Apocalypse
017



聞こえたのは苦しそうな呻き声だった。聞き覚えのある声を聞いて、こっちに向かって頭を上げたヤツを見て、俺は立ち尽くす。

「っぐ?!――ああ。なんだ、そうか。はは、君だったのか」

と分かれた後、I地点の通路でスレイプニルの影を捉えた俺は、比較的柔らかい胴体を狙って初弾を撃った。暢気に辺りを見回してるヤツ相手に、どれだけ離れてたって外すワケがない。着弾した瞬間、いつもみたいに前足を上げて吠えると思ってた。その隙に撃てるだけ撃って、ヤツが攻撃態勢に入る時を狙って距離を詰めるつもりだったのに――。

「――――マジ、かよ…」

「夢や冗談なら良かったんだけど。目の前に居るのが何なのか、オレが誰なのかなんて……聞かなくても判ってるだろう?」

数も質も、これまで半端無い任務をこなして来た。倒したアラガミの数なんざ疾っくに忘れた。経験を積んで、実力を付けて、どんな難しい任務でも成功させて来た。けど、こんな状況に立たされた事は一度も無かった。

「部隊長に任命されてから――極秘任務の事を聞いてから、ずっと願っていたよ。特殊班に介錯を依頼する事なんて無ければ良い。そんな事態にならなければ良い、ってね。でも、まさか自分が介錯される側になるなんて……。それにしても、ここに君が来るなんて本当に驚いた」

「――んで、」

「うん?」

「何でアンタが居んだよ!アラガミになっちまった筈のアンタが!!」

相変わらずのお喋りがヤケに響いて、やり切れなかった。スレイプニルの身体に磔にされてるだけなら、まだ助けられるかもしれない。それがどんだけ難しくても、助けてみせる。けど、咽喉元にある顔は、上の方から視線だけで俺を見てる。レリーフみたいになってる身体は端の方が黒ずんでて、アラガミの身体と融合してるような状態だ。

「何で――だろうね。どうして未だに死んでいないのか、どうして未だに意識があるのか、どうしてこんな事になったのか……。それはオレにも判らないけど、お蔭で良い事もあった」

良い事?何が良い事なんだよ?!アンタはここで俺に殺される。俺はその為にここへ来たんだ。アラガミ化したヤツが意識だけじゃなく身体も残ったまま存在してるなんて事、一度も無かった。俺が躊躇う事も無かった。なのに、この状態で一体どこが良い事だってんだ?!

そう言ってやるつもりだった。けど、顔を上げて睨み付けた瞬間――アレクが笑ってた。いつもより弱々しい感じだけど、満足そうに笑ってたんだ。

「嫌ぁああっ!!」

「…チッ!」

自分の事でイッパイイッパイだった俺は、盛大に舌打ちした。こっちがこんな状態なんだ。だって同じ目に遭ってる可能性がデカいって事に今更気が付いて、悲鳴のした方を振り返る。

「今のは――スーリヤもここに?」

「ああそうだ。俺達二人がアンタ等を…」

「なら、今の悲鳴は…まずい!」

「あっ、おい!!」

いきなり走り出したアレクのスピードはスレイプニルそのもので、やっと追い付いた時になって、俺はまた舌打ちした。

最悪だ。

神機を構えたままボロボロ泣いてると、デカい図体でそれを見下ろしてるニーズヘッグ。スレイプニルの前足が地面に押さえ付けてるのはファフニールだ。どいつもこいつも、見覚えのあるツラ晒しやがって!

「――――殺せない」

「殺せっつってんだ!」

ジューザの下半身とライアンの肩より下は、黒ずんでアレクと同じ状態になってる。それが何を意味してるのか、ここで何があったのか。この状況を見れば、大体の事は見当が付いた。

「よーチャンドラ。やっぱお前も来てたか」

「――。みんな、ッ!ねぇ、どうして…」

「さぁな。けど、お前も判ってんだろ?」

徐々に進行するアラガミ化は、体内だけじゃなく肉体そのものも同じだって事か。オラクル細胞に侵された人体は一定のキャパを超える事でアラガミになるもんだと思ってたが、そうじゃない。コイツ等みたいに少しずつ、オラクル細胞に侵喰されて――最終的に完全なアラガミになるってワケだ。これまで俺達が倒して来たのは、その完全にアラガミ化した$_機使いだけだったって事なんだろう。

「でも……みんな、」

「でもじゃねえ!!」

こんな風にに怒鳴ったのは、初めてだった。さっきまでの俺と同じか、それ以上に動揺してる。このままじゃ、任務は失敗する。失敗したら、その後コイツ等は――完全にアラガミ化しちまう。

「なあ、頼むから…殺してくれよ」

「あー、出来ればサクッと一撃で頼むぜ〜?」

絞り出すようなライアンの声と、いつもみたいに緊張感の欠片も無いジューザの声で、俺達は顔を見合わせた。人としての意識や身体が残っている状態で、苦しませずに殺す方法なんて知らない。俺達はいつも、倒したアラガミのコアを摘出して神機で粉々に砕いてたんだから。

「…、仲間なのに。みんなまだ、生きてるのに…」

「仲間だからこそ、頼まれてくれないか?」

「惨めなんだぜ〜?これでも」

「オレは……、オレのまま死にたいんだ!!」

「…………良いぜ。アンタ等全員、殺してやる」

?!」

全員の目がこっちを向いた。全部が人の目だ。ここで失敗すれば、コイツ等は近い内にアラガミとして人や街を襲う。もしその時、まだコイツ等の意識が残ってたら。その後で正気に戻ったとしたら、どうなる?

自分が守って来たものを自分を制御出来ないまま壊して、殺して、喰らうなんて――最悪だ。が無理だってんなら、俺が全員殺してやる。じゃなきゃコイツ等、殺されるよりキツイ思いしなきゃならねえんだ。

「けどな、一撃で楽に死なせてやれる保証は無い」

ッ!!」

「二人とも…、提案があるんだ」

「は?何だよ今更」

「何でも良いから言って!」

これ以上考えるのは止めだ。頭ん中を切り替えて淡々と事実を口にした俺の耳を、の悲鳴みたいな声がつんざいた。アレクの提案≠チて言葉に希望を見付けたんだろう。目を輝かせて顔を上げる。けど、それは直ぐ……絶望のドン底に突き落とされたような顔に変わってった。

「オレ達も、ただ手を拱いていただけじゃない。人である内に死ぬのならリンクエイド出来ない状態になれば良いと思って、自分達でケリを着けようと色々試したよ。だけど、どうしても――どうやっても死ねなかった」

意味が解らなかった。頭か心臓が潰れちまえば、どうやったって助からない。だから絶対に頭と心臓だけは守れ、って昔から言われてた。それが、どうやっても死ねないなんて事あるのか?

「多分、拒絶反応みたいなものなんだろうね。何故か頭と心臓だけは正確に狙えないんだ。傷付ける事は出来ても、自我を失いかけて暴れても、どうしてか――浅い傷ばかりが増えたよ」

吐き気がしそうだった。自分達の置かれた状況を知ってて、正気のままで、仲間同士で殺し合う。そこまでしても駄目なのか?

「その内、三人ともアラガミ化の速度が違うって事に気付いたんだ。多分、歳か適合率の高さが関係してるんだと思うけど…っと、そんな事は関係無かったな。とにかく、アラガミ化が進行すればするほど自我を保てなくなる時間が増えて――そんな時に調査班のチームと鉢合わせたんだ」

その時、アレクとジューザは戦闘を避けて獣道で逃げようとしたらしい。けど、ライアンは正気じゃなかった。調査班のヤツに背中から近付いたトコを、後ろから撃たれて――。

「確かに心臓を撃ち抜かれて、意識も呼吸も無い状態だった。でも、直ぐに腰から胸までが一気に黒ずんで行って――最終的に今みたいな状態で目を覚ましたんだ」

「っその傷、どうして…」

スッとずらされた前足の下にあったのは、爛れた銃痕だった。苦笑いしただけのアレクは解ってても、は解らない。もしかしたら、認めたくないから解らないままでいるのかもしれない。

俺でもよく見なきゃ判らないぐらいの傷跡は、幾つもある。黒蜥蜴の鱗に紛れて、幾つもだ。けど……後ろから心臓を撃ち抜かれてるその傷だけが、生々しいまま残ってた。

本来なら傷付く筈の無い味方の銃撃が効くって事は…、それがついさっき撃たれたような状態で残ってるって事は…、神機使いの特徴もアラガミの再生能力も、今は充分に働いてないって事だろう。

「ライアンが傷を負ってから何日も経つのに、ずっとこのままなんだ。だから――、神機を使えば…、オレ達は…………きっと死ねる」

そんなの聞かなくたって解ってんだよ!確実に殺す方法なら俺達だって知ってんだ!!そう言って、少しは気が楽になるんだったら。こんな感情、消えてくれるんだったら。そんな気持ちを押し殺して、口を開く。

「だから神機でトドメ刺してくれってのか?」

「ッハハ、そっちの方は必要無いんじゃねーの?何でか知んないけどスーリヤはライアンの神機振り回してるし、何に使うつもりか知らねーけど俺等の神機全部揃ってるぐらいだしな?」

「ッ、これは――」

流石は第一部隊の中堅偵察兵ってトコか。暗にそれだけじゃ失敗する可能性がある≠チて言ってるジューザの言葉をストレートに受け取ったらしいは、俯いて腕を下ろしちまった。やっぱり…と思った。でも、それじゃダメだとも思った。

「良いんだスーリヤ。オレも、チャンドラの背負ってる神機に気付かなかったわけじゃないんだ。驚きはしたけど、妙に納得もしたよ。君達が特殊班に所属していたのも、色々と秘密が多かったのも、多分その所為だったんだろうな」

「ならこれ以上、提案も何も…」

「確実に――この場で完全に終わらせて欲しいんだ」

「永遠に地べた這いずり回るなんて御免だからなー」

「殺してくれよ、神機で…首刎ねられりゃ確実だろ?」

俺の言葉を遮ったアレクの表情は、これまで見た事無いぐらいに真剣だった。おどけた口調と裏腹に、ジューザは悲しい目をしてた。顔を上げないままのライアンの声は、泣き喚いてる子供みたいに切実だった。その気持ちが――少なくとも俺には解るし、だって解らない筈ないだろう?!



自分が自分でなくなる前に。

大事なものを壊すより先に。



「首、を……?」

「良いぜ、文句の付けようが無いってぐらい完璧に終わらせてやるよ」

「ああ、頼むよ」

「言ってくれるね〜」

「アンタ等に任せる」

穏やかな返事は、疾っくに覚悟が出来てるコイツ等の本音だろう。それを聞いたは、また涙を流す。追い詰めたいワケじゃない。苦しませたいワケじゃない。それでも俺は、言うしかない。

――お前、俺の時にもそうやって泣くのか?」

「…っ!」

「もしそうなら、今直ぐマーシュに戻れ。ここは俺がやる」

「そんな事、」

「ついでに、戻ったら俺が帰投するまでに引退願い出しとけ」

一瞬遅れて息を呑んだが、腕で乱暴に顔を拭う。戻らない≠チて言いながらこっちを向いた時、もうそこに泣き顔は無かった。

∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

仲間である彼等の首を刎ねる。漸く決意した頃には、作戦開始から10分近くが経過していた。全てが決まったのは、更に数分後。地上の倍近い気温と湿度を保つフィールドで、私達に残された時間は15分あまり。

そうと決まれば早い方が良い。そう言ったのはアレクだ。こんなトコに長く居りゃ消耗するだけだしな。そう言ったのはジューザで。オレ等いつまでもつか判んねえし。そう言ったのはライアンだった。誰からだ?そう聞いたに答えず立ち上がったのは、一人だけ。

「なあ……一つだけ、聞いてくれよ」

A地点で一人ずつと決めた今、ここには私達三人しか居なかった。足を止めて振り向いたライアンは、顔を上げないまま言葉を続ける。何を言われようと堪えなければと歯を食い縛って、神機を握る手に力を込めた。

「自分の所為で死んだとか、自分が殺したとか思うなよな。アンタ達には…昔のオレみたいになってほしくねえから」

エイラやマックスが故郷や家族の話をしていたのは、彼等が入隊してからまだ間もない頃だった。その時ライアンは、自分を庇った所為で親兄弟は全員死んだ。自分が殺したのと同じだと、辛そうに言っていた。それは間違っていると思ったけれど、私達の場合は別だ。あの時トランス化異常を起こしていなければ、あれほどの被害は出なかった。外で戦っていた神機使い達は、廃墟で戦っている彼等を助ける事が出来た筈だ。それに何より――私達は、今から実際に……この手で彼を殺すのだから。

「……Get ready」

「約束しろよ。ぜってーだぞ?」

「――Yes.Lady」

なのにどうして、そんな都合の良い約束が出来るだろう。私もも、返事を出来ないまま神機を構える。Go≠ニいう一言を口に出来ないまま、ライアンは返事を催促しないまま。暑さで滲んでいた汗が一粒、頬を伝って地面に落ちた。

「こっから出たら、ぜってー約束守れよな」

その時になって顔を上げたライアンは、今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。背後で構えているの表情は見えないけれどああ≠ニいう消え入りそうな短い声が聞こえて、私はただ小さく頷いた。その時落ちたのは汗だったと、ライアンが思ってくれていたなら良い。

「…ッ、Go!!」

笑みを深めて涙を零したライアンの首を斬り付ける。直後に噴き出した赤い液体は、間違い無く彼の血だ。ゴツリと鈍い衝撃は、斬る事の出来ない人の骨で神機が止まった事実だ。刎ねる事の出来なかった首、撃ち抜く事の出来た心臓、ドサリと倒れた黒い身体。

「時間が無いんだ、急ぐぞ」

その声で再び神機を構え、コアを摘出する。背後から貫かれた心臓付近から取り出したそのコアは赤みが強く、彼が彼のまま死んだ事を証明しているようだと思った。地面に置いたそれを神機で叩き割れば、いつもの様に粉々に砕けた後、欠片も残さず消えて行く。

これで良かったんだ。こうするのが最善だったんだ。それを彼等も望んだんだ。心の中で、何度も何度も繰り返す。消えない痛みを和らげる為に、消え行く身体に背を向けて。


ゴトリ


鈍い音に振り返ると、腕輪だけがその場に転がっていた。遺体どころか、恐らく髪の一筋すら残さず逝ってしまったのだろう。拾い上げた腕輪にベルトを通し、腰に括り付ける。これがライアンの生きていた最後の証だと思うと、無性に悲しかった。

∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

血塗れのを目にしたアレクセイは悲しげに目を細めたが、己も彼女に同じ事を強いるのだと思えば、言葉を紡ぎ出す事が出来ずに口を引き結んだ。が、ジューザは違った。

「んじゃ、次は俺だな」

殺気立ったの様子にすら頓着せず、いつもの如く口を開き、いつもの如くニヤリと笑う。その様子を見て苦笑したアレクセイに、まるでまた後でな≠ニでも言うようにして笑い、地面を這い進む。

「ほら行くぜー?モタモタしてたら日が暮れちまうって」

そう言いながら、ズルリ、ズルリ、先へ先へと這って行く。大きな身体を追い掛けて目的の場所へと辿り着いた二人は、その姿を見て息を呑んだ。地面に擦り付けるようにして下げられ、反らされた咽喉は、常日頃と変わらぬ位置にジューザの身体を差し出していた。

「おーいビビッてんじゃね〜よ。サッサと頼むぜ?」

呆れたような言葉を耳にし、二人はそれぞれの得物を手に最適な位置を取った。作戦開始から30分が経過すれば、その瞬間この任務は失敗と見做され緊急撤退命令が下るのだ。そうなれば、アラガミ化した彼等を野に放つ事になるのは瞭然だった。それを重々承知している二人は、急がなければ…と神機を構える。

「……Get ready」

「あー、そうだ。俺の部屋にある酒、お前等にやるから持ってけよ」

「――Yes.Lady」

剣形態でライアンの神機を構えたは先程のような事をまた言われるのでは?と肩を揺らし、ジューザのアサルトで狙いを定めていたは身動ぎもせず形見分けのつもりかよ?!≠ニ内心で毒づいた。

「良い酒なんだぜ?アレクと、ライアンと――お前等の誕生日に…、みんなで飲む予定だった。一緒に……味わって飲めよ?」

の合図が殊更大きく響いたのは、その直後。最期まで人をからかうように笑って言ったジューザは、最後の最後に涙を流して逝った。家族の温もりを知らずに育った男が遅くに知った仲間の温かさは、彼にとってたった一つの守りたいものだったのだ。一緒に飲みたかった≠ネどと、この期に及んで言える筈もなかった。

∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

ライアンの首も、ジューザの首も、途中までしか斬れなかった。首を刎ねるのと同時に心臓も撃つっていうアレクの提案は、正解だったってワケか。だったら――俺一人で充分だ。

、お前ここで待ってろ」

「何かあったのか?」

アレクの前では言いたくなかったけど、今のアレクに聞かれないように言う方法は無かった。首を落とせない以上、は居ても居なくても同じだ。多分、さっきも気付いた筈なのに。一番アラガミ化の遅いアレクの首が、切れる筈ないって判ってるだろうに。

「――嫌」

「何があったのか知らないけど…、無理はしないでくれ」

アンタがそれを言うのかよ?!神機じゃ人間の首は斬り落とせねえ。ライアンもジューザも、首だけなら失敗だったんだ!!そう言ってやったら、多分アレクも俺だけで充分だって言うだろう。そうすれば、を諦めさせる事が出来るかもしれない。そう思わなかったワケじゃないけど、その可能性はフォルセが言う501ってトコだろう。挑みかかる様な目を見て、静かだけど揺るぎ無い返事を聞いたら、もう俺が諦めるしかないって判った。

先に立って歩き出したアレクがいきなり喋り出したのは、俺達がその背中を追う為に一歩踏み出した時だった。

「オレは、本当に良かったと思ってる。こうなってから、色々な事を考えたよ。普段は考えなかったような事も含めて、色々な事を。その中に一つだけ心残りがあったんだけど、それも運良く片付けられそうだ」

「…それ、」

「やめろ、…」

何が自分を責めるな≠セ。俺達が罪悪感の欠片も無くお前を殺せたと思うか?何が一緒に味わって飲め≠セよ。18になったら飲ませてやるとか言って何度も俺達をからかってたクセに最期まで捻くれた事言ってんじゃねーよ。

もう充分だ。もうこれ以上、余計な物を背負いたくない。そう思って何が悪いってんだ。死んで行くヤツの言葉は、生き残るヤツの枷になる。自分からそれを増やして、一体何になるっていうんだよ?苦しむだけじゃねえか!なのには退こうとしない。

「私達が出来るような事?」

「やめろよっ!!」

「私に出来る事?」

大声で叫んでも、退いてくれない。オマケに前を歩いてるアレクからああ≠チて返事が返って来て、とうとう俺はブチ切れた。

「アレク!!……なあ、アンタまで俺達に枷を付けるのか?俺達が…、平気でこんな事してるとでも思ってんのか?!俺はまだ良いさ。アンタが神機使いになったのは俺が余計な事を言った所為だからな。けど!」

「違うよ、そうじゃない。言っただろう?お蔭で良い事もあった、って。オレは、君達にお礼を言えなかった事だけが心残りだった。勘違いしないでくれチャンドラ。オレは君の言葉の所為でゴッドイーターになったなんて思った事は無い」

大した距離でもない道は、疾っくに歩き切ってた。前を向いたまま止まってたアレクが振り返ったのは、その時だ。

「君の言葉のお蔭で、諦める事から抜け出せたんだ。これ以上は無理だ、これ以上は無駄だって思った時点で諦めて、仕方が無いんだって自分を納得させてた。他に方法があるのか考えもしなかったオレを変えたのは、君の言葉だ。君は覚えてないかもしれないけど」

懐かしそうに笑うアレクが言ってる事の意味が、イマイチ判らない。やっぱり覚えてないよな?って苦笑いするアレクの前で、俺達は顔を見合わせてからゆっくり視線を戻した。

「アンタの仕事は俺達をE‐3に連れてく事じゃなかったのか?≠チて言われた時、ハッとしたよ。こんな年下の子達が自分達の出来る事をしようとしてるのに、オレは何もしようとしてなかったなんて…って」

三年前の、連合軍アラガミ殲滅作戦の時の事だってのは判ってた。けど、こうやって聞かされても――ハッキリ思い出せない。多分、作戦の予定が狂ってモタモタしてた時の事だろうけど。あの時俺は、軍人ってのは上からの指示が無いと何も出来ないヤツばかりなのか?とか、モタモタしてたら全滅するって事ぐらい判んねぇのか?とか――腹ん中ではアレクを馬鹿にしてたのに。

「君達が可能性を示してくれた時、この機会を逃したらきっと一生後悔するって思った。だから、無理を承知で頼み込んだんだ。良い事ばかりだったとは言えないけど、ゴッドイーターになった事を後悔した事は無い。だから、ちゃんと言っておきたかった」

何でそんな事…、俺が何かしたワケじゃない。アンタが勝手に考えて、自分で何とかしただけだろ?言えるもんなら言いたい。けど、口を開けば叫びそうだ。喋り続けるアレクに頷けば、泣くのを堪えられなくなりそうだ。

「ありがとう。こんな風に生きられたのは、君達のお蔭だ。最後の最後に辛い思いをさせてしまうけど、後悔しないでくれ。オレだけじゃなく、ジューザもそう望んでる。ライアンだって、きっとそうだ」

「っ……努力は、する」

「はは、スーリヤは正直だな。――――泣かないでくれとは言えない。でも、泣くだけ泣いたら前を向いてくれ。時間が最高の薬になってくれる筈だ。いつか――今日の事を思い出しても、そんな顔をしないようになったら……、引退した後でも良い。もっとずっと年寄りになってからでも構わない。その時は、オレ達にも顔を見せに来てくれ」

人間は、死んだら消えるだけだ。死んじまえば、教えようがないだろ?この世界に神なんて居ないし、あの世なんて存在しない。居るのはカミって名前の付いた狂暴な生命体で、この世で足掻く事だけが、唯一俺達に出来る事なんだ。

携帯端末のタイマーが赤く、黒く、忙しなく点滅を繰り返す。そろそろ時間切れか。そう言って、アレクは無防備な身体を晒した。

「……Get ready」

「いつか、きっと来てくれ」

「――Yes.Lady」

「その時を、みんなで待ってる」

「Go!!」

思いっ切り息を吸い込んで、吐き出せるだけ吐き出す。コアを摘出してるを目にしたまま携帯端末を操作すれば、カインの声が届いた。

「チャンドラか?それともスーリヤか?――おい、何とか言え!怪我でもしたのか?!二人とも無事なのか?!」

「…………任務完了――ッ、帰投する」

震えた声が咽喉から上に刺激を呼ぶと、もう堪えられなかった。真上を見上げても視界が歪んで、汗だくになってる皮膚を滑ってく冷たさが二つ。

、――」

「もう…、良いよな?今だけだ。っここを、出るまで…ッ」

コアを砕き終わって歩いて来たに抱き締められた瞬間、俺は上を向いたまま目を閉じた。声を上げないのは、アイツ等に対する俺の意地だ。それに、俺が声を上げればも我慢出来なくなっちまう。

最後の腕輪が転がる音がして、ついさっきまでそこに居たアレクの言葉が頭の中に甦る。ああ、解ってる。ちゃんと解ってるよ。アンタ等との約束は、全部守るから。だから、今だけは――――許してくれ。

待機してたヘリから連絡が入るまでの数分、帰投ポイントへ向かう事もないまま。俺達は、ただ涙を零した。



     

************************************************************

事件の事は長くなるので番外編にでもしようかと。
それでも激長でスミマセヌ……この小節は途中で切りたくなかったので、ついつい。
国によって随分違うのでどうしようかと悩んだんですが、本部地区の飲酒制限年齢は18才という設定。当然の事ながら極東支部地区は20才で。





橘朋美







FileNo.017.5 2013/7/28