蒼天の下  <壱>




お天道様が燦々と照らす蒼天の下。
その昼過ぎの府内をすることもなくぶらぶらと歩く。
本音を言えば、屋敷でゴロゴロしていたかったのだが、掃除の邪魔と女中に追い出されてしまった。
しかも、七つまで帰ってくるなとまで言われた。
主人に向かって何たる言いぐさと腹も立ったが、旦那は休みとなると朝から晩まで寝てばかりと責められて、返す言葉もなく。
仕方なく外出してみたものの、友人連中は最近どこぞの自社の境内で興行中の歌舞伎役者にお熱で構ってくれない。

「たかが女形。何がそんなにいいんだか………。」

同心ロロノア・ゾロは人の行き交う往来をそう呟きながら、ただ宛てもなく歩いていた。




その時、背後でわあわあと騒がしい歓声と何人もの人間がばたばたと走る足音がして。
ゾロがふと振り返って。
その視界に映ったもの。

(金色の…………蝶?)

眩い金色に目を奪われ、思わず見とれる。
それが、長い金髪を靡かせて走る男と気付いて。
その後ろには、何人もの男達が血相変えて追いかけている。
その先頭の金髪男が手を挙げたので、知り合いでもいたのかと背後を振り返って。
もう一度、視線を戻したら目の前に広がる金色。

(……何?!)

思いっきり懐に飛び込んでこられて。
流石に支え切れず、後ろに倒れて。
その金色の男を抱き止めたまま、後頭部を強かに地面で打った。
あまりの痛さに目を瞑り、件の男に何しやがると文句を言おうと口を開けたのだが。


その言葉は呑み込まれた――――その男の口の中に。

(????何!!こりゃ、接吻か?!!)


ゾロが突然の不測の事態に目を白黒させていると、周りを取り囲んだ野次馬達が一斉に溜め息を吐いた。


「サンジのお侍好きがまた出たよ。」

「特に黒い紋付には目がねぇんだよな。」

「ゾロの旦那はガタイもいいし。」

「正にうってつけってワケだ。」

「でもよ、年若くね?」


口々に言いたい放題言いながら、ばらばらと野次馬が散っていく。
見たことのある顔も混じっていたかのような気もしたが、気が動転して確認するどころじゃない。
ゾロが未だかつてない程慌てふためいている間も、相手の男はゾロの唇に吸い付いて離れない。
漸く我に返ったゾロがその肩を押して抵抗すると、あっけらかんと身体を離した。

「何しやがる?」
口元を腕で拭いながらゾロが相手を睨み付けると、相手がへぇと意外そうな声を上げた。
「オレを知らねぇ旦那が居るとはね。ふ〜ん………今暇そうだなぁ、旦那。」
「………非番だが、それがどうした?」

「オレと寝ねぇ?旦那、結構オレ好みだ。」

「……………は?」
今度こそ、開いた口が塞がらないゾロだった。




(………で、どうしてこんなことになったんだか……。)
ゾロは横で寝っ転がっている金髪男を見て、はぁっと溜め息を吐く。

あれから、とりあえず屋敷に連れ帰った。
気が付いたら、周囲を別の野次馬がズラッと取り囲んでいて。
男をおいて帰ろうとしたら、やれ勿体無いだの男じゃないだの散々言われ、最後には拍手で送り出されてしまった。
よく見れば、どこぞの小姓でも勤めているのか、綺麗な顔立ちをしているこの男。
まあ暇だし、話し相手位してやるかと思っていたのに。

(なんだって抱く羽目になったんだか……。)
そうなのだ。
連れ帰ったら、女中が歓声を上げて。
今『八百屋お七』を演じさせたら右に出るものはいないと評判のバラティエ座女形サンジだと教えてくれた。
しかも、ゾロの部屋に彼だけを通してからもう一つの噂話を聞かされたのだ。
「一番人気の役者なのに、気に入った男相手に春を売るって評判なんですよ。それから同じ男とは二度としないって。」
旦那も頑張ってと背中を叩かれ、何を阿呆らしいと部屋に入ったら、片袖剥いて誘うサンジに見事落とされて。


「旦那、結構いいモノ持ってんねぇ。危うく、極楽浄土に昇っちまうとこだった。」
「……………。」


返す言葉も無い。
男相手に途中で萎えるかと思ったが、ところがどっこいその吸い付くような白い肌に我を失い、菊門にぶち込んだゾロの息子は
二度遂情しても果てることなく。
もう許してと涙を零すサンジをそれから一度吐精させて。
先程漸くゾロが三度目の精を放った時、サンジも七度目となる白濁を2人の腹の間にぶちまけたのだった。


「溜まってたんだ。御新造さんとはご無沙汰か?」
「……?オレはまだ独り身だ。」
「そんな凄いの持っててか?どっか問題でもあんの?旦那。」
「何言ってんだ、てめぇ。16で独り身ならそうおかしくねぇだろ。」
「……16って………嘘。」
「嘘吐いてどうする?因みに生まれ月は霜月だ。」
「……………同い年かよ。」


額に手を当てて溜め息を吐くサンジを胡散臭そうに見て、そういえばと思い返す。
抱き合っている時、執拗に胸の辺りを見ていたような……。
「……誰か探してんのか?」
「えっ?!!」
飛び上がって驚くサンジに確信を得て、先程の野次馬達の会話を思い出した。
そして、それを口にする。
「役人で、がたいが良くて、年上で………胸に痣でもある妻帯者ってとこか。」
「……………。」
黙り込むサンジに背を向けて、ゾロが着物に袖を通しながら言った。
「一応、オレも下っ端とはいえ役人の端くれだ。今回の……その代償によ、力貸すぜ。」
そのゾロの言葉にサンジが顔を上げる。
そして、今にも口を開こうとしたその時、襖の向こうからゾロを呼ぶ声がした。
「何だ?」
「すみません、取り込み中に。旦那さまがお客様をお連れになりまして。ゾロさまにもご挨拶に来るように、と。」

「オレ、帰るわ。」
サンジがバサッと着物を羽織り、手短に身支度していると、女中が思わぬ事を口にした。
「………あの、できればサンジさんもご一緒にとのことでした。」


驚いたゾロとサンジが目を見開きながら顔を合わせたことは、言うまでもない。




「父上、ゾロです。」
障子越しに話し掛けると、うむと声が聞こえて。
ゾロは後ろに控えるサンジを確認して、目の前の障子をカラッと開けた。

すぐに頭を下げたものの、父と客人の位置関係は把握した。

(上手に客人か。上役・・・今度来る北町奉行、ってとこか。)

現北町奉行が今年の春で任期を終了して、父ミホークの友人である目付シャンクスが後任となるはずだった。
地方での奉行職も歴任し、その功績も引けをとるものではなく、誰もが彼が次期北町奉行と噂し合っていた。
そこへ出てきた現相模勘定奉行。
まだ、勘定奉行となっての歴史も浅いこの男を何故上が了承したのか?
金が動いたとの噂が方々から聞こえてきた。
といって、上に逆らえるはずもなく。
きっと、下見に訪れた彼を父が仕事柄招待したのであろう。

「ゾロ、現相模勘定奉行のエネル殿だ。御挨拶なさい。」
「はっ!」

その場をいざり出て、再度平伏する。

「北町奉行年番方与力ミホークが嫡男、ゾロでございます。以後、お見知り置きの程、宜しくお願い奉ります。」
「うむ。そなたが、噂のな。こちらこそ、良しなに頼むぞ。」
「はっ!」

どうせ碌な噂でないことはわかっている。
有能な父に比べて、のんびり暮らしている自分。
躍起になって下手人を追っかける花形与力と違って、書類書き専門の例繰方同心だ。
自分は自分でこの仕事に誇りを持っているし、誰しも向き不向きがあると父も内心呆れながらも認めてくれている。
噂なぞ、斬って捨て置くのが寛容。

そう思って頭を下げていると、後のサンジの様子が変なことに気付いた。
畳に着いている指先が真っ白で、少し力が入っているような。
しかも、僅かではあるが・・・殺気めいたものが感じ取れる。
「して、その方が今評判の女形か。」
「・・・・・・はい。」
「私のようなものは、相手にはしてもらえぬのか?」
「・・・いえ、勿体無いお言葉、痛み入ります。ですが、貴方様のような方にお相手して頂くなど、厚かましいにも程があると
いうもの。」
「ほう・・・旨いこと逃げよったの。いやははははは。」
そのエネルの笑い声に、サンジの殺気が強くなる。
このままでは、不味い。
先方とて、曲がりなりにも武士だ。
殺気など投げ付けられて気付かないはずはない。
「恐れながら・・・。」
ゾロは、友人と約束があるなどと適当な言い訳を口にして、サンジを伴いその場を後にしたのだった。




「馬鹿か、てめぇは!」
自室に戻り、握り拳をギュッと握り締めるサンジに怒鳴りつける。

「いいか、あくまでもあいつは侍だぞ。そんな殺気振り翳したら、いくらアホな役人でも気付く。せめて場を外すまで誤魔化せ
ねぇでどうする?!」
「・・・・・・・・・。」
黙り込み、ただ手を握り締めて立つサンジに、ゾロは問い詰めるように言った。
「あいつか?」
サンジの肩がピクッと震える。
「あいつなんだな、てめぇが探してる・・・・・・仇、か?」
俯いていたサンジの顔がゆっくりと上がる。
先程までの妖艶な顔ではなく、恨みを込めた人間の顔だ。
それもそれだけで女子供なら震え上がるような殺気を込めた目だ。
このまま放っておけば、この部屋を飛び出て、今にもエネルの首を取ろうとでもいうような・・・。

「事情を話せ!」
「・・・・・・。」
「もし、てめぇがこの場で何も言わねぇなら、オレはてめぇを担当の役人に引き渡さなきゃならねぇ。役者が役人襲うなんざ、
狂気の沙汰だ。お前の進む道は獄門だぞ。ワケがあるなら話せ。曲がりなりにも役人の端くれ。少しは役に立つかもしれねぇ。」
「・・・・・・・・・このままだと、オレは捕縛されるのか?」
「ああ。」

しばらく考え込んだサンジは、きっとゾロの目を睨みつけて言った。

「あいつは、エネルは、オレの両親を死に追いやった。」




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