Apocalypse
008



連合軍によるアラガミ殲滅作戦が失敗に終わった翌週。それを発見したのは、フェンリル本部の一室で単調な職務に励んでいた一人の男だった。その顔に戸惑いを浮かべた刹那、事の重大さを認識した彼は室内に響き渡るほどの声を張り上げる。

「――?……チーフ!これを!!」

静まり返った室内で、資料から目を上げる者が数名。誰もが訝しげに視線を投げ、その中の一人が立ち上がる。咎めるようにハッキリと。それでいて、宥めるように穏やかな口調で。

「何だね一体?大きな声を出さなくても、……!!」

部屋の中央から緩慢な足取りでそこへ辿り着いた彼は、部下の指し示している物を見た途端、顔色を変えた。

「計器等に異状は見られません。内部、外部共にオールグリーン」

「出現データの発現は1012。彼の発見とほぼ同時刻と思われます」

上司である男に強張った顔を向ける発見者の横でそれぞれの職務を全うする二人の部下の顔は見えないが、声は明らかに緊迫している。

「本部長に連絡…いや、それは私が行く。誰でも良い、大至急統括を連れて来るんだ!各部門の室長以上を非常招集してくれ!!」

北欧第一ハイヴに点在する数か所のフィールドを中心とした付近一帯に設置された多くの計器を使い、アラガミの動向に目を光らせている監視センター。日頃は微かな機械音と幾つかの足音がする程度のその室内が、蜂の巣を突いたように騒がしくなるなど滅多な事ではない。

部署始まって以来の緊急事態に、ある者は慌ただしく部屋を飛び出し、またある者は忙しなく指を動かす。

室内の人員が倍以上に膨れ上がった時、全ての視線は巨大なモニタに注がれていた。誰もが己の目を疑い、しかし、誰もがそれを事実だと認めぬわけには行かないと理解している。

「直ちに調査班2チームを派遣。戦略指導部は緊急会議を開いてデータから対策を立ててもらおうか。問題はその後だね。ゴッドイーター統括責任者はユリウス、……君だ」

チラとも表情を変えず淡々と口にしたフォルセティに、反論を唱える者など在ろう筈もない。それは緊急時の定石であり、今現在の彼等にとって最良の手段でもあるのだから。

「最優先で第五部隊フルメンバー2チームを派遣しろ。戦略指導部はデータを分析。調査データが届き次第、対策会議を開け!」

その座に就いてまだ間も無い本部長。とはいえ元は軍に在籍し、その後は神機使いとして最前線で活躍して来た男だ。明瞭かつ的確なユリウスの指示が飛び、それに呼応した者達は即座に動き出す。そして――響くのはキーを叩く音ばかりとなった暫く後。

「悩む時間はあるよ。まだ暫くはね」

「――そうだな」

何某かの変化があれば直接電話するように言い置いて、静かにその部屋を後にしたユリウスの口は、それ以上の言葉を発しようとしないまま。その視線は何本もの黄色いテープを貼られた腕輪に落とされ、食い縛られた歯がギリリと軋んだ。

応接セットを素通りし、彼の座すべき場所に腰をおろすと、徐に受話器を取り上げる。ソファに腰掛けたフォルセティはその様子を気配で察し、ただ黙して耳を澄ませていた。

「オペレーションセンターです」

受話器の向こう側で日頃のように用件をどうぞ≠ニ続けられないのは、それがホットラインだと承知しているからだ。そして彼女は、告げられるであろう用件にも心当たりがあった。

「二人は?」

「灼熱の巣穴へ向かいました。出撃時刻は0920、帰投予定時刻は1340以降。討伐対象はセクメト、荷電性ケルベロス、スレイプニルが各一体。任務ランクはAです」

澱み無く詳細を伝えた声は次の言葉がかけられるのを待って沈黙を続けるが、それが直ぐに聞こえて来る事は無かった。何度か任務を共にしただけとはいえ、相手の気性を彼女はよく知っている。常ならぬ沈黙を怪訝に思い、何か問題でもあったんですか?と尋ねようとした時になって、漸くその声は届いた。

「すまないが、戻ったら直接ここへ連絡してくれ」

その言葉を承諾して受話器を置いた彼女も、彼女の隣で現在アサインされている出撃可能任務を調べている彼も、彼の作業を待つカウンター向こうの神機使いも、まだ何も知らない。彼等だけではなく、マーシュで過ごしている大多数の者達も。

彼等がレッドアラートに息を詰まらせるのは、数分前に調査任務へと出発した神機使い達の情報が伝えられる数時間後の事であった。

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神機使いの制御下にある神機はアラガミ以外を喰えもしなけりゃ斬れもしない。当然それで殴られりゃ痛いし、勢いがありゃ吹っ飛ばされて怪我もする。けど、今はそんな事をされてるワケじゃない。それでも俺は、目の前に神機を突き付けられて一歩後退ってた。

「あーもう目が寄るっつーの」

「ごめん、近過ぎた?」

焦点を合わせて神機が咥えてるコアをざっと見る。視線を顔ごと動かしながら見えてるトコ全部確認しても、傷なんて見当たらないし綺麗なもんだ。

「うーん……多分無いと思うけどなー」

「多分なの?」

「しょうがないだろ?確実じゃないんだからさ」

やっぱスレイプニルのコアともなると流石にデカいな。って、どうでも良い事を考えながら、両手でゆっくり抜き取った。重いからじゃなくて傷を付けない為にだ。立ってるよりは…ってコアを抱えて座り込んだら、もしゃがみ込んで目を走らせる。

新型神機の開発に必要なんだ。そう言われて集めた素材は、もう数え切れないぐらいになってた。神機を一から作り上げる為には、無傷のコアが必要なんだ。そう言われて集めたコアの数も、もう覚えてないぐらいだ。けど問題は――。

「無傷に見えるけどなぁ」

「まーな。けど、前もダメだっただろ?」

小型や中型ならともかく、デカいアラガミのコアを丸ごと摘出するのはそれなりに難しい。それを無傷でってんなら、べらぼうに。しかも、弱いアラガミのコアじゃ役に立たないってんだから性質が悪い。倒したアラガミから捕喰出来るってだけで、摘出出来ても戦ってる間に傷が入ってる事なんてしょっちゅうだ。……つーか、ランクAのアラガミ相手にしてコアを傷付けないで倒せなんて言われたら絶対無理≠チて即答するぞ、俺。

「――取り敢えず、帰ろうか」

「そうだな。後はフォルセに任せようぜー」

どれだけ見ても傷が見付からないって事は、無傷なんじゃないか?一つだけでも見付かれば、新型神機が完成するのも早いかもしれない。帰投ポイントまで歩きながら考えたのは、希望的観測みたいなもんだった。

「大体さあ」

とんでもない数の素材を集めるだけでも大変だってのに、無傷のコアを摘出するなんて二人だけじゃ難しいんだよ。信用出来て腕の立つ神機使いが少ないのは知ってるけどさ、俺なんか捕喰出来ないんだぜ?どうせなら特殊班のヤツらにも手伝わせれば良いのにさー……とか何とか。

傍で聞いてりゃ愚痴にしか聞こえないだろうけど、俺は浮かない顔してるの口を開かせたくて喋り続けてた。コイツがこんな風になる時は、ぜってー何か考え込んでる。しかもネガティブに。それが一人じゃ答えを出せなくて、我慢出来なくなるまで悩んで、頭ん中がイッパイイッパイになると……あ?

「…?」

ビビッ!って、何だ??オペセンからの呼び出しとは違う音に気付いて、端末を開く。モニタに出たのは赤いエマージェンシーマークで、それを見たがやっと口を開いた。

「緊急非常事態が発令された?!」

「はあ?!おいおい、冗談だろー?」

軽口叩いて、マークの下にある短い文まで読んだトコで舌打ちする。遠くの方を飛んでるヘリを見れば、到着までまだ何分もかかる距離だ。今頃、レッドアラートが鳴り響いてるマーシュは大騒ぎだろう。これじゃあ詳しい話を知りたくても連絡なんて出来やしねー。

「おいゾディ!何があったんだ?!」

「詳しい事は知らん。だが、さっき俺にも出撃命令が出た」

「え?――予備役部隊にまで?!」

ゾディの短い返事はの言葉を肯定した。引退しても腕輪が封印されていない予備役にも出撃命令が出たって事は、緊急ついでに最悪の状況ってワケだ。

ユーリの腕輪は、ついこないだ会った時には封印されてた。けど、フォルセの腕輪は――。もそれを考えてたみたいだけど、マーシュまで二時間もかかる空の上。オマケに情報はさっきの緊急伝達だけ……。俺達に出来る事なんて、それを見てジリジリするぐらいだった。


本部東遠方に新種の巨大アラガミが出現した
出撃可能なゴッドイーターはエントランスに集結せよ


操縦席から速度を上げるぞ≠チて大声がしてから、ずっとイライラしてた。早く詳しい情報が欲しくて、ヘリが着陸する前に飛び降りる。特殊班専用の居住フロアに続く直通エレベーターは俺達を待ってたみたいに扉を開けたけど、単なる偶然だったらしい。

「アンタらが出撃すんのか?!」

「そうだよ。討伐班から救援要請が来てね」

「僕らだけじゃない。遊撃班もフルメンバーで出てる」

「ちょっと待って!2チーム同時に出撃するような状況なの?!」

「そういうこった。詳しい話はフォルセティにでも聞け」

「お前達は部屋に戻ってユリウスの連絡を待て」

「……っ、頭と心臓だけは意地でも喰われんなよ!!」

陰で不死身の四天王≠ニかって呼ばれてるようなヤツらに何でそんな事を言ったのか、その時は判らなかった。

けど、相手はレッドアラートが発令されるようなアラガミだ。討伐班が救援要請を寄越して、遊撃班や特殊班がフルメンバーで2チームも出撃するような。そんなヤバいアラガミだって知って、自分が焦ってるって事だけは判ってた。

アイツらは何も言わないまま、誰も振り返らないままヘリに歩いてく。ロッソとシュヴァルツは肩に担いでたロングを右手で掲げて、ナランハとアズールは中途半端に挙げた左手をピラピラ振って。

エレベーターに乗り込んで、扉が閉まるまで見送ってた。アイツらみたいに出て行けたら。俺が初めてそう思った時だった。

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任務から戻った彼女は、いつものように携行品を補充していた。回復系アイテムが残り少なくなっていたのを思い出し、倉庫から受け取れるよう手配しておこうとノルンの電源を入れたのだが――。

「――みんな忙しいよね」

受け取りを誰に頼もうかと考えようにも上手く行かず、少しでも落ち着こうと思ったのか深呼吸を一つ。しかしそれすらも失敗に終わり、大きな溜息となる。

データベースを開いた途端に緊急伝達事項≠フ文字がの目に入り、それを開くと事の顛末が記されていた。


先日現れた新種のアラガミは第九部隊および第零部隊により討伐されたが、先んじて調査に向かった第五部隊、先発した第一部隊を始めとする多くのゴッドイーターが死傷。

これまでのアラガミとは異なる攻撃手段と破格の体躯で猛威を振るったこのアラガミは、戦略指導部によって ウロヴォロス と名付けられた。体色の黒いものはノーマル種、同じく白いものは堕天種である。詳細はカテゴリよりアラガミ≠ノて確認されたし。

尚、ウロヴォロス討伐中に現れた各地の大型アラガミは第一部隊および第零部隊によって討伐済みである。小型アラガミによるハイヴ襲撃は第三部隊および予備役部隊によって沈静化されている為、現在、居住区に大きな被害は無い。

今後は第四部隊および第五部隊による現地調査を進めると共に、第二部隊および第三部隊を中心とした復旧作業を行う。第六部隊および第七部隊はそれを補佐し、第八部隊は未だハイヴ周辺を闊歩する多数の小型アラガミを討伐せよ。


先日。彼女等と入れ違いに出撃した特殊班の面々は、夜になって漸く帰投した。彼等の報告によって作成されたウロヴォロスのデータに目を通し、その意思を確固たるものとした直後。

「やっぱり――」

ノルンの電源を落としたは、が居るであろう隣室へと向かった。旧ロシア地区での一件から考えていた事を、唯一のパートナーと相談する為に。



     

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フルメンバー=任務遂行可能な最大人員数。
ま、要は4人って事です。





橘朋美







FileNo.008 2013/3/25