城壁の中で右往左往する兵士達を眼下に見下ろしながら、サンジは背後で慌てふためいている臣下達の報告を聞 いた。 「どうかお逃げください、サンジ様。とてもかなう相手ではございませぬ。」 「そうです。自軍では後数刻も持ちません。どうか、早く。」 懇願する臣下達を振り返り、サンジは冷静に問う。 「敵は翠国に間違いないのか?」 「はい、あの旗印、兜の上に飾られた翡翠色の羽、間違いなく翠国でございます。」 「・・・・・・・・・そうか。」 サンジは溜め息を付きつつ、もう一度城壁の外を埋め尽くす敵を見下ろす。 自分の目を疑うわけではないが、つい先日御母堂の葬儀に出席した時にはそんな気配は露とも感じられなかった。 しかも、その国を統率する君主は・・・・・・自分の幼い頃からの親友とも呼べる人物だと言うのに。 「敵軍は何も言ってはこないのか?」 そう問えば、 「今、使者を送ったところですが、果たして無事に戻ってくるかどうか・・・・・・。」 と返してくる。 サンジは窓際から部屋の中央まで歩き、跪く臣下の肩を叩きニッコリ笑った。 「逃げるって言ってもどこへ?翠国に攻められる可能性など考えていなかっただろう。逃げ道は全て敵国に通じてい るのだぞ。」 「・・・・・・・・・。」 事実、その通りなのだ。 農作物等の生産能力は高いものの、軍隊の能力は決して高くないサンジの国蒼(そう)は隣国翠(すい)の高い軍事 力により周りの国の侵略から守ってもらっていた。 勿論、その代償として生産物の6割を献上していたのだが。 「先日、サンジ様との御婚礼直前だった砂国のビビ様を、是非にと言われてお譲りしたばかりだと言うのに。」 「我々に何か落ち度でもあったのでしょうか?」 目の前にした信じがたい現実に、臣下達は唯サンジの決断を待っている。 ここで玉砕か、はたまた降服か。 その時、バタバタと壁の向こうで走り寄る音がして、ドンドンと扉が叩かれた。 「至急サンジ様に御報告したき議あり。即、この扉を開けられたし。」 臣下の1人が扉に駆け寄り、扉を開ける。 転がり込んできた兵士は全身血塗れで、それでも止めはさされていないのか肩で息をしながらサンジを見る。 「何だ?申してみよ。」 サンジが促すと、兵士は平伏して言葉を紡ぐ。 「翠国より示された条件は唯1つ。」 その言葉に、サンジも臣下達も息を飲む。 そして、続けられた台詞にその場の誰もが凍りついた。 「国主サンジ様を人質として寄越されたし・・・・・・との仰せでした。」 大陸を南北に二分する大きな河、胡河。 余りにも川幅が広く対岸さえ見えないその河を挟み、北側を北朝、南側を南朝と呼んだ。 そして、北朝に5国、南朝に6国が犇めき合う戦乱の時代。 まだ、船と言う技術が発達する以前は北朝と南朝が戦うことなど有り得なかった。 しかし、北朝で造船及び操船技術を持つ大国鰐(がく)が名乗りを上げ、北朝統一を謳った。 北朝が今にも鰐1国に飲み込まれそうな事態の中、南朝の6国は焦り始めた。 このままでは、南朝6国も鰐に攻め込まれるだろう。 1国1国では、太刀打ちできないであろう鰐の脅威。 そんな時、1人のカリスマ的国主が現れた。 翠(すい)の国のミホーク。 軍を率いる統率能力もさながら、人を惹き付ける天性の魅力、どこの国主にも負けない話術の巧みさ。 どれをとっても他5国の国主を上回る能力に、誰もが違和感なく彼を南朝の盟主と崇めた。 彼が3年前他界し、その後を継いだ彼の嫡子もまた、父親の器を上回る人物であったためそのまま盟主として認めら れたのだが。 先日の母親の葬儀の後、塞ぎ込む彼を慰めたのは紛れも無く蒼国のサンジであったのに。 それがこの仕打ちとは、と嘆かずに居られない。 降伏を宣言したにも拘らず、翠の兵士達は土足で宮殿内に押し入った。 そして、サンジを見るや否や勝鬨の声を上げ、サンジをその場で縛り上げた。 後ろ手に両手を縛られ、背を小突かれながら宮殿を後にする。 いつもの秀麗で清廉なサンジを知る臣下達は、その姿を見てある者は慟哭し、ある者は放心して座り込み、ある者 は自分の力量の無さを悲観した。 国民達は、自分達の慕うサンジが連れ去られていくことにある者は先を思って怯え、ある者は嘆き、ある者はこの事 態を憂えた。 ただ、誰もがサンジの生を望まずにはいられなかった。 翠国との境界線を目の前にしてサンジは数日前のことを思い出す。 その時には、南朝6国の中でも最友好国として扱われ、国主の隣の座を用意されたのだ。 境界地まで態々迎えに来て、まず先に翠国国主が馬上を降りた。 そしてサンジの元まで歩み寄り、手を差し伸べてきたと言うのに。 歩いてその場を行くその屈辱に耐えながら、サンジはキッと姿勢を正して視線の先に聳える建物を睨み付ける。 国主が住まう、その宮殿を。 宮殿に入り、中庭に通され、正殿を前にして背をどつかれて思わず跪く。 国主の到着を知らせる銅鑼が鳴り、その場に居た兵士達もサンジの傍で膝を地につけた。 そして、平伏するサンジの前に翠国の国主が壇上に姿を現した。 「よく来たな、サンジ。」 そう言う国主をサンジはギッと睨み上げる。 目の前に立つその男・・・・・・翠国国主ロロノア・ゾロを。 「ほう、威勢がいいな。そんな目をしてもよいのか?お前次第だぞ、お前の国も、お前を慕う国民達も。」 「・・・・・・どういう意味だ?」 ギリッと奥歯を軋ませてサンジが問えば、ゾロはくくっと笑ってサンジを見下ろす。 「お前の態度1つで全てが決まる。国の盛衰も、人の生死も、な。」 「・・・・・・・・・。」 ゾロから目を逸らして、サンジは悔しげに表情を歪ませる。 それがまたゾロの気持ちを高揚させるのか、ハハハと声を上げてゾロが高笑う。 「まぁ、てめぇの命を寄越せとは言わねぇ。唯、オレの言うとおりにしてもらうぞ。」 「・・・・・・オレにどうしろ、と?」 「まず、自分の立場を理解することだな。しばらく我が国でゆっくりしていくことだ。」 「・・・・・・・・・。」 言葉通りに取れば、軟禁というところか。 とにかくこの場での処刑は免れた。 理由も無く殺されるのは、願い下げだ。 なにより、ゾロの真意が見えない。 それを知り、納得するまでは死ぬわけにはいかない。 縄を解かれることなく立たされ、その場で目隠しをされた。 今から連れて行くところを、悟られたくないのか。 そこで、サンジは苦笑する。 何度、この宮殿を訪れたと思っているのだ。 それほど誕生した日の変わらぬ、同い年の嫡子同士。 共に正妻の腹から生まれ出でたせいか、はたまた元々国主同士が仲がよかったのか、互いの国を行き来するときは 必ず連れて行かれた。 国主だけではなく、妻同士でも、また物心が付けば、部下が行くときにも連れて行ってもらって一緒に遊んだものだ。 宮殿内を駆けずり回って遊んだ子供時代。 運ぶ足が奏でる音一つ聞けば、どこを歩いているか理解することなぞ造作も無いことだ。 正殿前から中へ入り、中廊下を抜け、中庭を見下ろすテラスを抜け、最奥の国主の家族が住まう建物へと入る。 召使達の部屋を通り過ぎ、側室、嫡子以外の子供達の居住区を抜け、国主の部屋の扉の前へと辿り着く。 (・・・・・・ここから中は、入ったことねぇなぁ。) サンジが漠然とそう思っていると、扉がギィッと開き、そこでゾロが口を開いた。 「お前達はここで下がれ。」 自分にではなく、自分を引いてきた部下達に言ったのだろうか。 自分とゾロ以外の気配が遠ざかっていく。 その足音が完全に聞こえなくなって、サンジの腕をゾロが掴んだ。 「来い!」 ズルズルと引き摺られるように中へと入れられ、扉を閉める音がした。 カチャッと鍔鳴りの音がして、ゾロが刀を鞘から抜いた気配を感じ身構える。 自分に向けられた視線が、縄を解くといった感じではなく、殺気に近いものを覚えたからだ。 「・・・・・・動くなよ。」 そうゾロが言った直後、サンジの正面を刀が作る風が袈裟懸けに通り抜けていく。 チクッとした痛みを覚えた次の瞬間、サンジの着物がバサッと左右に裂け、左側の着物がずり落ちて肘の辺りで止 まる。 「お、少し傷がついたか?最近、鍛錬もしてねぇからな。」 「?!!・・・・・・どういう、つもりだ?」 半裸のサンジがそう言うとゾロがくくっと笑って、サンジの腕を取り放り投げる。 咄嗟の事にバランスを取り損ねたサンジがその勢いのまま倒れこむと、そこには褥があったようで。 それでも、衝撃を吸収し切れなかったのか、痛む背中と縛られた腕に顔をしかめる。 間近にゾロの気配を感じそちらを向けば、ゾロが苦笑する。 「てめぇは聡いな。オレの居るとこ、言いたいこと、すぐに気付きやがる。」 「・・・・・・ゾロ。」 「だが、今からオレがしたいことがてめぇにわかるか?」 「・・・・・・え?」 サンジが疑問符を投げかけると同時に先程受けた刀傷に暖かい湿ったものが押し当てられた。 それが、傷をゆっくりと辿って舐め上げるゾロの舌と気付き、サンジは驚愕の余り身動きすら取れない。 「な?!!何・・・・・・?」 漸く声にしたサンジの問い掛けに答えず、ゾロは手のひらをサンジの体に這わせていく。 サンジが我に返り身体を捩って抵抗しようにも、両手が使えないためうまく動けない。 脚は、ゾロが太腿に脚を乗せて固定しているため動かせない。 「いい眺めだな。」 からかうようなゾロの口調に、サンジの顔も身体もサアッと朱に染まっていく。 「ど、どういう・・・つもり、だ?」 「てめぇは、オレの玩具ってことだな。精々、男のオレに弄繰り回されてイイ声聞かせろ。」 「!!!」 余りの屈辱的な言葉に全身の血が凍り付く。 (嘘、だろ?こんな・・・・・・死んだ方がマシだ。こんな扱いを受けるくらいなら・・・・・・。) 何故、親友とも呼べるべき、いやそう思っていた男に性玩具扱いされなければならないのか? 一国の国主である自分が。 屈辱の余り、今にも舌を噛もうとしたその時、 「サンジ。」 ゾロの鋭い声が飛ぶ。 「てめぇが、ちょっとでも変な真似しやがったその時は・・・・・・わかってんだろうな?」 「なに?!!」 「この部屋の南にある露台からよく見えるぞ。てめぇも知ってるだろ。」 「!!!」 (処刑台か?!!) 以前教えてもらったことがある。 翠国国主の部屋から態々そこまで赴くことなく、処刑されていく罪人が見えるようにできているのだと。 「てめぇんとこの側近、誰からがいい?ま、オレなら差し詰め一番煩い宰相のパ−−−−。」 「わかった!わかったから・・・・・・。」 サンジが身体から力を抜いていくのがわかったのか、ゾロがまた舌の動きを再開する。 傷口に沁みる痛みに耐え、与えられる屈辱に耐えながらサンジは目頭が熱くなるのを感じた。 |
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