Apocalypse
001



一時は70億人を超えていたという人類の数は、ある時期を境に短期間で激減したそうだ。今から15年ほど前、北欧地域で発見命名されたオラクル細胞によって――。ああ、違うかな。後にアラガミと名付けられたオラクル細胞の集合体によって?それとは逆に数を増して行ったのが、その集合体。凶暴な生物体、とでも言えば良いんだろうか?とにかく、あいつ等はオラクル細胞の特徴のままに様々な物を捕喰して、今この時も進化を続けているんだろう。

勿論、人だって何もしなかったわけじゃない。碌に研究も進まない内に、各国は軍を動かした。実行された作戦は数知れず、しかしその成果は散々たるものばかりだったらしいけど。

既存の対人兵器では、殺すどころか碌にダメージすら与えらない。それが証明された事だけが、唯一の戦果だったのかもな。育ての親が、そう言って力無く笑っていた事があった。

「――目的地到着予測は2320。残り30分ほどです」

「了解。着陸5分前になったら知らせて」

小さなスピーカーが雑音交じりで操縦席からの声を伝える。事務的に答えた私は、昔の事を思い出していた。離陸して暫くしてからは一言も喋っていないも、きっと似たような事を考えているんだろう。小さな頃からの癖で、顔を見合わせて――何となく、そんな風に思った。

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『良いかい二人とも、ちゃんと約束を守るんだよ?』

『大変だろうが、俺達が傍に居る。頑張れるな?』

まだ幼い頃。機材だらけの白い部屋を出る日に、二人はそう念を押した。私達は、ただ頷いただけだったと思う。これまで会った事のない人に聞かれても、本当の事を話してはいけない。とても大変な事だと思われたその約束は、その頃の私達にとって未知のものでしかなかったから。

初めてエレベーターに乗って、これまで見た事も無い大勢の人が行き交う場所を色んな恰好をした人達に見られながら歩いて、行き着いた場所。焦げ茶色した大きな扉を開けた先には映像でしか見た事の無かった空間が広がっていて、そこに居たのは髭を生やしたお爺さんだった。

『やっと来おったか。ふむ…、その二人が?』

『はい。全てはお渡ししたデータ通りです』

『約束は守って下さいよ、伯父さん』

いつもの優しい顔と明るい顔が嘘みたいな厳しい顔と恐い顔になって、思わず目を見合わせた私達は――多分、同じようにわけが解らないという顔をしていたと思う。

『判っておる。私とて鬼ではない。さて、では始めるとしよう』

困ったような顔で言ったお爺さんが受話器を取った数十秒後。その部屋に集まったのは、本当の事を話しても許される人達だった。彼等は誰一人として好意的ではなかったけれど、だからと言って悪意に満ちていたわけでもない。私達に向けられたのは、幾つもの驚きの声と視線。

名前を覚えるのは追々で構わないが、顔と声は今直ぐにでも覚えなさい。そう紹介されたのは、整備点検部門の男性が三人と、女性の医者が一人。オペレーターだという男女が一人ずつと、ヘリの操縦士だという男性が二人。四人のゴッドイーターと、フェンリルのトップである本部長だった。

『うーん…惜しいねぇ。本当なら、二人とも選り取り見取りなのに』

『重くて動けないんじゃ話にならない。そう言ったのはお前だろう?』

言いながら、二人は部屋の中央に置かれた大きな台の前に踏み台を下ろした。重厚な扉を出て向かった先は、何かを閉じ込める為に作られたんだろうかと思える監獄のような空間。やけに高い天井近くにある大きな窓の向こうには私達以外の全員が居て、見下されているような気分になったのを微かに覚えている。

かなり痛いだろうけど、十まで数える間には終わるから。そう教えられていた適合試験。一つしかない出入り口の向こう側で心配そうな顔をしている弟も後で同じ事をするんだと思うと、痛さに対する恐怖心を抑え込む事も出来た。実際に、その痛みを感じるまでは。

今日はこれ以上無理だろうと判断された私達は、二人に抱かれて部屋に連れて行かれたらしい。断言出来ないのは、その時の記憶が無いからだ。次に目を開けた時、視界に入ったのは見知らぬ光景だった。大して広くもない空間を見回しても見慣れた姿はどこにも無くて、向こう側の見えない壁に囲まれて独り。どうすれば良いのかなんて見当も付かなかったけれど、左腕にある奇妙な物に気付いた途端、私はそれを剥ぎ取ろうと必至になった。同じ頃、隣の部屋で弟が同じ事をしていたと知ったのは少し後の事。

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数年で荒廃した世界。そこで荒ぶる神々に淘汰されまいと足掻いた結果、人によって生み出されたモノがあった。アラガミを倒し得る生体兵器と、それを振るう者。その武器の名から神機使いと呼ばれる彼等達の利き腕には、必ず、そして常に装着されている物がある。

『仮定の話などどうでも良い!あの二人に合う物を作るんだ』

それらしき物が置かれたテーブルで繰り広げられていた論争は、その一言で静まった。正式名称、P53アームドインプラント。内側の接触面が装着した者の身体と融合し、生涯外す事が出来ない。殆どの人間が腕輪と呼ぶ物だ。

『本気で言っているんですか…?』

『可能だろうな?フォルセティ』

先ほど声を荒げた初老の男は甥の問い掛けには答えず、デスクに肘を着いて黙したままの人物に問う。フォルセティと呼ばれた男は組んだ指の上で静かに目を閉じ、僅かの後にまた開いた。その顔に、昨日と同じ厳しい表情を浮かべて。

『神機の生みの親として……二人の育ての親としては、』

『私が聞きたいのは可能か不可能かだ』

そう言いながらも、彼は答えを半ば予期していた。事態の説明をした後、フォルセティは沈黙を通していた。それは彼が思考に耽る時の癖で、結論が出るまで口を開こうとしないのも同様。その前置きからすれば恐らく何某かの条件があるのだろうが、答えは己の望むものであるだろうという事すら、彼は悟っていたのだ。

『では、この場で更なる箝口令を。その上でなら可能です』

この場に居る者達を含め、昨日ここに集められた者達には既に厳重な箝口令が布かれている。この件に関わる事を他言すれば解雇。職を失うだけならともかく、それによる恩恵も得られなくなってしまうのだ。つまり――家族も含めて外部居住区へ追放される。働く場所などそれほどありはしないこの時世に、一般人向けの配給品だけで生計を立てるのは容易な事ではない。外部居住区にはそういった者達が溢れ、常にアラガミ以外の危険にも晒されているようなものだ。今の生活と引き換えにそれを強いられるなど、よほどの事情でも無い限り避けたいだろう。

『正気かフォルセ?!』

それを上回るとなれば――考え得るのは一つ。フェンリルから受け得る全ての恩恵を剥奪する以外に無い。それは、ハイヴからの追放を意味する。そこかしこに無慈悲なカミが潜んでいる、この世界への放逐だ。ゴッドイーターに対して神機を持たずにアラガミと戦えと命じる方が、まだ優しいだろう。フェンリル関係者とはいえ、彼等はただの人。それが何を意味をするのかなど、想像に難くない。

『…………良かろう、続けなさい』

怒気を孕んだ驚きの声に動じる事も無く、動揺する他の者達に構う事も無く、彼はその処罰を告げた。直後、フォルセティは必要な事を淡々と語り始める。同じく二人の育ての親である親友とも呼べるだろう男の怒りが静まるまでにはそう長くはかからず、しかし、全ての方針が決定されるまでに一日の大半を費やされ――。壁に掛けられた時計が深夜とも呼べる時刻を示し、最後の一人を見送った後の事。

『……本当に大丈夫なんだろうな?』

『まだ言うのかい?ユリウス、これが今出来る最善の選択だよ』

普段の如くユーリ≠ニ省略されない己の名を聞くと、ユリウスは小さく息を吐いてから口を噤んだ。彼等はそれ以上何も語らないまま、二人の待つ部屋へと足を向ける。今朝部屋を訪れた時には独りきりで泣き喚いていた二人が、今は寄り添うようにして穏やかな寝息を立てていた。

この小さな身体が背負うものを思えば不安は幾らでもある。だが、その特性を考えれば――。

同じように苦悩する大人二人が居るとは気付きもせず、この先に何が待ち受けているのかなど知る由もなく、無垢な寝顔を晒し続けている幼子が二人。半月後、彼女等は極秘裏の内に神を喰らう者――ゴッドイーターとなった。

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手術によって、ケロイド化した黒い瘤のような物が取り除かれると同時に真新しい腕輪が着けられた何日か後。コードネームの入ったドッグタグを首にかけられて神機の扱い方を教えられた俺達は、そのまま任務に同行させられた。目的地は罪悪の市街。昔は商業都市って呼ばれてた場所で、喰い残された建物が幾つも並んでる。

『chandraって、あるだろう?そのマークがなんだ』

運転席からの声を受け継いで、長い指がその文字をトントンと突く。装甲車の乗り心地はお世辞にも良いとは言えなくて、揺られる身体が視界をぶらすのが鬱陶しい。

『で、こっちのsuryaってのがだ』

腕輪に接続された端末の小さな画面に映し出されたのは、四色の小さな三角形と、それに対応した四つの名前。juliusっていう青いのがユーリで、黄色のforsetiはフォルセ。二人とも自分の名前なのに、俺達のは違う。

二人の事は秘密だからね、本当の名前は使えないんだ。

ここ出たら、名前の代わりにコードネームを使うんだぞ?

あの白くて広い部屋を出る前に言われていた事を、俺達は素直に――とは言い難かったけど、一応受け入れてた。それでも見慣れない名前じゃピンと来なくて、難しい顔をしてたんだろうな。まああれだ、何なら色で区別すりゃ良いさ!って笑って肩を叩かれたのを覚えてる。実際、慣れるまでは色で判断してたしな。

『良いか、そいつは命綱だ。絶対に手を放すんじゃないぞ?』

ユーリが真剣な顔でそう言ったのは、ミッション開始前に単純かつ明快なブリーフィングを済ませた後だ。両腕で抱えていた命綱――神機は今じゃ身体の一部みたいに扱えるけど、その時は重くて大きな荷物っていうか…厄介な代物としか思えなかった。俺達の使う神機は特性と重量を理由に決められて、二人がコアを調達してくれたらしい。当時は意味が解ってなかったけど、今じゃそれも納得出来る理由だと思う。

『特に君の神機はショートだからね、衝撃を受ける機会が多い』

充分気を付けるんだよ?物騒な事を笑顔で言ったフォルセとは裏腹に、言われた方のは顔を強張らせながら頷いて…………確か、でも、は?≠チて言ったんだ。俺の神機はスナイパーだから。

遠距離型神機には装甲が無いから、お前は可能な限り攻撃を避けろ。出発前にユーリがそう言ってから、あいつはずっと心配そうにしてた。

『何の為に俺達が居ると思ってるんだ?』

それを聞いて少しだけ緊張が解れた直後に、任務開始だって言われたんだっけ。初めて神機を使うのが初めての実戦だなんて聞いたら、誰もが正気の沙汰じゃないって思うだろうな。けど――その時の俺達は、そんな事全然知らなかった。

予備行動を見切ったらしいユーリがバスターを振り被った瞬間に、その斜め後ろからフォルセがアサルトで連射する。それまで何度も斬られた挙句に集中砲撃を浴びた箇所は元々脆い部位で、呆気無く結合崩壊を起こした。それと同時に怯んだヤツ、一瞬の間と咆哮。また活性化したんだって気付いた時にはチャージクラッシュが叩き込まれて――そのデカい体は、それまでの速さが嘘だったみたいにゆっくりと倒れてった。

『よし、二人とも聞こえるか?ミッション終了だ』

『ほら、出ておいで。スーリヤは捕喰もするんだよ?』

殆ど呆然としてた俺達は、壊れて折り重なった壁の隙間から慌てて駆け出した。二人の倒したピターはコアを失うと少しずつ地面に染み込んで、跡形も無く消えて行く。初任務はめでたく成功。だけど、俺達は素直に喜べなかった。当然だろう?フォルセとユーリはあんなに強かったのに、俺達は驚くくらい弱かったんだから。

……、ノーマル種とはいえメイデン三体を相手に17分とはねぇ。

所々が破れた服は砂塗れで、手足は怪我だらけで血が滲んでる。マーシュを出る前に持たされた回復系の薬剤は底をつく寸前で、おまけに息切れと疲れでフラついてた時。溜息の後にそんな事を言われた俺達は、出来の悪さに呆れられてるんだと思った。思わず顔を見合わせて、二人揃って俯いて――。落ち込みかけた時に聞こえたのは、それを吹っ飛ばすんじゃないかってくらいの大声だ。

ああ、流石に驚いた。良くやったな、二人とも。上出来だ!

ビックリして顔を上げたら、二人が嬉しそうに笑ってる。それを見た俺達は、もう一度顔を見合わせてポカンとした後、やったぁ!とか何とか叫んで、とにかくはしゃいだ。褒められたのは嬉しかったけど、理由はそれだけじゃない。

記憶に無いくらい小さな頃からずっと、俺達に与えられてたモノは多かった。やたらと広い部屋、暖かなベッド、小奇麗なユニットバス、簡素だけど清潔な服、沢山のデータを引き出せるノルン、幾つものボードゲーム、お互いの存在。

だけど、嬉しくないモノも多かった。週に一度のメディカルチェック、季節ごとの精密検査、決められた食事、運動、勉強、睡眠時間、いつもガラスの向こう側に居る何人かの観察者達。

逆に、奪われたモノも一つだけあったな。その部屋から出る自由だ。だからいつも、二人が遊びに来てくれるのを楽しみにしてた。それがメディカルチェックの日で、痛い思いをするって判ってても。その後に、俺達が外の世界と繋がる唯一の時間が待ってたから。

いつからかだったか覚えてないけど、土産のお菓子を食べながら見た事の無い世界の話を聞いて思ってた。自分達も、フォルセ達みたいなゴッドイーターになれば良い。外の世界で生きる為に戦えば良いんだって。二人が笑ってくれた時、そうなれたんだって思ってたのに――。

『ん?どうした、随分静かだな。疲れたのか?』

マーシュに戻る装甲車の中でそう聞かれた俺は、思ってた事を全部ぶちまけた。は膝を抱えて俯いたままだったけど……、きっと同じような事を思ってたんだろうな。

『嘘で褒めてくれたって嬉しくない!!』

大声で言い終わった時。俺は怒りながら泣いてて、隣からは啜り泣きが聞こえてた。向かい側で胡坐を掻いてたユーリの唖然とした顔が、あっと言う間に困ったような顔に変わる。それに苛立って声を上げようとした俺を遮ったのは、車を止めて後ろを振り返ったフォルセの声だった。

『だから言っただろう?二人だけで戦わせない方が良いって』

『う……。だが、少しでも早く慣れた方が良いのは事実だろう?!』

からかうような呆れたような一言から奇妙な言い争いが始まって、俺達はいつものように顔を見合わせた。勿論、お互いワケが解らないって感じで。知らなかったんだ――。それが新兵の出られるような任務じゃないって事も、見た目が同じアラガミでも強さの違うヤツが居るって事も、それまでに得た知識だけじゃ判らない事が世の中には溢れ返ってるんだって事すら。――碌に知らない、子供だったんだ。

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初任務と同じような任務を何度も繰り返す内に、私達は少しずつ戦闘のコツを掴んで行った。数ヵ月後には複数の小型アラガミを相手に後れを取る事も減り、半年を過ぎた頃にはユーリやフォルセに加わって大型のアラガミを攻撃するようにもなった。だけど……大人と子供の差は大きくて、それほど戦力になっているとは思えない状況。

はまだマシだった。神機の取り回しにモタついたり撃った時の反動でバランスを崩したりする事もあったけれど……特にバレットの改良を始めてからは、正確な射撃が確実に役立つようになっていたから。なのに私は、いつまで経っても――。

只でさえ威力の低いショートを使っているのが、体格や腕力の所為で更に軽い一撃になる。瞬発力があっても、その使いどころで力や持久力が足りない。時間が経てば経つほど目立つようになる欠点は今でこそ冷静に分析出来るけれど、あの頃は――自分が弱いっていう現実に、ただ苛立ちが募るばかりだった。

お前はまだ成長してる途中なんだから、そんなに焦るんじゃない。

人は一息に育つものじゃないんだから、心配しなくて良いんだよ。

頭で理解していても心は納得しないままで、至極尤もな事を何度も何度も言い聞かされた。一人では半人前以下、二人揃っても一人前にすらならないゴッドイーター。

弱いから。

小さいから。

子供だから。

いつも一番多くの怪我をして、任務が終われば一番疲れていて、その事を子供なりに理解していて。大袈裟に言えば、それが屈辱だったんだ。

『白いサリエルか、話を聞いた事はあるけれどねぇ』

『幾つか目撃情報はあるが、調査班ですら足取りを掴めないらしい』

交戦事例の無い新種のアラガミが目撃されたという話を聞いたのは、中々強くなれない苛立ちと屈辱が最高潮に達していた頃の事。それから間も無く、任務後に遭遇した新種――今ではアイテールと呼ばれるそのアラガミが、私達に禁忌を犯すきっかけを作った。



     

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何で今更ゴッドイーターなのかというと、単に設定を思い付いたから。無印の時から思ってたんだけど、あまりに主役が主役らしくない上に中途半端な恋愛要素。ハンティングゲームなんだから恋愛要素皆無の主役らしい主役で良かったんじゃ?とか思いつつ引継ぎプレイしてバーストのストーリーエンディング見たら…………やってられっかー!!と。で、全然設定を思い付かなくて燻ってたらゲームも頓挫してしまって随分経ってから再挑戦したらすんなりクリア出来た上に暫くして設定も思い付いたというワケです。

そして余談。名前を付けるのは好きなんですが、いつもは忘れないようにと平仮名ハンドルネームを使って書いてます。初めの内はGEだけ名前固定主人公にしようかと思っていたんですが、どうにも夢書きとしては変換無しの話を書くのに抵抗が…。結果、変換前の名前に使ってます。一応、雨宮姉弟と似たような感じだったり。





橘朋美







FileNo.001 2012/12/31