Ragnarok
002



共有ターミナルでノルンを開き、フィールドマップを確認しながらダウンロードする。中二階のような構造になっているエントランスは静かなもので、階段を降りる足音がやけに響くような気がした。

そういえば……リンドウは他のメンバーに紹介すると言っていたけれど、正確な時間は聞いていなかった気がする。辺りを見渡しても、エントランスには誰も――正確にはヒバリとよろず屋の二人以外の人間、つまり神機使いの姿は一つも見当たらない。

「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」

「おはよう。今アサインされてる任務は?」

まだ朝早いとはいえ、外は疾っくに明るくなっている。マーシュでは、きっと何人もの神機使い達が出撃準備をしている頃だろう。そんな事を思いながら尋ねれば、彼女は少しお待ち下さいと言ってディスプレイと向かい合ったのだけれど――。

「おはようヒバリちゃん!」

エレベーターの扉が開く音と同時に騒々しく現れた男が、数歩で階段を飛び降りて駆け寄ったその瞬間――困ったような顔で口を開いた。

「おはようございます、タツミさん。すみませんが、今こちらのお二人に…」

「良いって良いって!朝メシ前にヒバリちゃんの顔見に来たんだから、」

どこにでも、この手の人間は居るんだな。と、捲し立てる男を余所に視線で会話する。呆れ半分で地声の大きな男の背中と彼女の仕事振りを見ていた私達に声が掛かったのは、その少し後。

「そういえば、見た事無い顔だな」

まるで今気が付いたかのようにしてあんたら誰なんだ?≠ニ続ける男は、思ったより軽佻浮薄ではないらしい。第二部隊――という事は、内部防衛班だろうか?その部隊長で大森タツミだという自己紹介は滑舌が良く、何かあれば声を掛けてくれと差し出された手は力強い。そして、年上だと聞いて驚いたのは私達だけじゃなかった。

「だから任期は未定なの」

「一応、新型が見付かるまでは緊急討伐優先で動く事になってる」

「へえ、若いのに大したもんだな」

「お待たせしました。緊急の討伐依頼はありませんので、」

こちらから選んで下さい。とカウンター側に向けられた画面一杯にズラリと並ぶ任務の数は、本部とそれほど変わらない多さだ。流石は世界屈指の激戦区、と妙な感心をしながら目を通す。

「ふーん、結構厄介そうなのもあるな。どうする?」

「現地の確認が優先。討伐対象は小型じゃなければ良いでしょ?」

極東には特有種が無いと聞いていたし、今のところ必要な素材も無い。何より、昨日のように不安要素を抱えたまま出撃するのは避けたいというのが本音だ。ついさっき確認したばかりの地図を思い浮かべ、複雑だと思ったフィールドに限定して整理すれば、それほど悩む必要も無くなると思ったんだけれど。

「意外と多いね」

「単体討伐も無いみたいだな」

煉獄の地下街、贖罪の街、鎮魂の廃寺。三つのフィールドに絞った任務は、それでも画面の半分以上を占めていた。少し考えて選んだのは、テスカと堕天クアドの複数同時討伐だ。小型の目撃情報は無いようだし、この二体なら装備さえ整えて行けば何の問題も無いだろう。けれど、ヒバリの言葉でその考えが甘かったと知った。

「あの、お二人とも――現地までの道をご存じなんですか?」

「えっ?あ、そうか」

「あー……地図とか無い?」

彼女は申し訳無さそうに謝るけれど、地図など当てにならないのが今の世の中だ。そう。本部に居た頃なら、遠方でなければ私達だって送迎されていたわけじゃない。それは極東でも同じで、土地勘の無い私達だけで出撃すれば、無事に現地へ辿り着くのはいつになるやら……。

「初めての場所じゃ不安だろう、良ければ俺が同行するぜ?」

「どうした、タツミ。ん?見ねえ顔だな。けど、新兵って面構えでもねえ」

出来れば受けたくない申し出を、どう断ろうかと目を見合わせた時。後ろから随分と野太い声が聞こえて、思わず振り返る。そこに居たのは、腕輪を封印された――お爺さん、……と呼ぶには失礼かもしれない風情の男性だった。

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ちょっとしたトラブルはあったが、まあ大した事じゃなかったし、結果オーライってトコか。鎮魂の廃寺っていうそれなりに入り組んで狭いフィールドは、複数のクアド神属と同時に戦うには向かなかった。大したスペースも無いのに獣道で簡単合流されて、デカい身体で邪魔されりゃもう一方の動きなんざ殆ど見えやしねー。それでも、数をこなす内に慣れるだろう。オペセンから呼び出しがあったのは、そんな事を話してた時だった。

「こちらスーリヤ」

「スーリヤさん!チャンドラさんも近くに居ますか?!」

「前で運転してるけど、何か?」

「えっ…?じゃあ、まだ任務は始まっていなかったんですか?」

ヒバリの慌てっぷりからすりゃ、ちょっとしたトラブルに気付いて連絡して来たってトコだろうな。が帰投中だって答えたら驚いたみたいで、とにかく無事で良かったとか何とか?最後に戻ったら博士の研究室に行けって言って、通信は切れた。

「その名前……お前達、極東のもんじゃなかったのか」

「ん?ああ。親も生まれも極東らしいけど、こないだまで旧北欧に居た」

「北欧?って事は、本部の人間だったのか」

「今でもそうだし、何れ本部へ帰るけれど……それが何か?」

「いや――聞き覚えのある名前だと思ってな」

来る時より張りの無い声になったおっさんが、その時どんな顔をしてたのか。運転してた俺にも、後ろに座ってたにも判らなかった。けど、あんまり良い顔はしてなかったんだろう。それからずっと、アナグラに着くまでダンマリだったんだ。それぐらいの見当は付いた。

「助かったぜ、爺さん」

「ありがとう、Mr.百田」

「百田ゲンだ、みんなゲンさんって呼ぶ。良いかお前達、早死にするような神機使いにゃなるなよ」

俺は、笑って聞いてやろうと思った。神機使いは、どれだけ生きれば長生きなんだ?って。けど、聞く前にゲンさんは背中を向けた。現役時代は鬼だとか呼ばれてたっていうし、かなりの修羅場を潜って来たからこその言葉なのかもしれないな。

そんな考えを口に出す気にもなれないままエントランスに戻れば、正面のソファで待ち構えてたらしいリンドウの横には黒髪の美人が二人。一人はあの作戦でリーダーだったヤツだ。けど、もう一人は初めて見る。他の奴等に紹介するとか言ってたが、この二人だけなのか?そう聞いた俺に答えたのは、ツバキだった。

「いや。もう一人いるんだが、既に出撃してしまってな」

「もう一人って……それで全員なの?」

「ああ、そうだ。取り敢えず自己紹介をしておこう」

第一部隊のリーダーを務めている雨宮ツバキだ、宜しく頼む。その声を聞きながら、顔を見合わせた。激戦区の討伐班がたった四人だなんて冗談だろ?って。確かに極東は小さな島だが、それにしても少な過ぎる。

「橘サクヤ、衛生兵よ。宜しくね」

言いながら笑ったヤツは俺達と同じ年で、最近曹長になったらしい。切り揃えられた真っ直ぐな黒髪と、色っぽい服が印象的な女だ。俺はもう済んでるから良いだろ?って言ったリンドウは、後は会った時に紹介してやるっつって。

「で、今日の予定は?」

「この後、調査班に同行を頼まれてるの」

「あー悪ぃ、俺ら榊のおっさんに呼ばれてんだ」

「私達に構わなくて良いから、そっちもいつも通りにどうぞ?」

「そういうわけにも行かないだろう」

右も左も判らないような人間を外に放り出すような真似は出来ない、とか。個人の力量を把握しておくのもリーダーの務めだ、とか。とにかく親切なのか厳しいのか判らないツバキの一声で、昼飯が終わるまでの自由行動が決まった。つっても、俺らが自由に動ける時間なんて殆ど消えちまったんだけどな。

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「うーん……可笑しいねえ」

この人は、いつも同じ表情をしているのかもしれない。眼鏡の奥から視線を上げた博士を見て、そんな事を思った。そして博士は、私達の顔を交互に見ながら言葉を続ける。

「異常が見当たらないんだよ。どちらにも、どこにもね」

そんな筈は無い。確かにあの時、フィールドマップにはアラガミの位置どころか私達の現在地ですら映し出されなかったのだから。それだけじゃない。その事について聞こうとオペセンに連絡しようとしても、雑音以外の何も――少なくとも、人の声らしきものは何も聞こえなかった。

「んじゃ、電波障害か?」

「いや、それもどうかな。そういった報告は受けていないんだ」

鎮魂の廃寺辺りで突然ビーコン反応の消えた私達を心配したヒバリは、何度も連絡を取ろうとしたらしい。けれど何の応答も無く、十数分後になって漸く繋がった通信。そして、再び現れたビーコン反応。凡そでしかないけれど、任務開始頃から任務終了後までの短時間だけ、私達は全ての通信を受けられず、送る事も出来なかったというわけだ。

「じゃあ、どうして?」

「――――判らない。とにかくヒバリ君にも伝えておくから、」

今度同じ状況になった時は、出来るだけ他の人に知られないように。それと、戻ったら直ぐここに来てくれ。そう言った博士の顔は、この部屋に来た時より――ほんの少しだけ、引き締まっているようにも見えた。

研究室で時間を取られた私達は、昼食後という曖昧な時間を待ち合わせに設定された以上あまりのんびりしている暇は無いと思い、その足で食堂へ。マーシュとそれほど変わらない光景に紛れてランチプレートにフォークを伸ばせば、チラホラと聞こえて来る興味本位の会話。

「ほら、あの二人。本部から出向して来たらしいぜ?」

「すごいソックリー。双子なのかな?」

「あの人格好良いよね〜。彼女居るのかなあ?」

「さあな。つーかオレだってイケてるだろう?」

罪の無い噂話と明るい笑い声に耳を擽られていると、ふと差した人影が一つ。相席を尋ねるでもなく、当然のような顔で正面に座ったのはリンドウだ。その横でが任務だったのかと口を開くと、ああ、と一言。

「ツバキは?」

「任務報告を済ませたら来るとさ。ところで…」

不自然に潜めた声で伝えられたのは、短く断定的な言葉だった。今夜お前達の部屋に行く、詳しい事はその時な。恐らく、それまで大人しくしていろという事なのだろう。特に返事をするでもなく、私達は立ち上がった。

「んじゃ、エントランスでな」

「お先に」

改めて釘を刺されなくとも、まだ動くつもりは無かった。充分な情報を持っていない私達は、何をどこから調べるのか見当すら付かない状態だ。実際に動くのは、情報を得て、その相手が信用に値するかを見極めた後。極東へ来る途中で、とそう決めていたのだから。

そして、その日の午後。改めて顔を合わせたツバキは、任務内容に希望があれば聞くと言った。特に無いと答えた私、挑戦的とも言える要望を口にした。それはリンドウの態度からツバキにも用心していたのかもしれないし、意趣返しのつもりだったのかもしれない。少なくとも、100%言葉通りのものではなかった。

「アンタにアサインされてる任務でも今の面子じゃ難しいと思うヤツ。こっちとしても、アンタらの実力ぐらい知っときたいし」

その言葉にそれもそうだな≠ニ妙に納得したように頷いたツバキは、コンゴウ神属四体の同時討伐を選んだ。

「現状では難しいと思っていた任務だが、お前達が加われば事足りるだろう。準備を怠るなよ」

そう言われてパーツ変更を依頼している私達を、二人は物珍しげに眺めていた。本部でも一握りだったけれど、パーツ変更の可能な神機使いが極東には居ないらしい。便利なもんだなあ≠ニ感心したように言うリンドウとは裏腹に、ツバキは討伐対象の特性は把握しているようだな≠ニ小さな声で呟く。その時、私は思った。この二人が揃っているなら、内偵も難しくないんじゃないだろうか?と。

「――うむ。このレベルなら問題にならんな」

「流石に苦労するかと思ったんだが…、大したもんだ」

朝と同じフィールド、鎮魂の廃寺で特に感情を出さずに淡々と言うツバキ。その横で、言葉に多少の驚きを含ませたリンドウ。そして二人の正面に立つ私達の周囲には、さっきまで派手に動き回っていた塊が四つ転がっている。

ノーマル種と堕天種が各一体、接触禁忌種が二体。中尉であるツバキにアサインされる任務だけの事はあったけれど、誰一人リンクエイドが必要になる場面は無く、トランス化もせずに済んだ。結果は上々だろう。少なくとも、私はそう思っていた。

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それまで物珍しそうに眺めてただけの奴等が何人か話しかけて来て、やたら長引いた夕飯の後。部屋に来ても中々話し始めなかったリンドウは、唸ったり頭を掻いたり上を見たり。明日も早いんだけど?っての言葉で漸く本題に入れたと思ったんだけどな。

「はあ?――本気か?」

「ああ本気だ」

他の奴等の手は一切借りない――っつったら極端かもしれないが、とにかくリンドウはそんな感じの事を言って、同じ部隊の仲間や直属の上官であるツバキの力すら借りないのか?って聞いたを睨んで答えたんだ。

「半月もすれば、姉上は引退して教官になる。それに――秘密を知る人間ってのは少ない方が良いだろ?」

けどまあ俺達はその程度で怯むようなタイプじゃないし、引っ掛かる事があれば放っとくワケにも行かない。こっちもそれなりに危ない橋を渡ろうとしてんだ。相手を試すぐらいの事、しても良いだろう?

「どうして?」

「どうしても、だ」

ツバキはリンドウと違ってやり口がストレートで裏の無いタイプだ。引退しても教官職に就くなら、その力は当てに出来る。それに、残りの討伐班は高が二人だ。そいつらにも教えられないって事は――。

「ふーん、アンタが信用してるのは榊のおっさんだけってワケ?」

「信用するしないじゃなくてだな、」

「博士はともかく、仲間に害が及んで欲しくないから?」

「あー、それも違うな。あの人は、」

俺の言葉を否定しなかったら、俺達はリンドウを信用出来なかっただろうな。の言葉を肯定したとしても同じだ。一番近くに居る仲間すら信用出来ないんじゃ部外者を信用するなんて無理だろうし、自分の都合だけで使えそうな人間を巻き込むようなヤツと協力するなんて御免だ。だけど……。

「疑惑の考証と真相の解明、それに最低限の裏付けが必要でしょう?お互い、利用出来る所は利用して役目を果たせば良い」

「ま、取り敢えず賛成してやるよ。所属支部が睨まれるのは後々キツイだろうし、被害は最小限に抑えたいってのも解らなくはないしな」

別にコイツの全部を知る必要は無いんだし、本音を吐くつもりがないってんなら無理に聞くつもりも無い。協力はする。けど、必要以上に関わらなくても良い。暗にそう言った俺達に、リンドウは参ったな≠チつって頭を掻いただけだった。



     

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ここんトコ、引継ぎの為に体験版三昧の日々です。

そういえば、色々と動画を見ててコウタの台詞とリンドウの動向で思った。バーストの主人公がアラガミ化しちゃってリンドウがそれを追ってる?!≠ワさか…ね〜ぇ?





橘朋美







FileNo.102 2013/10/21