任務情報に無い個体が現れるのは、それほど珍しい事じゃない。だけど、ランクの違う個体が現れた事なんてあるんだろうか――?でも。の脛を掠めた光の刃のような斬撃は、間違い無くツクヨミのものだ。こんな状況で、これ以上暢気に考えている暇は無い。
「アレク!ライアンも走って!!」
帰投ポイントを指差して叫べば、アレクは直ぐに駆け出した。状況を掴めずにいるライアンは、その背中を見て漸く。その後を追い、もう少しで帰投ポイントだという小さな広場に足を踏み入れた途端、が叫んだ。
「止まれ!!」
「、んだよ?走れっつったり止まれっつったり、」
「君は黙ってるんだ。どこかに居るんだね?」
には見えているんだろう。少し先、身窄らしい低木の辺りで小さな音を立てたツクヨミの姿が。ライアンには解らなくても、アレクは解ってくれたらしい。短く肯定したは、どうする?と尋ねるように視線を寄越した。
「アレク、ツクヨミとの交戦経験は?」
「何回かあるけど、フルメンバーが万全の状態でもギリギリだった」
戦うにしても逃げるにしてもライアンが足手纏いになるのは確実だし、戦うのならアレクが危険だろう。あの位置で止まっているなら捕喰中。と、なると――逃げるのなら全員は無理、か。正面を横切れば、ツクヨミに気付かれないわけがない。それが一番厄介だ。
「アレクはライアンを連れて帰投ポイントへ。私達が仕掛けるまでは物音を立てないで。危険を感じたらスタングレネード…、ある?」
「ああ、まだ幾つか。君達は?」
「ちょっと待てよ!アラガミが居るのか?だったら、」
「俺達は殆ど携行品使ってないけど、流石にお守りしながらじゃ足りないんだよな。つーワケで、アレク。ソイツ黙らせてサッサと連れてってくれ」
ランクDのコンゴウ相手に揃えた携行品は一つも使っていなかったけれど、ツクヨミが相手となると心許無い。も最低限の携行品しか持っていないだろうし、慎重に行かないと。
「何か要る物があったら言ってくれ」
緊張感を高めて動こうとした所をそう止められたけど、流石にデトックス錠は持っていないだろう。そう思って口にしなかったのは、私だけだった。
「デトックス錠とか回復柱。あ、回復球でも助かる」
「回復柱なら――ほら、使ってくれ」
「サンキュ。んじゃ、そろそろ作戦開始と行きますか」
走らない程度に足を速めて、二人が帰投ポイントに近付いているのを確認する。もう少し、あと数歩でツクヨミの視界に入る。少し後ろでマスドライバーを構えている筈のを振り返って、――数秒後。見合わせた顔で大きく頷いたのが、戦闘開始の合図。
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「見てれば解る」
今のアレクセイは、これまで幾度も見て来た上官と同一人物だとは思えない。ライアンは、それが不思議でならなかった。だから先ほど、何故あの貧弱な体躯のアラガミから逃げたのだと大きな声で詰め寄ったのだ。それを一言で遮られ、僅かながらも怒りを含んだ声に口を噤み、厳しさの増した視線の先へ自分も目を遣った。
安全地帯とも言えるその場に着いて初めて目にしたアラガミは、薄気味の悪い模様で埋め尽くされている。それは、極彩色の爬虫類を思わせた。幼少の頃に図鑑で見た限りだが、などと悠長に構えていられたのはそこまでの事。
悠然と手招きをしていたツクヨミが動き出し、それまで細い腕を貫いていたレーザーが途絶える。先程まで背後で跳躍しながら月輪へと斬撃を繰り出していたが距離を取り、白く短い刀身は瞬時に銀の銃身へと姿を変えた。
「…、んだよ……。何なんだよアレ?!」
息を呑んだライアンの目は、いつの間にかツクヨミの髪に連撃を見舞っていたを捉えている。その僅か上へと放たれたのバレットはツクヨミの身体を包囲するが如く拡がり、持続された二秒にも満たない効果が消える直前。再び形態変化させた神機を構えているに、彼は目を瞠るしかなかった。そしてその刹那、それは突進するツクヨミから身を守る盾となっていたのだ。
――ゾワリ。
背を這い上がるのは、戦慄なのか焦燥か。
時には巨大な蜘蛛のように這い蹲り、八方へと斬撃を飛ばす。時には人を呑み込んで余りあるだろう太さの光線を掲げ、周囲を薙ぎ払う。多種多様なツクヨミの攻撃は、初めてそれを見た者が恐怖を抱くに足るものばかりであった。それはライアンとて例外ではなく、彼は数分前とは異なる種類の叫び声を上げる。
「放っといて良いのかよ?!アイツら!!アンタだけでも助けに…」
「好き好んで見てるだけだと思うかい?」
「だったら行けば良いだろ?!行けよ!アンタなら行けるんだろ?!」
「今オレが行っても、邪魔になるだけだ」
尚も言い募るライアンを黙らせたのは、静かな言葉だった。ここへ来て初めてライアンへと向けられた視線は、強い憤りを孕んでいる。それが己だけに向けられているのではないと理解出来る程に彼は冷静ではなく、だがしかし、己はそれに従うしか術は無いと認識出来る程には賢明だった。
「KIAを出したくないなら黙っててくれ」
それ以降。彼等は一言も無く、繰り広げられる闘いを見続けた。ゆっくりと倒れ行くツクヨミを目にし、惨憺たるその有様に二つの黒い口が牙を剥き、彼女等が戻るまで。10分にも満たぬ時を、いつまで続くのかと手に汗握る思いで過ごしていたのだ。
「あー、腹減ったー」
黒鉄の丘と呼ばれるその場所で。先程までと同一人物であるとは思えぬ素振りの二人に向けられたのが慰労する言葉だけではなかった事は、推して知るべしであろう。
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「ねぇ、何か可笑しいよね」
最初の頃はおっかなびっくりって感じだったプレデターモードでアラガミを喰らう感触も、今じゃ慣れたもんだ。見てて楽しいワケじゃないけど、薄気味悪いと思うほどでもない。反対側から捕喰してたが呟いたのは、そんなどうでも良い事を考えてた時だった。
「だな。けどま、それは帰ってからにしようぜ?」
何が?なんて聞くまでも無いし、そんな事話してる暇も無い。帰途ポイントからこっちを見てる二人を、いつまでも放っとくワケにも行かないからな。それに……とにかく、こういう時は他からの情報も欲しい。
「うん。じゃあ、帰ろうか」
珍しくもない希少価値の低い素材を神機に呑み込ませて、融け崩れてくツクヨミを確かめて背中を向ける。落ち着かない気分と疲れた身体にムチ打って、頭より上にある半壊の建物を目指した。
「お疲れ様。大きな怪我は無いみたいだな」
「お待たせ」
「あー、腹減ったー」
で、やっと帰投ポイントまで戻ったら、つい本音が出た。しょうがないだろ?単独でも3分もありゃ倒せるヤツに5倍も時間かけた挙句、万全じゃない状態でツクヨミまで倒したんだ。なのにライアンのヤツ。
「……っテメェふざけてんのか?!」
「あぁ?」
「ライアン!帰投するぞ」
こっちはツクヨミのお蔭でヘトヘトだってのに、いきなり掴み掛かるか?普通。アレクの声でサッサと走ってったのをが心配そうに見てたけど、俺には癇癪起こしたガキにしか見えないぞ?肩を竦めて、何だありゃ?……って、ちょっと前にもやったような気がする。まあそんな事はどうでも良かったんだけど、答えが返って来るとは思わなかった。
「力の差を実感したっていうのもあると思うけど……多分、何も出来ないのが悔しかったんじゃないかな?君達の事が心配で。オレにも食って掛かって来たぐらいだし」
アレクの言葉で思い出したのは、初めて出撃した時の事だ。一生懸命やって褒められたのに、フォルセ達が戦ってるのを見たら実力の差ってのを思い知って……あの時、ホントに悔しかった。だからだろうな、そのままライアンを放っとけなかったんだ。
「おい、お前いつまで辛気臭い面してんだよ」
表情筋だけが反応して、それ以外はピクリともさせない。もっと大人だったら、俺もあの頃のユーリみたいな台詞を言えたのかな?なんて、少しだけ思った。けど、俺はそうじゃない。それに、俺は……俺達は、お互い以外に年の近いヤツと関わった事が無かった。
「言いたい事があるならハッキリ言え、鬱陶しい」
しかも相手は初対面から喧嘩腰だったライアンだ。気の利いた台詞なんて浮かんで来るワケがない。まあ、浮かんだからって言ってやる気にもならないんだろうけどさ。
意地になってんのか拗ねてんのか、それでもライアンは何も言わない。こりゃアレク達に任せた方が良いかもな。そう思って左に視線を移せば、もどうして良いのか判んないって顔で首を竦める。諦めて短く息を吐き出した時、やっと声がした。俯いてボソボソ言ってるから、最初の方は何言ってんのか判んなかったけど。
「……で、三人で戦わなかったんだよ。あんなバケモノみたいなヤツ相手に二人でなんて――、俺が邪魔なら言や良いだろ?!足手纏いだからどっか行ってろって!!」
「――――どうして?」
「どうして?そんなの当たり前だろ?!俺が居なけりゃ!アレクセイが一緒に戦ってりゃ!!もっと楽に倒せただろ?!」
喚き散らすライアンに聞こえるように、当て付けがましく溜息を吐きながら思った。の言葉も、こういう場面じゃどうよ?って感じだな。人の事は言えねーけどさ。
「お前、本気でそう思ってんの?」
当たり前だとでも言いたそうな目を睨み返して言う。もし本気だってんなら士官学校って何教えてくれたんだ?って。そんなの決まってんだろ。って返って来た答えは……思わず笑いそうになるぐらい、馬鹿正直だった。
「お前、コンゴウ相手に何回気絶した?」
「それが…」
「良いから答えろ」
ゴッドイーターが神機を扱う時の注意事項なんて新兵でも直ぐ解る事だし、オラクル細胞の特性なんて覚えたって戦う時には大して役に立たない。アラガミの弱点属性は確かに役に立つだろうけど、それが一番役に立つのは出撃する前だ。神機の扱い方なんて覚えたところで、実戦でブルってりゃ意味が無い。
「5、6回」
「リンクエイドしたのは誰だったか覚えてるか?」
「だから…」
「答えろ」
携行品なら効能はともかく、使うタイミングは口で説明されて頭で覚えても、戦ってる最中に身体で覚えるのとは全然違う。オウガ相手の初任務でリンクエイドされたコイツらは、如何にアラガミを倒すかを重要視して教えられて来たらしい。
「アレクセイだろ?それぐらい、」
「だったら、アレクの携行品残量ぐらい見当が付くんじゃねーの?」
「携行品?」
自分の力量と携行品の残りを考えて戦う事は基本だし、コイツも解ってるっぽい。けど、同行者の携行品まで気にする意味は、ここまで言っても判らないらしいな。
「あんたへのリンクエイドで、アレクの携行品は半分以下に減ってる」
「……、助けに行かなかったんじゃなくて……行けなかった、のか?」
「言っただろう?ツクヨミ討伐は、フルメンバーが万全の状態でもギリギリだったんだ。今回はツクヨミを想定して出撃したわけでもないし、オレが行っても足手纏いになるのが判ってた。だから最初から行かなかったんだ。それだけの事だよ」
が沈黙を破ってやっと気付いたライアンに、運転席からアレクの穏やかな声。二人に良いトコを持ってかれた俺はそういうこった≠チて言うしかなかった。
素直に謝ったライアンは、これから場数を踏む為に同期と任務に行ってみるって言って、アレクは嬉しそうな声で賛成した。マーシュに戻って装甲車を降りようとしたら、今度一緒に出撃する時までにはもっと強くなってるからな!って大声で叫んで、一足先に飛び降りて走ってく。
「……っぷ、ははは!何だありゃ?」
「く、ふふっ。ライバル宣言、とか?」
パーキングロットから格納庫へ向かう足取りは疲れてるのに、出撃前よりも軽く感じた。ジョエルに神機を預けながら異状無し≠チていつもの報告をして、ゴツい扉を潜りながら食堂空いてっかな?なんて暢気に考える。けど、エントランスに足を踏み込んだ途端――オペセンの慌ただしさに気付いて、食堂とは反対側に目を向けた。
「チャンドラ!スーリヤ!今直ぐ柳博士の研究室に行け!!」
いつもカウンターの内側に二人並んで立ってる筈のオペレーターは三倍に増えてて、止まってる奴は一人も居ない。半分はいつもフィールド情報の映し出されてるモニタと睨めっこしながら、インカムで外部と連絡を取ってるらしい。半分はバックヤードに顔を突っ込んでたり、報告書っぽい紙を手に何か確かめてるみたいだ。
三秒で確認出来た状況と今直ぐってカインの言葉で、俺達はエレベーターに駆け込んだ。居住フロアの最下層にある研究室はシンとしてて、嫌な予感が湧いて来る。扉の横にあるスピーカーに手を伸ばそうとして空気の抜けるような音がした時、その予感は当たるだろうと思った。
「お帰り。待っていたよ」
「なあ、フォルセ……何か食べるモン無い?」
苦笑いしてから引き出しを開けたフォルセが投げて寄越したのは、懐かしいショートビスケットの包みだ。扉の閉まる音を聞きながらソファに向かうと、ほぼ同時に声がした。
「、半分ちょうだい?」
「じゃあ、食べながら聞いてくれ」
君達を含む第一部隊の3チームが、任務終了後にツクヨミと遭遇した。その全てがランクDで、新型神機使いが同行している。場所は黒鉄の丘の他に、罪悪の市街と忘却の聖堂。装備や携行品の不完全だった2チームから救援要請があってね、少し前に遊撃班と特殊班が三人ずつ現地へ向かったよ。
予感的中、ってか。
包み紙ごと半分にしたショートビスケットを一本ずつ食いながら、後回しにしてた事を考える。任務が終わってから出て来たランク違いのツクヨミ。ある程度の広さと遮蔽物の無い場所を好むヤツが、黒鉄の丘や罪悪の市街に出て来た理由。忘却の聖堂はともかく、後の二箇所はそれなりに遮蔽物のある入り組んだフィールドだ。飲み込んだショートビスケットの代わりに声を出そうとした俺は、続くフォルセの話に耳を疑った。
問題は、その後だ。彼等が出撃してから、残虐の会堂で2体のツクヨミが同時に感知されたと連絡があってね。ランクはSだというから遊撃班の四人に討伐を頼もうと思ったんだけれど、彼等は既に灼熱の巣穴と静寂の森に出撃してた。つまり、その時ツクヨミ討伐に出られる神機使いは居なかったんだよ。
ランクS。遊撃班と特殊班の尉官以上にアサインされる任務は、飽きるぐらいやった。けど、今の俺達は討伐班だ。忘却の聖堂に行ったヤツらに、ついでに倒して来いなんて言えるような状況でもない。ツクヨミを倒した後で携行品の補充も無しで更にツクヨミ2体倒して来いなんて事になりゃ、全員ズタボロ……いや。下手すりゃKIAが出る。でも……。
「だったら、ロッソ達が戻るのを待つしかないだろ?」
「そうだね。そうするしか手は無いと思っていたけれど、もうその必要は無いんだ。何せ、倒すべき相手が姿を晦ませてしまったんだから」
「――どういう事?」
普段、監視センターのモニタは中型以上のアラガミを生体反応として捉えてる。それを元に調査班が現地の状況を調べて云々ってのは、子供の頃に聞いた事があった。フォルセが言うには……普通にアラガミが現れる時とゴッドイーターの倒したアラガミが消える時、その反応は徐々に強まって現れるか徐々に弱まって消えてくらしい。なのに今回はいきなり消えたっていう。
「計器に異常は見られない。仮に我々の考えられないような手段でどこかに移動したのだとすれば……一体いつ、どこに現れるのか」
それを調べる為に、オペセンや監視センターが躍起になって情報を集めてるって事か。異常事態だとしても緊急事態って程の事じゃないって判った俺は、取り敢えず最後のショート―ビスケットを齧りながら考えた。
新型の同行してるランクD任務にツクヨミが現れた。ゴッドイーターが粗方出払ってから現れた2体のツクヨミは、慌てて倒す必要があったワケじゃない。しかも消えちまった。じゃあ、俺達の呼び出された理由は?
答えは簡単だ。状況確認なら、他のチームが戻ってからリーダーを全員纏めて呼び出せば済む。なのに、帰った途端に呼び出された俺達。しかも本当なら俺達にアサインされない、いきなり消えたツクヨミの事を態々フォルセが聞かせたんだ。いつドコに現れるか判らないツクヨミと、あちこちのフィールドに散ってるチーム。可能性なら風哭きの平野、祈りの戦艦、沈黙の楽園の順だろうな。
「どこに行けば良い?見付けたら倒しても良いんだよな?」
「風哭きの平野はジューザと調査班のメンバーが任務中でね、同じく祈りの戦艦には部隊長を含めた新米班が居る」
って事は――、一番確率低いトコか。にっこり笑ったフォルセの答えは、俺の推測を肯定してた。……まあ、居るかどうかはともかく行ってみるか。完全に肩透かしを食らった感じだった俺は、何か考えてるっぽいにそう言いながら立ち上がった。けどはショートビスケットを持ったまま、ソファに座ったまま言ったんだ。
「――残虐の会堂は?」

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遊撃班と特殊班の実力は同じくらいで、神機使い歴15年以上の超大ベテラン。
遊撃班所属の神機使いは全員30代半ばで中立派。
特殊班は前本部長時代からの穏健派だけで構成された本部長直轄部隊。因みに全員が10代前半で入隊した適合率の高い神機使い。30才〜27歳で、直属の上官はユリウスやフォルセティだったという経歴の持ち主ばかり。
橘朋美
FileNo.012 2013/5/23 |