「そう。じゃあ――」
「ああ。あっちは暫く絶対安静だってさ」
あれから三日も経ってる。そう教えられて驚いた。あの時の妙な感覚を話して、ずっと上手く眠れないで何度も浅い眠りを繰り返していたような感じだと伝えて。フォルセにお説教されたり、テュスに色々聞かれたり。今は検査の結果を待っている。
その間に聞かされた情報は主にシュヴァルツのもので、それは少しだけ気分を軽くしてくれた。執刀医の言葉を借りれば、シュヴァルツは九死に一生を得たのだそうだ。幾つかの破損した内臓と失血量は一般人なら確実に死亡していたというが、肺を一つ失った以外に後遺症などの心配は無いらしい。引退せざるを得ない状況になってしまったとはいえ、退院後は訓練教官職を勧められているという。
「まあ、落ち着いたら顔出すんじゃないか?っと、来たみたいだな」
「どうぞ。――えっ?!どうしたの?」
軽いノックが聞こえて話を終わらせ、扉の向こうから現れたフォルセを迎え入れた。驚いたのは、その後ろにユーリの姿が続いていたから。本部長になってからは忙しくて滅多に会えないようになってしまったのに。だけど、それを久し振りだと喜ぶ前に、その表情が良くない状況を語っていると気付いてしまった。
「――――何か、あったんだね」
「何かって……何だよ、悪いトコでも見付かったのか?」
こんな時にいきなり現れたユーリがこんな風に黙っているという事は、それだけで事態の悪さが相当なものだという事だ。
「二人とも、よく聞いておくれ」
飽くまでも今の数値からの推測だという前置きで語られた検査結果は、思った通り良くないものだった。症状の厄介さも然る事ながら、それは私一人だけの問題では済まない。トランスと同じように恐らくにも症状が出るとだろうと言い対処法も同じだと話し終えたフォルセは、何か言いたげに私を見ていた。
「症状の出ている時に計測すれば、もっと数値が跳ね上がる?」
「そうだね、確実に上がると思うよ」
それまで何も言わずにいたユーリが口を開いたのは、その時だ。暗い表情と低い声だけじゃなく、悲壮感すら漂わせて。
「、。二人とも――、引退しろ」
「はあ?!何言ってんだよ。そんな事したら、」
大きな声を上げたのはだけで、フォルセは顔色一つ変えていない。多分、ここに来る前に聞いていたんだろう。私が驚かなかったのは、それが一番確実な対処法だと思ったから。
だけど、の言葉も理解出来る。今回のKIA者はレヌクだけじゃなかった。二人の新人は肘から先と下半身、プラス神機が発見されたらしい。救助に向かった第一部隊のチームリーダーは、部下達を逃がす為に自ら犠牲になったと聞いている。
そして、アレクと共に向かった中堅の二人とシュヴァルツは引退を余儀無くされる程の傷を負った。少し前に昇格した三人の新型は、既にそれぞれ希望した支部への転属が決定している。その上私達もとなれば、第一部隊の人員は四割に減ってしまう。それだけじゃない。部隊長とチームリーダーという、誰もが認める実力派。どこの班でも戦力の要となる中堅、即戦力として有用な新型全員を失うのだ。戦力として考えれば――それは私の自信過剰でも過大評価でもなく、三割か、それ以下。
「新型の三人は近い内に他へ配属されるだろうし、新米班はともかく討伐班の人員不足は深刻になるだろうねぇ」
「だろ?だったら、」
「それでもだ」
「……何でだよ。何でそんなに俺達を辞めさせたがってんだよ?!何かあったら立場がヤバいし邪魔だってのか?!」
「違う!!」
過度な興奮状態を避けるのならゴッドイーターを辞めれば良い。それは事実で、神機使いが不足しているのも事実で。だけど事実上、引退するのは不可能だと思っていた。
「やれやれ。二人とも、もっと落ち着いてくれ。話が進められないだろう?……さて。、何か言いたい事があるんじゃないかい?」
フォルセの口振りに渋々口を閉じた二人を交互に見ながら、私は口を開いた。私達が、今引退するのは不可能だと。
「あ……?ああ、そーか」
十年の任期を満たした者か、一定以上の功績を挙げた尉官。それが健常なゴッドイーターの引退条件だ。今の私達は新型として登録されてから一年にも満たないし、大型アラガミの討伐数は漸く三桁を超したばかり。どちらの条件にも当て嵌まらないのだから、引退なんて出来る筈が無い。
「そんな事はどうとでもなる。お前達がスーリヤとチャンドラだという記録は残っているんだからな」
「え――?」
「ああ、それは本当だよ。前本部長の残した書類や映像もあるし、全ての討伐記録も保存されているんだ」
「どういう事だよ……」
引退したいと思った事なんて無かった。寧ろ引退出来る筈が無いと思っていた。だけど、いきなりそれを突き付けられた。良く考えろと言って仕事に戻ったユーリと、聞きたい事があれば答えると言って腰を据えたフォルセ。混乱気味だった私達に翌日から一週間の休暇という猶予が与えられたのは、その深夜の事。
当然、休暇中は神機の使用を禁じられる。任務に出られなければ報告書の類が必要になるわけでもなく、突然やる事が無くなってしまった。代わりに、考える時間だけは嫌になるほど沢山あったけれど。
そして、答えを出せないまま明日が期限だという時になって――――ある事件が起きた。何人ものゴッドイーターが死に、私だけでなくもトランス異常を起こし、駆け付けたフォルセとロッソによって私達は拘束され、数日後。遅れに遅れた答えを告げた。
「本気か?!……それがどういう事なのか、」
「最悪の事態を覚悟の上で言っているのかい?」
ずっと悩んで、それでも出せなかった答え。それは、彼等に助けられた時に決まったのだと思う。それ以外は受け入れられないと思うほど強く、それが当然なのだと考える必要も無いくらいスムーズに。
「勿論。そうならないように、出来る努力はするよ」
「俺もだ。けど……それでもダメだったら、そん時は――」
人の三大欲求を完全にコントロールする。それを自分自身で完全に実現するのは不可能だけれど、ある程度なら可能だ。その時一番足りていない欲求を貪ろうとするのがトランス異常で、それが満たされないまま過ごせば狂暴性が増し――最悪の場合、オラクル細胞の暴走によってアラガミ化する可能性もあるというのならば。
「私がその場で あげるから」
殺して
「意地でも俺が やるからな」
私もも、何も考えずにいたわけじゃない。この時代に珍しく、食欲が満たされない事はまず無いのが私達ゴッドイーターだ。余程の事が無い限り、目の前にあるモノが何であろうと構わず喰らいたいという欲求に支配される事は無いだろう。それは恐らく最も簡単にコントロール出来る欲求で、逆に最も困難なのは――。
「だが、お前は――」
「君はに比べて重度の異常だという事は解っているね?」
気まずそうに言葉を濁したユーリ、視線を泳がせる。研究者の顔をしたフォルセだけが真っ直ぐ私を見て、声を発していた。ただ頷いただけの私に告げられたのは、一時的なものとはいえ避妊の施術だ。
アラガミの大量発生から日に日に数を減らすばかりの人類は新しい命に対して寛大で、それを蔑にしようものなら非難の嵐。それはここ、フェンリル本部でも同じ――いや、それ以上かもしれない。女性ゴッドイーターは妊娠が判明した時点で特例として引退が許可され、その後の生活も保障されるという至れり尽くせりの措置を執っているくらいだ。
未婚既婚を問わずに執行されるその措置は男性の認知が無くとも適応され、和姦強姦すらも問われない。それを利用して恋人を引退させようとした男が居た為に、せめてもの対策として打ち出されたのが一時的避妊手術。フェンリルとしては、大事な即戦力を失う事に関してまでは寛大でいられないという事なんだろう。
「だが!お前はまだ、」
「もうじきだよ、ユーリ」
施術認可が下りるのは16才以上の女性ゴッドイターで、それは任意だから受けない事を選べるし、実際に受ける人は滅多に居ないらしい。けれど、対象が18才以上の尉官となれば――適合試験と同じように断り難くなってしまう。それをユーリが知らない筈がない。だから。
「大丈夫。言ったでしょ?出来る努力はするって」
そう言って笑った。最もコントロールの難しいだろう性欲の厄介な所は、その時だけでは終わらないかもしれないという不安だ。あの時、制御可能だったでさえあれで女孕ませるぐらいなら、その場で殺されてやる≠ニ言っていた。そんな最悪の事態を避ける為に、私はまた笑った。
「だから、大丈夫だよ」
そして、その時が来るまでの約半月。溜まっていた休暇の消化も兼ねて一切の任務を禁止された私達は、退屈だけれど穏やかな日々を過ごした。たとえそれが表面上だけの事だと理解していても、まるで前時代の家族達のように平和な時間が流れて――ふとした時にあの日の事を思い出しても、涙を流さずに済んだ。
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テュスからの前線復帰の許可が出て直ぐ、俺達に出撃要請があった。それがユーリからの依頼だって知った時、嫌な予感はしたんだ。状況が状況だといってもかなり久し振りだし、新型として登録されてからじゃお初だし、違えば良いと思ってたんだけどな。
「……嘘、でしょ?だってそれ、」
「間違い無いんだな?」
それから、出撃準備をして向かった神機格納庫で自分の神機を受け取った後。目の前に差し出された神機に――最悪の予感が的中したって事を思い知らされた。最前線で戦ってたヤツ等は神機以外見付かってないって聞いてたけど、だからって……こんなのアリかよ?
「どのオラクル反応も三人の生態反応と酷似してるらしい」
「事情は聞いてる。これが直接アサインされたのは、……」
「君達にしか出来ない任務だって事だ」
あれ以来――残虐の会堂で初めてセクメトを倒してから、いつもそうだ。出撃前に他人の神機を渡される時の討伐対象は、間違い無くアラガミ化した神機使いだった。偶然の一撃から導き出された推論は危険性の高さから極秘扱いされつつ、こうやって俺達に証明を迫る。
「――――詳細は?」
「いつも通りだ。ゾディがヘリで待機してる」
片手で新型神機を突き出したアルも、両腕でバスターを支えてたジョエルも、立て掛けたアサルトのグリップをこっちに向けたヴォイドも、みんな死刑宣告でもされたみてーなツラだった。実際に死刑宣告されたのはアイツ等で、執行人は俺達だってのにな。
「解った。んじゃ行って来る」
ヘリに乗り込んで直ぐ、ゾディが無言で一枚のミニディスクを差し出す。こんな風に何も言わないのは、極秘任務に出る時だけだ。腕輪に嵌め込んで携帯端末に接続したたけじゃ読み取れないそれを認証キーで解除すれば、映し出されるのは本当の任務内容だ。
「やっぱ三体同時に出現するのか」
ランクSのファフニールとニーズヘッグ、スレイプニル。同時に相手するだけでも厄介だと思ってたのに、それが極秘任務とくりゃ……べらぼうだ。個体の特定は出来てるみたいだが、分断して戦うとしても上手く行くかどうか怪しい。大体こっちは二人しか居ないってのに、倍以上の神機を持ってけるワケがないんだ。新型になる前は、いつも俺が神機を担いでた。スタミナも体力もそれなりにあったし、に持たせれば戦闘の邪魔になるのは目に見えてたから。けど、流石に今回は――。
「さーて、どうすっかな」
「――アサルトをお願い」
「ああ、良いぜ。で、後は…」
「新型とバスターは私が持つ」
「……流石にそりゃ無理だろ」
昔と比べりゃ体力もスタミナも段違いだし、身体もデカくなった。こなして来た任務の数や潜った修羅場の数だって、伊達じゃない。確かに、今のなら神機を担いで戦うぐらい平気だと思う。思うけどな?
「神機二つも担いだまま戦えるようなヤツ等じゃ…」
「一つだよ」
「は?一つって……………………。おい、お前まさか」
確かにそれは、一番効率の良いやり方だ。お互いに得意な得物を駆使して戦えるなら厄介な相手でもそれほど苦になる事は無いし、最終的に必要になる神機は全部持って行けるけど!
「幾らなんでも無茶だろそりゃ」
「そうかもね」
「だったら他に手を、」
「――他に有効な手段があれば…ね」
「…………解った。けど条件がある」
条件なんて言ったって、大した事じゃないかった。一番重いバスターを俺が担いでくってだけだ。そんな事したって大して気が楽になるワケじゃないって解ってても、せめて背負う荷物ぐらいは軽くしてやりたかった。
「別に良いよ。けど私、銃の扱いは」
「零距離射撃はお前の方が得意だろ?」
「――うん、そうだね」
ちょっと驚いたような顔をしてから悲しそうに笑って頷いたが、軽い調子でワザと茶化すような事を言った俺が、やっとお互いの目を見た。これまで極秘任務をアサインされても辛いなんて思った事は無かったし、悲しいと思った事も無かった。けど多分、…いや。その時俺達は、確かにそう感じてたんだ。
それから灼熱の巣穴に着くまでの二時間弱、俺達は作戦を練った。ファフニールの相手なら俺よりの方が得意だし、ニーズヘッグならその逆だ。スレイプニルは中足を結合崩壊させなきゃ単独戦でも何とかなるが、そうするとかなり時間がかかるのは間違い無い。
「後の事を考えれば、あまり離れて戦うのは拙い」
「だな。けど、三体同時ってワケには行かねーだろ」
各個撃破は難しいだろうが、スレイプニルとニーズヘッグを同時に相手するのは出来る限り避けたいってのが本音だ。一つなら耐性があるってったって、状態異常のトリプルアタックなんて堪ったもんじゃないからな。
不幸中の幸い、ってのか?灼熱の巣穴は他のフィールドと比べて段違いに入り組んだ地形だ。一度戦力を分断出来ればそう簡単に合流される事は無いし、八方にある行き止まりはそれなりの広さがある。そこまで誘き寄せれば単独でも二体は相手に出来るだろうって事で意見は一致したんだが、問題は――。
「スレイプニルはが相手して。後は私が引き受ける」
「ああ。けど、そっちキツクねーか?」
の戦闘パターンは知り尽くしてる。強襲が得意な近接戦タイプで、攻撃回避より相手の隙を衝いて斬撃を叩き込む。いわゆる突撃型だ。
対して相手はトリッキーな動きで攻撃を繰り出すファフニールと、身体がデカい上に攻撃範囲の広いニーズヘッグ。近距離でも中距離でも攻撃が飛び交う上に、デッドリーヴェノムとフェイタルリークって厄介な状態異常攻撃もある。
「どちらかをスレイプニルとトレードするよりはマシでしょ?」
「そうかもな。で、具体的な作戦は?」
相手がアイツ等だって判ってても、俺達は始末するしかない。自分が死にたくないのなら、相手を殺すしかない。それは解ってたから――だから、いつも以上に綿密な作戦を立てたんだ。
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
ミッションのスタート地点になるのは中央の大広場。そこから四方に続く通路が二股に分かれた先の行き止まりには、少し小さめのスペース。元は駅を備えた巨大地下街だったという灼熱の巣穴は、その面積の大部分が壁に囲まれた角度のキツイ通路で占められている。通常なら、複数のアラガミを分断して戦うには便利なフィールドだ。けれど、今回はそれを最大限に利用するわけには行かなかった。
アラガミにしか使えない、通称獣道=B四方の三叉路にあるそれを抜けると、八方の行き止まりのどこかへ出られる。もしそこで一方が戦っていれば、三体同時に合流される危険性が増してしまう。中型アラガミの中でも最も小さいファフニールはともかく、ニーズヘッグとスレイプニルは大型アラガミの中でも一際大きい。あんなスペースで同時に相手をするのは、あまりにも分が悪過ぎる。それに――最終目的を果たす為の邪魔は、少ない方が良い。
「情報通りだね」
「ああ。……んじゃ、予定通り?」
いつもの様にいつもの言葉を交わして、セーフティゾーンから飛び降りる。耳を澄ませば、A地点から北東にあるI地点辺りでスレイプニルが。同じく南南西L地点と南西M地点方向では、ファフニールとニーズヘッグが。それぞれ特徴のある移動音を響かせていた。
「Get ready」
「Yes.Lady」
こんな風に合図をするようになったのは、いつからだったろう?何年も前、極秘任務の開始合図をこれにしようとが言った。どうして?と尋ねたら格好良いじゃん≠ニ笑って。ノルンで見たスパイ物ドラマの影響だったけれど、あの後それを見せられた私も同じように思ってた。
世界中に広がるスパイ組織、自国を守る為に繰り広げられる戦い。主役だった特殊チームのリーダーは女性で、男性顔負けの腕利きだった。彼女達が極秘任務を開始する時の合図がそれだ。恐いくらい真剣な表情の女性が男性達の答えで綺麗に微笑むのが印象的でGo!≠ニ言った直後には凛々しい表情で戦いに出て行くのが格好良くて、どんなに難しい任務でも必ず成功させて颯爽と帰還する。それをさも当然の如くやってのけるのが、とても格好良くて。私も、そんな風になりたかった。
だけど…………作戦開始から一分程度で、私はもう普通に戦える状態ではいられなかった。
は真っ直ぐスレイプニルを目指してD地点へ走って、私は聴覚の鋭敏なファフニールを誘き寄せる為に何度か神機を形態変化させる。そして、作戦通りA地点からE地点を経由してM地点へ。視界が広く音に鈍感なニーズヘッグが捕喰しているのを確認した時、多少なりとも一対一で戦う時間が出来たと安心したのに。
「はあぁッ!」
少しでも大きなダメージを与えようと振り被り、踊るような足運びでこちらに向かって来るファフニールに斬りかかる。そして正面に捉えた頭部へ!と、順調だったのはそこまでだ。黒い鱗に覆われた身体は見慣れたアラガミでしかないのに、その顔は――。
「何でアンタが…オレの、ッ?!」
「なん、で?……どうしてッ!!」
「ガ、ぁっグ…っく、来るな!!」
苦しそうな、泣き出しそうな表情で叫ぶその声は――。だけど、飛び退いて後退る姿はファフニールそのもの。これまで何度も極秘任務を受けて来た。アラガミになった神機使いを何十体と倒して来た。それでも――こんな事態に遭遇したのは初めてだった。

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中々思うようには進まないもんだなぁ。
DLミッションに釣られなければ……いやもう鬼仕様のカリギュラとかW鬼ハンニとか遣り甲斐有り過ぎてついつい、ね。
橘朋美
FileNo.016 2013/7/11 |