Apocalypse
002



ブリーフィングも任務も、いつもと大して変わらない。沈黙の楽園――二重リング状になってる遮蔽物の多いフィールドは、身体の小さな俺達にとっては戦い易い場所だった。討伐対象はサリエルとその堕天種で、それぞれにくっ付いてるザイゴが各種一体。サリエルと随行するザイゴを殲滅すれば堕天種と残りのザイゴが出て来るだろうって調査班の見立ては、確かに間違ってなかった。

『えっ?うぁあっ!!』

いつものみたいにが耳を澄まして、俺が目を凝らして、アイツらの位置を探り当てた後で二手に分かれて。携帯端末からミッション終了の声が聞こえたのは、俺達が最後の一体に止めを刺した少し後だった。が捕喰してる横で二分後には合流ポイントに着くって連絡した後、アイツが現れるまでは――全部予測通りだったんだ。

『っ、何で効かないんだよぉお!!』

サリエル神属と似たような攻撃なのに攻撃範囲が広くて、避け切れなかったが吹っ飛んでったのが見えた。攻撃力の低さを補おうと思って最初から毒弾を撃ってたのに中々効かなくて、反動に押し戻された俺を追って来たのが、追尾性能のあるあのレーザーだ。サリエルとは何度も戦ってたし、避けるコツも掴んでたのに。

『ぅわ、あっ!!――な、んで…』

直撃されて吹っ飛んだ。俺も、神機も。何とか立ち上がったらしいはもうフラフラだった。当たり前だよな。ちょっと前までザイゴ相手に飛び跳ねまくって、何回も毒を喰らって、やっと終わったと思ったら新種と御対面。とっくに回復系アイテムが無くなってんだろうって気付いても、神機が無きゃ回復もしてやれなくて。

『……い、や』

尻餅ついたまま、白い足の下から神機を見てた。の足元にあった俺の神機を。その上で泣きそうな顔して俺を見てるに気付いた時、ああそうか…って思った。小型アラガミと戦う時以外はいつだってフォルセ達と一緒だった俺達じゃ、このアラガミに敵うワケない。もそれに気付いてるんだなって。

『やめて――、食べちゃダメーっ!!』

視界が白いスカートに埋め尽くされて、頭の上から黒い影が広がってくのが判って、目の前が真っ暗になった時。ああ、死ぬのかな?って思った。死ぬくらいなら、フォルセ達に連絡すれば良かった。隙を見せてる間に攻撃されたらって思うと戦いながら連絡なんて出来なかったけど、このままじゃまで殺される。そう思ってたんだ。聞き慣れた音がして、閉じた瞼が明るさを感じて、叫び声が聞こえて、目を開けるまで。

『――え??……!!』

明らかに活性化してる新種の頭はボロボロで、状況を理解した俺は混乱しそうだった。だけど、ゆっくり向きを変え始めたスカートを見て我に返ったんだ。まあ、その後の行動は――うん。今思うと流石に無謀だったかな。それでも、後悔はしてない。あの時は、あれが精一杯だった。まだ子供だった俺達にとっては、精一杯の抵抗だったんだ。

『うぁああ…ッ!!』

いつもと同じように終わる筈だった任務は新種の乱入で一転。俺が喰われそうだったのも一転。遠くから走って来る二人が見えて、良く頑張ったなって褒めてくれるかな?なんて思ってる内に、視界は暗転。見た事も無い男が見えたのは、その一瞬だった。

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遠くから聞こえる足音が二つ。ああ、ユーリ達が気付いてくれたんだ。そう思った瞬間、アイテールは崩れ落ちた。勿論、飛び掛かったも一緒に。まだ倒したわけじゃないんだから直ぐに神機を渡さないと!そう思って駆け寄ったのに、あっと言う間に変色して行くソレは、もう動こうとはしなかった。

『え??――っ、!!』

白い身体が黒に覆われた刹那、聞こえたのは男の声。聞き覚えの無いそれに対する疑問は、次の瞬間には頭の片隅に追いやられた。焼け爛れた巨大な瘤のようなソレにしがみ付いたままの身体は完璧に弛緩していて、何とか起こそうと思っても、私自身が限界で。

!おいっ、返事をしろ!!』

『二人とも……一体、何を。これは――?まさか、』

放り出したままの神機と、手にしたままの神機。きっと、後でたくさん叱られる。そう思っていたけれど、聞こえるのは大好きな二人の声との生きてる証。それが判っていたから。もう動く筈の無いソレの横で、私は意識を失った。

『良いか?二度とあんな真似をするんじゃない!二人ともだ!!』

『お仕置きは……そうだねぇ、次の任務が終わるまで――』

目が覚めた後。散々お説教された挙句お仕置きまで喰らった私達は、任務に出られるようになるまで一ヵ月以上かかった。人知を超える頑強な身体と驚異的な回復力を誇るゴッドイーターが、何故それほどまで長期間?と、今なら思うだろう。ああ、でも――今なら、どうしてあんな事になったのかも少しは解るような気がする。

『声?』

『うん。知らない人の声がしたの』

も聞いたのかい?』

『ううん、聞こえなかった』

それを話したのは、二度目の精密検査を終えた日だった。あの時、あの場で何があったのか。それを詳しく話すように言われて、順を追って説明していたんだけど――その声を聞いたのは私だけだった。

『空耳じゃ――』

『違う!男の人が、――――って謝ってたの』

『うん。あの白いヤツ、男の人だった』

『…………それは、新種のアラガミの事かい?』

そして、その姿を見たのはだけ。悩みながら頭を掻くユーリと難しい顔をしたフォルセが部屋を出て、暫く。真剣な顔で戻って来た二人は、一枚のディスクを見るように言った。ポータブルのモニタに映し出されたのは少し若い頃の二人と何人かの男女で、殆どの人が白衣を着てる。ガヤガヤと落ち着かない様子の画面が静まったのは、楽しげなユーリの声がした後だ。

俺達を捨てて婚約者の元へ帰る幸せな薄情者!

一瞬で移り変わった画面には、満面の笑みを浮かべた男が一人。辺りからはからかいを含んだ声や口笛が飛んで、聞いた事の無い名前を出して囃し立てる彼等は、その人を送る為に集まったんだろうと判った。

『あ、この人!この人だったよ!!』

乾杯の合図みたいにしてこちらへグラスを向けた男を指差したは、宝物でも見付けたんじゃないかってくらい嬉しそうな声を上げた。私が声を出したのは、その少し後。

悔しかったら、お前達も早く良い女を見付けるんだな。

こんな明るい声じゃなかったけど、あの時の声だ。間違い無い。この人の声だったよ!そう言って振り返った。その時の二人の顔は、忘れられない。驚いているのか戸惑っているのか、信じられない∞まさか≠ニ繰り返すユーリ。何も言わないまま、顔を歪めて俯くフォルセ。二人とも悲しそうな、苦しそうな、辛そうな……まるで、泣くのを堪えている小さな子供ような表情だった。

『嘘じゃない!ホントにこの人だったんだよ!!』

『ちゃんと聞こえたの!』

『泣いてたんだ、この人』

『この人の声だったもん……本当に』

信じてもらいたくて言い募っていた私達を宥めたのは、漸く口を開いたフォルセだ。お前達の言葉を信じていないわけじゃないんだ。僕達はまだ調べる事があるからね。そう言って私達を寝かし付けた二人が部屋を出て行ってから、どんな遣り取りがあったのか。あの時一体何が起こっていたのか。私達が何をしたのか。それを全て知るのは、まだ随分と先の事だった。

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一ヵ月以上もオヤツ抜き。プラス毎日三時間演習の刑を喰らった俺達に出撃命令が出たのは、アイテールの目撃情報が確認された後だった。一度でも交戦経験のあるヤツが居た方が良いっていう理由と、多分、確かめたかったんだろうな。あの時俺が見たモノと、が聞いたモノを。

『雑魚は直ぐに蹴散らす。絶対に離れるんじゃないぞ?』

『守れなかったら――、判ってるね?』

鬼みたいな形相のユーリと笑いながら脅すフォルセに何回も首を縦に振って、開かれたままの扉から下を見た。祈りの戦艦って呼ばれるそのフィールドは、中央に折れた鉄骨がデカい十字架みたいに刺さってる。その他には特に遮蔽物が無くて、アイツらを相手にするのは厄介な場所だ。

『大尉!御武運を!!』

出撃の合図を出したユーリに声を張り上げたのは、操縦士のムスハだ。それに頷いた二人が、ヘリの床を蹴る。俺達はそれぞれに抱えられて、冷たくて五月蝿い風の音に包まれた。

マグマ対応型のザイゴが一体、また一体と地に落ちて、ゆっくり消えて行く。それが全部消える前に近付いて来たアイテールを相手に、五分もした頃だったか。

切れた尻尾と裂けたスカートから捕喰してる二人を見ながら、何か見えたかい?って聞かれた。見えなかったって答えた俺に、フォルセは何も言わなかった。多分、もユーリに聞かれてたんだろうな。何か聞こえたか?って。

『任務完了だ。帰投するぞ』

『良く頑張ったね、二人とも』

普段より疲れて見える二人が妙に寂しそうに見えたのは、夕日に照らされてるからだと思ってた。アラガミに喰い荒らされた世界は、それでも綺麗な物を残してたから。光る海面、沈んで行く太陽、色を変える空。それを実際に見て、生きてる事を嬉しいって感じる心。そういう時間を共有したいと思う相手。少なくとも、俺はその為に戦ってた。

『特務とは違うの?』

『…強いアラガミ?』

それは適性試験を受けてから一年が過ぎて、俺達が上等兵になった少し後だった。極秘任務に行くって言われたけど、詳しい事は知らされないまま。装甲車は無人の旧住宅地を走って、着いたのは忘却の聖堂。

ハイヴから遠くないそのフィールドは地下に続く道があって、その奥には尉官以上しか進入が許されない場所がある。理由は単純だ。残虐の会堂って呼ばれるだけあって、そこに現れるのは何度も捕喰を繰り返した強いアラガミばっかり。勿論、俺達はそこに入る資格なんて無かった。

『良いかい?倒した後、5分はここで休んでいるんだよ?』

『相手がノーマル種だからって油断するんじゃないぞ?』

作戦らしい作戦を立てた珍しいブリーフィングが終わって、聖堂の大扉の前に立った時、俺達は緊張してた。討伐対象は聖堂に居るシユウ。四人でやるんだったら、何でそんな簡単な任務を受けたんだろう?って思っただろうな。けど、それを二人だけで倒す。それは、俺達にとって初めての経験だった。

それなりに強いけれど、君達の倒せないような相手じゃないよ。緊張しないで、いつも通りに戦っておいで。――とか何とか言って扉を開けたフォルセを思い出しながら、とにかく頭を狙って撃ちまくってた。そうやって少しでも隙を作らなきゃ、の体力がもたなかったんだ。

リーチが足りなくて飛び跳ねながら攻撃してる所を、翼手が襲う。距離を保って狙い撃ちしてる俺に滑空して来たのを避けて、それを追いかけて来たの一撃が決まるかと思えば――。

『きゃぁあっ!』

衝撃波を放ちながらのバックステップに巻き込まれる。隙を衝いて狙いを定めたのは、シユウの翼手の方が早かった。

!!』

だけど、先に動いたのは俺の手だ。声に反応したが神機を構え直しながら走って、スタングレネードの閃光に目が眩んでるシユウをここぞとばかりに捕喰する。撃ち続けたバレットは、神機が引き抜かれる前に頭部を結合崩壊させた。何回か斬り付けられた翼手も結合崩壊して、その後は簡単なもんだ。

ヤバイと思う時にはスタングレネードを使って、その隙に捕喰したがバースト効果をフルに使って斬撃を叩き込む。崩れた頭と壊れた翼手が禍々しい色を放ちながら消えてったのは、任務開始から7分近くが過ぎた頃だった。それから言いつけ通りに5分過ぎるのを待って、俺達は地下に降りてったんだけど――。

『ユーリッ!!』

『フォルセ?!』

薄暗い地下道を抜けた先で目にしたのは、信じられない光景だった。結合崩壊すらしてない赤黒いシユウ神属と、その色に負けないくらい赤く染まった二人。任務開始から10分以上が過ぎてるっていうのに、どう見ても劣勢だと思った。だけど、加勢してから気付いた。

攻撃中に炎を纏った翼手で薙ぎ払われて眩暈を起こしたユーリが、いつもみたいに追撃しようとしない。衝撃波を放ってる無防備な身体に、フォルセの弾が撃ち込まれない。まるでソイツを倒したくないみたいな戦い方に、俺達は悲鳴を上げた。

頭から垂れる血を拭いながら苦笑いしたユーリが気絶したのは、炎を纏いながらの滑空に直撃された時。埃だらけの顔で辛そうに微笑んだフォルセが気絶したのは、リンクエイドしようとした隙に大きな火球を叩き込まれた時。その数秒で、俺達は絶望的な状況に立たされた。

!行って!!』

殆ど反射的にポーチを探りながら、神機を構えたとは逆に走り出す。回復系のアイテムにはまだ余裕があったけど、スタングレネードは三つしかない。の手持ちも似たようなものだろうし、早く二人に起きてもらわなきゃ!片手じゃ持ってられない神機を床に転がした後、回復錠改を用意しながらそんな事を考えて、ユーリに手を伸ばした。

『――え?』

なのにユーリは起きなくて、混乱しかけた頭でフォルセに手を伸ばす。だけどフォルセも起きなくて――指先が強張って、手が震え出す。いつもにやってるのと同じやり方なのに、どうして?!考える暇もやり直す暇も無いまま、後ろから悲鳴が聞こえる。振り返った俺は情けないぐらい動揺してて、ただ叫ぶ事しか出来なかった。

『起きないんだ!どうしよう?!二人とも!起きてくれない!!』

それがに隙を作るなんて考えもしないで、ただ焦って喚いた。その結果が、続け様に放たれた火球と、スタンを喰らったのダウン。多分、体力もギリギリだったんだろうな。手と膝は床に着いてて、頭がグラグラ揺れてるのが見えた。見たくないモノと一緒に。

『やめろ……っ、食べるなぁああ!!』

身体の横にある翼手は動いてないのに、の頭に伸びてく手が見える。駄目だ、それだけは――絶対に!!やけに重たく感じる神機を構えながら走って、手を伸ばしても間に合わないって判った瞬間、夢中でぶっ放す。それが止めになるなんて、これっぽっちも思ってなかった。銃口から放たれたのがパイロ系バレットだって気付いたのは撃った後だったし、見た事無い神機を構えてるって気付いたのは、フラフラしながら立ち上がったに言われてからだった。ホントに無我夢中だったんだ。

『――あ!』

『女の人――』

休んでる間に回復してなかったらヤバかっただろうけど、俺達は気を失ってなかった。俺にそれが見えた時、にはそれが聞こえたらしい。二人とも、今度は意識がハッキリしてたんだ。だけど、フォルセとユーリは倒れたままで。

『――嘘、どうして?』

『二人とも、ちゃんと心臓動いてるのに……』

が試してみても、結果は同じだった。二人の左胸に耳を押し当てるとちゃんと心音がしてるのに、何度試してもリンクエイド出来ない。早く帰らないと、別のアラガミが来るかもしれない。

焦ったところで俺達だけじゃ二人を運べなくて、運べたとしても帰れない。だけど、じゃあどうすれば?何とかマーシュに帰る方法を考えなきゃって悩んでた時、不意にが顔を上げた。

『誰か走って来る』

『えっ?誰かって……誰だろう?』

『判んない。けど、一人で降りて来る』

『やっぱり、隠れといた方が良いのかな?』

ここに入れるぐらいの人なら絶対に二人を助けてくれるだろうけど、俺達は、あの時紹介された人間以外からは隠れてなきゃいけない。顔を見合わせた数秒後。瓦礫の影に隠れてた俺達の前に現れたのは、見知った顔。特殊班の一人、シュヴァルツだった。



     

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何か色々と普通じゃない双子の断片。





橘朋美







FileNo.002 2013/1/6