――――2070年、極東。
「暑いとは聞いたけど…」
「幾らなんでも暑すぎんだろ。さっさと終わらせようぜ」
凡そ7500qの旅を終えようとしていた私達は、目的地へ到着するよりも先にアラガミと交戦する羽目になっていた。中継地でも空路でも無く、激戦区と言われている極東支部の目と鼻の先にあるこの場所、煉獄の地下街と呼ばれるフィールドで。
討伐対象はシユウと荷電性シユウが各一体、それにセクメトが二体。それだけなら大した問題にはならないけれど、厄介なのは手元にフィールドマップすら無いという事以外にもう一つ。
「そうだね、じゃあ…っと、でやあっ!」
「邪魔なんだよ、雑魚が!…で?生きてそうか?」
「さっさと、くたばれ!!――戦ってる」
「うし、先ずは一体っと。なら充分生きてんだろ」
音のする方へ走り出した途端、左手から現れたのは頭と翼手が結合崩壊したシユウだった。その右手にあるグロテスクな通路を抜ける直前、見えたのは残る三体と――。
「回復弾は?!」
「無理!これで我慢しとけ!!」
「うおっ?!」
情報通りなら、救援に来たくせに逃げ遅れたという男が一人――神機ごと吹き飛ばされて転がった先は壁。当然、相変わらず恰好の的なのは変わらなかった。
「グレネード!…さっさと回復すれば?」
「助っ人参上、ってね」
「……お前ら、」
何か言い掛けた男を見るより先に斬りかかって、視界を取り戻した堕天シユウを誘導する。説明は後で良いだろ?と後方から聞こえたのはの声で、足音がしないという事は分断に成功したんだろう。安心して足を止め、数分。今の装備が効く相手で良かったと思いながら捕喰して、さっきの行き止まりへ走った。
「早かったな」
「援護頼む!」
「了解」
リング状の部屋で待っていたのは、翼手を広げたまま倒れて行く一体と活性化した一体。危なげなく戦う二人に加勢して、また数分。コアを摘出している男の顔を見て感じたのは、既視感だった。
「ったく、相変わらず随分と手荒な挨拶をしてくれるぜ」
「……は?」
「そういや名前は――何て言ったか」
「――何?」
「二人で一つの単語だと思ったが…………ケイとカイだったか?」
そこまで言われて、漸く思い出した。一度だけ、この男に遇っていた事を。あの時、頭の片隅に追いやったまま忘れていた事を。結局あの後、それを誰にも話していなかった事を。
そんな名前、知らない。聞いた事も無い。そう言い切った私達に、彼は一応の理解を示してから礼を言った。なのに――この男は諦めが悪いのか、それとも自分の記憶力に自信があるのか。帰投ポイントに着いた時、また声を上げた。
「ああ、思い出した。ヨウとジンじゃなかったか?」
あの時のように一瞬だけ、その声に似つかわしくない険しさを目に滲ませて。それに被さるようにして響いたムスハの声が無ければ――。改めて極東支部へ向かうヘリの中で、私達は胸を撫で下ろしていた。一先ずは誤魔化せたんじゃないか?と。それが数十分で終わるとも知らずに。
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ムスハとゾディを見送って、見慣れない扉を潜った先。極東支部のエントランスで俺達を迎えたのは、癖のある黒髪の美人――だったら流石に俺達もビビっただろうな。
「支部長は夕方まで予定があるという事なので、お二人は先に――」
声をかけて来たのは、オペレーターの女だった。見た目も声も明るくて元気なのは、どこのオペレーターも同じなのか?とか、極東のオペセンは一人で管理してんのか?とか。どうでも良い事を考えながら説明を聞いて、小さなエレベーターに乗り込んだんだが。
「お、また会ったな」
「どーも」
軽く頭を下げただけのは、ソイツに背中を向けてから俺を振り返った。止まった指先は俺達が行くように言われた階層のボタンの前で、それがもう光ってる。――――って事は、だ。
同じ階に行くんだとしても、同じ部屋に行くとは限らない。けど、もしかしてコイツが?って考えが湧いた。多分、も同じ事考えてたんだろうな。エレベーターが止まった瞬間、口を開いたんだ。けど――。
「どうぞ?」
「お前達も用があるんじゃないのか?」
余計な事を聞かれちゃマズイし、コイツがどっか行ってから動けば良い。別に急ぎじゃないしって俺が言っても、こっちは不案内だから先に行けってが言っても聞きゃしねえ。挙句の果てにほら、入れ≠チて……あのなあ。
「この階に用があるなら、ここしかないだろう?」
「やあ、待っていたよ。全員一緒だとは思わなかったけどね」
開いた扉の向こうでそんな事言われちゃ、もう誤魔化すのも逃げるのも無理だろ?!俺達が何の為に極東へ来たのか知ってるクセに何で気軽に部外者を…ってトコまで一気に考えて、面白そうにこっちを見てるヤツを睨んだ。コイツ、知ってやがるな?
「予定より1050秒の遅刻だね。とはいえ、無事で何よりだ」
「Dr.榊、その人は――」
「おや、自己紹介はまだだったのかな?」
「少なくとも、俺達は知らない」
「じゃあ改めて――ああそうだ、先ずはこれを確認してもらわないと」
線目で天然パーマの小母さんみたいなおっさんが、端っこのモニタを指差して手招きする。フォルセの研究室より小さい部屋を回り込んで目にしたのは、俺の考えを裏付けするのに充分なメールだった。
「やっぱ知ってたのか、アンタ」
「まあそういう事だ」
「フォルセに連絡をした時には、もう君達が出発した後でね」
極東で繋ぎを取るのが雨宮リンドウって少尉だって事。五年前にロシアで会った残りの二人には榊博士が事情を話すって事。あの時のアラガミ襲撃事件の報告漏れは不問にするって事。その三つが映し出されてる画面の向こうに、フォルセの顔が見えた気がした。笑ってるのに、笑ってるだけじゃない笑顔が。
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「けど安心したぜ。口は堅そうだし、頭の回転も悪くなさそうだ」
性質の悪い男だと思ったリンドウは、私達に謝ってからそう言った。あの時、私達は試されていたという事なんだろう。堅そう≠セとか悪くなさそう≠ニいう予測的な物言いも、彼なりの予防線なのかもしれない。そう思った私は、思わず尋ねていた。
「ついでに信用も出来そう?」
「……まあ、それは追々な」
そして、そう答えた彼の態度に確信した。この男は、ユーリみたいに表面通りの人間じゃない。けれど、フォルセみたいに幾つもの顔を使い分ける人間でもない。少なからず厄介な相手で、何より――。
「取り敢えず、お前達の事は第一部隊で面倒見る事になってる。他の奴等に紹介するのは明日って事で」
報告書を書くからと言って部屋を出て行ったリンドウの、上手く人を逸らそうとする所が。見ていないようで、聞いていないようで、気付いていないようで、そうではない所が。少しだけ、知っている顔を思い出させて嫌だった。
「さて。それじゃ、色々と確認しておこうか」
目元と口元だけが笑っている博士の声で、本来の任務へ思考を巡らせる。ツバキとソーマには、本部の極秘事項として既に話を済ませてあるらしい。どんな不具合が現れるのか、未だ判明していない新型。それも最初の、言わば実験体。その特異性ゆえに、受注任務と同行者は限られるという事。
「それと、もう一つ」
トランス化異常を起こす可能性がある事まで知らせてあると言われた時には驚いたけれど、バースト状態が延々続くと暴走する可能性があるとだけ伝えたらしい。彼等の為にも私達の為にも必要な事だと言われ、万が一の時には、これを使うと良い≠ニ差し出されたのは――。
「以前、君達に使った物だそうだ」
小さな試験管ほどもあるアンプルの中で、透明な液体がユラリと揺れる。博士の言葉からすれば、麻酔薬なんだろう。封を切ってその面を体表に押し付ければ、それで良い。そう言われて、私達はただ頷いた。
「君の持っている物は君に、君の持っている物は君に効く量だからね。くれぐれも間違えないように」
身を乗り出してそう言った博士は目元だけが笑っていて、ユーリとフォルセが口を揃えて底知れない人だ≠ニ形容していたのがよく判った――ような気がした。
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見た目も態度もエリートって感じの支部長は、それほど胡散臭い感じは無かった。まあ、初対面のヤツにいきなり胡散臭いと思われるようなバカなら支部長なんてやってないだろうけど。何にせよ、極東支部には一癖も二癖もありそうなヤツが揃ってるって事だけは判った。
昼過ぎに博士の研究室を出て、マーシュ…じゃなかったな、ここは。アナグラって呼ばれてる極東支部をあちこち見て歩いて、夕方までに大体の事は把握出来た。支部長室を出た俺達が案内されたのは、研究室と同じ階にある部屋だ。
「まさか、また同じ部屋で暮らすとはなー」
「客人扱いって事なのか、……誰?」
呼び出し音が聞こえて言葉を切ったがインターホンに向かって、ベッドに寝転んでた俺は目だけを向ける。聞こえて来たのは、気の抜けそうなぐらい暢気な声だった。
「一つ言い忘れていた事があってね」
「何か?」
昼間あんだけ時間かけといて、まだあるのか。渋々起き上がった俺は、博士の言葉に耳を疑った。少し前まで博士の部屋だったっていうこの部屋には、ターミナルが設置されてない。けど、支部長は一週間以内に設置するって言ってた。それを情報管理に使うなってのは――。
「そこまで信用出来ないのかよ、極東支部ってのは」
「どうかな。それは君達自身で確かめてみると良い」
だけど自分はそうしなかったって言うコイツは、かなり深いトコまで知ってんじゃないか?極東支部の事も、支部長の事も、エイジス計画の事も。もしかしたら、裏で一枚噛んでるのかもしれない。ちょっとばかし極端な考えを腹に呑み込んで気の無い返事をした俺に、博士は言う。
「こちらとしても、興味深い観察対象に何かあっては困るんだ。それに、」
君達の保護者は、とても怖いからね。目の前に迫って来た顔から仰け反りながら見た博士の目は、昼間みたいに笑っちゃいない。相変わらず線目のままだったけど……その奥で、得体の知れない何かが光ったような気がした。
俺達の事を興味深い観察対象≠ネんて言うぐらいだ。博士の事も、簡単に信用しない方が良いのかもしれないな。
暗くなった部屋で天井を見ながら呟いた俺に、はただそうかもね≠チて答える。本部からの長旅ってだけでも疲れてるのに、最後の最後までスンナリ終わらなかったんだ。直ぐに聞こえて来た寝息を子守唄代わりに目を閉じれば、あれこれ考えてる時間はそう長く続かなかった。

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Ragnarok、先ずはリンドウから。因みにツバキは引退少し前の設定。
橘朋美
FileNo.101 2013/9/9 |