あと一体。既にダメージが蓄積している相手だし、フルメンバーなら2分もあれば倒せる筈。そう思って振り向いた私は、言葉を失って立ち尽くした。何も考えられずに……神機を構える事すら忘れて。
鉛色の厚い雲に覆われた空、踏み締めている灰色の地面。境目の曖昧な色が作る光景の中で、唯一はっきとした輪郭の深紅。
「避けろスーリヤ!!」
ナランハの怒声に慌ててツクヨミの居た方へ目を向けるけれど、そこにはチェリーピンクの光球が並んでいるだけ。自分の置かれている状況を悟った時には、突き飛ばされていた。運悪く、よろけた先には――。
「え、――ぐッ!……ぁあ、もう」
チェリーピンクの光柱に包まれて、ものの見事に毒を受けてしまった。突き飛ばされたダメージは深刻な物じゃないし、攻撃を繰り返す内に回復出来る。それよりも、この隙にデッドリーヴェノムを回復しないと後が無い。遠ざかるツクヨミを目で追いながら、かなり空きの増えたポーチからデトックス錠を取り出した時。
「こっちだ!ナランハ!アンタはシュヴァルツを!!」
響いた声に釣られてそっちを見ると、斜め後ろにリーフグリーンの光柱が立っていた。一足先にそれを潜ったがクロノスサイズを持ち直し、真顔でツクヨミを見据える。
「サッサとケリ着けるぞ」
「畳み掛ける!!」
それに遅れて左に並び、声を上げると同時に全力で走った。一秒でも早く、ツクヨミを倒す為に。
シュヴァルツの事は、ナランハに任せておけば良い。そうするしかない。血を流していたのは確かだけれど、頭が無くなっていたわけじゃない。心臓を抉られたにしては出血量も少なかった。だから――リンクエイドすれば、ちゃんと助かる。
そう頭の中で自分に言い聞かせて、身体を動かした。そうしなければ、不安で仕方が無かった。
「おらッ!!」
「でゃあっ!」
その場にツクヨミを留め、何度も斬撃を加え、突進しようと身体を低く構えたのを見て、残り僅かなスタングレネードを叩き付ける。絶対に向こうへは行かせない。そんな思いで、怯んでいるツクヨミの足元にトラップを張った。その間に神機変形を済ませたは、既に集中砲火を浴びせている。それなら私は――と、チャージを始めたその時。
「とっとと消えちまえ!!」
後方から届いた声は、ナランハの物。そして、目の前に撃ち込まれていたバレットも。続け様の集中砲火に事切れたツクヨミが、先に倒れた同士に向かって手を伸ばすようにして倒れて行くのが目に入った。
「何だよナランハ、良いトコ盗りかー?」
「どうでも良いでしょ、倒せたんだから」
これで一段落。身体中の緊張が解れて、軽口を叩き合いながら振り向いた。漸く終わった激戦に笑みを浮かべ、二人の居る方へ。そのまま歩いて行こうとした時になって、漸くそれに気が付いた。視線の先に立っているのは――険しい表情を滲ませ、手を赤く染めたナランハだけだという事に。
「……ナランハ、」
「シュヴァルツは?」
「コア抜いてから来い」
抑揚の無い低い声、鋭い視線。表情は険しいままで、携帯端末を手にする。それが何を意味するのか。本能的な所で理解しているのに、口にする事が出来ない。認めようとしないのは頭なのか、それとも心なのか。
倒れたツクヨミに向けて捕喰形態の神機を喰らい付かせれば、喰い破った箇所が嫌な音を立てた。邪魔する音があるのにナランハの声はちゃんと聞こえていて、絶望的な気分になる。救護班ではなく医師の待機と緊急帰投用ヘリの要請。それは即座に呑まれたらしい。直ぐに帰れるぞという微かな声は、シュヴァルツに向けたものだろう。
その間、私達は一体、二体と、ただ捕喰する。引き抜いた赤黒い球を手にして顔を上げると、同じ物を手にしたが向かい側で皮肉な笑みを浮かべていた。
「どっちも無傷っぽいぜ?」
「ハ、上出来じゃねえか」
コアを持った手は、ナランハの手と同じ色にそまっている。いつだったか、疑問に思った事がある。この赤黒い液体は、アラガミの血なんだろうか?オラクル細胞の群体が血を装っているだけなのかもしれないし、本物の血なのかもしれない。
「シュヴァルツ。ほら見て、凄いでしょ?」
「当然、特別ボーナスは倍だよな。アンタも使い道考えとけよ?」
どちらでも構わないし、どうでもいい事だ。どちらにしたって、どれだけそれを失ったって、アラガミはその所為で死んだりはしない。人間とは違って、ただ一時的にその姿を保てなくなるだけ。
「ぅぐ――、ああ。……すまん、な」
さっきの――レヌクという新人のように、一瞬で終わってしまう方が楽なんだろうか?弱々しい声と共に血の泡を零すシュヴァルツは苦しそうで、それでもまだ生きている。
「、な」
「――え」
「…………、――ッ、……くな」
「シュヴァルツ、もう喋るな。直ぐにヘリが来る。」
苦しそうなのに、何かを諦めたように笑って――シュヴァルツは瞼を閉じる。微かな息を消すように大粒の雨が落ちて来たのは、その時だった。
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「お前等は先に帰れ。ここは俺が残る」
脱いだジャケットをシュヴァルツに掛けながら、ナランハはそう言った。確かに俺達はここまで装甲車で来たんだし、それを放り出して帰るワケには行かない。けど、素直にハイそーですか≠ネんて言えるか!
「――でも、」
「アンタ等がヘリに乗ったら行くよ」
「これは上官命令だ。今直ぐマーシュに戻れ」
いつもみたいな軽い口調じゃないし、凄味の利いた顔も本気って証拠なんだろうけどな。多分ナランハは、シュヴァルツの死ぬトコを見せたくないから今直ぐ≠チて言ってる。けどさ、それって逆効果なんだよな。
「ヤだね」
「何だと?」
デカい外傷は見当たらないのに、これだけ血の気が無くなってんだ。口元で泡立った血、極端に短くて浅い息。多分、内臓がやられてる。オマケに、らしくないナランハの台詞だ。シュヴァルツの助かる確率が低いって事ぐらい、誰だって気付くだろ?
「まだ小型が居るかもしれねー状態で怪我人置いてけっての?俺達だってガキじゃないんだし、あんま嘗めないで欲しいね」
「雑魚なんざ俺一人でも、」
「こんな状況じゃ、雑魚も馬鹿に出来ない」
一瞬、意味が解らなかった。けど、が立って神機を構える。俺達には雨と風の音ぐらいしか聞こえないってのに。
「やっぱまだ居たってか。状況は?」
「下から複数のオウガ種。まだ遠いから、階段で迎撃可能」
遅れて神機を構えた俺を見て、ナランハも状況が呑み込めたらしい。膝を起こして立ち上がったのは、当然神機を構える為なんだろうけど……。
「ナランハ、ヘリも近くまで来てる。シュヴァルツを連れて帰って」
「雑魚は俺達に任せとけって。サッサと片付けて直ぐに帰るからさ」
返事なんて聞く気も無かった。言うだけ言ったら左右に走って、回り込んだ。壊れた自販機の横にある階段を降りて、一つ目の踊り場で神機を構える。雨音に邪魔されてオウガの足音は聞こえないけど、ヘリの爆音が聞こえて来た。
「皆殺しにしてやるぜ」
手摺りの横から見えた白い影に狙いを定めて飛び掛かった後は、我武者羅になって斬りまくる。狭い場所じゃ銃を使ってる暇なんて無いし、雑魚っつっても5対1だと流石に無傷じゃ済まない。久し振りに汚れまくった格好でと合流した頃、雷と同時に雨脚が強くなった。
「……帰るか」
ただ頷くだけのを見ても、俺は何も気付かなかったんだ。トランスしてたのは俺も同じだったし、右手で身体を抱いてるのは雨で寒い所為だ。泣いてるみたいな顔も、イチイチ突っ込んで聞くような事じゃない。そう思って、装甲車に乗り込んだ。
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が報告書を書くと言って、部屋に戻った私はベッドに倒れ込んだ。いつもなら絶対にしないけれど、今日だけは……汚れも臭いも、どうでも良いと思った。雨と血に濡れた身体は中途半端に乾いていて、湿った服に付いた砂や埃のザラついた感触が気分を逆撫でする。
ゾワリと湧いた何かが――全身を侵しているような、それを吐き出そうとしているような。慌てて身体を丸めて膝を抱えると、それが抑えられるような気がした。でも、消えない。最初にそれを感じたのは、怒りに任せてマグマ適応型テイルに斬りかかった時。
バーストともトランスとも違うと思った。焦りと欲求と激情が入り混じったような感覚は、そのまま戦闘に繋がっていたような気がする。落ち着かなければと思えたのは、そこに集まったオウガ種を殲滅した少し後。
呼吸を整える為に深呼吸を繰り返し、寒気や怯えとは違う何かを抑える為に自分の身体を抱き締めた。辺りを埋め尽くすオウガ種の残骸に目を向けて、もう終わったんだと、何度も頭の中で言い聞かせた。
「――っふ、く…」
身体は疲れているし、何もしたくない。何も考えないで寝てしまいたいと思っているのに、眠れない。何も考えないようにしようと思っているのに、記憶は勝手に繰り返される。
叫び声を上げる暇も無く、ただ一音を残して死んだ新人。息と血を同時に吐いた、苦しそうな声。血溜まりに倒れた彼の身体は、ビチャリと音を立てて動かなくなった。有り得ない方向に折れた胸、消えていた頭。
虫の息で言葉を零したシュヴァルツ。助かるかどうか判らないその怪我は、リンクエイドした後に受けたらしい。回復しようとした時に攻撃を受け、意識を失い、白真弓に挟まれた衝撃で跳び上がり、地面へ叩き付けられた。結果、複数の臓器が損傷。マーシュに着いたと同時に始められたという緊急手術は、成功するなら深夜までかかるらしい。
駆け付けたシュヴァルツの奥さんに事の顛末を説明していたナランハは、とても苦しそうだった。連れて帰って来てくれただけで充分だと言った彼女の腕には、眠る赤ん坊と封印された腕輪があった。
もう少し早ければ――でも、今更どうしようもない。気を抜くと滲みそうになる涙を堪えたのは、シュヴァルツの言葉を思い出したからだ。血と共に零れた、小さな声。きっと、シュヴァルツ自身も危険な状態だと判っていたんだと思う。
『まだ……だ。今はまだ……ッ、泣くな』
私かが部隊長になったら引退すると、冗談めかして言っていた。元気な子が生まれたと、嬉しそうに笑っていた。一連の事が落ち着いたら遊びに来いと、照れ臭そうに誘ってくれた。なのに――。
「く、っ――う、ぅ」
どんな些細な事であれ何かあったら必ず知らせろという言葉を忘れていたわけじゃないけれど、直ぐに知らせる気にはなれなかった。目の前で捕喰された新人。危機的状況に陥った仲間。連戦に続く連戦。その所為でただ興奮しているだけだと思っていたし、何より――。普通じゃない状態で誰かに会うという事が、恐かった。
一晩寝て、起きたら。きっと、それまでには治まってる。そしたらちゃんと知らせに行こうと思っていたのに。眠るまでどれくらいかかったのか、起きるまでどれくらいかかったのか。目覚めた時、私には判らなかった。
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
神機使いなら、KIAやMIAの報告を聞くなんて事は珍しくない。それは俺達だって同じだ。けど今回のは、マーシュで流れる放送やターミナルの告知とは違ってた。
死体を見た事はあった。二年以上前、それが人間だったのか判らないぐらい悲惨な死体が転がってるのを見た時。俺達は動揺なんてしなかったし、状況を把握する為に確認しただけだ。
けど、今日は違った。何とかって新人が死ぬ瞬間を見た時、確実に何かを感じた。シュヴァルツがヤバい状態になってるって知った時、確かに動揺した。特にシュヴァルツが死にそうだって気付いた時のの動揺は、戦闘中だと思えないぐらいだった。
「……ま、こんなトコか」
書いたばっかの報告書を読み返して、首をコキコキ鳴らす。こういう書類仕事は滅多に無いし、妙に疲れる。溜息を吐くと同時に気を抜いたら、盛大に腹の虫が騒いだ。
「もうこんな時間か……夜食だな、こりゃ」
報告書出すついでに何か食って来るかと思ってを誘った。けど、何の反応も無くて……やっぱショックがデカいだろうし、暫くそっとしとく方が良いと思ったんだ。元々そういうトコは俺より敏感だし、無理に引っ張り出す気になれるワケがない。だから誰にも言わなかったんだけどな。
「どういう事だよ?!」
「言葉の通りだよ。昨日、一昨日と、部屋から出た痕跡が無いんだ」
「そうじゃない!俺達を……、今も俺達を監視してんのか?」
研究室に呼び出されて、フォルセから聞いて、色んな意味で焦った。確かに三日前のあの日の夕方から、の顔を見てない。それ自体は俺も心配してたし、いい加減フォルセ達に相談してみようかと思ってたぐらいだ。
けど、先に部屋に閉じ籠ってる≠ネんて断定されたら……、昔みたいに監視されてるって思ったら腹が立つやら悔しいやらで、グチャグチャになった頭が沸騰しそうだ。
「……。私はね、君達に黙って監視するような事はしていないよ」
「だったら、」
「一昨日は嗜好品の配給日だったろう?それに、カインや討伐班の二人からも報告があったんだよ。あれからを見かけない≠チてね」
炭酸入りの缶ジュースを振って、プルタブを起こした後。俺の心境はそんな感じだった。収まってみりゃ、妙にテンションが下がってる。
今度の嗜好品配給日に、あのショートビスケットを頼む。滅多に嗜好品チケットを使わないがそう言ってたのは、もう一ヵ月以上も前だ。昔と違って、誰かが配給品を受け取って来てくれるワケじゃない。管理課からのメールや伝言が一方通行なら、それだけでも可笑しいと思うだろう。
それに、ここんトコ休みも取れないでオペセンに詰めてるカインが任務状況を知ってるのは当然だし、アレクやジューザが何か話してるのも知ってた。食堂でも、居住フロアでも、エントランスでも。
「じゃあ、監視してるワケじゃないのか。……ごめん」
「うんうん、素直で宜しい。でもねぇ、。君達は、もう少し周囲の事を知った方が良い。君達の事を気にかけているのは、もう私達だけじゃないんだ。勿論、穏健派のメンバーだけでもない」
いつもなら、ちょっと考えりゃ簡単に判るような事だ。それでも俺は、考えるより先に疑った。だけどフォルセは怒らないで、昔みたいに知らない事を教えてくれる。事が事だから。俺達の事を知ってる奴等は、様子が可笑しいって思っても直接俺には聞けなかったんだろうって。
「彼等も心配だったんだろうね。朝一番で訪ねて来たよ」
照れ臭いって言うか、小恥ずかしいって言うか。でもまあ、悪い気分じゃなかった。の部屋に入るまでは……この事を知ったら、アイツは俺より喜ぶだろうって思えるぐらいに。

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ツクヨミ×2、何回やったか……多分、200は軽く超えてる。
報酬アイテム目当てでフルボッコ!ってパターン。
NPCのリンクエイド回数は大多数がツクヨミだと思う。
橘朋美
FileNo.015 2013/6/24 |