普通のゴッドイーターのように出撃したい。ユーリ達が引退する前は、そんな風に考えた事は無かった。と二人だけで任務をこなすようになってからも、それは変わらなかった。少しとはいえ理解していた自分達の特異性を思えば、当然の事だと思う。――それどころか、当然だと思いもしない程に自然な事だったんだ。
第一線で戦う討伐班、過酷な任務をこなす遊撃班、本部長直轄の特殊班には、部外者の立ち入れない専用居住フロアが与えられている。遊撃班と特殊班のフロアに至っては、神機格納庫からパーキングロットやヘリポートに続くエレベーターまで。
装備品のカスタマイズや携行品、果ては素材の管理までがターミナルから発注出来るし、任務はアサインされたものから必要に応じてナタリエかカインがオーダーしてくれて、医療関係はテュスが。
配給品や毎日の食事は指定した時に指定しただけフロアへ届けられ、自室にはシャワーまであって、他にも――。それ以上を必要だと思った事は無かったから、そこで生きる事に何の疑問も不満も抱いていなかった。
「お前……それ本気で言ってんの?」
そんな事を考え始めたのは、限られた人以外と接する事の無かった私達が、アレクセイと出会ってから。スレイプニルのコアを摘出した時のの言葉と緊急非常事態の発令はそれに拍車をかけ、事態が一応の収拾を見せた今。
「うん。は――、嫌なの?」
死なせたくない。そう思う人達が居るのに、他のゴッドイーターのように飛び出して行けない事が悔しかった。ウロヴォロス討伐に向かった四人を見送って、彼等が戻った時の姿を見て、とても悔しかったんだ。
いつ会っても掠り傷を探す事すら難しかったのに、みんなボロボロになって。装甲の無いナランハなんて、そのまま緊急治療室へ運ばれて――完治まで一週間はかかると聞いた。
「いや。……って、んな顔するなよ。嫌じゃないって意味だ」
ほんの一瞬、私は沈んだ表情を浮かべたんだと思う。笑いながら訂正したと一緒に部屋を出て、フォルセの研究室へ向かった。コアの事を聞きに来たと思ったらしいフォルセは上機嫌で無傷だったよ≠ニ言ってくれたけれど、私達と話し始めてからは――。
ユーリとも相談しないとね。難しい顔でそう言って、その結論が出されるまでに半月ほど。結論が出たと連絡があった時、確信にも近い予感を覚えた。いつものように寝られず睡眠不足だった私は、その結論で完璧に覚醒したんだ。
「全員揃ったか。朝早くから悪いな。――フォルセ」
「結論から言おう。新型神機開発の為に、君達の力を貸りたい」
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その時、フォルセティの研究室には一部の穏健派が集められていた。それなりの広さとはいえ、こうも人が多くては息苦しさを感じるのでは?と、日頃ならば数人は口にしていただろう。だが、今は誰もが硬い表情で沈黙を守っている。ただ一人、この部屋の主を除いては。
「以上の事を踏まえて、ヴォイド、アルザック、ジョエル。君達には私の呼び出しに応じて、開発に手を貸してもらいたい。特殊班に頼みたいのは、指定された素材とコアの入手だ」
彼等はみな、現役を退いたフォルセティが再び新型神機の開発に勤しんでいる事を知っていた。しかしとを除く誰もが、己が再びそれに必要とされる事は無いのだろうと諦めてもいた。
『開発を諦めるというのではなく、一時的に中断するという事さ』
もう何年も前。三人の仲間が若くして引退を余儀無くされた数日後。そう口にした頃と同じように、彼は仲間を危険に晒すような事を避けているのだと理解していたからだ。だからこそ、危険は承知の上だと口にする事も出来ずに過ごすしかなかった。
そんな鬱々とした日々が打ち破られ、それを実感した瞬間から、彼等の表情は意気揚々としたものへと変化する。
「――さて、これで私の話すべき事は全て話したよ。勿論上層部には承諾を得ているし、それぞれの部門にも話を通してある。それでも何か気になる事があるのなら、今ここで口にしてくれるかい?」
そう言って話を締め括り、確信めいた笑みを浮かべたフォルセティへと向けられた言葉は、乱暴なもの、律儀なもの、茶化すようなものと様々だ。しかし深刻なものは一つとして無く、一様に満足気であった。
それから――。
一ヵ月が過ぎた頃。研究室に呼び出される回数が増えた事で、とは新型神機が完成する時を待ち焦がれるようになる。だが、フォルセティによって製作されていたプロトタイプは稼働テスト中に崩壊し、数年前に摘出されていたマータと極地適応型グボロのコアは欠片すら残さず消滅してしまった。
半年後。それを手掛けた四名は、稼働テスト前に難色を示した。強度を見直された神機は稼働部に問題があるようだ。という彼等の言葉通り、剣形態と銃形態ではフォームチェンジ可能なのだが、装甲を全面展開する事が出来ず――。その際に砕けてしまったサリエルと荷電性カムランのコアは、更なる開発研究材料となった。
一年後。同時に二つの神機を作れるのは最後かもしれない。と、製作に携わる者達は緊張していた。しかし、それを払拭するかのように剣形態で構えたが跳び、装甲を全面展開する。そしては捕喰形態から銃形態へとフォームチェンジし、自慢の自作バレットを放ったのだが――舌打ちすると同時に構えを解いてしまった。過去の問題点を改善された神機は、銃形態での使用に問題があったのだ。威力の高いバレットを発射すると、その特性が奪われてしまう。それを改善しようと思考錯誤とテストが繰り返された結果、マグマ適応型ニーズヘッグとヴァジュラのコアは傷物となり、アラガミ防壁の修復材として使われた。
一年半後。神機の心臓部であるコアに問題は無い。開発者達の意見は完全に一致していた。これまでの失敗から重ねられた研究成果では、漸く二つ揃ったコアを無駄にする可能性が高い。今回の稼働テストは見送ると告げられた特殊班の面々は、渋々それを承知するしかなかった。と、ロッソとアズール、シュヴァルツとナランハ。三つのチームに分かれて無傷のコア摘出に明け暮れていた彼等も、いつ次のコアを用意出来るかなど判らなかったからだ。
しかして――。
彼等が再び喜びに沸いたのは、二年後の事。スレイプニルから摘出された二つのコアは、同じ数の新型神機となった。たとえ、大々的に新型神機の開発に成功した≠ニは言えぬ物であっても。それは彼等が待ち焦がれていた時であり、更なる希望を見出した時でもあった。
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「俺だ」
深夜。特殊班専用の居住フロアから更に一つ下の階層には、二人以外の人影は無い。壁を隔てた通路側でただ一言を口にしたユリウスの表情は、その声と同じく重苦しいものだ。
「やあ」
対して扉の内側からかけられた声は、日頃と変わらず柔らかだった。開いた時と同じ小さな空気音を立てて扉が閉まると、彼の指先は手元のキーを叩く。それと同時にロックされた唯一の出入り口は、認証キー無しでは表から開けられない。
それを確認したユリウスは、先ほどと変わらぬ表情のまま進んで行く。この部屋の主が操る小さな要塞であり、数多の情報を網羅するコンピューターの目の前まで。そして足を止め、また一言。
「それで――」
「完成したよ」
にこやかな笑みと共に告げられたのは予測していた通りの答えでもあり、彼がここへ呼び出された用件でもあった。だが、続く言葉を耳にした途端。まるで受け入れ難い事実を告げられたかのようにして、ユリウスは眉を顰める。
「二人には、もう消えてもらわないとね」
「――フォルセ、…もう呼んであったのか?」
些か呆れ気味の声が言葉の方向性を変えたのは、短い電子音がしたからだ。開かれた扉から迎え入れられた二人のゴッドイーターは、それぞれ挨拶と謝罪を口にする。
「突然呼び出して悪かったね。用件は……心当たりがあるだろう?」
どこか戸惑いを隠せずにいた二人の表情が引き締まり、硬い声で肯定を返した。封印の施された腕輪を着けた二人は計画の実行と手順を説明し、残る二人はそれを確認しながら時折り質問を挟んだ。
「難しい任務になるだろうが、必ず成功させてくれ」
「アルザックとゾディには、稼働テストが終わってから話しておくよ」
否が応でも増して行く緊張感と、ある種の高揚感に包まれた二人。もう随分と前、一度だけ聞かされた計画を実行する時が今漸く来たのだ。それを成功させる事で一つの願いが叶えられるのだから、彼等とて是が非でも成功させたいという思いを抱いている。
「ジューザ、準備は念入りにな」
「当たり前だろ〜?特殊班に続く道なんだぜ?」
己の神機を引き継いだ彼等の遣り取りに、二人は目を細めた。その胸に宿るのは一抹の寂寥か、それとも未練か。或いはそのどちらもなのか。本人以外にそれを知る者は居らず、しかし本人さえ、その答えを求めようとはしなかった。
何も知らぬまま眠る者達にも、全てを知る眠れぬ者達にも頓着せず。いつもの如く、夜はただ闇を深め、更けゆくばかり。

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ちと短いか?などと思いつつ、ここで一区切り。
橘朋美
FileNo.008 2013/4/8 |