■ 愛される資格 ■


【2】

ゴーイングメリー号の航海は、順調に進んでいた。

風も穏やかで、トラブルもない。

いつものとおりの毎日。

いつものとおりの日常。

元気に甲板を駆け回る船長。

怪しげな発明にいそしむ狙撃手。

マスコットと化している船医。

甲板で陽光を楽しみながら風を読む航海士。

読書に忙しい考古学者。

鍛錬に汗を流す剣士。

キッチンからはコックの手が作り出す料理のいい匂いが漂ってくる。



何も変わりない、日常。





けれど剣士は、どうしようもない違和感を拭えずにいた。









あの島を出てから、サンジの視線は一度もこちらを見ない。









何も変わりない。

朝はいつもと同じようにゾロを起こしに来るし、吹っかければ応酬されるし、飯もおやつも変わらずに美味い。



ただ、今までゾロをふんわりと包んでいた、あの柔らかい視線だけが、ぷっつりとなくなっていた。

そうなってみて初めて、ゾロは、自分がどれだけあの視線を心地良いと思っていたか、気がついた。

押し付けるでもなく、縋りつくでもなく、ただ柔らかく穏やかに、注意深く、ゾロを優しく包んでいた、視線。

まるで母親の慈愛のように、コックの持てる全ての想いで、ゾロに絶え間なく注がれていた愛情。



それが跡形もなく、消えうせていた。





その事が、ゾロをイラつかせていた。

何故自分がこれほどにイラつくのか、わからなかった。

何をイラつく事がある。

コックは何一つ変わっちゃいねェ。



変わらずに女どもにへらへらし、変わらずに男どもを蹴り飛ばしている。

その一方で変わらずに美味い飯を作る。

クルー全員に対する、細やかな気配り、完璧な栄養管理は、以前と何一つ変わるところはない。

それはもちろん、ゾロに対しても、毛ほどの手抜きもない。



ただ、あの視線がなくなっただけだ。



それがなんだと言うのだろう。

むしろ悦ぶべき事ではないのか。

ゾロはコックが嫌いなのだから。



けれどゾロのイライラは、日増しにひどくなっていった。

それに比べて、コックは目に見えて穏やかになっていた。

ゾロに対してぴりぴりとした張り詰めた空気を纏うこともない。

憎まれ口には憎まれ口で返すが、小競り合いにまで発展する事はほとんどなくなった。

ナミまでもが「最近仲いいわね、あんた達」等と言う。



違う。

仲がいいんじゃねェ。



あいつが、俺に対して真剣じゃなくなっただけだ。

あの男の吹っかけてくる“ケンカ”は、あの男の思いの丈の全てだった。



優しい笑顔。静かな瞳。

他のクルーに向けるのと、同じ顔。



サンジがどれだけ、自分にだけ特別な顔を見せていたのか、いやというほどわかる。



ゾロのイライラはピークに来ていた。

我慢が、ならなかった。

サンジがゾロに、他のクルーに見せるのと同じ顔を向けてくることが。

“特別”が、自分に一切向けられなくなった事が。

おまけに、事あるごとに、ゾロの脳裏に、“あの時”のサンジの痴態がちらつく。

皿を洗おうとサンジが袖をまくると、その腕の内側の白さに、男に揺すぶられていた白い肢体を思い出す。

サンジが味見の皿に口をつける時に、ちらりと赤い舌が覗いただけで、甘やかな喘ぎを思い出す。

メニューを考えている時の寄せられた眉根が、男を受け入れて耐えていた時の表情と被る。



───── アア、やあっ…、あああ…、ふ、あぅ…っ…。

───── ん、だよ…。も…終わ、り、かよ…。

───── 全然、足んねェ、んだ、よ…。つ、次の…奴、さっさと…ぶち込め、よ…。

───── ああっ…あああ…ンぁっ…ん、ん…あああっ…!

───── ぞ ろ

───── ぞろ…

───── ゾロ… ゾロ… ぞろ…



気がつくと、頭の中であの映像が繰り返し繰り返し再生される。

鍛錬にも身が入らない。

「くそッ……!」



忌々しい。

日ごとにイラ立ちを募らせる自分とは裏腹に、コックはむしろ憑き物が落ちたかのように穏やかだ。

何もかもを吹っ切ってしまったような、透明な笑顔。



忌々しかった。



「おい、淫売。」

だから、わざとコックをそう呼んだ。



夜のラウンジ。

クルーはもう全員就寝していた。

見張りのゾロと、そのゾロの為の夜食を作っていたサンジだけが、ラウンジの中にいた。



淫売、と呼ばれた瞬間、サンジの肩がはっきりと揺れた。

そこに動揺を見て取って、ゾロの口角があがる。

「…誰の事だ。」

サンジが振り向かず、答えた。

抑揚のない声で。

「てめェの事だよ。さんざん突っ込まれてよがってたろうが。淫売が。」

尚もゾロは、わざとサンジを嬲る言葉を吐いた。

サンジを傷つけたくてしかたがない。

残酷な衝動がゾロを支配していた。

「結構なショーだったじゃねェか。野郎相手に嬉しそうにケツ振りやがって。ラブコックが聞いて呆れるぜ。」

「見てた、のか…。」

「はァ? てめェが見せてたんだろ? ドア全開だったじゃねェか。そーゆーのが好きなんだろ? チンポ咥えこんでるケツ見られんの
がよ。」

吐き捨てるように言った。

怒ればいい、と思った。

いつものように顔を紅潮させて、怒鳴り返してくればいい。

蹴りと共にゾロに掴みかかってくるといい。



けれど。



くるりと振り向いたサンジは、ちらりとも激昂する事なく、黙ってタバコに火をつけた。

何も返して来ないサンジに焦れて、ゾロはムキになって言葉を紡ぐ。

「俺が好きだとか言いながら、平気で何本もケツに咥えこんでたよな。よく俺を好きだとか言えたもんだ。男なら誰でもいいんじゃねェ か、
てめェは。」

サンジはゆっくりと、紫煙と共に息をついた。

そして、事もなげに言った。



「そうだな。」



ゾロが息を呑む。



「っ…言い訳、しねェのかよ。」



してくれと、思いながら。

けれどそれはサンジによってあっさりと裏切られた。



「言い訳しようがねェからな。見たまんまだ。てめェの。」



その口元が薄く微笑んでいる。

目の前のサンジの瞳は、綺麗に澄んでいるのに、何も映していない。

ただ虚空を彷徨っている。

それに気づいて、ゾロは慄然とした。



苦悩を一つ、完全に凌駕した、なにもない、顔。



「…俺が…好きなんじゃなかったのかよ。」



ゾロがそう言うと、サンジはくすりと微かな笑い声をたてた。

痛々しいほどの笑み。



「さんざん男に犯られて薄汚くなった俺にお前を好きでいる資格なんかねェよ。」



胸を抉るような言葉を、サンジは笑顔で言う。



かっとした。

目も眩むような、怒り。

思わずサンジの胸倉を掴んだ。

「だったら何でッ…!」



激昂するゾロの拳を、ひんやりとしたサンジの手が静かに包んだ。



「そこまでしないと、思い切れなかっただけだ。」

ゾロを好きな事を。



ゾロが目を見張る。

今まで恐らく必死で取り繕っていたろう、サンジの本当の心。

サンジの心の奥底に隠されて、大切にしまわれていたそれは、今や剥き出しに晒されて…捨てられようとしていた。



ゾロの内心にわけのわからない衝動が突き上げる。

ぐっ、と、サンジの胸倉を掴んだゾロの手に、力が篭もった。

このままこいつを押し倒して、組み伏せて、そのケツに俺のをぶち込んでやったら、この他人を見るような笑みを剥ぎ取る事ができる
だろうか。

一瞬でそこまで考えた。



「…よせよ、ゾロ。」



まるでゾロの心を読み取ったかのように、サンジが言った。

静かな静かな、声。

「よせ。」

もう一度、はっきりした声で。

ゾロが僅かに怯む。

その隙を狙って、ぱん、とサンジが、ゾロの手を跳ね上げた。

手で。

蹴りではなく、サンジ自身の手で。



その事にゾロは驚愕した。



「こんなくだらねェことに気ィとられるんじゃねェよ。…てめェらしくないぜ?」

また口元に薄く笑みを浮かべて、サンジはシンクに向き直った。



その瞬間、ゾロとサンジの間に、見えない壁が築かれた。



拒絶された。



もうサンジの心は、ここにはない。



ようやくその事を思い知って、ゾロは愕然とした。



サンジはもう、ゾロを諦めたのだ。

完全に。



ふらりと、我知らず足が後退した。

ラウンジの中はサンジの城だ。

サンジがゾロを拒絶したその時から、ラウンジの空気までもがゾロを拒んだ。

空気に拒まれ、ゾロは呼吸もままならない。

逃げるように、ラウンジを出る。



後部甲板まで歩いて、やっと、ゾロは喘ぐように息を吸った。



ずっと内心を突き上げていた焦燥は、もう混乱と見分けがつかないほどに膨れ上がっている。

自分で自分がコントロールできないほど。



サンジはもう俺を見ない。

サンジはもう俺に囁かない。



ケンカをしてる間だけ、あの目はまっすぐにゾロを見た。

それは、もう、二度と、ない。



すうっと脳天から血の気が引いた。

きぃん──── と刀同士を激しくぶつけた時のような、冷たい金属音が、耳の中でして、何も聞こえなくなった。



震える声で「好きだ」と告白してきたサンジ。



なんと言った、俺は・・・。



───── 俺は好きじゃねェ。どっちかっつうと嫌いだ。



それでも柔らかくゾロを見つめ続けていた目を、…拒んだ。

その結果、サンジは、見も知らない男達の間に、ゴミのように自分の体を放り投げた。

全身に精液を浴びて、壊れたような虚ろな目で、男を受け入れて、嬌声を上げていたサンジ。

あのプライドの高い奴が、淫売のように這いつくばって、おもちゃのように、男達にいいようにされていた。

あんなにもプライドが高くて、それを守る事に固執していた男が。



───── そこまでしないと思い切れなかっただけだ



プライドを粉々にしてまで、自分の存在を根底から否定しないと───── ゾロを諦めきれないと。

そこまで真摯な思いで自分を見つめてくれてた奴に俺はなんと言った───── ?



俺が、壊した。



あいつのプライドも、心も、これまでの関係も、仲間としての信頼も。

俺への想いも。

全部。



ゾロが壊した。



その事実の大きさに、ゾロは自分の足元から地面が崩れていくような気すら、する。

奈落の底へ。



あの柔らかな、包み込むような、優しい視線。

ふんわりと温かく、じんわりとしみこんでくるような、あの…サンジの、心。



あんなにもいとおしい、真摯な思いを、サンジはいとも簡単に投げ捨てた。

欲望と精液で汚して。



…違う。

あれを捨てたのは…俺だ。



白いしなやかな躰を弄ぶ、無数の男たちの手が、瞬間脳裏に蘇った。

何故自分は立ち竦んだ。

何故我を忘れるほどに混乱した。

あの時何を思った。



自分も触れたかったのではないのか、あの肌に。

目を奪われたのではないのか、サンジの裸身に。

自分の物だと思ったのではなかったか、サンジが。



そうだあれは…ゾロのものだ。 …だった。

ゾロが望めば、手に入ったはずの存在だった。



何故、コックが嫌いだと思っていた。

何故、コックの声がしただけでイラついた。

何故、コックが女に向ける笑顔が気に入らなかった。

何故、ケンカをしている時だけ、イライラを感じなかった。

あの瞳が自分を映している事に、満足していたからではないのか。





もし。

もし、ゾロがサンジの告白に応えていたら。

もし、ゾロがサンジの視線をみつめ返していたら。

もし、ゾロがあの部屋に踏み込んでサンジを抱きしめていたら。



もし、もっと早く、ゾロが自分の気持ちに気がついていたなら。



あの肌に触れているのは、あの瞳に映るのは、自分だったはずだ。



───── 初物だぜ

───── 10人くらいに犯られちまったから、もう初物とは

───── 今日初めて掘られたってのに

───── 淫乱

───── こんだけ犯ってんのに

───── ほんもんの好きモン





初物・・・誰の手も触れたことの無い、まっさら・・・だったのに。



俺の、だったのに。



俺の。



あれは。









俺の、手に入るはずだった、まっさらな体。









耳鳴りはいよいよひどくなって、金属音がひっきりなしに頭の中でする。



もう戻ってこない。

あの柔らかな視線は。



どくり、と全身の血が逆流する大きな音が、耳元でした。





















パタンというドアの締まる音がした瞬間、サンジは、はーっと詰めていた息を吐いた。

膝からがくりと力が抜けて、慌てて、足に気合を入れる。



見られてたとは、思わなかったな…。



思わず自嘲の笑いが浮かぶ。

女のように犯されて、喘いでいたあさましい自分。



あの時、ゾロの幻を見たような気がしたが…。

「本物だったとはなァ…。」

弱々しく苦笑した。



ゾロに掴まれていた胸元に、手をやる。

掴まれていたのは服なのに、まるで心臓を一掴みにされているようだった。



熱い。



冷たく突き放されたのに、あの男からはいつも熱を感じる。

その熱に煽られて、浮かされていたのかもしれない、自分は。と、思う。



ゾロへの想いが恋だと自覚した時の、あの時の絶望感を、サンジは今でも忘れられない。

血塗られた道を、夢に向って脇目も振らずに突き進むあの男を、自分が汚したような気がした。



何故、友情ではいられなかったのだろうと思う。

何故、こんな劣情に育ててしまったのだろうと思う。



あの潔く凄烈な生き方を見せ付けられてしまったから…あんまりそれが鮮やか過ぎて、自分は何か勘違いしてしまったに違いな い。



サンジを再び夢に向かわせた、という意味なら、ルフィだってそうだったのに、何故ルフィではなく、よりにもよってあの男なのだろう、
と何度も考えた。

惚れたのがルフィだったらきっとこんな悩まなかった。

だってサンジは、ルフィからの愛情を疑った事など一度もない。

もしルフィに「好きだ」と言ったとしても、ルフィは笑顔で「俺も好きだ」と答えてくれるだろう。

それが例え、サンジだけに注がれる愛ではないとしても、それが物足りないなんて、サンジはきっと思わない。

お日様が自分以外も照らす事を妬む人間はあまりいないだろう。

ルフィは夏の太陽だ。

全ての人間に平等に降り注ぎ、その誰もの肌を強く強く焼いて、誰もにその存在を等しく刻み付ける。

その光を眩しいと思いこそすれ、独占したいなどと思うはずもない。



だけどゾロは。

あれは砂漠を舐める熱風だ。

人の心に突風のように吹き込んできて、何もかもを瞬く間にさらってしまう。

焼け付くような熱だけを残して。

その熱の感触をもう一度確かめたくても、もう風は通り過ぎている。

熱風に吹かれた後は、何も残らない。

自分の心ごと、風に浚われている。

圧倒的な強さで。

奪われた自分の心を取り戻したくて、必死で風を追い求めても、風は捕まらない。

決して自分のものにはならない。



どれだけ願っても。



目を瞑ると、網膜にあの男の残像が焼きついているのがわかる。



ゾロが好きだ。



全身の細胞が、そう訴える。



そのたびに絶望が心を満たす。



好きって何だ。

あの男を好きになって、それでどうしようと言うのだ。

同じ男だ。海賊だ。血塗られた道を歩む者だ。

女ならば抱く事もできる。子を成すこともできる。妻と呼ぶこともできる。

男相手にその何ができよう。



大体、俺はゾロが抱きたいのか?



そう考えて、吐き気がした。

男同士のそういう行為に、というより、あの男が女のように組み敷かれているという姿を想像して、吐き気がした。

あの男を冒涜するにもほどがある。

自分があの男を組み敷くのも、あの男が他の誰か男の欲望に晒される事も、我慢がならなかった。

何人たりとも、あの男を汚す事は許せない。

例えそれが自分であっても。



自分の中に、あの男を抱くという選択肢は入っていない。

ではこの思いは何なのか。

何故こんなにも好きだと思うのか。

性欲を伴わないのなら、それは友情ではないのか。



頭に浮かんだのは、ゾロに組み敷かれる、自分自身の姿だった。



それは驚くほどすんなりと自分の中に入ってきた。



ゾロが自分に触れてくる。

ゾロが自分に口付ける。

ゾロがその猛った性器を、自分の体の中に突き入れる。



ぞくり、と全身を電流が貫いた。

思うより先に、体が素直に反応した。

サンジは、固く屹立した自分の股間を、信じられない思いで見下ろした。

それをゆるゆると扱きながら、この手がゾロだったなら、と夢想した。

サンジ、と耳元で囁かれる事を想像して、…失敗した。

そしてあの男に、まだ一度も名前を呼ばれたことがないのに気づく。

心臓に刃物を突き立てられたような痛みが走る。

痛い。

心臓がきりきりと痛いのに、擦られる性器は気持ちがいい。

痛い、痛い、気持ちいい。



コック、と。

想像の中の剣士は、あの低い甘い声でサンジを呼ぶ。



───── イッちまえ。



ゾロに囁かれる夢を見て、サンジは射精した。

射精しながら、涙を流した。







男に抱かれる事はたやすかった。

自分の心の中の掛け金を一つ外しただけで、すぐに男は寄ってきた。

酒場で浴びるように立て続けに酒を呷るサンジの肩に、馴れ馴れしく置かれた手。

サンジはそれを振り払わなかった。

それよりも、自分がそういう対象になりえると知って驚いた。

「気持ち悪くねェの?」

そう言ったサンジに、男は、それどころかあんたはかなり上物の部類に入る、と教えてくれた。

その気のない男でもその気になるぜ、と。

それを聞いて、サンジは自嘲の笑みを漏らした。

本当に欲しい男は、その気になるどころか侮蔑の表情を浮かべてサンジを拒絶したのに。

あんたを振るなんて、もったいない事する奴だな。と男は言った。

「見ろよ、この店の中にいる全員、あんたを見てるんだぜ。」

見回すと、狭い店内にいた10人くらいが、こちらを見ていた。



サンジの口元に、ゆっくりと淫らな笑みが浮かぶ。

「だったら。」

ちらりと赤い舌が覗いた。





「だったら、ここにいるみんなで俺を犯してくれよ。」







そうして宴が始まった。







男に抱かれるのは初めてだと言うと、男たちは歓声を上げた。

それまでがっつくように性急だったしぐさが、いきなり恭しいほどに優しくなった。

体中舐め回された。

何人に舌を吸われたかわからない。

他人に性器を弄られるのは気が遠くなるほどに気持ちが良かった。

後孔にはオイルがぶちまけられ、何本もの指を突っ込まれた。

初めてそこに男を受け入れた時は、その異物感に吐きそうになった。

内臓をごりごりと擦られて、苦痛に喘いだ。

そうして、誰にも触れられた事のなかった体は、あっという間に汚濁にまみれた。

汚されれば汚されるほど、心は楽になった。

自分が未練がましく縋り付いていたほんの少しの希望が、根こそぎ踏みにじられていくのを感じて、サンジは笑った。

この汚らしい姿こそが、自分にふさわしいと思った。



まだ足りない。

もっと。

もっと。

もっと─────── 堕として。



もうこれ以上、あの男を汚す事のないように。



心が繰り返し繰り返し、あの男の名を呼んでいる事にも、気づいていなかった。



朦朧とした意識の中で、ゾロの姿を見たような気がした。

幻は、あの凄烈なまっすぐな瞳で、自分を見ていた。





ゾロ。

ゾロが見てる。

俺を。







ただ嬉しかった。




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