入学式当日だっていうのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのか。知っている人が居るなら、ちゃんと私が納得出来るように説明して欲しい。昨日だって妙な人に難癖を付けられて……しかも、それが生徒会長なんて人なんだから余計に腹立たしい思いをしてたのに。
「おい、聞いてるのか?何とか言ったらどうだ」
「だから訂正したでしょう?これ以上、何を言わせたいの?」
「お前……、人を馬鹿にしてるのか?それともお前が馬鹿なのか?」
「馬鹿になんてしてないし、どちらかと言えば利口な方だと思うわ」
私より何センチか背の低い、端正な顔立ちをしたこの男。見た目とは裏腹に、かなり口が悪い。式が始まるまでの時間潰しにと思って校内を観察していたら入り組んだ所に出てしまって、廊下を横切ろうとしていたこの人に声をかけたのが運の尽きだったのかもしれない。最初は親切で礼儀正しい人だと思ったのに。何故か、お礼を言って体育館に戻ろうとしたら急に怒り出してしまって……挙句はこの始末。いい加減戻らないとまずいだろうと思い、うんざりしながらも仕方なくもう一度。
「Mr.Shitara、時間が無いので、」
「だから、そのふざけた呼び方をやめろと言っているんだ!」
「でも、セージと呼ばれるのは不愉快だと言ったわ」
「当たり前だ!大体、初対面で馴れ馴れしいと思わないのか」
「だからMr.Shitaraと訂正したじゃない」
「それが人を馬鹿にしてると言ってるんだ!」
でも結局、また似たような言い合いになってしまった。このままこの男に付き合っていたら、式に遅れてしまう。もういっそ、このまま無視して行ってしまおうか?そう思った時だった。
「さん!ここに居たのか。そろそろ戻らないと……あれ?設楽」
「お前の知り合いか?なら丁度良い。紺野、こいつに人の呼び方というものを教えておけ、良いな」
「あなた、なんて横暴なの。大体、私に何て呼ばれたいの?って聞いた時、あなたは答えなかったわ」
「ちょっと待ってくれ。二人とも、一体何を……」
「…………っ!!もう良い勝手にしろ。俺は行く」
「はぁ……一体何なのかしら、あの人。まるで小さな子供みたい」
何が何だか判らない。とでも言いたそうな顔で会長が私を見たけれど、本当に時間が無かったらしい。小走りで体育館へと急いだ私を待ち構えていたのは、常に五分前行動を心掛けるように――という氷室先生のお小言だった。
◇◆◇◆◇
「まず最初に、私達を温かく迎え入れて下さる先生方、先輩方に感謝を」
壇上へ上がる私に向けられたのは、好奇に塗れた視線と一瞬のどよめきだった。だけど私は、もう動じたりしない。見た目は違うのだとしても、私は普通の人間だ。この目も、髪も、名前も、ここでは異色なのだとしても、もう卑屈になったりはしない。
「日頃から私達に愛情を注ぎ、見守り続けてくれる家族に敬愛の意を」
居並ぶのは、みんな同じ。この学園の生徒でしかない。勿論、私も。だから、怯える必要なんてない。恐がる必要もないんだ。ただ普通の高校生として、ここでの三年間を楽しめば良い。それは、ここに居る全員に認められている権利なのだから。
「そして、今日この席で出会った私達新入生が互いに激励を送り合い」
このはばたき学園での三年間を悔いなく過ごす為、先ほど理事長が仰ったように、青春を謳歌すると――ここに誓います。そう締め括って、最後の最後に自分の名前を口にしようとした時。
「誓ーいまーす」
どこか間延びした声と、直後に何か物音がして驚いた。クスクスと小さな笑いが会場を満たす中、気を取り直して名前を口にする。予想はしていたけれど……お辞儀をしながら、シンと静まり返った会場内に苦笑してしまう。でも、逆の立場で考えれば当然の反応だ。そう思いながら頭を上げると、一拍遅れて拍手が迎えてくれた。
そんな場内を、一度見渡す。新入生の席後方で手を振っている男子の髪が太陽の光みたいに見えて、あれがさっきの声の子だったとしたら、何のつもりだったのかを聞いてみるのも良いかもしれない。そんな事を考えて階段を下りて行く。悪意があったのなら無理だろうけれど、そうでなかったのなら友達になれそうな気がした。
◇◆◇◆◇
式の後にはクラブ紹介。それが終わったら各クラスでのオリエンテーション。そんな初日の終わりは、驚きに満ちてた。中等部からのエスカレーター組が多いのは知っていたから、多少の閉鎖感は覚悟していたのだけれど……。
「あれ?さん、もう帰っちゃうの?」
「え?うん」
「そっかー、またね〜?」
「うん、また」
「バイバーイ!」
担任が教室を出て直ぐ。立ち上がって鞄を手にした私に声をかけて来たのは、エスカレーター組らしき三人の女子グループだった。手を振る彼女達は、只にこやかに笑っていた。
「待って」
「――私?」
「そう、あなた」
「何か?」
「星の導きが聞こえなかったのは、あなただった。不思議」
「星?の、何??」
教室を出た所で小さな女の子に呼び止められて、何の用かと思えば……。私にとっては、彼女の方こそ不思議だ。私に興味があると言ったミステリアスなその子は、ミヨという名前だった。また声をかけると言ったミヨと別れて階段を下りて行けば、何だか女の子達の声で騒がしい。
人気のある先生か生徒が居るんだろうとだけ思って素通りしようとした私を、また誰が呼び止めた。廊下の角で女子生徒達に囲まれていたその人は――。
「あっ!ちょっと待って!!」
「――私?」
「そう、アナタ!私、花椿カレン。カレンって呼んで?宜しく〜!」
「???」
「あー、えっと。って呼んでも良い?」
「ええ、構わないわ」
「良かった〜!これから仲良くしてね?チャオ!」
下駄箱の前まで走って来た彼女は、明るくて活発な印象の人だった。少々活発過ぎるというか、何と言うか……周囲を巻き込む台風の目のような感じ。ウィンクしてから女子生徒達の方へ戻って行く彼女を見送って、漸く私は校舎を後にした。
◇◆◇◆◇
今日は父さんに話したい事がたくさん出来たから、夕食には時間がかかるかもしれない。そんな事を考えながら、軽い足取りで校門から出ようとした時だった。
「おい、」
「コウ?どうして……って、え?コウもはば学だったの?!」
「俺も居るよ」
目の前に出て来たのはニヤリ顔のコウで、その姿に驚いている私に追い討ちをかけたのは――壇上から見たあの男子生徒だった。
「――ルカ?!どうしたの?その髪!もしかして、あの声ルカだったの?!」
「まぁ落ち着けって。こっちも驚いてんだからよ」
「取り敢えず、行こう?何か注目集めちゃってるみたいだし、俺たち」
言われてみればその通りで、何だか遠巻きにされてるのが判った。そんな事は慣れていたし、私は構わなかったけれど……ルカやコウまで巻き込むのは申し訳ない。そう思うと、少しだけ気持ちが萎んで行くのが判った。
「そうね。歩きながらでも話は出来るし」
「んじゃ、行くべぇ」
「あ。俺、思い出した。あのさ、。俺には飛び付いてくれないの?」
コウが盛大に咽た後、あの頃みたいな遣り取りがあって。……何だか錯覚してしまいそうになる。私達は、あの頃からずっとこうして過ごして来たんだ。私は……本当に、極普通に暮らしている女の子なんだって。
「でね、今は二人で暮らしてるんだって」
「へえ、あの二人が?子供っていうのは、本当に成長が早いな」
ルカに携帯ナンバーを聞かれた後は、何組になったのかとか、部活はするのかとか、他愛ない話をした。話しながら歩いていると、分かれ道までは本当に直ぐだった。じゃあ、私はこっちだから。そう言って、またね!と口にする前に、ルカは言った。俺、送ってやる。コウはただ、だな――って言って。West
Beachの方向からすれば、ほぼ正反対にある私の家まで送ってくれた。誰かと一緒の帰り道が、こんなに楽しかったなんて……今まで知らなかった。
「しかし、それなら夕食に誘ってあげれば良かったじゃないか」
「うん、私も聞いたのよ。一緒にどう?って。けど、」
今日は本当に驚く事ばかり。ちょっと腹の立つ事もあったけれど、嬉しい事がたくさんあった。きっとこれからは、ずっとこうして毎日が過ぎて行くんだ。そう信じられそうなくらい、良い一日だった。それでもなのか、だからこそなのか、ベッドに寝転んだ私は、あっと言う間に眠ってしまってた。
◇◆◇◆◇
「ねえ、さん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……良いかな?」
「?」
週明け。教室に入るなり声をかけて来たのは、あの三人グループだった。朝のHRまであと数分という室内には、ほぼ全員の生徒が揃ってて――何だか奇妙な視線を向けられているみたいだ。ヒソヒソと小さな声で話している人達も居て、否が応でも不安になる。もしかして、事件の事を知られてしまったんだろうか?去年みたいに、また問題視されるような事態になったらどうすれば……と。
「ちょっとさー、変な噂聞いちゃったんだ〜」
「……変な噂?」
動揺しそうになるのを堪えて聞き返せば彼女達は揃って肯定するものだから、やっぱり――と、諦めにも似た気持ちが湧いて来る。でも、話は思いがけない方向へと向かって行った。
「うんうん、私も。さん、あの物騒な兄弟と仲が良いって本当?」
「物騒な兄弟って――」
仲が良い。私がそんな風に形容出来る人なんて、そうは居ない。そもそもここには、知り合いですら数えるほどしか居ないんだから。それを兄弟と限定されてしまえば、思い当たるのは二人しか。
「もしかして、ルカとコウ?」
そう答えた途端、彼女達は悲鳴にも似た声を上げた。ウソ?!とか、本当だったんだ〜とか。その上さっきまで盗み見しているだけだった他の女子生徒まで集まって来て、羨ましい〜!だの、ルカ君紹介して!!だの。反対に、白い目を向けてコソコソ話し出す人達も居るし、一体全体、何が起こっているんだろう?と、わけが判らないでいる内にガラリと扉が開かれて、人の輪は散っていた。一部の男子達から向けられていた、鋭い視線と共に。
「はい、お喋りはそこまで!続きは休み時間にね?」
と教壇に上がったのは、クラス担任である吉野八重先生。体育科教諭だとも言ってたっけ。身長は171p、体重はヒミツ。年は27才、恋人は募集中だけど年上が好み。というパーソナルデータは、入学式の日、オリエンテーションの開始直後に彼女自身から得たものだ。先日のスーツ姿はドコへやら。スリースタースポーツのジャージで身を包み、キビキビとHRを進めて行く。それはまるで、彼女そのものを表しているかのように軽快だった。
「では、HRはここまで。各自一限目の用意を。それと、さん」
何故か名指しで呼び出された私は一限目を体育準備室で過ごす事になり、朝の出来事は頭の片隅から転げ落ちて行ってしまった。
◇◆◇◆◇
「あなたにとっては辛い事だろうけど、詳しい事まで知っておきたいの」
「正直に答えてくれ」
随分小さな先生と吉野先生にそう切り出された時、落胆した。幾らなんでも、氷室先生のような教師ばかりが揃っている筈がない。この人達にとって、私は問題児なんだろう。でも、あの進学校の教師達みたいに回りくどい事をされないだけマシなのかもしれない。そう思ってた。
「……判りました」
「そんなに緊張しないで、楽にして?」
「そうだぞー。何も心配するな!」
だけど……。吉野先生の大学時代の後輩で国語科教諭だと紹介された彼が大迫力という自分の名前を面白おかしく説明するものだから、つい笑ってしまう。笑ったなー?と言う声に慌てて謝れば、気にするな!と言ってまた笑う。吉野先生は、相変わらずそのパターンなの?と言って呆れたような顔で――それでも笑っている。もしかして、緊張を解きほぐす為にそうしてくれたんだろうか?そう考えると、自分の警戒心の強さが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
「じゃあ、本題に入りましょうか」
「はい」
「氷室先生から聞いてはいるが、」
先生達は、過喚起症候群に陥る状況を詳しく知りたいのだという。履歴書に書いたのは、背後から拘束されるような体勢になると発作を起こすという事。相手が誰だか判っていれば、発作を起こす可能性は格段に低いという事。相手が男性であれ女性であれ、それは変わらないという事。その三つだ。
「つまり、相手が誰だか判らない場合は症状が出易いのね?」
「はい。自分にとって危険な存在だと思ってしまうと駄目みたいです」
「じゃあ、例えば親しい人間だったら平気だって事か?」
そんな遣り取りを何度も繰り返した後、彼女らは、難しい顔をして言った。体育祭のフォークダンスには参加しない方が良いだろう、って。そんな事の為に態々時間を割いてくれたのかと思うと、何だか可笑しかった。だって私は、発作を起こしそうな状況があれば、授業をサボってでも回避しようと決めていたんだもの。
「最後にもう一つ。胸の傷を見せてもらえる?」
「傷、ですか?」
「おお、すまん!俺が居たら恥ずかしいだろうし、」
「いえ、大丈夫です」
「シャツを脱ぐ必要は無いわ。位置を知りたいだけだから」
そう言われて、ブレザーを着たままリボンを取って、シャツのボタンを二つ外す。襟元を開いて見せると、二人とも、やっぱり難しい表情をしていた。以前ほどではないけれど、大きな蚯蚓腫れのような手術跡はそこだけ赤みがかっていて、どうしても目立つ。勿論、制服を着ていれば絶対に見えないのだけれど。
「これは……ちょっと、難しい位置かもしれないな」
「そうね。さん、早い話だけれど、水泳の授業はどうしたい?」
「水泳ですか……?」
言われるまで全く気にしてなかった。学校指定の水着で、傷は隠れるんだろうか?去年着ていた水着は襟のあるジップタイプだったから、気にする必要が無かった。アレを授業で着るのは無理だろうなぁ……なんて考えていたら、私も難しい表情になっていたらしい。無理に出る必要は無いけど、その場合は別の方法で単位を補う必要があると言われて――。
「普通に受けます」
「そう。……それなら反対はしないわ。担当教諭は私だから、何かあれば直ぐに相談しなさい」
「そうか。頑張れよ、」
私達も普段から気を配るようにするけれど、あなたも充分に注意してね。困った事があれば、何でも遠慮無く言えよ!と最後に言ってくれた二人に挨拶をして廊下に出ると、何だか少し、心が軽くなったような気分だった。

************************************************************
対設楽、主人公は本気で真面目に言ってます。
橘朋美
FileNo.101 2012/8/10
|