Apocalypse
007



「そうだな。食料やガソリンにも余裕があるし、昨日みたいに大回りしてE-3へ行こうか。途中で何事も無ければS-1まで行く余裕もあるから、その辺りは君達が決めてくれるかい?」

携帯食料を齧りながら今日の行程を確認して、ジープに乗り込んだ。アラガミを警戒しながらではあったけれど、こんな風に長く本部を離れたのは初めてだ。勿論外で夜を明かしたのも初めてだったし、アレクセイみたいな人と関わった事も。

『色々経験して――いや、無事に帰って来い』

『初めて経験する事に我を忘れるんじゃないよ?』

ユーリ達の言っていた経験≠ェ何を指していたのかは判らないけれど、少なくとも、本部に居るだけなら経験出来なかったような事がたくさんある。それは確かだと思う。

無謀にもアラガミに向かった連合軍は、失敗した挙句に一般人を見捨てて逃げた。そこかしこに転がる無残な亡骸は捨て去られた物資のように役立つ事も無いまま、ただ土に還る日を日を待つのだろう。E-3の惨状は、どこよりも酷いものだった。

焼け焦げて骨組みだけが目立つ車や投光器。炭化した遺体らしき物。ここに来るまで続いていた白っぽい砂漠とは真逆の黒く染まった大地は、血の跡すら見分けが付かない。これでは探すだけ無駄だろうと言うアレクセイの言葉に頷いて、S-1に向けて走り出したのは昼前の事。

「これは……」

「どこも壊滅状態だって聞いてたが、こんな状態で残ってるなんて」

辿り着いた拠点跡は確かに壊滅状態だったけれど、三つのE拠点とは比べ物にならないくらい綺麗だった。車などの移動手段は殆ど残っておらず、痕跡を見れば融合炉へ向かったのだろうと見当が付く。崩れた幕舎や折れた投光器などの被害は、恐らくアラガミの攻撃によるものだ。それでも多くの物が原型を保ち、そこに存在している。何より、遺体の一つすら見当たらない。

「よっぽど有能な指揮官と素早い神機使いが居たんだろうな、ココ」

が感心したように呟いたのは、拠点を隈なく探索した後の事。残されていたのは、固定型の機材が殆どだった。食料や飲料水は言うまでも無く、武器弾薬の類は愚か、大型の燃料やランチャーの積載車すらも見当たらなかった。

「ここで戦わず、アラガミを引き連れて融合炉へ向かった?」

「多分そうだろうな。その後どうなったか……行ってみるか?」

「他の拠点はどうするの?あ、――アレクセイが来る」

「時間はあるし、…ん?何慌ててんだ、アイツ」

移動の跡を目で追って、これからどうするかを相談していた時。乾いた土を蹴る足音が聞こえた。振り向いた先に現れたアレクセイは、の言った通りの有様だ。息を切らして走って来る彼の元へ近付けば、電信が送られて来たと途切れ途切れに言う。急いで機器の設置されている場所へ戻ると、そこには見た事も無い機材が鎮座していた。

「これが電信機器?動いてるの?」

「ああ。そこに大きな箱があるだろう?それがバッテリなんだ。音声で通信する事は出来ないけど、この電鍵を使って信号を送れる。無線機が使えなくなった場合に備えて設置された、言わば非常用の通信手段だよ」

「ふーん。けど、何の反応も無いよな?コレ」

「オレが気付いたのは通信が終わる頃だったから内容は判らなかったけど――あと十分もすれば、また信号が送られて来ると思う。さっきの通信が最後じゃなければの話だけどね」

どこからなのか、どんな用件なのか。何れにしても、何らかの情報が得られるのならと思って待機すると決めた。モールス信号の判読は出来る?という問いに、そもそもモールス信号を知らないと返すと――何故か苦笑いを浮かべたアレクセイ。可笑しな答えをしたのだろうか?と首を傾げれば、彼もそれが得意ではないと言って、また苦笑を浮かべた。使えるように設置してある筈だから、設定すれば通信符号が表記出来る筈なんだけど……と、あれこれ弄る様子を眺めて、そんな事で大丈夫なんだろうか?と一抹の不安を抱えながら時を待つ事数分。

「あ!」

「お?動いた!」

「こっちも上手く動いてくれたみたいだ、ほら」

断続的な信号音が鳴り始めると同時に、機器の左側から細長い紙が伸びる。幾つもの点と線が並ぶそれは、何かの暗号のようにも見えた。その符号がアルファベットや記号を表しているんだと言いながら、アレクセイはそれを解読し始めたらしい。私達はただ、その不思議な通信手段である音の羅列に耳を傾けていた。そして、3分もしない内に音がしなくなった。

「フェンリル、本部より……?」

「えっ?」

「連合軍、作戦参加者の…安否を、伝えられたし」

「はぁ?」

十中八九は連合軍からのものだろうと思っていた通信は、フェンリル本部からのものらしい。それ以上の通信は無く、こちらの状況が伝わっていないんじゃないか?とアレクセイは言うけれど――私達は、ただ顔を見合わせて呆然とするしかなかった。

今の世の中、前時代のように何基もの通信衛星を駆使して連絡を取れるわけじゃない。旧北欧地区から旧ロシア地区では携帯端末を使っても通信が出来ないという事は前以って聞かされていた。相応の無線機を使えば音声通信は可能だけれど、どこで誰が傍受するか判らない。私達のように素性を隠したい場合は、そんな危険性を孕む方法は使えないという事も解っている。

それでもビーコンによる位置特定は可能だ。こちらから連絡を取るのは不可能だけれど、帰還を知らせる時には移動せず8時間待てばヘリを寄越すという手筈が整えられていたのに。

「もしかして……俺達MIA扱いされてる、とか?」

「――――有り得るかも」

「ミーア?何だいそれ?」

MIA――作戦行動中行方不明。生死不明であり時間経過と共に生存の可能性は低いと認識される。そう説明すると、アレクセイは自分の事のように、大変じゃないか!と慌てた。

何故かは判らないけれど、本部の方でビーコンを確認出来ない状態になっているんだろう。こちらが無事だという事を知らせれば解決出来る問題ではあるけれど、私達の存在を知っている人間だけに伝えなければ別の問題が出て来る。それを避ける為には送られて来た通信と同じように不明瞭で、尚且つ確実に私達だと判るような伝え方をしなければ。そこまで考えて、アレクセイに尋ねた。

「こっちから電信を送れる?」

「え?ああ。ちょっと時間はかかるけど、出来る事は出来る」

「時間がかかるってのは?何か問題でもあるとか?」

「いや、問題と言えば問題なんだけど…。モールスは得意じゃないって言っただろう?伝える事を簡単に纏めて符号化してからじゃないと、電鍵を打てないんだ」

それから15分後の通信に暫く待て≠ニだけ返してと言って、こちらの事をどう知らせるか考えた。これだけで良いのかい?と尋ねたアレクセイが電鍵を叩き始めたのは、更に15分後の通信があってからの事。

こちら連合軍軍曹。男女二人の少尉が同行中。

それだけの情報は、あっと言う間に届けられたらしい。少し間を置いて、また細長い紙が伸びて来るのが見えた。

「ええと…?さっきまでとは随分違うな。ちょっと待ってよ――――ええっと、・・・・J.U.L.I.U.S――ジュリアスより?」

「ジュリアスじゃない。ユリウスだ」

「ユーリが打ってるって事?」

「誰が打ってるのかは判らないけど――――30時間以上位置確認が出来ない本部所属のゴッドイーター…って、君達なんじゃないか?とにかく、その二人を探してるらし…いや。自分が探してるのは君達だって確信してるみたいだけど、」

どうやら作戦参加者から特定出来たらしい。という事は、ユーリが電信を打っていると思って間違いないだろう。そうと判れば話は早い。

こちらは無事だと伝えてもらい、現状では任務遂行が困難だという事と、帰還の為ヘリを寄越すという事を伝えられた。知らない内に危機的状況に陥っていると思われていた私達は、それとは別の意味で拙い状況に置かれていたらしい。位置特定すら出来ない状況で、連絡手段すら無いまま見知らぬ土地に取り残されていたのかもしれないと思うと、ゾッとした。

そして約二時間後。翌日の夜、融合炉跡付近で待てという通信が入った。時間的な余裕は充分にあるから、問題は無さそうだ。

「うん、これで終わりみたいだ。それにしても、運が良かったな。電話なんて街には無いし、アンテナが無ければ北欧と無線が繋がるかどうかすら怪しいんだ。こんな古い方法を使う事なんて無いと思っていたけど、何とか連絡が取れて本当に良かった」

ニコニコと嬉しげに笑う彼にお礼を言いながらも、改めて自分達の置かれていた状況に内心で冷や汗を掻く。暫く後には合流予定時間まで周辺の探索を続けると決め、陽の傾き始めた空を見上げた。暗くなる前には使えそうな物資を集め、小さくとも風雨を凌げそうなテントへと運び込んだ。

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思ったより早く本部へ帰る事になったけど、帰還ヘリとの合流まで24時間以上ある。S-2を経由してS-3まで足を延ばすか、それとも融合炉のあった付近を探索するか。どっちにせよ行動は朝になってからの方が都合良いって事で、そのままS-1で朝を待った。

「おはよう。もう起きたの?」

「ん〜〜〜っ!お、はよー」

目が覚めて、すっかり陽が昇ってるのを確かめてジープを降りた。指を組んで両手を伸ばせるだけ頭の上に伸ばすと、続け様の不寝番で寝不足気味の頭がスッキリするような気がする。そのまま上体を前後左右に曲げたり捻ったり、訓練前のストレッチみたいに動かす。狭くて硬いシートで寝た所為で強張った身体が、少しだけ解れたのは確かだ。

「さーてと、この後どうする?」

「うん、」

「ああ、その事なんだけど…」

固形レーションと携帯食料で空きっ腹を満たした後で予定を立てようとしたら、アレクセイが言い辛そうに口を開いた。合流ポイントまで俺達を送ってから街に帰ろうとすると、直線距離でS-2まで行くぐらいしか出来ないらしい。ガソリンを補給する為にE-1まで戻るなら、まだ探索してない他の拠点まで行くだけの時間が足りるかどうか怪しくなる。

色々話し合った結果、S-2まで最短距離を進んでから合流ポイントに向かうって決まった。理由は簡単だ。根本的な目的は違うけど、俺達は少しでも広い範囲の状況を把握したかったから。

「――って言われたんだ。適合率が足りないんじゃ、諦めるしかないだろう?けど、こんなご時世じゃ真面な働き口なんて無い。だからオレは、」

S-2で使えそうな物資を漁って、後はもう合流地点に向かうだけ。街を出てから全くアラガミの痕跡が見付からなかった所為か、それとも大量の物資を確保出来た所為か。作戦が失敗してから街を出るまでは嫌でも緊迫感を感じてたのに、今じゃ殆ど感じない。

フェンリルや神機使いの事を聞きたいって言われて、答えられる事には答えてた。答えられない事は機密だって言ったり、適当に嘘を吐いたり。どうしてゴッドイーターを目指したのかって聞かれた時だ。答えずに質問で返したら、やけに詳しく話し出したんだよな…コイツ。

「――安定した給料どころか、……ああ、ごめん。愚痴なんて言っててもしょうがないよな。実際にゴッドイーターに会ったのって初めてで、やっぱり羨ましくてさ。情けないけど、僻みっぽくなってるんだろうな」

神機使いになりたかったのに事前審査で落ちたって話は聞いてた……ってか聞かされてたけど、ここまで拘ってるとは思ってなかった。フェンリルに所属してない人間が、フェンリルの関係者をどんな風に見てるのかも、初めて知った。ハイヴの外で暮らしてる人間が居る事すら知らなかった俺達にとっては、かなりのカルチャーショックだ。

「なあ、アンタさ……」

いつアラガミに襲われるか判らない。戦う方法も逃げる手段も無い。警戒して、隠れて、それでも生きて。少しでも安全な場所で家族と暮らしたいっていうアレクセイの願いは、俺達が小さい頃に願ってた事と変わらないのかもしれない。そう思ったら、つい聞いてた。

「今、25だって言ってたよな。事前審査受けたのっていつ?」

「ああ。事前審査を受けたのは、18になって直ぐだった。街にフェンリルの人が来てね新しく設立される極東支部でゴッドイーターを募っている≠チて言って、大勢の人が手を挙げたよ。結局、全員駄目だったんだけど…どうしてだい?」

「それ以降、審査を受けなかったの?」

が不思議そうな顔してるのは当たり前だと思う。18の時に駄目だったとしても何年か後には適合候補になれる可能性はあるのに、何で審査を受けようとしなかったんだ?いや……支部すら無い所に住んでてフェンリルの保護を受けてないんじゃ、審査を受けたくても受けられなかったのかもしれない。

「アンタさ、今でもゴッドイーターになりたいのか?」

「そりゃなりたいさ。なれるものならね」

「なれなくは――ないかもしれない」

生まれ持った適合率は、下がらないで上がるんだ。大抵は20才前後。遅くても20代半ばまでには安定するって検証結果がある。だからフェンリルの保護下にある人間は5年毎に適合率をチェックされるし、適合候補になると試験を受けるよう通達される。

「その話、本当かい?」

「前回の適合率にもよるけれど――話自体は本当」

「こんな事で嘘吐いたって、何の意味も無いだろ?」

アレクセイがガソリンを補給してから一度街に戻りたい≠チて言い出したのは、合流ポイントに着くか着かないかって時だった。ここまで来れば後は時間を待つだけだし、そのまま帰っても良いって言ったんだけどな。まさかあんな事言い出すなんてさ……あーぁ。

「――どうするの?」

「どうもこうも…………あー、俺余計な事言っちゃったかなー」

家族に話して来るから、本部へ連れて行ってくれ!そう言った時のアレクセイを思い出す。子供が宝物でも見付けたんじゃないかってぐらい嬉しそうで、それでも目はマジだった。それがゴッドイーターになれるかもしれない≠チて話をした所為だと思うと、突き放すのも非道い気がする。

でも、俺達に何が出来る?アレクセイを本部に連れてく権限なんて無い。それどころか、マーシュでも要請が無きゃ特殊班の居住フロアから出る事も出来ないってのに。

「でも、あの人凄く喜んでた」

「そりゃまあ、そうだけど……」

ムスハやゾディは絶対に止めとけって言うだろうけど、あの二人だってそういう権限を持ってるワケじゃない。だから多分、拝み倒せばアレクセイを連れてくのは無理じゃない……と思う。けど、本部に着いたら。

「フォルセ達,、許してくれると思うか?」

「――――判んない。でもあの人、前回75%だったって…」

「うん。それから上がってて、適合候補になれりゃフォルセ達も…」

アイツが係の人に惜しいって言われたよ≠チてのは、本当の事だ。後2%で適合候補になれる数値。神機に喰われないギリギリの適合率だけど、神機使いになっても神機を上手く扱えないらしい。そういう新人のKIAが半年で百人近く出たのは、十年ぐらい前の話だ。

「あ!」

「何だよいきなり」

人が喋ってんのに大声上げて何かと思ったら、大丈夫だよ!って言って笑う。その後に多分って一言が無きゃ、俺も素直に喜べたのかもな。

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フェンリル極東支部にて。無事初陣を飾り帰還した若年と形容するにも若過ぎる神機使いが、その洞察力を以って思考を巡らせるのを諦めたのと同じ頃。本部長室では、禅問答に近い遣り取りが行われていた。

前線にて必要な判断を仰ぐ事が困難な場合、決定権は部隊長もしくは尉官以上の者に委ねるものとする。また、該当者不在の際には帰投を最優先事項とし、これを迅速に遂行せよ。という規範の一節は随分と砕けた物言いになってはいたが、根本的には間違っていない。それを充分承知の上で口にした彼女は、だから――と続ける。

「あの人を連れて来ようと思ったの」

「それは間違った事じゃない。だが――しかしな、」

立場までチグハグなそれは始まってから然程も経たぬ内に結果が見えたかのようだったが、事はそれほど単純ではないのだ。

オラクル細胞が発見されて以来、フェンリルでも様々な問題を抱えて来た。中でも深刻なのは、慢性的なゴッドイーター不足だ。適合候補の不足はそのまま神機使いの不足に繋り、目覚ましい勢いで進化を遂げて来たアラガミとの戦いは、更にそれを増長させる。

そして数日前に他界した伯父の椅子を継いだ彼は、穏健派の秘事が露見する可能性を見逃すわけには行かなかった。強硬派との均衡を保つ為にも、二人を守る為にも。

「……審査だけでもって言ったんだ、アイツ」

二人の保護者が声のした方を見遣ると、呟くように言った彼は両の拳を握りしめて続ける。俯いたままで、小さな声で。

「それでダメなら諦める。諦められるって。でもさ、諦めたくないって言ったんだ。可能性がゼロじゃないなら、希望があるなら諦めたくないって笑ったんだ。家族と一緒に……生きて行く為に!諦められないって!!」

握り締められたままの拳は節々が白く浮き立ち、徐々に大きくなった声と上げられた顔は怒っているようにも見える。だが、そうではないのかもしれない。そして彼等は、そうではないのだと理解していた。

「……やれやれ、仕方が無いねぇ」

言葉と共に小さな笑みを浮かべた男が結論を下し、幾つかの条件を呑んだ二人は漸く自室へと足を向ける。その後――残された彼等が、どちらともなく口を開いた。彼女等の連れ帰った男に今後どう対処するか、と。

「適合率が高ければ神機使いとして働いてもらう事になるが…」

「そうなるね。それに――もしかしたら役に立ってくれるかもしれない」

何に?とユリウスが問う前に、だけど、とフォルセは続ける。事前審査に通らなければ故郷へ帰ってもらうしかない。そして、そうならなければ良いけれど――と、隣室への扉に手をかけた。

所在なく、しかし物珍しげに視線を彷徨わせていた男は、カチャ…と静かな音を立てた扉に居住まいを正す。

「待たせたな。ああ、良い。そのまま座っててくれ」

「アレクセイといったね。君には色々と聞いておきたい事があるんだ」

幾つもの質問に答えたアレクセイは、幾つかの条件を呑んだ。かくして事前審査を受けた彼が適合候補者と認められ、適合神機を手にするまでに要した時は数日。それ以降の交流を禁じられた三人が再び顔を合わせるまでに、幾許の歳月が流れる事となるのか。それを知る者は、誰一人として存在しなかった。



     

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極東支部に行けるまで、まだまだかかりそうな感じ。





橘朋美







FileNo.007 2013/3/12