Hey!Darling!  1




駅前通りにある小さな喫茶店『ブルーヘブン』。
若いマスターが経営するその喫茶店は、立地条件に恵まれ、また値段の割りに旨いとの評判だ。
客層は女の子から、中年のおじ様たちまで幅広い人気を誇り傍から見れば何の問題もない様に思われたが。
そう、最近ちょっと様子が変なのだ。


マスターであるサンジの様子が。






週明けの月曜日。
いつものように殺人的なランチタイムを終えて、サンジは後片付けに追われていた。
常連客の「サンちゃん、お勘定!」の声に洗い物の手を休めてにこやかに対応するのは、いつもの愛想いいマスターだ。
最後の客が店を出て行って、店内がシーンと静まり返って、サンジは汚れた食器を回収しながら溜め息を1つ。


考えるのは、去年のクリスマスイブに漸く想いの通じたゾロの事だ。


ゾロから告白されて、ビックリして、嬉しくて、思わず泣けてしまって。
自分もだと言ったら、ゾロも涙ぐんで。
そしたら呼んでくれたのだ、名前を。
抱き締めてキスしてくれたのだ。
だから、サンジは思った。


これで、恋人同士になれたのだと。


あの日、ゾロがサンジの部屋まで送ってくれて。
てっきり泊まっていくのかと、いくとこまでいっちゃうのかと恥ずかしいながらも覚悟を決めていたのだが。
サンジが部屋の鍵を開け、ドアを開こうとした時ゾロが言った。
「じゃあ。オレはこれで」
「え?」
振り返るサンジにゾロは一瞬怯んで。
そして、サンジの唇に触れるだけの優しいキスをして。
「お疲れ様でした、マスター。」
そう言って帰っていってしまった。
しばらくその場で呆然と立ち尽くしていたサンジだったが、気を取り直して部屋に入った。
(まあ、さっきのいまだからな。照れてんのかもしれねぇ。意外とガキなのかもしんねぇな。)
と、その時はちょっと拍子抜けしつつも笑える余裕もあったのだが。
年末年始の休みも、その後の週末も、祝日も、ゾロはサンジと日中は一緒に居てくれるものの夜は必ず帰ってしまう。
キスはしてくれるけど、所謂バードキスってヤツで。
勿論、その先はナッシング。
ましてや、名前も呼んでくれない。


サンジが凹むのもムリはない。


だから、週末が近付く度に期待と不安で悶々と悩み、週明けはショックで凹むの繰り返し。
もう、告白し合って1ヶ月以上も経つのに、めちゃめちゃ健全なお付き合い状態なのだ。

(そういう意味での好きってワケじゃなかったのかなぁ?)

そう考えてしまうのもここ最近では頻繁で。
また、溜め息を1つ。
「あれれ〜?ま〜た溜め息付いてんの、サンちゃん?」
カランと入り口のベルが鳴り、入ってきた客がサンジに話し掛けてくる。
フォークを拭く手を休めて顔を上げると、シャンクスとエースのニヤニヤと笑う姿が目に入った。




「へええ、まだなんも無ぇの。」
「清い交際ってヤツだ。初々しいねぇ〜!」

茶化す2人にムッとしながらも、頼まれたコーヒーを提供する。
ケタケタと笑う2人に、やっぱり言わなきゃよかったと後悔してももう遅い。
サンジの目の前で、初体験はいつだったとか、今の彼女とは何回目のデートでOKだったとか物凄く盛り上がってる彼等に口を挟む 余地などなく。
サンジは耳に蓋をして、食器拭きに精を出す。

だから、シャンクスがサンちゃんと大声で呼ぶまで気付かなかった。

「あ?」
顔を上げれば、2人の心配そうな面々。
「大丈夫?マジで凹んでんだ。」
「・・・・・・ん〜、まぁ。」
「今日、その彼氏は?」
「あ、ゾロ?今日は月曜だから4時入り。」
「じゃあ、とりあえず今は来ねぇワケだ。」
そう言って、シャンクスはコーヒーをグッと煽る。
そのカップをサンジにクッと差し出してきたので、お代わりを注いでやる。
エ−スはと言えば、チビチビとコーヒーを口に運びながら、う〜んと考え込んでいる。
「オレの感じだと、あのゾロってヤツ、サンちゃんにベタ惚れだと思うんだけどなぁ。」
シャンクスが言えば、エースもうんうんと頷く。

「で、サンちゃんはどうしたいの?」
「ど、ど、どうしたいって・・・・・・その・・・。」
「何野暮なこと言ってんだ、シャンクス。そんなん、ディープキスとかSEXとかしたいに決まってんじゃん。ねぇ、サンちゃん。」
あからさまなことをはっきりと言葉にされて、サンジの顔が真っ赤に染まる。
しかも当たり前だよねと投げ掛けられて、敢えてそれを否定できない自分に恥ずかしくなる。

だって、中学生の初恋とかじゃなくて自分もそこそこいい大人だ。
全く恋愛経験が無いワケじゃない。
もし、自分がゾロの立場だったらと思うと、何で何もして来ないのかわからないのだ。
それに、名前も。
ちゃんと名前で呼んで欲しいと思うのは、我が儘な事なのだろうか?

「その・・・・・・したいってぇか、もっとこう、気持ちを態度で表して欲しいってぇか・・・。」
「まぁ、態度には出てると思うけど、行動が伴わねぇ、ってとこか。」
「手ぇ出さないのか、出せねぇのか、そこんとこちゃんと聞いた方がいいんじゃねぇの?」
「・・・・・・手ぇ出す気になれねぇんだとしたら・・・オレ立ち直れねぇし。」
サンジがそう言うと、シャンクスもエースもふ〜んと考え込む。

それから、3人であーでもないこーでもないと作戦タイム。
それは、ゾロが来るまで続けられた。




ディナータイムも一段落付いて、もう片付けに入ろうかという閉店10分前。
いつもその時間、客がいない時には、サンジがゾロにコーヒーをだしてやる。
サンジが翌朝の仕込をする間、ゾロはカウンターに座りそのコーヒーを飲みながらサンジが終わるのを待つのだ。
穏やかで、どこかホッとする時間。

サンジが手を止めてゾロを見る。
ゾロがカップをソーサーに置いて、サンジを見詰め返す。
サンジがカウンターに身を乗り出して、目を瞑る。
ゾロが椅子から立ち上がる。

そっと触れる唇。

サンジが目を開けて視界に入るゾロの顔は、少し恥ずかしそうでどこか不自然な笑顔。
そう、全くちょっかいを出してこない訳ではないのだ。
サンジから嗾ければ・・・の話だが。

ゾロからは、全く手を出してこない。
客にデートに誘われても、ゾロは何も反応しない。
腰とか他人に触られても、目が合えばニッコリ笑っている。
週末誘うのもサンジだ。
だからといって、厭そうに受けるわけでもなく。
もう、サンジには何が何だかよくわからないのだ。

ゾロは何を考えて、こんなプラトニックな恋をし続けているのか。

その日も全くいつものように仕事を終え、いつものように軽くキスをして帰っていくゾロをサンジは溜め息をして見送った。




そしてまた、週末。
今日は定休日。
今週末こそ、脱プラトニックと意気込むサンジ。
月曜日から土曜日まで、それこそゾロがいない時間帯にエースやシャンクスとみっちり話し合った。
土曜日なんかは彼等は休みにも拘らず、店が暇なティータイム後からディナー前の時間に来てくれたりもした。

『サンちゃんが積極的に誘わなくちゃダメ!!』

結論はこれで納まった。
最初は渋ったサンジ。
だって、そうだろう。
相手は年下で、どうしたって自分から動けば半強制的に見える事は間違いない。
ゾロだって、もしかしたら手を出したい程好きじゃないかもしれないのだ。
それは絶対無いと完全に否定されたのだが。
とにかく自分から動けと言われた。
そうすれば何かが見えてくるだろう、と。

とは、いうものの・・・・・・。

2人で店前で待ち合わせして、ブラブラと駅前通りを駅に向かって歩く。
こんな時男と女だったら、手を繋いだり肩を組んだり腰を抱いたりできるのだが。
如何せん、自分達は男同士。
そんなことしたら、幾らこの辺では公認の仲であったとしてもちょっと抵抗がある。

(どうしたらいいのかな?積極的にって言ったってよぉ・・・。)

サンジがそう思って俯いた時だった。
「マスター、信号変わりますよ。急ぎましょう!」
ゾロがそう言うや否や、サンジの手を掴んで走り出した。
(え?!・・・・・・手、繋いでる??!!オレ、ゾロと手・・・!!)
突然の展開に心臓をバクバク言わせながらも。
ゾロにつられて走って、横断歩道を渡り切るとちょうど信号が赤になって。
その場でハァハァと息を整えて。
それでも手は繋がれたままで。
ドキドキしながら、サンジはゾロを見て笑った。
嬉しくて、嬉しくて、どうしようもなくて。

そうしたら、ゾロが一瞬きょとんとして。
繋いだ手を見て。

その手をバッと振り解いたのだ。

「あ、あ、あの・・・オレ・・・・・・。」
「え?あ、ああ、いや、いい。いいんだ。」
慌てふためくゾロに、サンジは首を横に振る。
そして、ゾロから見えないように右側を向いた。

そりゃ、急に手を繋がれてビックリしたけど。
信号が赤になるからって、そんな理由でも嬉しかったのに。

なんで、そんなに嫌がるんだろう?

正直、ショックで立ち直れなさそうな自分が居た。


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