だろうか。
寝不足の気だるい身体を動かして、雨を凌げる所まで移動する。
目に付いたのは、待ち合わせによく使われる大きな人形と日雇いの仕事を探す人たち。

――――こんなに早く来た事ねぇからな。いつもこうなのか?

ボーッと眺めていると、1人の男と目が合った。

服の上から見てもわかる体格の良さ。
眼光鋭い、切れ長の瞳。
日に焼けた腕。
そして何より・・・朝露を纏った葉の様な鮮やかな緑の髪。

思わず、サンジはニッコリ微笑みかける。
一瞬にして自分の視線を奪った彼に。
サンジのリアクションに驚いたのか、彼の眼が見開かれる。
その表情にしてやったりとサンジが嫣然と笑う。
そして、ゆっくりと相手にわかるように近付いて。
擦れ違い様に囁くように言った。

「オレを抱きたきゃ、今晩6時、駅前電話BOX前に来い。」

冗談半分で、そう口にする。
初対面の男にこんな台詞、まず吐かない。
なぜ、そういうつもりになったのかは正直わからなかった。
ただ、なんとなくもう一度会ってみたかった。

振り返ってニヤッと笑ってやると、呆然とする相手の顔。
その相手の男が、誰かに声を掛けられたのか、サンジから視線を外した。
サンジに背を向け、軽く手を上げて。
それを見送ることなく、サンジも背を向け駅へと脚を動かした。
一度、マンションに着替えに戻り、職場のレストランへと向かうのだ。


いつもの変わらぬ行動だ。


ただ1つ、自分から直接男を誘った以外は・・・。




***




昼のレストランの仕事を終えて、帰路に着く。
いつものように各駅停車の電車に乗り込む。
会社帰りで混雑している車内をうまくすり抜けて、乗り込んだ反対側の扉近くに陣取る。
朝から降り続いていた雨も夕方には上がり、ガラス越しに見える雲の切れ間から月が覗いていた。
その月明かりを眺めながら、電車に揺られる。
その揺れに疲れた身体を支えながら、サンジは考える。
考えていつも同じ結論に達するのだ。
自宅近くの駅ではなく、1つ前の駅で降りよう、と。

――――あそこは、自宅は寂しすぎるから。

だから、いつも駅前ロータリーで相手を物色する。
1人で過ごす事がないように。
噂も流れているのだろう。
ここ最近は、相手に困ったことは無い。
誰かしか来てくれるし、ダブった時は適当に話をつけて次の約束を取り付けたりする。
毎晩、毎晩、名前も覚えていない誰かに抱かれて眠る。
酷い抱き方をするヤツも居る。
しつこく身体を貪られ、眠れない時もある。
でも、それでも・・・・・・・。
1人で眠るのは耐えられない。
自分が1人だと実感するのは・・・・・・。
真横に人の気配を感じると、安心して眠れるのだ。

――――今日は誰だっけ?約束あったかな?

そう考えて携帯の予定を見るが、何も入っていなかった。
朝声を掛けた男の事がチラッと頭を過ぎったが、いくらなんでも来ないだろうと直ぐに頭の中から追い出す。
そして、いつもの通り駅前ロータリーに向かう。
そこにある3つ並んだ電話BOXの横に立つ。
その内、誰か気付くだろう。
俯いて、胸ポケットから煙草を取り出そうとしたその時、視界に薄汚れたスニーカーが目に入った。
顔を上げると、そこに――――

朝、見掛けた男が立っていた。

「・・・・・・・・・。」
驚きの余り声も出ず、呆然と立ち尽くすサンジに、その男がニヤッと笑って口を開いた。
「来たぜ。」

そう一言だけサンジに告げ、背を向けて歩き出すその男。
一瞬見せた目の鋭さは、いつも自分に近寄ってくる男達とは違う欲を含まないもので。
サンジは戸惑いながらも、声を掛ける。

「おいっ!!」
「・・・・・・ついて来い。」

振り向きざま、それだけ言うとまたその男はスタスタと歩き出す。
サンジは仕方なく、胸ポケットに入れた手を元に戻して、その男を追いかけた。




***




朝の光を感じて、サンジは目を覚ます。
見上げる天井は、見慣れない古ぼけた木目調のそれで。

――――あ〜、どこだ?ココ・・・・・・。

久し振りに良く寝た気がして、まだ寝ぼけ眼のままキョトキョトと周りを見渡す。
野暮ったいカーテンが申し訳程度に窓を覆っていて、その隙間から陽光が差し込んでくる。
その窓の脇には安物の小型テレビの置かれた味気ない金属の棚があり、それ以外には箪笥が一棹と卓袱台だけの殺風景な部屋 だ。

そして、目に入った緑。

昨日自分を抱いた男。

それを認識して、サンジの顔がパァッと朱に染まる。
昨夜の事がついさっきまでの事のように頭の中に甦る。

有り得ないくらい感じ捲くった気がする。
もっとと強請った覚えもある。
縋り付いて、泣いて許しを請うて、我慢しきれずに自然と腰が揺れて。

初対面の相手に・・・。

何度も何度もイかされて。
相手の情欲を受け入れて。

最後にはなんか凄く恥ずかしいことを言われた覚えも。


『てめぇ、可愛いな。ずっとオレの傍に居ろ。』


――――あんなん言われたの初めてだぞ、オレ。

動揺して、口を抑える。
心臓がバクバクと音を立てる。
頬が赤く染まるのが自分でもわかった。

今まで相手してきた男達は、大抵ちゃんとした相手が居るヤツばかりで。
「またね。」とか「連絡する。」とか次のことなど確証もなくて。
相手の居ない隙間に会ってたりしている。
それが、「ずっと傍に居ろ」なんて・・・。
そんな言葉は当然聞ける筈もなく、自分もそんな言葉を待ったりはしていなかった。
適当に相手して、金貰って、寂しさを紛らわすだけの情事。
それなのに・・・・・・。
隣で自分を抱き締めて眠る男の、閉じられた瞼に優しく口付ける。

――――やべぇな。結構嬉しかったりすんのか、オレ・・・・・・。

したこともない仕草に自分自身で驚いて苦笑する。
サンジは名残惜しいながらもその暖かい腕から抜け出して、散乱している自分の衣服を身に着けていく。
最後まで着ても、その男は目を覚まさない。
寂しく思い、それでもこのまま傍に居れば余計な期待をしてしまいそうで、静かにそれでも急いで玄関に向かう。

次の約束など、考えてはいけない。
ただ、それだけの、一夜だけの相手なのだ、と。
そう思い込まなければ、また寂しくなってしまうから。

靴を履く、それだけのことがこれ程時間がかかるとは思わなかった。
心に淀む自分自身でもわからない感情に、胸が痛む。

――――早く、早く立ち去らなければ・・・。

なんとか靴を履いて、ドアのノブを握った時だった。


「どこ行くんだ?」


昨日自分を可愛いと言ったその低い声が、サンジを呼び止める。
くああと欠伸をして、布団から起きたのか、バサッと布が落ちる音がする。
サンジが答えずノブを捻ると、もう一度その声がサンジの耳に届いた。


「居場所がねぇならここにいろ。」

「・・・オレと一緒にいてくれ。」


振り向いたサンジの視線に入った、ニカッと笑う緑髪の男。
その笑顔に泣きそうになりながら、思わず頷いてしまうサンジだった。


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