コウがあのダサいリーゼント頭で帰って来た日から何日かして、俺はWest Beachの地図を渡した。
「なんだぁ?随分簡単な地図だなオイ」
簡単なのは当然だ。その地図には、道沿いにあるバス停の名前と、大きな丸にココ!としか書いてない。降りるトコを間違えなきゃ、あそこに行くのは簡単だから。――あ。右と左を間違えたら、いつまで経っても辿り着けないか。コウが迷子になったら面白いかも。そんな事を考えてちょっと笑うと、胡散臭そうに聞く。
「なに笑ってやがる。オイ、まさか担いでんじゃねぇだろうな?」
「まさか。ちゃんと本物の地図だって」
偽物を渡してコウが諦めてくれるなら、そうしたいけど。そんな事、やるだけ無駄だ。コウは、いつもそうだ。ずっと昔から、俺を一人にさせようとしない。はば学を受けるって言った時も、家を出たいって言った時も、そうだった。
「そこから見る夕陽が良いんだ。凄く綺麗で」
「へぇへぇ。で?いつ引っ越すんだ?」
荷物なんて、そんなに無い。そう思ってたけど……。俺とコウ、二人分の学校絡みの物まで合わせたら、結構たくさんあった。父さんは、それを判ってたみたいに言った。
「ん?ああ、入学式前に。……父さんが運んでくれるって」
「そうか……。んじゃ、その前に下見して来るか」
一人で暮らすどころか、引越しすら一人で出来ない。子供なんだ。でも、いつまでも子供じゃいられない。子供でいちゃいけない。
「迷子になって泣くなよ、コウ」
「あぁ?誰がだコラ」
本当の父さんと母さんが居なくなって、この街で会ったちゃんが遠くへ行って。とも、もう一年以上会ってない。もしかしたら、このままずっと。二人とも会えないまま――。それでも俺は、強くなるって決めたから。少しずつだけど、強くなってきた筈だから。いつかは、コウとも離れなきゃいけないんだ。
◇◆◇◆◇
「おいルカ、居るか?」
早速来た。West Beachに行ってた筈のコウが玄関を開けるなり大声を上げるのを聞いて、そう思った。きっと顰めっ面で、本気であんなボロいトコに住むつもりか?とか、冗談じゃねぇぞ、オイ――とか言うんだ。
「居るよー。なに?」
俺も大声で答えると、直ぐに階段を上がって来る足音がする。ならコウは、家に残れば良い。そう言い返してやろう、って思ってた。きっとコウは、いつもみたいに言うんだ。誰が――って。そこまで考えて荷造りの手を止めた俺の予想は、全く当たらなかった。
「えっ?」
「だから、に会ったっつってんだよ」
それこそ冗談だろ?って思ってた。だってそうだろ?は東京に居るんだ。ここからずっと離れた場所で、小父さんと暮らしてる。落ち着いたら連絡があるだろうって父さんは言ってたけど、あれ以来ずっと、何も聞いてなかったんだから。
「会ったって……どこで?」
「West Beachだ」
「うそ、マジ?」
「マジだ。見てみろ」
開いて差し出された携帯を見て、写メでも撮って来たのかと思ったら……それは受信メールの画面で、件名は空欄で、受信時刻は少し前。そんで、送信者の欄には―― ――って。
今日はコウと会えて嬉しかったわ。近い内に三人で会えない?週末は入学式で慌しいから、来週以降に。ルカにもそう伝えておいて。またね!
「そっか。本当に、と会えたんだ」
「最初からそう言ってんだろうが」
あの頃と同じだ。いつも件名は書かれてなくて、最後に次に会うまでの挨拶ってメール。ちょっと懐かしくて、凄く嬉しくて、少しだけ切なくなる。俺だって、ここ何日かWest
Beachに行ってたのに。と会えたのはコウで、俺じゃなかった。
「、元気だった?」
「ああ。ありゃ元気過ぎだ。いきなり人に……っ、」
「人に、なに?」
「何でもねぇ。それよりあいつ、」
「教えろよ、コウ」
「何でもねぇっつってんだろ」
急に挙動不審になってるクセに、何でもないわけない。大体、こういう時のコウは判り易いんだ。顔は赤いし、目は泳いでるし、誤魔化そうとしてんのがバレバレだ。まあ、何となく見当は付くけど――。
「しつけーぞルカ。何でもねぇっつって……」
「そっか。うん。じゃあ、に聞こう。今度会った時、真っ先に」
「うっ…………」
「なら、きっと教えてくれる。そういうトコ、アイツ素直だし」
アイツは人に触れる事を当たり前だと思ってた。人前でも平気で小父さんに抱き付いたり、チューしてた時もあったっけ。初めて会った時は違ったけど、それは俺達に対しても同じだった。その度に、コウは今みたいになってたもんな。
「――いきなり人に……なんだ、……飛び付いて来やがった」
「え?そんだけ?」
「チッ……。あぁ、その――そのまま一緒に倒れちまっただけだ」
「そっか、押し倒されたんだ」
「バっ、そうじゃねぇ!あいつが上に乗ってただけで、……違っ、」
「うわー、コウが大胆発言だ」
それから散々茶化したけど、本当は、ちょっと悔しかったんだ。だから、の携帯番号は聞かなかった。この街に住んでて、また会えるって判ったから。今度会った時に聞くからいいって言って。
◇◆◇◆◇
「コウ、居る?」
「あぁ?」
ノックをして扉を開けると、面倒くさそうな返事が返って来る。けど、きっとコウも驚く。コウがに会ってから三日。引越しも済んで、明日は入学式っていうその日。あの時、コウもこんな気分だったのかもな。なんて思いながら戻った。明日から、俺の家じゃなくなるその場所に。
「なんか用か」
「すげぇ用」
「なんだ?」
「俺さ、ちゃんに会った」
「はあ??」
「だからちゃんだってば。前と同じトコに住んでた」
豆鉄砲を喰らったとしても鳩はこんな悪人面じゃないだろうけど、コウの顔はビックリしたまま固まってる。俺だって、はば学の制服着て教会に立ってるあの子を見付けた時には驚いた。だけじゃなく、ちゃんまでこの街に住んでるんだって判って――。
「迎えに行く?……なんで」
「なんかさ、覚えてなかったっぽいんだ」
昔と全然変わんなかったあの子は、本当に気付いてなかったみたいだった。コウと二人だったら思い出してくれるんじゃないかと思って、明日は少し早く出てちゃんを迎えに行こうってコウに言ったんだ。
「あのなぁ、そりゃ一歩間違えば通報モンだぞ」
「じゃあ良いよ。俺、一人で迎えに行く」
「……判った。行きゃ良いんだろ、行きゃ」
「コウ、寝坊すんなよ?」
「テメェの方が危ねぇだろーが」
「平気。今日は早く寝るから」
部屋に戻ってベッドに寝転がった俺は、神様に感謝したい気分だった。ちょっとお腹が空いてたけど、それも目覚まし代わりになるかもしれない。そんな風に思いながら目を閉じる。その代わり、胸は一杯になりそうなくらいだった。そして、その次の日。
「あいつ、……マジかよ」
「すげぇ……、だ!」
「まず最初に、私達を温かく迎え入れて下さる先生方、先輩方に感謝を」
俺達は、二人揃って唖然としてた。新入生代表挨拶ってアナウンスの後、舞台に上がってくその姿を見て。信じられない思いで呟いた言葉は、周りのざわめきに消えてった。

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主人公入学前、これにて全編終了。
やっぱ琉夏は難しいわー。言動が読めんにも程がある。
橘朋美
FileNo.AS.R-01 2012/8/9 |