■ 愛される資格 ■


【1】

ゾロはサンジが嫌いだ。

そりゃもう出会った時から嫌いだった。

どこが嫌いかというと、もう全てというしかない。

存在そのものが癇に障る。

声が聞こえただけでイライラする。

大抵その声はいつでもナミやらロビンやらにへらへらと調子こいている声であり、その声がしただけでゾロはもう吐き気に近いほどの
嫌悪感を覚える。

鍛錬に集中できないほどにイラつく。

サンジの姿が視界に入ると、それはピークになる。

イライラしすぎて頭痛までしてくる。

全身の血が沸騰して、頭ががんがんする。



絶望的に相性が悪いのだろう。



恐らく向こうも同じ事を思っているらしくて、しょっちゅうケンカを吹っかけてくる。

ムカつく相手からケンカを売られるのだから、ゾロは何のためらいも無く抜刀する。

ケンカしている間だけは不思議とイライラしない。

きっと心の底からこいつをたたっ斬ってやりてェと思ってるからだろう。

もちろん仲間だから殺すわけにはいかない。

殺すわけにはいかないが、骨のニ、三本は叩き折ってやったっていいんじゃないかと思ったりする。

けれどサンジはバカだから、ゾロがわざわざ叩き折らなくても、なにかあるたびに骨折して帰ってくる。

ドラムという冬島では、ナミとルフィを庇って背骨を折って死に掛けるほどの大怪我をした。

ゾロは後からその話を聞いて、このコックは本当にバカだ、と心の底から軽蔑した。

今まで感じていたのより、格段に桁違いにイライラした。



当然、サンジの方もそう思っているのだろうと思っていた。

ゾロの事など嫌っているだろうと。

実際そうとしか思えないような強い強い視線を、サンジから感じることが何度もあった。

ゾロはそれを、敵意、だと思っていた。





だから。









「ゾロ…。お、れ…俺…、てめェが好きだ。」

突然サンジにそんな事を言われた時も、ゾロは、今度は何の嫌がらせだ、としか思わなかった。



けれどサンジの様子は、ゾロが今まで見た事もないようなものだった。 

あまりにも。

サンジは耳まで真っ赤になり、いつもなら生意気そうに睨(ね)めつけてくる蒼い瞳は戸惑ったように伏せられている。

テーブルの上で、ぎゅっと握り締められた拳は、よく見ると小刻みに震えていた。



ゾロは目を見張った。



本気か、こいつ。本気なのか。

本気で、俺を。

───── 好きなのか。



その瞬間、ゾロの心に去来したのは、───── 残酷なほどの優越感。



あのコックが。

生意気で殺しても飽き足らないとすら思えるほどのコックが。

俯いて真っ赤な顔して震えながら、俺を好きだと言ってきやがった。



猛烈な嗜虐心に煽られた。



「俺は好きじゃねェ。どっちかっつうと嫌いだ。」



感情の篭もらない声でそう返してやった。

本音だったからどうということもない。

ゾロはこのコックが嫌いで嫌いで仕方ない。

ざまあみろ。

そう思った。

さんざんイラつかせてくれたことへの意趣返しのつもりだった。



コックが俺のこと好きなんだとよ、おい!



さんざん馬鹿にして笑い出したいような気分だった。



けれどその気分は、サンジが顔を上げた瞬間にいっぺんに霧散した。





サンジは、呆然と目を見開いて、ゾロを見ていた。

チョッパーよりも尚幼く見えるほどの、無防備に傷ついた顔。

唇が微かに動いて、「きらい…」と、ゾロが言った言葉を、声にならず、繰り返した。

その顔は、すぐにぎこちなく、笑顔を作る。

「そ、か…。そ、だよな。はは…。」

くるりと踵を返し、こちらに背を向ける。

「悪かった。気にすんな。冗談だ。」

ムリヤリに笑っているような声で、そう言う。

その顔は見えない。



あれ?と思った。

ゾロの心に、何か焦りのようなものが沸いた。

けれど自分で何を焦っているのかよくわからない。

ただ、何かが自分の思ってた事と違うな、というような、焦燥感。

何に?

思いもかけず傷ついた様子のコックに?



棒立ちになったゾロの脇を、サンジがすり抜けた。

あ、と思う間もなく、その姿は階段を駆け降り、倉庫に消える。





それをゾロは、ただ見ていた。

体が動かなかった。



取り返しのつかないような事をした、ような、気がした。













「クソ剣士、飯だ。」

翌日。

サンジはいつものようにゾロを蹴り起こしにきた。

いつもと全然変わりないその様子に、ゾロはホッとした。

やはり昨日のはコック流の嫌がらせかなにかだったか、と思ってしまうほど、サンジの様子は普段と何ら変わりがない。

「とっとと起きてとっとと飯を食え。寝腐れマリモ。」

いつもと同じようにゾロを蹴り、いつもと同じように口汚い。

ちっと舌打ちをして、ゾロは体を起こした。

けれど、いつもならゾロを蹴ったあとは、さっさと踵を返してラウンジへ戻ってしまうサンジが、今日は何故か少し離れたところから
じっとゾロを見ている。

それをきつい視線で睨みつけ、

「何だ。」

と問うと、サンジは「別に」と言って、ふいっと目をそらし、ラウンジへ戻っていった。







───── 見てる。

ゾロは、ダンベルを振り回しながら、己にふわふわと纏いつく視線を感じていた。

視線を辿らずともわかる。

ラウンジの窓から、サンジが、ゾロを見ている。

努めてそれを気にしないようにしながら、ゾロは鍛錬を続けた。

───── 違う。今日だけじゃねェ。あいつはいつもああやって俺を見ていた。

この視線に、ゾロはずいぶんと以前から気がついていた。

毎日毎日、ゾロの肌に触れていた、ゾロにとっては、もう何度も馴染みのある視線だった。

ただゾロ自身が、誰にどれだけ見られようとも気にもしないたちなので、見られているのはわかっていたが、そんな害にもなりはしな
ものと黙殺していただけだ。

───── コックの視線、だったのか。

いつもいつも、敵意としか受け取れないような強い強い視線ばかり、ゾロに送ってきていると思っていたのに。

曰くなんとも形容しがたい視線。

あんな風に震えながら、ゾロに「好きだ」と告げてきたのだから、この視線はもっと熱を含んでいてもいいような気がするのに。

実際のところ、ゾロは、海賊狩りだった頃から、人の視線に慣れていた。

畏怖、軽蔑、怒り、殺気、怯えに始まって、熱情、欲望、執着、嫉妬。

ゾロを好きだと言ってきた女も何人もいた。

嫉妬にかられて逆上する女もいた。

のぼせあがって勘違いする女もいた。

自分の体に絡み付いてきた、縋りついてきた、幾多の視線。



そのどれとも、コックの視線は違う。



仲間達から受ける、全幅の信頼の視線とは、もう明らかに違う。

ゾロが一週間風呂に入らなかったりする時にナミがよこす、生ゴミを見るような視線とも違う。

チョッパーからの無条件の憧憬の視線とも違う。



ゾロが動くたびに、視線もつられて動くのに、それはゾロの体には絡み付いてこない。

ゾロではなく、ゾロの周りを取り巻く空気を見ているような、ひどくもどかしい視線。

ふわふわとして頼りなく、せつなげで、そのくせ優しくて柔らかな、けれど、雄弁にゾロが好きだと語ってくる、視線。



あの透き通るガラス玉のような蒼い瞳で。

あのひんやりとまるで温度を感じさせないような瞳で。

コックはそんなふうにゾロを見つめている。





昨夜感じたのと同じ、たまらない優越感がゾロを突き上げてきた。

───── コックは俺に惚れてやがる。

昨日あんなにこっぴどく振ってやったのに。

サンジの視線は、まだゾロが好きだと告げてくる。



ゾロの口元に笑みが浮かんでいた。

昨夜感じた焦燥感は消えていた。



ただもう、優越感だけがゾロを支配していた。

愉快で愉快で、笑い出したかった。



サンジが自分に惚れているという事実が、たまらなく愉快だった。









それからも、サンジの視線はゾロを追い続けた。

表面上は以前の二人と何ら変わりない。

憎まれ口も叩く。ケンカもする。

けれど、サンジは、ゾロに触れることを酷く恐れているようだった。

唾がかかりそうなほど間近まで顔を寄せて怒鳴ってくるくせに、ゾロの胸元を掴み上げようとはしない。

ゾロを足で蹴っても手で触れようとはしない。

そんなサンジを、ゾロはせせら笑いながら見ていた。

あれほどサンジを見ているとイライラしていたのに、その気持ちは不思議な爽快感に変わっていた。

なにしろ、サンジの態度の全てに、サンジがゾロを好きな事が透けて見えるのだ。

サンジはそれを必死で押し殺しながら、ゾロに接してくる。

「てめェ、オロされてェのか!」

怒鳴ってくるサンジの耳元にわざと唇を寄せ、

「できんのか?」

と意地悪な笑みを含んだ声で囁いてやる。

それだけで。

たったそれだけで、サンジはもう動けなくなる。

息を呑んで棒立ちになる。



あのムカつくほどに嫌いで、存在そのものが癇に障って、声が聞こえただけでイライラする生意気でバカで態度の悪いコックが、
ゾロのたった一言で黙りこくる。

それが途轍もなく愉快でならなかった。









そうして幾日か過ぎたあと、船はとある春島についた。









船長はいつものとおり、「冒険だーっ!」と叫んで真っ先に町に飛び出して行った。

ナミとロビンはショッピング、船医がお供についていく。

サンジはいつもの通り食料の買出しに。

ウソップもなんとか星の材料の調達にと船を降りた。

特にすることのないゾロが船番として残り、例の如く甲板で昼寝としゃれ込む。



どれくらい惰眠を貪っただろうか、人の気配に目を開けると、ウソップが帰ってきていた。

「おお、ゾロ、起きたか。ほれ見ろ、大漁大漁♪」

ウソップは満面の笑みで、買い物袋を見せた。

「そりゃよかったな。」

適当に答えてまた寝ようとすると、

「ゾロ、俺これからウソップ星制作に取り掛かるし、飯食ってきたから、お前、船降りてもいいぞ? 酒呑みにとか行きたいんじゃ
ねェのか?」

と、ウソップが言ってきた。



言われると突然酒が呑みたくなってきた。

そういえば飯も食っていない。



ウソップの心遣いをありがたく頂戴することにして、ゾロは船を降りた。







酒が呑めればどこだっていいのだが、できれば安く大量に呑めるところを探して、ゾロは町をうろつく。

それほど大きい町でもないようだ。

それでも、恐らくは船乗り相手だろう、小さな飲み屋通りがあった。

呑んだ後はとっとと寝てしまいたかったので、二階が宿屋になっている飲み屋を探す。

できれば女も買いたいところだが、飲んでる間は女に傍にいられると鬱陶しい。

飲み屋に女はいない方がいい。

そうしてゾロは、一軒の飲み屋に入っていた。



貧相な親父が一人でカウンターの中にいる飲み屋で、音楽も何もかかっていない。

客は何人かいたが、混んでるというほどでもない。

店の奥に二階へ行く階段があって、宿屋になっているようだった。

ちょうどいい、と思いながら、ゾロは奥の席に腰を据えた。



塩豆をつまみに何本めかのボトルを空にしようかという時、店の奥の階段から、誰かが降りてくるのが見えた。

だらしなくシャツをはだけたその男は、店主に酒の注文をしている。

ゾロの隣のテーブルで飲んでいた男が、ふと、その階段から降りてきた男に気づいて声をかけた。

「よォ。」

知り合いだったらしい。

「おう。」

すると階段から降りてきた男が、素早く近寄ってきた。

「ちょうどいい、お前も参加しねェか?」

言いながら、親指でくいっと二階を指し示す。

「なんだ?パーティーでもしてんのか?」

飲んでいた男が聞き返すと、降りてきた男がにやりと笑った。

「おーよ。極上のパーティーだぜ。べっぴんさんが腰振って大サービス中だ。」

「マジかよ。」

「マジもマジさ。しかも娼婦じゃねェぞ、初物だ。」

「あァ?」

「まあ、10人くらいに犯られちまってるから、もう初物とは言えねェがなァ。」

「おいおい…輪姦(まわ)してんのか?」

「人聞き悪いな、向こうから誘ってきたんだよ。男に振られたとかでな。やけっぱちで何本も咥え込んじゃってるってわけだ。ま、酒で
だいぶ飛んじまってるようだがな。」

「お初のべっぴんさんなのに振られたのか。」

「男だしなあ。」

「ああ? 男だあ?」

「いや、それがなあ。あそこまで上玉だと男でもいいかってな気分になるぜ? とにかく見物にだけでも来てみろよ。もうずいぶん
見物人も増えてんだ。」

誘っている男が、呑んでいる男の腕を引く。



「何しろ、ここらじゃちょっとお目にかかれない金髪だ。」



──── 金髪。



どくん、とゾロの心臓が鳴った。





「ああ、本物の天然もんだぜ。下の毛もばっちり金髪だ。足の毛の一本一本まで混じりっけなしの純金だ。」





まさか。

いや、金髪の人間など、いくらでもいるではないか。

それに、あのプライドの塊のような男が、そう易々と男に足など開くだろうか。



───── “男に振られたとかで。”



振られた。誰にだ? ───── 俺にか。



ああ、そうだ。確かに言った。あのコックに。嫌いだと。

けれど、その後もあのコックの態度は何一つ変わりはなかったではないか。

以前と変わりなく自分を見ていたではないか。



人違いだ。

よせ。

やめろ。

行くな。



そう思うのに、ゾロの足は男達の後を追って、店の奥の階段をあがっていた。

上がったとたんに、廊下の奥からむっとするような熱気がした。

下の店にまでは届いてなかった嬌声が、はっきりと聞こえる。



───── この、声…。



聞いたこともない淫らで掠れた喘ぎだが、確かに聞き覚えのある、声。



小走りに廊下の奥へと急ぐ。

開けっ放しのドア。

狭い部屋は、何人もの男達で埋め尽くされている。



でかいだけで小汚いベッドの上、全身に精液を浴びながら男に犯されている、良く知った顔があった。





───── サンジ…………!



「ん、あ、アア、やあっ…、あああ…、ふ、あぅ…ッ…。」

だらしなく開いた唇から、信じられないほど淫らな声が、途切れる事なく漏れる。

あの軽薄に見えるほど冷たく美しかった蒼い瞳は、虚ろに潤んで何も映していない。

驚くほど白い肌に、無数の男達の手が絡んでいる。

割り広げられた尻の間から、赤黒い男の性器が出入りしているのが見える。

男が腰を動かすたび、ぐじゅ、ぐじゅ…という、濡れた粘膜をかき混ぜる生々しい音がする。

「おい、中に、出すぜっ…!」

サンジを犯している男が、ぶるっと胴震いをした。

「うアァッ─── …!」

サンジがひときわ高く啼いて、その身をのけぞらせた。



それを、ゾロは呆然と見ていた。

ゾロらしからぬ事に、ほとんど立ち竦んでいた、というのに近い。

目の前の出来事を、現実として受け入れる事を、脳が拒否していた。



───── 斬れ。



脳のどこかが、はっきりと自分にそう告げる。

ほとんど同時に、(何でだ?)と、やけに冷静な自分がそれを制する。

体は麻痺したように動かない。…動けない。



───── 斬れ。

───── 取り戻せ。

───── ここにいる全員、殺せ。



何故?

何故斬る必要がある?

なんのために?



───── コックが。



コックが助けてくれと言っているか?



───── あれは



コックは嫌がっているか?



───── あれは、俺の



コックは自分から嬉しそうにケツ振ってやがるじゃねェか。



───── あ れ は お れ の も の



…茶番だ。





荒い息をつきながら、男がサンジから性器を引き抜いた。

さんざん嬲られ、真っ赤に充血した後孔から、泡だった白濁液が、ごぼりと音を立てて溢れ出てくる。



それを見た瞬間、ゾロの脳が沸騰した。

思わず刀に手をかけた時、不意に、

「ん、だよ…。も…終わ、り、かよ…。」

掠れた声が聞こえて、ゾロの息がまた止まった。

「全然、足んねェ、んだ、よ…。つ、次の…奴、さっさと…ぶち込め、よ…。」

ゾロが聞き慣れた、ふてぶてしいコックの口調。

なのに、別人のように虚ろな声。

「今日初めて掘られたってのに淫乱なこった。」

また別の男が、下卑た笑い声を立ててサンジにのしかかる。

虚ろな瞳に、虚ろな薄笑いを浮かべて、サンジは男を迎え入れる。

とろとろと大量に注がれた精液が零れる後孔に、男は怒張したペニスを突きたてた。

ぐうっとサンジの喉が鳴り、その白い背がしなった。

「んんゥッ…!」

挿れられた瞬間、サンジは唇を噛み締めた。

食い縛った歯がカチカチと鳴る。

明らかに苦痛を耐えているその顔に、けれど注意を払うものは誰一人いない。

いや、むしろ煽られてすらいるのかもしれない。

「…すげェな、こいつ。…すげェ、イイ。」

サンジを犯している男が、ため息交じりで言った。

「だろ? こんだけ犯ってんのに、きゅうきゅう締め付けてきやがって…。ほんもんの好きモンだな。」



どこがだ。

あのツラが見えねェのか。

苦痛と屈辱に歪んだコックのツラが。



そう思うのに、ゾロは動く事ができない。

その一方で頭の中で、目の前のコックを罵る己の声すら、する。



見ろよ、あのコックを。

本物の淫乱じゃねェか。

誰彼構わず咥え込みやがって。

俺が好きだと?

ありゃ掘られてェって意味か。

そうだろうな。あんな体だ。



───── バカな。何を考えている、俺は。



己の内心が、どうしようもない焦燥を覚えているのがわかる。

何とかしろ、早く何とかしろ、と思うのに、いったい何を何とかすればいいのかまるでわからない。

かわりに、コックへの罵倒はとめどなく心の底からあふれてくる。

まるで自分の焦りを、必死でごまかそうとしているかのように。



サンジは仰臥した男の上に自分から跨り、自分で男の性器を自らに招きいれていた。

あのどこまでも澄み切った美しい蒼い瞳が、見る影もなく暗く濁って淀んでいる。

あの虚ろな瞳には、恐らく何も映っていない。

強い餓えを通り越して、逆に何も受け付けなくなった、絶望と諦めと自嘲の果てにあるような、瞳。



「ああっ…あああ…ンぁっ…ん、ん…あああっ…!」

「見ろよ。掘られながら勃ってやがる。」

誰かの手がサンジの股間で揺れているそれを掴んだ。

ぬめる体液で、ぐちゅりと音を立てる。

「ふああッ…!」

強く扱かれて、サンジはびくびくと身をのけぞらせた。



ぞ ろ



不意にゾロは、びくりと全身を硬直させた。

上げ続ける嬌声の合間に、サンジの口だけが、微かに動く。



ぞろ



声には出さない。

唇だけが、憑かれたように何度も何度も。



ぞろ



その名を形作る。



ゾロ

ゾロ

ゾロ



何度も何度も。



彷徨っていたサンジの瞳が、ふと、見物人達の中から、ゾロの姿を捕らえる。

薄ぼんやりと霞みのかかった虚ろな目がゾロを見つめる。





ふわりと。



その顔が微笑んだ。



子供のように無垢に。





それから先、ゾロは自分がどうやって船に辿り着いたのか、まるで覚えていない。




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