RUM SWITCH  1




後甲板で1人で酒を飲んでいた筈だった。

もうすぐ来るはずのヤツを待って。




夕食後、軽い鍛錬をして、バスルームで汗を流し、ラウンジで酒瓶を1本頂く。
「好きなヤツ、持ってけ。」
その言葉が、今日も飲む合図になっている。


サンジが、ゾロの寝る前の一杯に付き合うようになったのは最近の事だ。

日中は殆ど接触のない2人。
あるとしても、寝こけるゾロへのサンジの踵落としか、その後の大喧嘩か。
一日の殆どをラウンジと女性陣へのサービスで過ごすサンジと違って。
ゾロは後甲板で鍛錬か昼寝のどちらかだからだ。
食事時が唯一の接点だが、給仕とゴム船長の面倒(他人の分の横取防止)でサンジは忙しく。
食事に余り時間をかけないゾロはさっさと食べて、騒々しいラウンジを後にしてしまう。
話をする時間など、皆無なのだ。

それが、つい1週間ほど前のことだろうか。
とっても穏やかな海域での事。
近くに海軍や海賊がいるという気配も微塵もなく。
その夜は、皆が早く就寝してしまい。
日中寝すぎたゾロが、後甲板で月見酒を洒落込んでいたところへサンジが来たのだ。
その日の不寝番だったのだが、余りの暇さに下を見てみたら暢気に酒をかっ食らうマリモが見えたと笑いながら近寄ってきて。
ドカッとゾロの横に腰を下ろしたかと思うと、自分用に作ったであろう夜食をホイッとゾロの前に差し出してきた。
「??てめぇのだろ?」
「!おっ、一丁前に気ィ使えんだな、マリモの癖に。確かにオレ様用だ。だから、ギブ&テイクで行こうぜ。」
サンジはそう言うと、ポカンとしているゾロの手から酒瓶を奪い取り、そのままグッと呷ったのだ。
その後も、隣で少し頬を染めながら他愛も無い話をするサンジに、何となく落ち着かないながらも適当に相槌を打って。
結構楽しい時間を過ごしたのだった。

それが何度かあって。
今となっては楽しみにしていたゾロだったが。

今日は昼間、どこぞの海賊に襲われていた商船を助けてやったら、山の様にお礼をくれて。
クルー内にハイテンションが続いていたのだろうか。

まず、ナミとロビンが貰った上等のワイン片手に現れて。
その騒ぎが聞こえたのか、年少組が男部屋から飛び出てきて。

いつの間にやら、ゾロの周りで大宴会が始まってしまっていた。

サンジが2人分のつまみを持って現れて、その状況にラウンジへと取って返した。
7人分のつまみを作りに行ったことは言うまでもない。


そのサンジが席を外している間に交わされた世間話。
これが、後に重要な意味を持ってくることになるなど、その時のゾロには思いもよらなかった。




「ラム・スイッチ?」
「そ、ラム・スイッチ。」
ナミがワイングラスを傾けながら、ウソップの問いに頷く。

「何でもね、ラム酒を作るサトウキビをグランドラインのある島に持ち込んで栽培してたんだけど、それから作ったラム酒が全然アルコール 分が足りなくて。どんだけ醗酵させてもダメらしいのよ。でも、それが、結構いい匂いのする香料になるって気付いてね。」
「で、それが、今日のおやつのケーキに入っていた、と。」
「そうそう、ラム酒と似た香りがするのに甘さが格段に違うしアルコール臭くも無いから、アルコールの苦手な人にはいいらしいんだけど ね。」

ナミがそこまで言うと、年少組がうんうんと頷いた。
「確かにうまかった。酒臭くなかったし。」とチョッパー。
「オレ、食ってねぇ〜〜〜っ!!」とルフィ。
「1人で3ホール食ったろ〜がっ!!」とウソップ。
3人がわーわーと騒ぐのを横目に、ナミが話を続ける。

ゾロはその会話を聞くともなしに聞いていた。
意識はラウンジの方へ向いていて。
ラウンジの音が途絶えればヤツが現れるだろうから、と。
何でこんなに待ち遠しいのか、それはわからなかったが。

「でもね、ちょっと問題があるのよ。最近それがわかって製造中止になった曰く付きの代物なのよ。」
「あら、何だってそんな問題のあるもの、商船主さんくれたのかしら?」
ロビンが興味深げに聞いて、ナミの話の先を促す。
「まあね。商船主さんも処分に困ってたし、私も興味あったから1瓶だけ貰ってサンジくんにあげたの。で、その問題ってのがね、口に入れ て12時間以内にあるものを飲むと・・・・・・すごい事になるのよ!!」
ナミが目をキラキラさせて話しているそこへ、サンジが両手と頭で計5皿つまみを持って漸く現れ、皆の中心に置く。
そして、1人占めしようとするルフィに口に咥えてきた骨付き肉の塊を1つ抛ると、いつもの様にゾロの左隣に座り、ゾロの酒瓶を取り上げ てグッと呷った。
「ふうん、何なの?そのすごい事って?」
「うん、何でも脳に働きかけるらしいんだけど、強力な惚れ薬になる・・・ら、しい・・・って・・・・・・え?」
急にナミの滑舌が形を潜め、ゾロの方を凝視している。
ロビン・ルフィ・ウソップ・チョッパーも同様で。
つまみを取ろうと前屈みになったゾロが、皆の視線に気付いて顔を上げて。

ふと左側を見た。
本当に何気なく。

そこにいるのはサンジだ。
いつものサンジ・・・・・・・・・じゃなかった。

目なんかうるうるしちゃって。
それこそメロリン状態で。
今にも「麗しのお姉さま〜〜〜っvvv」と叫んで行きそうな気配で。

そこまでなら、見慣れているのだが。
その視線の先にいるのは、ナミでもロビンでもなく紛れも無く・・・・・・ゾロだった。
「・・・クソコック?」

サンジが四つん這いになってゾロに近付いてくる。
唯でさえ横に座っていたのだ。
くっついてくるのなんて時間の問題で。

「おい、コック・・・・・・・・・って、ちょっと待てぇ〜〜〜〜っ!!!」
自分に抱き付いてこようとするのがわかって、そのサンジの身体を寸での所で押し返して。

「ナミっ!!!」
声なんか裏返っちゃって。
サンジの肩を押さえつつ、ゾロは放心しているナミに声を掛けた。
「何飲んだらそうなんだ?!!」
「・・・・・・え?え、えと・・・ラム酒。」

頭を抱えたい気分だ。
両手はサンジを押さえるのに使っちゃったからできないけど。
さっき、サンジがゾロから奪って飲んだ酒。

――――・・・・・・あれがラム酒だぞ、おい!

きっとおやつをつまむかしてラム・スイッチを口に入れたんだろう。
ゾロ用のは、結構酒が効いていたから本物のラム酒を使って。

それにしたって、こんなに積極的なサンジは見たことない。
幾ら惚れた腫れたと言っても、相手に言葉を掛けても行動には出ないフェミニスト。
それが、肩に当てられたゾロの両手にキスを落としてくるのだから。

「ほ・・・惚れ薬だけなのかっ?!!!」
「ううん、そんなことないわ。」
ゾロのうろたえる姿が楽しいのか、一瞬にして元に戻った、いや興味津々で見詰めてくるナミがいた。
「実はね・・・・・・聞きたい?」
「当ったり前だ!!勿体付けてねぇで早く言いやがれ!!」
「じゃ、その手離して。」
「!!!」
離したらどうなるか知ってて言ってんだろ〜〜っと怒鳴り付けたくなるのを必死で抑え、目をサンジに戻す。
自分の方をニッコリ笑んで見るその表情は、妙に艶めかしくて。
あらぬところに熱が集中するのを首を振って誤魔化し、もう一度ナミを見れば。
「早く〜〜〜っvv」

――――手を組んでお願いするようにしたって可愛くね〜ぞっ、てめぇはっ!!!

心の中で叫びながら、それでもなんとか現状を打開したく両手の力をフッと緩めた。
その瞬間――――


サンジがゾロの腕の中に飛び込んできた。


きゃあああああっと女性陣の歓声が上がり。
げぇえええええっと年少組の悲鳴が上がり。

ゾロは頬を擦り付けてくるサンジに完全に固まった。


サンジはゾロが動かないのをいいことに、ゾロの頬を両手で挟むと、ポカンと開いたゾロの口を塞いできた。
もちろん、唇で。


「キス!!キスよっ、ロビン!!!」
「ええ、濃厚ね。」

そう女性陣が評するのも無理は無く。
ゾロはサンジに舌で口の中を舐め回されていた。
男にキスされるなど、鳥肌モノなのだが。
意外とサンジのキスはそうでもなく。
背中に腕を廻して抱き寄せてしまいそうになるのを、クルーの手前なんとか耐えている状態で。
男共はどうしているかと目をやれば・・・。

ウソップは完全に真っ白になっていて。
チョッパーは「男同士でもいいのか?」とウソップに詰め寄り。
ルフィは「仲いいなぁ!」とうんうんと頷いていた。

――――ウソップ、てめぇの反応が正しいよ!
――――チョッパー、いいわけねぇだろっ!
――――ルフィ、仲良いって・・・てめぇ、オレとキスできんのかあああっ!!!

全く役に立たない男連中に心中で突っ込むゾロだったが。
漸く唇を離してくれたサンジの顔は、そりゃもう恍惚と言う言葉がしっくり当て嵌まるもので。
思わず、見惚れてババッと頬を赤らめたゾロの首に、嬉しそうにすがり付いてきた。

――――もう、どうしようもねぇ・・・。

諦めたゾロがサンジをそのままに、ナミを睨み付ける。
「でっ!!他に何があんだよっ!!」
「んん?ま、見てれば解ると思うけど。ほらね。」
「なにグダグダワケわかんねぇ事言ってんだ!約束通り手ぇ離したろ〜がっ!面白がってんじゃ――――」
ゾロが大声でナミに向かって怒鳴っていると、抱き付いていたサンジがゾロの耳元に唇を寄せて囁いた。

「ゾロ・・・・・・シようぜ。」

――――する?
――――するって何を?
――――てか、てめぇとオレがすんだから喧嘩か?
――――喧嘩しかねぇよな?
――――頼むからそうだと言ってくれって――――

――――わ〜〜〜〜〜っ!!!ボタン外すんじゃねぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!


サンジのその手を抑えて、救いを求めるように回りを見渡したゾロだったが。

目の前に大金でも積まれたかの様に嬉しそうなナミ。
探していた本が見つかった様に浮き浮きしているロビン。
口をガボンと開けたまま、チョッパーの目を塞ぐので精一杯のウソップ。
誰も手をつけないつまみを片っ端から片付けるのに夢中のルフィ。

――――・・・・・・誰も助けちゃくれねぇな。

サンジはといえば、手を握られて嬉しそうに笑ってるし。


ゾロはそんなサンジの手を取って、バッと立ち上がる。
そして、片手で3本の刀を抱え込み、片手でサンジの手を引いて後甲板を後にしようとする。

「どこ、行くのよ?」
興味深そうに聞いてくるナミにギッと視線を送ると、低いドスの聞いた声で言った。
「今から、ラウンジに絶対近付くんじゃねぇぞ!」
「・・・・・・じゃ、とりあえず気付いたと思うから言っとくけど。催淫効果もあるから、それ。」
「!!!わかっとるわっ!!」
「効力切れるの、ラム・スイッチ口にして12時間後位よ。その間の事は覚えてないらしいから。精々頑張ってねv」
「うるせぇっ!!!」


ドカドカと音を立ててその場を立ち去る剣豪とコックに、ナミが小さな声で付け足した。
「催淫効果は、ある条件が整わないと発症しないんだけどね。」

勿論、その言葉はゾロの耳には届かなかった。




ラウンジの扉を乱暴に開け、サンジを中へ放り込み、他の奴等がついて来てないか慎重に窺ってから扉を閉める。
効力は12時間だって言うから、夜中の2時位か。
だが、それまで待ってなんかいられない。
とにもかくにもサンジのこの症状を治めなければならない。

――――じゃねぇと、マジでやばいって。

そう思いながら振り向いて、ゾロは目が点になった。


――――だ〜〜〜〜っ!!!だから、何で服脱いでんだよ、てめぇはっ!!!


シャツのボタンを全て外し終え、前を軽く肌蹴た状態で立つサンジ。
そのしどけなさがゾロの下半身にグッと来た。

ゆっくりとシャツを脱ぎ捨てると、ゾロに向かって妖艶に微笑むサンジ。
手をゾロに向かって伸ばして、少し肌を薄桃色に染めて。
「ゾロ・・・。」
その声で、ゾロの理性は弾け飛んだ。


ズカズカとサンジに歩み寄り、その細腰を抱き寄せて口付ける。
何オレはやってんだと思う、冷静な心と。
目茶苦茶に啼かせてやりてぇと思う、野性と。
それらが鬩ぎ合い、ゾロの中で葛藤するが・・・。

キスに応えるサンジの舌が。
背に回されたサンジの腕が。
手に伝わるサンジの柔肌が。

ゾロの冷静な心を、粉々に破壊する。
もう、それは完膚なきまでに。

――――あとは、雪崩込むのみ、だ。


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